甘い生活

第九話

※冒頭のシーンは、腐れた熟女のためのサービスカットです。そんなシチュエーションを「描け!」とリクエストしてきた、腐れトリオのみんな、有難う!愛してるわ!!

 

 

 

「せーしろー、まだ怒ってる?」

男心を擽る、甘えた声とともに、湯船の中の悠理が、顔を上げた。

「最初から怒っていませんよ。それより、悠理・・・」

僕は浴槽の縁に腰掛けたまま、悠理を見下ろして微笑んだ。

「そろそろ上がりませんか?ここには「風船」もありませんし、ねえ?」

僕がからかい混じりでそう言うと、悠理は僕の足の間で、ぶう、と頬を膨らませた。

 

そう。僕らはお風呂の中で、入浴とは関係のない行為に没頭していた。悠理のお陰で、息子は既に戦闘態勢を整えている。食物を摂取する器官も結構だが、やはり最後は熱く蕩けた場所で迎えたい。

「風船風船言うなよ。これでも野梨子には悪いことをしたって思ってるんだぞ。」

「はいはい。分かりましたよ。だから悠理、そろそろ風呂から上がりましょう。」

不満げに尖ったくちびるが緩んで、にやり、と意味ありげに微笑んだ。

「焦らされてるときのお前って、すっごいセクシーな顔をするよな。」

獲物を前にした獣がするように、赤い舌がちろりと覗いたのが、合図だった。

ややあって、俯いた頭が、リズムをつけて上下に動きだす。

 

局所から駆け登る快感に喘ぎながら、今日の昼間に起こった、まさしく白昼夢のごとき騒動を、ぼんやりと思い返す。

 

 

あのあと、失神した野梨子は、美童の手によってソファに寝かされ、魅録のほうは、僕が洗面所に運んだ。

魅録の介抱をしている間に、野梨子は意識を取り戻したが、僕と顔を合わせる前に、脱兎のごとき勢いで、剣菱邸を辞去したらしい。もちろん「風船」は置いたままで。

一方の魅録は、目覚めるとすぐにトイレへと駆け込んだ。そして、戻ってきたときは、臆病な野良犬のごとき面相になっており、哀しみと恐れが綯い交ぜになった眼を、僕と美童に向けていた。

 

月曜日のことを考えると憂鬱だったが、とりあえず先のことは忘れて、今の快感に身を委ねることにした。

 

 

風呂場で、違う意味でもスッキリして、僕たちは裸のままベッドに潜り込んだ。

羽毛よりも軽いキスを交わしながら、睦言を囁き合う。

「ねえ、清四郎。明日で結婚・初七日なんだよ。知ってた?」

悠理が、華奢な腕を僕の背中に滑らせながら、耳元で囁きかけてきた。

「・・・それは、仏事に用いる言葉です。縁起の悪いことを言わないで下さい。」

底抜けの馬鹿も、ここまで抜ければ可愛く思えるから不思議だ。

「じゃあ、結婚して一週間目は、何て言うの?」

ベッドの中で悠理が反転し、僕の上に乗っかってきた。日々の丹精の賜物か、僕の胸板と密着した乳房に、ささやかながらも谷間ができている。

「たった一週間では記念日になりませんよ。一年経って、ようやく紙婚式です。」

僕は、彼女の背中の窪みをひとつずつ確かめながら、歌うように諳んじた。

「紙婚式、綿婚式、皮婚式、花婚式、木婚式、鉄婚式、銅婚式、青銅婚式、陶器婚式、錫婚式。結婚記念日は一年ごとに輝きを増し、最後はダイヤモンド婚式となります。」

「ダイヤモンドで終わりなの?」

「そう。60年目の結婚記念日で終わりです。一説では75年目とも言いますがね。」

「たった75年?100年まであればいいのに。」

「無茶を言いますね。夫婦揃って最長寿記録保持者にでもならない限り、100年目の結婚記念日なんて迎えられませんよ。」

「大丈夫!あたいと清四郎なら、そのくらいいけるよ!」

悠理最大の魅力は、底抜けに明るい笑顔と、その思考だ。

心の底から湧きあがる愛しさに我慢ができず、悠理をぎゅっと抱きしめた。

「悠理・・・ずっと一緒にいましょうね。」

「うん!」

輝かんばかりに溌剌とした笑顔を見ただけで、僕は世界一の幸せ者になった気がした。

 

 

僕は、錯覚していた。

この、天使が作った砂糖菓子よりも甘い生活が、永遠に続くと、勘違いしていたのだ。

 

 

 

 

月曜日。案の定、野梨子は視線すら合わせてくれなかった。

予測していたとはいえ、こうもはっきり拒絶されると、哀しいものである。が、泣きを入れるほど、僕の矜持は低くない。こちらもさり気なく野梨子を避けつつ、かつ、離れずの体勢で、一日を過ごした。下手に刺激すれば、関係修復までさらに時間がかかるからだ。

そうしているうちに時間は過ぎ、あっという間に放課後となった。

 

僕は、職員室で諸事を済ませ、部室に向かった。

部室の前まで来ると、既に皆が揃っているのか、中から複数の声が漏れてきた。

「ねえ、プロポーズの言葉とかなかったの?」

いきなり聞こえた可憐の声に、僕はどきりとした。

「いきなり母ちゃんからコンイントドケを突きつけられたんだぞ。そんな余裕なんてあるもんか。」

「ええ!?じゃあ、プロポーズもされなかったの!?清四郎も酷い男だね。」

美童が呆れ気味の声を上げた。

「それじゃあ、つき合うときは?普通に、つき合って下さい、って言われたの?」

「ううん。」

「ええっ!?」

可憐と美童だけでなく、野梨子と魅録の声まで重なった。

 

酷い酷いと口々に言われても、悠理はただ笑っている。

しかし、僕のほうは、笑ってはいられない。

 

そうだった。僕は、悠理に交際を申し込んでもいないし、プロポーズもしていない。

結婚した際の事情が事情だから、プロポーズを忘れていたのは致し方ない。が、交際をはじめたときは、事情が違う。

半年前。いきなりその気になった僕は、「気持ちいいことしませんか?」と言って、悠理を押し倒した。そして、なし崩しに肉体関係を続けてきた。そんな訳だから、もちろん交際を申し込んでいるはずがない。

 

いくら愛し合っていると言っても、何の言葉もないなど、あまりにも酷すぎる。今からでも遅くはない。きちんとプロポーズをし、愛していると伝えるべきだ。

密かにそう決心し、ドアノブに手を伸ばしたとき、中から悠理の声が聞こえた。

 

「・・・清四郎とつき合ってなかったら、違う誰かと結婚していたかもしれないんだよな・・・」

ドアノブを掴もうとした手が、止まった。

「何だよお前。今からそんなこと言って、どうするんだよ?」

魅録の声。

「だって、清四郎とエッチしてたから、母ちゃんに結婚させられたんだもん。違うヤツとエッチしてたら、そいつと結婚しなきゃいけなかったってことになるだろ?」

結婚、させられた。

「もしかして、清四郎と結婚したことを後悔しているんですの?」

少しの、間。

「そうじゃないけど・・・違うヤツと結婚していたら、どんな生活をしていたんだろう?もしかしたら、今より楽しいのかな?って、何となく考えちゃうんだよね。だって、どうして清四郎とこうなったか、自分でも分かんないんだもん。最初だって、清四郎が好きだからエッチしたわけじゃないしさ。」

 

気がつかないうちに、僕は踵を返していた。

 

悠理は、僕と結婚したくて結婚したわけではない。

僕に甘えて、ところ構わず擦り寄ってくるのも、単に身体の相性がいいからで、二人の間に同等の愛が介在しているとは限らないのだ。

 

 

僕はそのまま学園を出て、二人の部屋へと戻ったが、愛の巣だと信じていた場所は酷く寒くて、胸の中まで凍えそうだった。

 

 

 

 

ぱち、と音がして、真っ暗だった部屋が、急に明るくなった。

「あれ?清四郎、戻ってたの?」

悠理の呼びかけにも、僕は顔を上げなかった。

とことこと近づいてくる気配。ソファに座った僕の足元に、悠理が滑り込んでくる。

「どうして黙って先に帰ったの?ずっと待ってたんだぞ。」

悠理が腰に抱きついて、僕の顔を覗きこんできた。が、僕は眼を伏せたまま、彼女を見つめ返そうともしなかった。

「もしかして、具合が悪いの?お医者さんを呼ぶ?」

緩慢に頭を左右に振ってみせたが、悠理はまだ心配げに顔を覗きこんでいる。

「・・・嫌なことでも、あったの?」

「・・・いえ。」

顔を逸らしたまま、立ち上がる。

「着替えてきます。」

それだけ言って、悠理に背を向けた。

歩きながら、制服のボタンを外す。脱いだ上着を腕にかけて、クロゼットの扉を開けようとしたとき、後ろから悠理が抱きついてきた。

「清四郎、本当にどうしたの?もしかして、野梨子のことを気にしてる?それなら大丈夫だよ。野梨子、もう怒ってないよ。今日一日、無視して悪かったって、言ってた。」

小さな手がベルトを外し、シャツを捲り上げてきた。

「清四郎が一人で先に帰っちゃってさ、寂しかったんだぞ。」

背中に、柔らかな膨らみを感じる。一方の手は、心臓の上を這い、残る一方の手は、ズボンのファスナーを開けて、下着の中に潜り込んできた。

「・・・清四郎・・・」

仔猫のような、甘く可愛らしい声。それを聞くだけで、身体が熱く―― 

 

次の瞬間、僕は悠理を突き飛ばしていた。

 

 

悠理は、絨毯の上で尻餅をつき、呆然と僕を見上げている。

「・・・ト、トイレに行ってきます!」

僕は彼女から逃げるように背中を向けて、トイレに駆け込んだ。

 

個室に入るなり、すぐにズボンの中を覗きこむ。

普段なら、悠理に迫られただけで元気になっていた息子が、申し訳なさそうに俯いている。

 

まさか。

まさかまさかまさかまさか。

 

「まさか」は、息子を擽ったり扱いたりしているうちに、眼を逸らし難い現実として、僕の前に突きつけられた。

 

 

 

 

僕はトイレから出ると、すぐに床に落ちた制服を拾い上げた。

「清四郎・・・清四郎?」

縋ろうとする悠理を振り払い、ベッドへ向かう。

そして、原色ピンクの枕を、無言で裏返した。

真っ青な「NO」の文字が目に滲みて、涙が溢れそうになる。

 

眼を伏せたまま、悠理を振り返る。

「―― 菊正宗の家に、戻ります。さよなら、悠理。」

「清四郎!」

 

僕は、悠理の顔も見ずに、部屋を飛び出した。

 

 

まさか、悠理に愛されていないと分かっただけで、無駄に元気だった息子が、頭すら上げられなくなるなんて―― 僕は、もう、ここにいる意味さえ失ってしまったのだ。

 

 

 

 

交際の申し込みも、プローポーズもしていないのに、僕と結婚した、悠理。

単に身体の相性が良かったから、僕と結婚した、悠理。

ただ、流されるままに、僕と結婚した、悠理。

 

愛してもいないのに、僕と結婚した―― 悠理。

 

 

それに気づいた今、もう、彼女の傍にはいられない。

 

 

 

 

こうして、僕たちの甘い生活は、あっけなく終わってしまったのだった。

  

 

 

 

 

 

最終話

TOP

 

背景:壁紙工房ジグラット様