甘い生活

第五話

 

 

幸いなことに、豊作さんはその日から海外へ出張していた。

これで、しばらくの間は、豊作さんに邪魔される心配はない。

しかし、僕の息子の出番は、なかなか訪れなかった。

 

それは、何故か?

菊正宗の家から、両親と姉が晩餐に招待されていたからだ。

自分で言うのも幅ったいが、自慢の一人息子を養子に取られた両親も、さぞかし意気消沈しているだろうと思いきや、二人の眼は、思いっきり¥マークになっており、僕は、今さらながら金の威力に打ちのめされた。

 

剣菱家の主夫婦と悠理、そして、菊正宗家の三人プラス婿養子に出された僕は、無駄に広いテーブルを囲み、和やかかつ打算的な会話を交わしながら、三ツ星シェフが作る最上級の料理を堪能した。

僕は、両家の両親のグラスが空にならないよう、こっそりと配膳係に頼んだ。

今の僕に、敬老精神などあろうはずがない。第一、僕たちの両親は働き盛りであるから、敬老精神を炸裂させる必要もない。とにかく一刻も早く四人を酔い潰して、悠理との夫婦の時間を取り戻すつもりであった。

 

薦められるままに杯を重ね、気がつけば、互いの二親はかなり酔いが回っていた。

 

顔を赤くし、とろんとした父を見て、流石に危ないな、と感じたときには、既に遅かった。何を隠そう、父は泣き上戸なのだ。そして、元々涙もろい母は、酔っ払うと、父の訳の分からぬ講釈に号泣する。因みに、姉は酔うと虎に変身するのだが、今日は変身するほど呑んでいないようだった。

 

う、と父が咽ぶ。

そして、同じくべろんべろんに酔っ払った万作おじさんの手を取り、おいおいと泣きはじめた。止めてくれ、と言いたかったが、こうなると誰も父を止められない。

 

「剣菱さん、どうか私の息子をよろしくお願いします。私の口から言うのも何ですが、息子の清四郎は本当に優秀で、どこに出しても恥ずかしくない、自慢の息子なのです。」

それを聞いた万作おじさんも、象のように円らな瞳に涙を滲ませる。

「分かっているがや!オラとしても、申し分のない婿だがや!決して粗末にはしねえから、安心してくれや。」

すっかり酔っ払っている母だけでなく、百合子夫人までもが、何故か感涙に咽んでいる。ある意味、性交現場を目撃されるより恥ずかしい光景である。一方、姉はすっかり白けており、黙々と料理を口に運んでいた。

そして、悠理はといえば、料理を平らげるのに没頭し、両親の恥ずかしい会話に耳を傾ける余裕もないようだった。

 

「・・・本当に、息子の清四郎は、よく出来た奴なんです。がり勉にありがちな青瓢箪でもありませんし、人望も厚い。私の後を継いでも、きっと病院を盛り立てていたでしょう・・・」

「そうだがや。ワシも、清四郎くんには一目置いて置いているがや。自慢の息子さんを頂いて、本当に申しわけない。」

 

財閥会長にしては驚異的に腰の低い万作おじさんが、僕の父に深く頭を下げる。おじさんの実態を知らない父は、それにいたく感動し、泣き上戸の本領を発揮しはじめた。

 

「そう言って貰えると、私も心落ち着きます。ええ、清四郎は、私の自慢です。自慢の息子なんです。立派な奴なんです。」

 

うう、と男泣きする父が、いきなり顔を上げた。

 

「そう!清四郎の息子は、立派な奴なんです!!」

 

それまで黙々と料理を片づけていた姉が、子羊のソテーを吹き出した。

 

 

父の言いたいことは分かる。言いたいことは分かるのだ。

分かるのだが、それはあんまりな間違いだろう。

 

清四郎の息子は、とにかく我慢強くて、しっかりした奴なんです。」

 

父は感極まっているらしく、自分が何を口走っているのか、気づいていない。そして、もらい泣きする他の親たちも、とんでもない発言に毛一本ほども気づいていなかった。

 

清四郎の息子は、自らすすんで厳しい鍛錬を積み、親の私が驚くほど逞しく成長しました。しかし、今も現状に満足せず、鍛錬を続けているんです。」

 

俯いた姉の肩が、小刻みに震えている。きっと、爆笑を堪えているのだ。

姉の脳内には、ナニに薬缶を引っ掛けて持ち上げたり、湯と水を交互にかけたりする僕の姿が浮かんでいるはずだ。しかし、いくらなんでも、そんな鍛錬をするはずがないではないか。第一、僕の息子は、鍛錬など積まずとも、立派にやっている。立派過ぎて、逆に困るほどだ。

 

笑いを堪える姉と、屈辱に震える僕を余所に、父の暴走は続く。

「とにかく清四郎の息子は、立派なのです。息子なら、お宅のお嬢さんを幸せにできると、信じております。ええ、きっと結婚したお嬢さんも、清四郎の息子に満足するはずです。私はそう信じていますとも!」

お父さん。確かに悠理は、僕の息子に満足しています。幸せも、ベッドの中で数え切れないくらい与えています。

いっそ、そう叫べたら、どれだけ楽だろう?

しかし、叫んだら最後、僕の将来は暗澹たるものへと変貌する。

僕は発狂しそうになりながらも、じっと耐えつつ、まったく味のしない料理を口へと運びつづけた。

「失礼。」

姉が口を押さえて立ち上がった。そして、そのまま急ぎ足で扉の向こう側へと消えていく。計算高い姉に限って、悪阻などということはない。恐らく、トイレで思う存分に笑うつもりなのだろう。

 

その間も、悠理は料理を平らげることに専念しており、とんでもない会話どころか、僕の複雑な心境についても、まったく気づく様子はなかった。

 

 

地獄のような晩餐にも、ようやく終わりが訪れ、酔った両親は姉に引き摺られるようにして帰っていった。帰り際、姉の視線が僕の股間に注がれていた気がしたが、あえて気づかない振りをした。

剣菱の両親も、べろんべろんに酔っ払っていたため、そのまま自室へと引っ込んだ。両家の家族が消えた途端、肩に圧し掛かっていた重荷が外れた。が、その代わり、疲れがどっと押し寄せてきた。

寝室のソファに身を沈め、目頭を指で押さえる。晩餐会のお陰で、普段の十倍は精神を消耗した気がする―― が。

 

何はさておき。

 

僕は、目の前で服を脱ぐ悠理に、視線を移した。

大量の食物を摂取したにも関わらず、悠理の腹部は括れたままである。僕が丹精込めて育てた胸と、細いウエストの対比が美しい。下着姿の彼女を見るだけで、僕の息子はむくむくと巨大化していく。

悠理が振り返って、僕を見る。誘うような妖しい目つきに、僕の理性は呆気なく吹き飛んでしまう。そして、彼女もそれを野生の本能で嗅ぎ取っている。

「なに見てるんだよ?」

焦らすように捻った腰が、艶かしい。

「見てるんじゃありません。見蕩れているんです。」

僕がそう答えると、悠理は情欲の炎を灯した瞳で僕を捉えたまま、ゆっくりと近づいてきた。

「もしかして、ヤリたい?」

悠理の手が、僕の股間に伸びる。白い指で、ズボンの上から怒張した息子を撫でられ、自然と腰が震えた。

「ええ、とても。」

悠理が足を開いて、僕の太腿に跨ってきた。見詰め合ったまま、舌を絡める。深く激しいキスをしながら、互いの身体を覆う邪魔な布を剥いで、生まれたままの姿になる。

 

今、この家に、豊作さんはない。

そして、剣菱家の両親は酔い潰れており、菊正宗家の家族は帰ったあとである。年寄りの五代は、もう寝ている時間であろう。

つまり、この家に、夫婦の時間に乱入するような不埒者は、存在しないのである。

 

僕と悠理は、ベッドの上に、縺れるようにして倒れ込んだ。

「もう、お前のタンク、いっぱいになった?」

悠理の手が、ふたつの袋をやわやわと揉む。僕もお返しにと、彼女の乳房を弄ぶ。

「ええ、今日は一日お預けを喰らいましたからね。今にも漏れ出しそうです。」

そんな戯言を、くちづけ混じりに囁き合い、互いに敏感な部分を弄り回す。ねっとりと繰り返される濃厚な愛撫に、僕の脳髄はあっという間に蕩けていった。

 

前戯の時点で、悠理は二度、三度と達した。彼女の中は、とっくの昔に熱く蕩け切っている。そこに息子を宛がい、焦らすように、先端を蕾に擦りつけた。

「悠理・・・入れて欲しいですか?」

喘ぎながら頷く悠理があまりにも可愛いので、つい苛めたくなる。

女の蕾に男の先端を擦りつけながら、さらに聞く。

「どこを、どうして欲しいのか、ちゃんと言ってくれないと、分かりませんよ?」

「・・・せいしろの、・・・を、あたいの・・・に入れて・・・」

恥じらいを失った台詞に、僕は静かに興奮した。

そして―― 

 

 

フンギャー!コケーッ!ギャオオオン!クワーッ!!

 

嫌な予感が、窓の外から猛スピードで近づいてきた。

 

窓枠の下に設けられた、ペット専用出入り口。そこから四つの白い塊が、部屋の中に飛び込んできた。

塊は、天蓋から垂れたレースを引き千切り、ベッドの上、僕たちの真横で三つ巴ならぬ四つ巴となって、大喧嘩をおっぱじめた。

 

・・・まさか、ペットに邪魔をされるなんて。

 

しかし、僕は挫けなかった。

 

驚いて起き上がろうとする悠理を押さえつけ、一気に貫く。悠理が激しい律動に悲鳴を上げる。その声の大きさといったら、タマフク、アケミとサユリに負けないほどだった。

 

僕たちは、大喧嘩するペットの隣で、新婚二日目の夜を、存分に楽しんだのであった。

  

 

 

 

 

 

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