Say・Say・Say

「―青少年清四郎クンの清廉な日々―」BY hachi 様

 

 

 

1. 

 

 

ここのところ、清四郎は、ずっと憂鬱だった。

 

成績が下がったわけではない。

ましてや、遅い反抗期に突入したわけでもない。

 

単なる、メランコリー。 有り得ない、感傷の類。

 

清四郎にとっては、素っ裸で阿波踊りに参加するより、珍奇な現象だった。

 

 

そして―― それを『恋』と呼ぶには、あまりにも清四郎の矜持は高すぎた。

 

 

 

 

悠理が伸びやかな腕を上げる。

裸の胸が、存在を誇示するかのように、突き出される。

へこんだ腹部の下に、穢れを知らぬ淡い繁みが、僅かに見えた。

その奥にあるのは、魅惑に満ちた、甘くて熱い泉。

 

悠理の足がゆっくりと開き、秘密の花園が陽光の下に晒されようとした、その、瞬間。

 

 

清四郎は、夢から醒めた。

 

 

 

カーテンの隙間から、眩い朝日が差し込んでいる。

硝子を隔てていても聞こえてくる、雀の声。清冽としか表現しようのない、朝の空気。

絵に描いたような、爽やかな朝である。

 

が。

 

縦縞パジャマに覆われた下半身は、まったく爽やかではなかった。

 

下着ごとパジャマを脱いで、妄想の結果を拭う。

新しい下着をつけて、何事もなかったかのように制服を纏い、汚れた下着をパジャマで包んで、部屋を出た。

 

一階に下りて、まずはパジャマを洗濯機に放り込む。まだ早い時間なので、家人の姿はない。それにほっとしながら、洗濯機の自動ボタンを押して、証拠隠滅を図る。

適量より大目の洗剤を投入したのは、悠理に対する疚しさも一緒に洗い流してしまいたかったからかもしれない。

 

顔を洗ってさっぱりしたら、ようやく人心地がついた。

自分でハムエッグを作り、トーストを焼いて、コーヒーを淹れる。食べている途中で母が起きてきたので、今日は東村寺に寄ってから学校に行くのだと嘘を吐いた。

 

 

朝の空気は、僅かな澱みもなく、どこまでも澄んでいた。

が、清冽な朝の気配に包まれていても、清四郎の煩悩はちっとも薄まらない。

その証拠に、足は東村寺でも、学校でもない方向に向かっている。

 

清四郎が向かった先は、は@バスの観光ルートにもなっているという、よく言えばシュールリアリズム、率直に言えば、珍奇な、大豪邸。

つまりは、剣菱邸である。

が。

行ったところで、何をするわけでもない。

ただ、悠理がいるであろう方向を眺め、彼女の姿を想像するだけである。

 

清四郎は、万里の長城並みに続く塀の一角に立った。

庭木に遮られ、悠理の部屋は見えないが、勝手知ったる剣菱家、方向くらいは分かる。長く深く呼吸をし、そっと眼を閉じて、もしかしたらまだ寝ているかもしれない悠理の姿を想像した。

 

丈の短い、薄地のネグリジェを纏った悠理が、真っ白いシーツにうつ伏せている。

布地越しに見える、白いパンティ。臀部の膨らみとは対照的な、細いウエスト。滑らかな背中を辿ると、男心をそそる項に行き着く。清四郎が産毛の絡む項に触れると、悠理は仰向けになった。

ふっくらとした胸が、呼吸に合わせて上下している。清四郎は、ごくりと咽喉を鳴らして、胸に埋もれた突端を指の腹で撫でた。

悠理が、あん、と甘い声を漏らした。立ち上がってきた先端を抓み、さらに刺激すると、悠理の声が高くなった。その声が可愛くて、ネグリジェの上から、乳首を舐めて、吸った。悠理は両手を上げて、ひときわ高く啼いた。

「・・・せいしろ・・・挿れて・・・」

すんなりとした足がシーツの上を滑り、貞操の砦が、開門した。

清四郎は、小さく頷くと、小さな布に覆われた泉に、ゆっくりと、手を伸ばした。

 

 

「ママー あのお兄ちゃん、ヘン。」

 

 

幼い少女の声に、現実へと返った。

清四郎は、声の主ではなく、まず、己の姿を確認した。

信じられないことに、清四郎は、さも女体が存在しているかのように、何もない空間を抱き、くちびるを突き出して空気を吸っていた。

爽やかな朝には見かけたくない、明らかな変態の姿である。

「しっ!見たらいけません!ほらっ、指差したら駄目よ!」

機械仕掛けの人形のように、ぎこちなく首を動かして振り返ると、若い母親が、黄色いバッグを提げた娘を引き摺るようにして、逃げるところだった。

 

清四郎は、制服の襟を正して、背筋をぴんと伸ばした。

腐っても優等生。ここで輝かしい人生に瑕をつけるわけにはいかない。

こほんと咳払いをひとつして、母子とは違う方向に歩き出す。

 

もちろん、鞄でズボンの前を隠しながら。

 

 

 

 

同時刻、悠理は。

 

予想通り寝てはいたが、もちろん、清四郎の妄想にあるようなスケスケネグリジェなど着てはおらず、通販で買い求めた、カンフーヒーローと同じ型の黄色いツナギを着て、大の字になっていた。

だらしなく大口を開けた姿に色気などあるはずもなく、何処からどう見ても「野郎」以下であった。

 

「むひゅひゅひゅひゅ〜 ゴハン〜 」

不気味な笑い声を立てて、頭から外れていた枕をはぐはぐと噛む。

口の端から涎が垂れているが、無論、清四郎の知るところではない。

それはともかく、人目に晒したくないほど、だらしない姿である。

 

 

このとき、二人は、まったく知らなかった。

また、予想もしなかった。

 

まさか―― 二人が、あんなとんでもない運命に、巻き込まれるとは。

 

 

 

 

清四郎がこうなったのは、ひと月ほど前からである。

 

それまでも、悠理に特別な感情を抱いているのには、薄々だが、気づいてはいた。が、まさか完璧を自負する自分が、よりにもよってエテ公に少なからぬ好意を寄せているなど、欠片も思えなかったし、また、そんなことは天地神明に誓って有り得ないはずだった。

しかし、運命とは、時にとんでもないアクロバットを決めてみせる。それは偶然にも清四郎の真上でばっちりと成功し、完璧な着地まで決めた。

 

そう。

とある出来事をきっかけに、清四郎の明晰な頭の中には、寝ても醒めても悠理の悩ましげな肢体しか思い浮かばなくなってしまったのだった。

 

 

ひと月ほど前、剣菱家主催の、従業員慰労パーティがあった。

参加資格はふたつ。剣菱系列の企業に就業していることと、小学生未満の児童を扶養していること。無論、万作夫婦がそれで良くとも、各企業としては、優良な社員を参加させたいのが本音である。しかも、この慰労パーティーには、とんでもない出し物がある。それに耐え得る社員でなければ、恐ろしくて参加させられないだろう。

 

とんでもない出し物―― それは、剣菱会長夫婦が企画し、自らも参加する、常識外れの演芸だった。

絵に描いたように従順な従業員と、その家族の前で、剣菱夫妻は眠り姫の寸劇を演じた。無駄に絢爛豪華な舞台装置は、無論、百合子の趣味であろう。内容に関しては、言わずもがな、である。あまりに見苦しい万作王子と、かなりとうの立った百合子姫の、納豆並みに糸を引きそうな臭い演技に、大人も子供も硬直した。

無理矢理参加させられたであろう豊作は、万作が演出したと丸分かりの「舌切り雀」の独り芝居を、シェイクスピアも真っ青になるほど大袈裟に演じ、観客から思いっきり引かれていた。

 

そして、いよいよ登場した悠理は、変身ヒーロー番組の紅一点とも言うべきキャラクターの扮装をして、仮設の舞台に立った。

 

企画の趣旨は分からぬが、大立ち回りを演じたあと、ピンクのジャケットを脱いで、キャミソール一枚になった彼女の姿に、清四郎はときめいた。

 

「ピンクウォーリアー チェーンジ!!」

悠理が、妙なポーズを取って、叫ぶ。

直後、煙幕に紛れて、悠理と、皮膚呼吸も出来なさそうなコスチュームの戦士が入れ替わった。

清四郎はちびっ子ではないので、着ぐるみとの闘いになど、興味はない。舞台の端に引っ込んだ悠理を追って、バックステージに向かった。

 

そして―― 偶然にも、幾重にもなったカーテンの陰で着替える、悠理の姿を目撃してしまったのだ。

 

 

暗がりの中、悠理はパンティストッキングを脱ぎ、すんなりとした素足をすべて晒していた。晒しているのは素足だけではない。ストッキングを脱いだためか、超ミニの革スカートが大きく捲れ、魅惑のデルタ地帯が、丸見えになっていた。

パンティは、悠理らしく、飾り気のない、シンプルな白地のものだ。だが、それが余計に妄想を掻き立てる。Y字の中心がグレーに翳っているのは、清四郎の願望が見せる幻だろうか?

 

清四郎が息を呑んで見守っていることにも気づかず、悠理は掴んだキャミソールの裾をぐっと上げて、惜しげもなく上半身まで晒した。

ふたつの膨らみが、暗がりの中で白く輝く。

「おおっ!」

清四郎は、口から漏れる感嘆の声を、両手を使って殺した。

 

が、しかし。

残念ながら、服の下は、ノーブラではなく、ヌー@ラだった。

 

ぱっと見が素肌っぽいので、期待したぶん、口惜しくてならない。清四郎は舌打ちをして、憎きヌー@ラを睨んだ。

そのときだった。

「ぷはー 」

悠理が、キャミソールが絡んだ腕を頭上に固定したまま、思い切り上体を反らした。

その勢いに負けたのか、左のヌーブラが外れ、その下から、可愛いらしい胸が、ぽろり、と現れた。

 

男を知らぬ胸は、神々しいまでに美しかった。

 

 

瞬間、清四郎は、神の啓示を受けた。

 

悠理の胸に顔を埋められるのは、菊正宗清四郎、お前しかいない、と。

 

 

はっきり言おう。

情緒欠陥男ゆえの、馬鹿な思い込みである。

それ以前の問題として、彼は、神の存在などはなから信じていないのだから、啓示を受けたと思うほうが、ちゃんちゃらおかしいのである。

 

しかし、そこは清四郎。

不条理など、装甲車並みの神経で跳ね飛ばして、神の啓示に従い、半裸の悠理に近づこうとした。

ちなみに、本人は気づいていないが、高い鼻梁の下には、赤い筋が二本、垂れている。

眼は血走っているし、かなりリアルな変態になっている。

 

「ウォーリアーロボ、合体!!」

 

足を一歩踏み出したとき、ステージのほうから、ヒーローたちの合唱が聞こえた。

一瞬の間を置いて、清四郎の頭上で、ぐわあ、と巨大なものが動く気配がした。

 

ごん。

 

遠くで、子供たちの歓声が聞こえた。

 

 

その日、舞台の目玉でもあった巨大ロボを固定していた支柱が、ロボット稼動の弾みで緩み、清四郎の頭を直撃したのは、神に見放されたとしか思えないほどの不運であった。

 

 

 

 

 

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