11.

 

 

タマキ・・・ではなく、玉風味金次郎との相撲勝負に勝利したものの、清四郎の心は晴れなかった。

 

マワシひとつを締めた裸体のあちこちに、金次郎のモジャ毛が付着していたのだ。

それも、付着した毛のすべてが黒々と縮れていたため、分かっていても、チ@毛と勘違いしてしまいそうになるのだから、悲惨である。

 

清四郎の無残な姿に、誰もが悲鳴を上げて飛び退った。

「ひいいいいいっ!」

「よ、寄るなっ!」

せっかく勝利したのに、悠理を含む全員が、清四郎の傍に寄ろうともしない。酷いことに、清四郎の家族まで、半径2メートル以内に近づこうとしないのだ。

 

一番辛かったのは、毛むくじゃらのホモと相撲を取らされた、清四郎というのに。

 

清四郎は涙を堪えながら、剣菱邸のゲストルームでシャワーを浴びて、感触ともども金次郎のモジャ毛を洗い流した。

 

 

ゲスト用のバスローブを羽織り、浴室を出る。

すると、そこに何と悠理が待っていた。

 

「・・・おめでとう。勝って、良かったな。」

ぶっきらぼうな口調でそう言うと、部屋から出て行こうとする。

「待ってください!」

慌てて後を追い、扉の手前で捕まえる。

「何か僕に用があったのでしょう?」

「用なら済んだよ。お前に、おめでとう、って言いたかっただけだから。」

「本当に、それだけですか?」

後ろから、真っ赤に染まった耳朶に囁きかける。

悠理は答えない。

清四郎は、悠理をこちらに向かせて、濡れたくちびるに、そっとくちづけた。

 

軽いキスを幾度が繰り返したあと、悠理の肩を抱いて、ベッドへと向かった。

悠理をベッドの縁に座らせて、もう一度、キスをする。

真っ赤に熟れた顔を覗きこんで、低い声で問う。

「約束・・・覚えていますね?」

答えの代わりに、悠理の吐息が小さく震えた。

 

 

パーカーを肩から落とし、タンクトップを脱がせた。

ブラ一枚になった上半身を、悠理が手で隠そうとする。

その腕ごと抱いて、背中でブラのホックを外すと、悠理は身を固くした。

華奢な肩から、ブラの肩紐を滑り落とし、最後の砦となった腕を、左右に押し開く。

「やっ・・・」

抗うというには、弱すぎる声を漏らし、悠理はされるがままに両腕を開き、下ろした。

肩紐が落ちて、ブラのカップが外れ、その下から、可愛い乳房が現れた。

 

清四郎は、ごくりと息を呑んだ。

薄闇の中で、遠目に垣間見たときとは比べ物にならないほど、悠理の乳房は、神々しくも淫猥な美に彩られていた。

 

胸の高鳴りをどうすることもできず、悠理の乳房にくちびるを落とす。

くちびるが触れた途端、悠理がびくりと震えた。

白く柔らかな乳房の肉を、くちびるで優しく食んで、むっちりした弾力を楽しむ。

そして、舌を這わせながら、頂へと向かう。

「あっ・・・ん・・・」

乳首を舐められ、悠理が甘い声を漏らす。

快楽を知らぬ乳頭は、乳房の丘に埋もれている。

舌先で優しく突いて、ノックをすると、ぷっくりと膨んで顔を覗かせてきた。

それを咥えて、舌先で嬲りながら、痛みを感じぬ程度に、前歯で優しく噛んでやる。

拘束していた腕を解放すると、悠理は当然のように清四郎の肩に縋りついてきた。

 

両手で乳房を揉みながら、ふたつの乳首を交互に吸い上げる。

両方の先端を指で抓み、捏ね回すと、悠理が淫らな声を上げた。

熱く潤んだ瞳が、覚えかけの悦楽に夢中になっていることを、教えてくれていた。

 

見つめあいながら、二人はベッドへ身を沈めた。

悠理のズボンに手をかけ、金具を外す。

悠理はまったく抵抗しない。ただ、潤んだ瞳で、清四郎を見上げている。

 

このまま抱いても、悠理は清四郎を受け入れるだろう。

と、いうよりも、抱かれることを望んでいる。

清四郎も、今すぐ悠理を貫いて、快楽のすべてを教えてやりたかった。

真っ白な身体に、清四郎という男を刻みつけ、永遠に忘れないようにしてやりたかった。

 

 

だが。

 

 

清四郎は、ベッドから身を起こして、悠理の剥き出しの上半身を、枕で覆った。

「どうしたんだよ?」

枕を抱いたまま、悠理が起き上がる。彼女の顔は、戸惑いと不満でいっぱいだ。

その額に、キスを落として、微笑みかける。

「続きは、僕が最後まで勝ち抜いて、正々堂々と悠理を抱けるようになってからにしましょう。」

言葉の途中で、真剣になっていたのだろう。清四郎を見つめる悠理の顔から、それまで浮かんでいた淫猥な色が消え失せた。

清四郎は、真剣な表情のまま、悠理に言った。

「お前は、僕のものです。誰にも渡さない。絶対に他の誰かに渡しはしない。」

「清四郎・・・」

悠理が、縋るように呟いた。

そんな彼女を、安心させるために、にっこりと微笑む。

「大丈夫、僕は負けません。お前を手に入れるためなら、何が何でも勝ちつづけてみせますよ。」

 

そうだ。何が何でも、勝ってみせる。

そして、一転の曇りもなく、悠理をこの腕に抱いてみせる。

 

清四郎は、最終勝負へ挑む決意を、さらに固くした。

 

 

 

 

その日、悠理と乳繰り合ったお陰で、マッチョなゴリラのホモタマキ@との悪夢のような相撲勝負は夢に出ず、清四郎は、健やかなる眠りにつけた。

それまでの夢では味わえなかった、可愛い乳房の弾力や、吸いつくような肌の質感も、この日はリアルに再現されたし、耳に残る愛らしい声も完璧に再生されて、大満足の朝を迎えることができた。

 

トイレットペーパーの減りが早いと、しつこく訝しがる母を尻目に、夢の名残をトイレですっきりと流し去って、ハミングをしながら家を出た。

いつものごとく野梨子とともに登校し、授業を受け、学食で皆と昼食を摂る。

その後、悠理を連れて生徒会室へしけ込み、嫌がる彼女の乳房を揉みながらキスを交わして、午後からの授業に備えた。

そして、放課後。

 

清四郎と悠理は、一緒に下校して、次の対戦相手と対戦方法の告知を聞くために、剣菱邸へと向かった。

 

 

 

 

清潔感溢れる短い黒髪。きりりとした眉。

目元涼やかで、鼻梁は高く、すっきり整っている。

口角の上がった薄いくちびるは、少々嫌味な印象を与えるが、それが彼の端正な顔によく似合っていた。

 

―― 「七賢 尚也」

 

まるでテレビや雑誌から抜け出してきたような、ずば抜けて恰好の良い美青年が、清四郎の、最後の対戦相手だった。

 

七賢尚也の祖先は呉服屋で、文明開化、戦後の混乱も代々の商才で乗り切ってきた。そして、現在。七賢家は、日本のみならず世界各国に店舗を持つ、一流デパートを経営している。現社長は尚也の父で、会長は、祖父である。尚也自身も経営に加わり、父の側近として、重要な役割を果たしているそうだ。

 

 

「・・・イイオトコじゃん。」

悠理が、写真を凝視したまま、ぼそっと呟く。

それを耳聡く聞きつけた清四郎は、ぴくり、と反応して、隣に座る悠理を見た。

「・・・良い男?」

「うん、イイオトコ。」

悠理があっけらかんと答える。清四郎のこめかみが、ぴくぴく蠢いているとも知らずに。

 

清四郎は、わざとらしく、こほんと咳をして、向かいに座る万作へと向き直った。

「それで、最後の対戦方法は、何に決まったのですか?」

 

「囲碁だがや。」

 

清四郎は、我が耳を疑った。

「・・・囲碁。」

「そう、囲碁だべ。」

 

ここにきて、囲碁。

至極まっとうな対戦方法だが、なんとなく、納得がいかない。

 

「囲碁と見せかけて、実はムシキ@グのカードゲーム対決とか、ドリアンの大食い我慢大会とか、イルカに乗って曲芸対戦とか、ゲイとアルゼンチンタンゴを踊るとか、そんなのことはありませんか?」

「うんにゃ、囲碁だ。」

 

万作にきっぱりと断言され、渋々引き下がったものの、やはり納得がいかない。

今までの対戦からしてみても、美青年と、真っ当な方法で勝負をするなんて、あり得ないではないか。

もしかしたら、インキンタムシで苦しんでいるとか、実は等身大美少女フィギュアを集めるのが趣味とか、女装癖のあるM男とか、裏があるのかもしれない。

しかし、釣書を見ても、そこには華やかな経歴が紹介されているだけ。どこにも妙なところはない。それどころか、経歴が輝かしすぎて、眼に痛いほどだ。

 

 

納得のいかないまま、万作の書斎を後にし、当然のように悠理の部屋へ向かう。

 

ソファにどっかと腰を下ろし、その隣に悠理を座らせるべく、手招きして呼ぶ。

が、悠理も馬鹿ではない。隣に座ればどうなるかは、身を持って知っている。

悠理は隣ではなく、清四郎の向かい側に座った。

従順でない悠理に、少しムッとしたものの、清四郎はあえて何も言わなかった。

 

何しろ、清四郎は、悠理の乳首を舐めて吸って揉んで弄り回しただけでなく、未開の処女地への侵入も許された身なのだ。寛大になっても、当然である。

 

悠理は、万作から貰った七賢尚也の写真を見つめて、ほう、と溜息を吐いた。

「ホント、イイオトコだよな。今までの化け物じみた四人からしたら、月とスッポンどころの差じゃないよ。」

 

ぴく。

清四郎のこめかみが、痙攣した。

 

「しかも、対戦方法は囲碁だろ?野梨子と同じ趣味ってことは、コイツもきっと賢いんだろうな。」

 

ぴきぴき。ぴきっ。

こめかみに、青筋が浮く。

 

「これで性格が良かったら、サイコーだよな。結婚したがる女も、大勢いそう。」

 

ぶちっ。

堪忍袋の、緒が切れた。

 

清四郎は、ふふ、と不気味に笑い、上目遣いで悠理を見た。

悠理は、清四郎の変化に、気づいていない。

「悠理は、この男と接吻をしても平気ですか?」

「あ、カッコイイし、それは平気かも。」

「では、胸を揉まれても?」

「うん、そのくらいなら、カッコイイし、いいよ。」

「乳首を吸われて、指でコリコリされても?」

「この顔なら、耐えられるかも。」

 

清四郎は、すっかり忘れている。

悠理に、今までの人三化七な対戦相手との性接触を妄想させ、恐怖に慄かせたことを。

しかも、対戦のたびに、悠理が怯えて泣くまで、しつこく。

 

魚眼レンズでブルテリアで水木しげ@のサラリーマンや、ハイパーオタクのマンデブや、鯉で白馬なダチョウや、ホモマッチョゴリラのタマキ@との、男女の営みを細かく想像させられたら、誰だって泣く。

だが、今回は、目元涼やかな美青年が、想像の相手である。

前の四人と@@する場面を思い浮かべる苦しみに比べたら、美青年に乳首を嘗め回される想像など、屁でもないだろう。

 

しかし、嫉妬に狂った清四郎に、今まで自分がしてきた仕打ちなど、思い出せようはずもない。

 

清四郎は、すっくと立つと、悠理を侮蔑を籠めた視線で見下ろした。

「つまり、僕でなくても、彼ならば、悠理のサクランボのように可愛い乳首を咥えさせて、嫌らしくコリコリ弄られても構わないと言うことですね?」

 

変態は、嫉妬までもが変態っぽかった。

否、変態であるがゆえ、嫉妬も変態っぽくて当然であろう。

と、いうより、変態は、何をやっても変態なのである。

 

普通の娘なら気味悪がって逃げるところだが、幸いにも、悠理には変態への免疫があった。

「何だよ、それ?お前が平気かって聞くから、平気だって答えただけなのに、何で怒るんだよ?」

「所詮、悠理は僕以外の男と結婚することになっても、平気なんですね。僕と違って。」

二人の間に、険悪なムードが漂う。

そのムードを、決定的に悪化させたのは、清四郎のひと言だった。

 

「どうせ悠理は、僕が負ければいいと思っているのでしょう?」

 

確かに、悠理は全面的に清四郎を応援していたわけではない。

化け物じみた求婚者が負けてくれれば、あとはどうでもいいと思ったこともある。

だが、打算を抜きにしても、ちゃんと応援していたし、清四郎に求められるまま、ファーストキスも、ファーストペッティングも、度の越えたスキンシップも許してきたではないか。

いくら悠理でも、何とも思っていない男に、そこまで許しはしない。

 

「七賢尚也に勝つ自信がないから、今から言い訳しているのか?」

 

悠理の、らしくもなく辛辣な嫌味に、清四郎はかっとなった。

上から悠理を睨みつけ、感情を押し殺した低い声で、言い放つ。

 

「分かりました。悠理は僕が負けて、七賢尚也が勝てばいいと思っているのですね。でも、悠理の思い通りにはさせませんよ。言ったはずです。悠理の可愛い乳首を咥えられるのは、僕だけだと。決して他の男には、咥えさせません!!」

 

表現はおかしいが、清四郎が猛烈に嫉妬しているのは、明白だった。

 

「悠理!僕は、絶対に負けませんよ!」

清四郎は、そう叫ぶと、部屋から飛び出した。

 

あとに残された悠理は、傍らにあったクッションを掴むと、扉に向かって投げつけた。

 

「清四郎の、馬鹿たれーーー!!」

 

そして、きゅっとくちびるを噛んで、呟く。

 

「・・・清四郎の・・・馬鹿・・・・」

 

 

 

 

それから一週間、清四郎は、悠理の前に姿を現さなかった。

 

 

 

そして―― いよいよ、すべてを賭けた最終対決が、はじまる。

 

 

 

 

 

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