10.

 

 

同じ格闘技と言っても、清四郎が習得してきた柔道や空手、剣道と、次の対戦法である相撲は、似ているようで、まったく違う。

足捌き、腰の動き、技の持っていき方など、どれをとっても相撲独自のものであって、これを体得するには、長い年月と努力の積み重ねが必要であった。

 

しかし、清四郎に与えられた時間は、一週間しかない。

武道界の雄・雲海和尚の一番弟子を自負していても、さすがに鍛錬なしで相撲勝負に勝つ自信はなかった。

 

 

と、いうことで。

 

清四郎は、雲海に紹介してもらった相撲部屋に、特別待遇で短期留学することになった。

 

「相撲の心は、マワシを締めることから始まるっす!」

 

部屋に足を踏み入れるなり、ぶよぶよした浴衣巨漢三人に囲まれた清四郎は、彼らから凄い迫力で強要されて、嫌々ながら素っ裸になった。

漆黒のボクサーパンツを脱いで、浴衣巨漢のほうに、くるりと身体を向ける。

「おお!!」

「ほおおお!!」

「おおうっ!!」

清四郎の股間を見て、巨漢三人は感嘆の声を漏らした。

「・・・こ、コレは、マワシからはみ出るかもしれないっすな・・・」

「タマキ@がはみ出て擦れる痛みは、相当なものっすよ。」

「ここは、ワシらの腕の見せ所でごわす!!」

三人は、鼻息荒く、清四郎ににじり寄った。

「うわっ!な、なにを・・・あうっ!」

 

清四郎の逞しい裸体は、浴衣巨漢三人によって隙間なくみっちりと囲まれ、外側からはまったく見えなくなってしまった。

中で何が行われているかは、たぶん、皆さんのご想像のとおりであろう。

 

「うひゃひゃ!横から押し込まないでくださいーーー!!」

清四郎の絶叫は、ぶ厚い肉の壁が齎す防音効果によって、大半が掻き消されてしまった。

 

 

細身ながら、発達した筋肉に覆われた、見事な体躯。

野生の肉食獣を想像させる、太くも引き締まった太腿に、筋肉そのままに膨らんだ脹脛。

後ろを向けば、割箸が割れそうなほど、きゅっと締まった小尻が、惜しげもなく晒されている。

そして―― 逞しい胴に巻かれた、白いマワシ。

 

「・・・なかなか似合うじゃない。」

「力士にしては細すぎますけど、小兵の秘めた力を感じさせますわね。」

乙女の恥じらいを忘れて、清四郎の力士姿に見入る、可憐と野梨子。その隣では、魅録と美童が、何故かむっとしている。

「やっぱり相撲レスラーは髷だよ、髷。清四郎は短髪だから髷も結えないけれど、僕ならちゃんと結えるなあ。」

「あんたの場合、髷を通り越して、ポニーテールになるじゃない。ポニーテールの力士なんて、見たくもないわ。」

「力士といえば、睨み合いだろ?ガンを飛ばすなら、俺に任せておけ!」

「魅録が力士だなんて、万作おじさまが悩ましげなベリーダンスを踊るより、あり得ない話ですわ。」

野梨子から、ベリーダンスを踊る万作よりあり得ないと言われ、魅録は打ちひしがれた。

 

 

そんな仲間たちの遣り取りには眼もくれず、悠理は清四郎に見蕩れていた。

 

神聖な土俵に、清四郎の汗が散り、肉が躍る。

初心者ながら、がっぷり四つに組む姿は、様になっていた。

 

―― 清四郎を見ていると、なんだか、すごくドキドキする。

 

悠理は動悸が激しくなった胸を押さえながら、頬を桜色に染めて、稽古に励む清四郎の一挙手一投足を見つめていた。

 

そんなとき。

 

「ううっ!!」

相手力士にマワシを取られていた清四郎が、短く呻いた。

 

清四郎は、青いのだか、赤いのだか、今ひとつ分からない顔色をして、相手力士に向かって叫んだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!そんなにマワシを引っ張ったら、タ、タマが潰れます・・・!!」

 

その瞬間、悠理の眼がすうっと細くなった。

同時に、それまで清四郎に見入っていた女子二人の顔からも、表情が消える。

「ねえ悠理。近所に老舗の甘味処があるそうですけど、今から行ってみませんこと?」

「賛成!ここにいても仕方ないし、行こうぜ。」

「あ、あたしも行くわ。」

そして、女性三人は、後ろを振り返ることなく、去っていった。

 

後には、置き去りにされた男二人と、土俵上で悶え苦しむ清四郎の姿が、何とも言えない悲哀を漂わせつつ、残っていた。

 

 

 

 

対戦当日。

剣菱邸に作られた、特設の土俵に、職人たちが不眠不休で作り上げた化粧回しを締めた清四郎の、堂々たる姿が現れた。

 

化粧回しの図柄は、黄金の鍬と白百合。背景は、異様にもゴテゴテのゴシック風模様、縁取りには金糸と宝石が多用され、見ているだけで眼が痛くなりそうな絢爛さだった。

思いっ切り、疑いようもなく、万作夫妻の趣味が炸裂している。

が、中身は純然たる変態とはいえ、清四郎は、思わず齧りつきたくなるほど見目麗しい美男子である。悪趣味な化粧回しも、彼が締めれば、何となくサマになっているのだから、ある意味、凄い。

 

清四郎のあと、すぐに、対戦相手の玉風味金次郎が現れた。

 

「!!!!」

 

その場にいる誰もが、玉風味金次郎の姿に、戦慄した。

 

 

胸毛、腹毛、腕毛、足毛、脛毛、首毛、背毛、尻毛。

 

毛、毛、毛、毛、毛、毛、毛、毛、毛。

 

けけけけけけけけ。

 

 

タマキ@・・・ではなく、玉風味金次郎は、全身が体毛に覆われていた。

 

否―― 正確には、マワシの隠された部分は、分からない。

もしかしたら、そこだけ、つるっとしているのかもしれない。

 

毛モジャモジャで、タマキ@だけ、つるっ。

 

「いやだああああああ!」

悠理は、自分の想像に、涙を流しながら絶叫した。

たとえ名前がタマキ@でも、それはいくら何でも嫌だ。

 

今さら念を押すのもおこがましいが、玉風味金次郎は、いくら名前が似ていようと、決してタマキ@を強調するような真似はしていない。

単に、悠理の頭に刷り込まれてしまっているだけなのだ。

 

 

一方、清四郎も、タマキ@・・・ではなく、玉風味金次郎の異様な外見に、圧倒されていた。

相撲を勝負に選んだだけあって、金次郎の体躯はかなり立派だ。だが、体型はともかくとして、あのモジャモジャな体毛と、今から相撲をしなくてはならないと思うだけで、意識が遠のきそうになった。

がっぷり四つに組んだら、清四郎の首を首毛が、腕を腕毛が、太腿を腿毛が、わさわさと絡みつくはずだ。想像もできない不快感に、全身が覆われるのは、どんな阿呆でも想像がつく。

 

だが、悠理のピンク色をした可愛い乳首を咥えてコリコリし、最終到達点では悠理とがっぷり四つに組んで腰の運動に励むためには、この闘いに、負けるわけにはいかないのだ。

 

清四郎は、覚悟を決めて、タマキ・・・ではなく、金次郎と睨み合った。

 

即席の四股名が、行司役を買って出た万作によって、浪々と読み上げられる。

作法に則って四股を踏み、塩を撒き、ちりを切る。

そして、いよいよ―― 

 

「はっけよーーーい、のぉこったぁっ!!」

 

行司役の万作が、唾を飛ばしながら、叫んだ。

 

 

組む瞬間、金次郎が楽しげに、そして、妙に艶っぽく微笑んだ。

 

それを見た清四郎の背筋に、今まで何度も体験した悪寒が、ざあっと走った。

 

 

 

 

組んだ途端、金次郎の胸毛が、清四郎の乳首をさわさわと擽った。

えもいわれぬ悪寒が、乳首から全身へと駆け巡る。

 

―― ひいいいいっ!

 

清四郎は、心の中で悲鳴を上げながら、必死になって金次郎のマワシを掴んだ。

が、金次郎は、何故か自ら進んで清四郎に腰を押しつけてきた。

僅かに開いた内腿を、金次郎の腿毛が擦る。耳元で、はふはふという、やけに高揚した呼吸音が聞こえる。毛に覆われた手が、マワシを取らずに、清四郎の背中を撫でる。

 

清四郎の乳首と、金次郎の乳首が擦れあった、その、粘着的感触。

あまりの気持ち悪さに、ざあっと全身に鳥肌が立った、そのとき。

 

金次郎が、清四郎の耳朶をハムハムと噛んだ。

 

「はうっ!!」

 

清四郎は、咄嗟に身を翻して、金次郎から離れた。

金次郎は、嬉々とした表情で、清四郎ににじり寄る。

 

ままままま、まさか。

 

清四郎は、金次郎を凝視したまま、ごくりと息を呑んだ。

―― まさか、名は体を表すの喩えどおり、タマキ@は、タマキ@好き・・・?

 

愕然とする清四郎を見つめながら、金次郎は、ふふふ、と女っぽく笑い、黒い体毛とは対照的な赤い舌を覗かせて、べろりと舌なめずりした。

「ホモ世界の隠れアイドルと、マワシひとつで取り組んだなんて、皆に羨ましがるわぁんvv最初は見合いなんて断ろうかと思ったけど、清ちゃんが相手なら、話は別vv

金次郎は、しなを作って、こちらに向かって、ばちん、とウインクをした。

ゴリラ顔で、体毛ゴリラのタマキ@から、女言葉で迫られた清四郎は、驚愕と衝撃と嫌悪のあまり、そのまま卒倒しそうになった。

 

悠理を賭けた闘いで、ホモと対決するなんて、想定外も想定外ではないか。

しかも、毛むくじゃらの、タマキ@ゴリラと。

 

 

 

眩暈を起こしてたたらを踏んだ足が、土俵際にかかり、升席から悲鳴が起こった。

「清四郎!」

ひときわ大きな悠理の声に、はっと覚醒する。

 

そうだ。ここで負けたら、悠理は、モジャモジャのタマキ@と結婚しなければならないかもしれないのだ。

結婚したら、ホモのタマキ@も、趣旨替えをして、悠理とあんなことやこんなことをするだろう。最初は嫌がっていた悠理も、体毛で全身の性感帯を擽られ、否が応にも感じてしまうはず。そして、やがてはその快感の虜になり、清四郎のように体毛の薄い男では、満足できない身体になってしまうかもしれない。

 

そんなこと、他の誰が許しても、清四郎が許しはしない。

 

清四郎は、土俵際で体勢を整えなおし、金次郎を睨みつけた。

「・・・ホモでもオカマでも、僕と悠理の恋路を邪魔する奴は、決して許しません!」

そう叫ぶと、勇ましく金次郎に飛び掛り、ふたたびがっぷりと四つに組んだ。

 

 

下手投げ、押し出し、櫓投げ、寄り切り、小手投げ、浴びせ倒し、掴み投げ。

本来は違う四十八手が得意な清四郎だが、このときばかりは、そちらではなく、相撲の四十八手の決め技を、頭の中で反芻した。

と、いうか、性技の四十八手を思い浮かべたら、とてもではないが、やっていられなかった。

 

金次郎の毛むくじゃらな足が、清四郎の股の間に入り、マワシに覆われた部分を、スリスリと擦り上げているだけでなく、興奮に膨らんだ乳首が、清四郎の乳首を絶えず刺激しているのだ。しかも、金次郎のマワシが、清四郎のマワシをゴリゴリと押してくる。

もう、いつ失神してもおかしくない状態である。

 

ここで、性的な妄想を膨らませたら、確実に負ける。

元禄の頃に選定された四十八手と、のちに認定された技の二十二手を加えて、現在、使われているのは、七十手もある。禁じ手の二手を加えれば、合計七十二手だ。

そのひとつひとつを思い浮かべながら、清四郎は、金次郎のモジャモジャ攻撃を必死で耐えた。

が、所詮のところ、七十二パターンしかないのだから、あっという間に限界がきた。

 

やばい、と思うより早く、金次郎が、清四郎のとんでもないところを弄りはじめた。

 

マワシを締めた尻の中心が、もぞもぞする。

その正体が何か分かった、その瞬間、全身が瘧のように震えた。

 

金次郎が、マワシと尻の隙間から指を捻じ込み、清四郎の大事な「モンは葵じゃなくて菊に似ているのよ黄門さま」を目指して、邁進していたのだ。

 

「うわあああああ!!」

清四郎は、悲鳴を上げて、金次郎を突き飛ばした。

 

金次郎と睨み合うこと、0・2秒。

このままでは、悠理の処女を頂く前に、清四郎がバックバージンを奪われてしまう。

貞操の危機を感じたと同時に、身体が勝手に動いて、金次郎を張り飛ばしていた。

 

 

突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り。

 

突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り突っ張り。

 

 

とにかく、死に物狂いで金次郎を突っ張って突っ張って突っ張って、押し捲った。

 

が、敵も然る者、ホモなだけに腰の粘りは強く、なかなか土俵下に落ちない。

それどころか、オキアガリコボシよろしく、突っ張りに仰け反った上半身を、反動をつけて前に突き出してきたではないか。それも、両手を広げて、くちびるをタコにして。

 

「清ちゃ〜んvv

 

毛むくじゃらの胸と、タラコくちびるが迫り、清四郎は動物的本能で素早く横に逃げた。

 

それが、勝負を決めた。

 

飛びかかる相手を失った金次郎は、そのまま前に傾いで、思いっ切り土俵に顔面をぶつけ、それきり動かなくなった。

 

「か・・・勝ったぁーーー!!」

土俵上で呆然とする清四郎に、仲間たちから称賛の拍手が送られる。

清四郎も、拍手を聞くうちに勝利を実感したのか、涙目で手を振り、歓声に応えた。

「・・・もう・・・ホモは、こりごりですっ!!」

恐怖に涙する清四郎を、皆は、勝利に感極まったのだと勘違いし、より感動した。

 

 

何はともあれ。

 

こうしてマッチョホモゴリラのタマキ@は、あえなく土俵の露と消えたのであった。

 

 

  

 

 

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