第六話
朝。 目覚めると、広いベッドの上には、鶏の羽毛があちらこちらに散っており、左右の端では、鳥獣がそれぞれ寄り添って眠っていた。 真ん中では、素っ裸の人間二人が、重なり合って寝ていた。 ひとつのベッドに、鶏と猫と人間が、仲良く並んで眠っている。 ある意味、ものすごい光景である。 半身を起こすと、腕の下にいた悠理の裸体が、朝日に照らし出された。 柔らかい曲線を描く、女体ならではの美しい肢体に、我を忘れて魅入る。 僕の気配に気づいたのか、タマフク、サユリとアケミが頭を上げた。 ペットたちに向かって、立てた人差し指を口元に当ててみせる。 すると、ペットたちは、熟睡する主人を気遣うように、そろりとベッドから飛び降りた。 二人きりのベッドに、朝日が降り注ぐ。 僕はベッドに肘をつき、その上に頭を乗せて、妻の寝顔を飽くことなく見つめていた。 無防備に眠る姿は、穢れを知らぬ子供のようだ。実際に半年前までは、キスの経験すらない、無垢な子供だった。そんな彼女に男の精を注ぎ、半ば強引に女の身体にしたことが、ほんの少しだけ悔やまれた。 しかし、感傷に浸る僕と、息子は別物である。 昨夜、あれほど頑張ったのに、シーツの中で存在を主張している。生理現象とはいえ、タフな息子に感心しながら、僕はダブルベッドを抜け出してトイレに向かった。 せめて、今朝くらいは、綺麗な気持ちでいたかった。 が。 トイレのついでにシャワーまで浴びた僕は、目覚めた悠理に押し倒され、結局、煩悩に塗れた朝を迎えてしまったのだった。 悠理と一緒に登校しながら、僕はどうやって「できちゃった婚疑惑」を晴らそうかと思案していた。恐らくは、学園じゅうがその話題で持ちきりだろうし、下手に言い訳すれば、痛くない腹まで探られる危険がある。悠理に妊娠検査薬を使ってもらい、結果を生徒全員に知らせれば、疑惑は一気に晴れるだろうが、そんなこと僕が許すはずもない。 クールでニヒル(死語)と評判の僕だが、悠理に関しては、情けないほどに独占欲が強いのだ。男子生徒の妄想を掻き立てるような行為など、悠理には絶対にさせたくなかった。 悶々と考えながら送迎車を降りる。 途端に視線の集中砲火を浴びたが、そんなことに構っている場合ではない。生徒会長スマイルを振り撒きながら挨拶していても、頭の中は疑惑をどう拭い去るか考えるのでいっぱいだった。 校門に入ろうとしたとき、突然、見知らぬ少女が目の前に立ちはだかった。 他校の制服を着ているため、周囲から酷く浮いている。 少女は僕をきっと睨み、金切り声を上げた。 「菊正宗くん!私とのことは遊びだったの!?」 「は?」 顎が、がくんと落ちた。 突然の展開に頭がフリーズした僕を無視して、少女は悠理を睨みつけた。 「お金で男を買うなんて最低!菊正宗くんを返してよ!」 悠理も僕と一緒にフリーズしていたが、突然吹っかけられた喧嘩に、いち早く我に戻った。少女を睨み返し、ああ?とドスの利いた声を出す。 「なんだとコラ、訳の分かんないこと言ってんじゃねえよ!金で清四郎が買えるか!それになあ、先に押し倒してきたのは清四郎のほうだぞ!」 「じゃあ、色仕掛けで騙したのね!?」 「そんなことがあたいに出来るかっ!!」 確かに。 悠理の色仕掛けで落ちるなど、よっぽどの事情がある男しかいないだろう。 睨み合う悠理と少女。 そこに、新たな登場人物が現われた。 「清ちゃんっ!」 次は何なんだ。 振り返った僕は、眩暈を起こしそうになった。 明らかにウォータービジネスに従事していると分かるド派手な女性が、路上で仁王立ちし、僕たちを睨んでいた。 「あたしというものがありながら、貧弱な小娘と結婚するなんて、どういうことよ!」 もちろん、見覚えのない女性である。 しかし、女性は僕に抱きつかんばかりの勢いで、至近距離まで駆け寄ってきた。 「なんだよ、お前は!?」 「誰よ、あんた!!」 そして、悠理と少女と女性は、校門の前でぎゃあぎゃあと言い争いはじめた。 爽やかな朝。 日常の、登校風景。 日々繰り返される、日常の一コマ。 そこに突如出現した光景は、銭湯で宇宙人に遭遇するよりリアリティーに欠けていた。 言い争いは激化する一方で、とてもじゃないが、僕が口を挟める状況ではなかった。 「菊正宗くんは、私のことが好きなのよ!」 「何さ!あたしは清ちゃんの背中にある黒子の数まで知っているのよ!」 「なんだとぉ!!いい加減なこと言うな!」 「いい加減!?とんでもない!清ちゃんの右肩に黒子があるくらい、あんただって知ってるでしょう!?」 勝ち誇ったように女性が叫び、悠理が、う、と詰まる。 自分の背中にある黒子の数など、僕が知ろうはずもないが、悠理の反応からすると、真実なのだろう。 状況は、三竦み状態だ。そこで僕は、ようやく口を挟むことに成功した。 「・・・更衣室や道場では、しょっちゅう上半身裸になってますから、背中の黒子を知っているくらいで、僕と関係があると言い張るのは無理ですよ。」 僕の援護射撃を受け、悠理が勢いづく。 「そうだそうだ!この半年間、清四郎はあたいとヤリまくってるんだから、他の女とヤル余裕なんて、絶対にない!」 僕が絶句しているとも知らず、悠理はさらに勢いづいて、叫んだ。 「背中の黒子が何だ!!あたいはなあ、清四郎のチ@毛の中に、黒子がふたつ並んでるのまで知ってるんだぞ!!」 「マジ!?」 「マジで!?」 突然、少女と女性の声が野太くなった。 嫌な予感に、全身が粟立つ。 まさか―― まさかまさか。 僕は引き攣りながら、少女と女性―― 否、少年と男性を指差した。 「貴方たち・・・もしかして、男色趣味をお持ちの方々ですか?」 僕に指差された少年と男性は、手を取り合って、その場に、よよよ、と泣き崩れた。 「そうよ!清ちゃんは、あたしたちオカマのアイドルだったのよ!」 「なのに、いきなり結婚しちゃうなんて、酷いじゃない!」 「許せないわ!」 「そうよ!許せないわ!」 野太い泣き声が、朝の空気を震動させた。 当然のことながら、周囲には人だかりができている。 その中心で、僕は脳貧血を起こして倒れそうになるのを堪えながら、抱き合って泣くオカマ二人を見下ろしていた。 背後から、さわさわと囁き合う生徒たちの声が聞こえてきた。オカマのアイドル、アソコの毛、黒子がふたつ、と、聴覚を遮断したくなる言葉の連発に、本当に意識を失いたくなった。 デキ婚疑惑どころではない。 僕は、不特定多数の生徒に、チ@毛の中にある黒子の数まで知られてしまったのだ。 その日は一日中、呆然自失の状態で過ごした。 そして、新居に戻るなり、そのままベッドに倒れ込んだ。 生まれてはじめて、登校拒否児の気持ちが分かった。もう学校など行きたくない。行かなくて済むなら、どれほど幸せだろう。一日じゅう、黒子がふたつ、と噂され、精神的に打ちのめされたのだ。明日も同じ目に遭うと思ったら、誰だって同じ気持ちになるはずだ。 ベッドに横たわる僕に、悠理がそろそろと抱きついてきた。 そして、僕の胸に顔を埋め、弱々しい声で僕の名を呼んだ。 「・・・あたい、信じていいんだよね?」 きっと、今朝の出来事のせいで、不安を掻き立てられたのだろう。いつになく不安げな姿が愛しくて、僕は悠理をきつく抱きしめた。 「もちろんです。僕には悠理だけしかいません。これから先も、悠理だけだと誓います。だから、安心して信じていてください。」 「本当?」 「本当です。」 悠理が顔を上げ、二人は見つめ合った。絡む視線に、熱が篭もる。 華奢な手が、僕のズボンのファスナーを下ろし、中に潜り込んできた。下着がずらされ、息子が外気に晒される。 「・・・清四郎、眼、瞑ってて。」 言われたとおり、僕は眼を閉じた。これから行われるであろう儀式に期待しながら。 しばし、間があく。 「うっ!」 いつもと違う感触に、腰が浮いた。 「動いたら駄目!」 冷たいものが、息子に当てられ、這い回る。 「ああん、皮が引っ掛かって、上手くいかない・・・」 「ゆ、悠理・・・いったい何を・・・」 何をされているかは分からぬが、普段と違う刺激を与えられ、僕は快感の息を吐いた。 「できた!!」 悠理が歓喜の声を上げた。 眼を開けると、間近に悠理の笑顔。 そして、その手には、油性ペンが握られていた。 さあーっと、血の気が引いた。 慌てて身を起こし、息子を見る。 息子には、下手糞な字で「ゆうり」と記されていた。 しかし、感触からして、それだけではないはず。 僕は息子を持ち上げ、身を折るようにして、裏側を覗いた。 裏側には、「せんよう」と描かれていた。 どうでもいい話だが、悠理の目線で描かれているため、表側は根元から先端に向けた文字。そして、裏側は、先端から根元に向けて描かれていた。 「・・・ゆ、悠理・・・」 僕はニコニコ顔の悠理を睨みつけた。 「かぶれたら、どう責任を取ってくれるんですかっ!?」 叫びながら、思った。 たぶん、問題点はそこではない。
|
背景:壁紙工房ジグラット様