4.

 

 

  

その日のうちに、清四郎と求婚者たちの対決方法は決定した。

当然の如く、後からしゃしゃり出た清四郎には不利な条件が突きつけられた。恐らくは、というより、確実に、それだけが理由ではあるまい。ルールからして、百合子の個人的趣味が炸裂しているのは、明白であった。

 

清四郎は、求婚者たちと、一対一で闘う。

対決内容は、求婚者が各々選んだ方法であり、清四郎に拒否権は一切与えられない。

対決の回数は、求婚者ひとりにつき、一回。

敗者は、その時点で悠理と結婚する資格を失う。

 

つまり、清四郎が勝ち抜けば、自動的に悠理を手に入れられるが、一人でも負けたら、永久に悠理を己が腕に抱けなくなる。

 

まさしく、待ったなしの、真剣勝負だ。

しかも―― 清四郎には、著しく不利な。

 

「数多の困難を乗り越えて、愛しい姫君を救う」的な、不条理かつ横暴なルールなど、どう考えても百合子の少女趣味が関連しているとしか思えない。

何しろ、百合子の頭の中には、舞い散る薔薇を背負って、颯爽と現れる胡散臭い王子が未だに存在している。本当ならば、清四郎と求婚者たちに、コントのような白タイツを穿かせて対決させたいのかもしれない。

 

 

清四郎は不機嫌を眉間に貼りつけたまま、己が王子様タイツを穿いた姿を想像し、さらに暗澹たる気分に陥った。

 

それでも、みすみす悠理を他の男に盗られないだけ、マシか。

 

悠理の、初心なピンク色をした乳首を、自分以外の男が咥えている光景を想像しただけで、悶絶死してしまいそうだ。

あの、無垢で、小さく愛らしく、普段は胸の丘に埋もれた、処女性を象徴するかのような乳首を、どこの馬の骨とも知れぬ男が、音を立てて吸い上げるなど、決して許されることではない。

 

 

ソファに座って沈黙していた清四郎が、いきなり己が頭を抱えこむ。

それを間近で見物していた悠理は、自慢の跳躍力を生かして後方に飛び退った。

経験上、彼が理解を超えた行動に走った場合、悠理にとってはロクでもないことになるのが本能的に分かっている。脳味噌で理解していないところが、野生動物・悠理の悠理たる所以であった。

 

因みに、ここは剣菱家の第五応接室である。広さや調度品の豪華さは、前よっつの応接室に引けを取るが、そのぶん剣菱夫妻の悪趣味っぷりが薄れ、他の部屋より落ち着けると概ね訪問客の好評を得ていた。

余談ではあるが、もっとも大きな第一応接室は、インドのマハラジャも驚きのあまり踊り出すほど金ピカで、居心地の悪さと言ったら、この上なかった。

 

悠理は、安全圏まで避難したところで、恐る恐る清四郎の様子を確かめてみた。清四郎は頭を抱え込んだまま、石像と化している。丸めた背中に悲哀が漂っているように見え、ほんの少しだけ彼が可哀想になった。

悠理が同情するのも、まあ、分からなくもない。理解不能の言動で悠理をぶんぶん振り回しているものの、鬼より怖い百合子に無理難題を突きつけられては、流石の彼も意気消沈するだろうし、何よりも、悠理を愛しているからこそ、艱難辛苦に立ち向かおうとしているのだ。ヒトよりサルに近い知能でも、そんな男に気持ちが傾かないわけがない。

 

しかし。

 

悠理の同情は、まったくと言って良いほど、無駄であった。

 

 

 

「清四郎・・・清四郎以外の男に、ここを舐めさせてもいいの?」

悠理が外したブラジャーを放り投げ、清四郎の頭を両手で抱えた。

自然と、清四郎の目の前に、小さいながらも形のよい乳房が迫る。

悠理のかすかな動きに合わせて、ピンク色の先端が小さく揺れる。清四郎は眼を細めながら、可愛らしい乳首を眺め、そこにふうっと息をかけた。

くすぐったかったのか、悠理が甘い声を漏らして身を捩る。清四郎はすかさず可愛い乳首を口に含み、舌先を使って先端を転がした。

「あん・・・」

悠理が切なげに啼く。舌を丸めて吸い上げると、清四郎の可愛い夜啼鶯は、さらに良い声で啼いた。

もっと良い声で啼かせたくて、彼女の腋の下から腰まで、性感帯が伸びる部分を柔らかく擦りながら、執拗に乳首を吸った。

たっぷりと堪能してから、悠理の乳首を解放する。清四郎の唾液で濡れた乳首は、つんと尖って、男を誘っている。見上げれば、悠理の潤んだ瞳も、男を誘っていた。

清四郎は、その瞳を見て、ニヤリと笑った。

「他の男に、舐めてもらいたいんですか?」

「意地悪・・・」

悠理が頬を赤く染めて、清四郎の胸を打つ。愛しい女の可愛い姿に、清四郎のボルテージは一気に急上昇した。

「こんなに美味しいところを、僕以外の男に舐めさせるなんて許しませんよ。」

そして、ふたたび悠理の胸に顔を埋めて、甘い果実を夢中で貪った。

 

 

 

むくっ。

清四郎がいきなり顔を上げたので、悠理は慌てて物陰に隠れた。

清四郎が緩慢な動作で頭を動かし、部屋を見回す。悠理は必死に身を隠したが、寸足らずのローボードに身を隠すのは、どだい無理な話だった。

「悠理。」

名を呼ばれ、悠理はローボードの陰で身を竦ませた。清四郎の気配が近づいてくるのが、俯いていてもはっきり分かる。

ぐ、と後ろから肩を掴まれる。背中に感じる、清四郎の体温。なんだか、とてもドキドキする。清四郎と接近して、こんなに焦ることなんて、今までなかったのに。

 

髪にかかる吐息に、意識が麻痺しそうになった、そのとき。

 

 

「悠理の乳首は、とっても綺麗なピンク色をしていますね・・・」

 

 

次の瞬間、強烈なアッパーカットを喰らった清四郎は、矢@ジョーのように宙を舞った。

 

 

 

翌日の放課後。

倶楽部の一同は、生徒会も、部活も、デートも放り出して、剣菱家の第五応接室・・・ではなく、第六応接室に集結した。

因みに、第六応接室は、主に豊作が客を招くときに使用している。つまり、剣菱家では質素な、世間では普通、悪く言えば豊作らしい、何の変哲もない平凡な応接室であった。

 

そこで一同は顔を寄せ合い、テーブルに置かれた一枚の写真を覗きこんでいた。

 

皆が見ているのは、台紙に貼られた、四つ切の大判写真。そこには、畏まった恰好の若い男が、しゃんと背筋を伸ばした姿で写っている。所謂『お見合い写真』というやつだ。

いいところのお坊ちゃんらしく、身形は整っている。袖口からちらりと覗く腕時計も、ダイヤの輝きが眩しいほどで、「金の苦労は一切させませんよ」と、写真を検分する見合い相手に訴えているかのようであった。

しかし、一同の関心は、そんなところにはまったくなかった。

 

 

―― 魚眼レンズ越しの写真か?

清四郎は、写真を睨みつけながら、自分の眼球が歪んだのではないかと、内心で疑っていた。

やけに間延びした顔なのだ。締まりがないのではない。本当に伸びているのだ。

 

「・・・言っちゃ悪いけど、このひと、ブルテリアに似ていないかい?」

美童がぼそりと呟く。

それを聞いた一同は、頭を揃えて、うんうんと深く頷いた。

「そうそう!顔の真ん中に余裕があって、目と口は端っこで窮屈そうなところがそっくりよ!」

可憐が、当人が聞いたら怒り狂いそうなことを叫ぶ。

「ブルテリアは愛嬌がありますけれど、この方には、流石にそれはありませんわね。」

野梨子も何気なく酷い言葉を吐く。

「しかし、ブルテリアって言うのは、ぴったりだな。」

魅録の呟きを聞いて、ひとり離れた場所で煎餅を齧っていた悠理が、そお?と首を傾げた。

 

「っていうかさぁ、水木しげ@のサラリーマン?」

 

「「「それ!!」」」

 

野梨子以外の全員が、顔を上げて悠理を指差した。

 

 

魚眼レンズでブルテリアで水木しげ@のサラリーマンな、写真の主―― クソミソに貶されているが、正真正銘の大手アパレルメーカーの代表取締役社長である。

 

そして―― 彼こそが、清四郎の第一戦の相手・亀萬ミツルであった。

 

 

「こんな男と結婚しなきゃいけないかもしれないなんて、悠理も気の毒よねえ。」

指先で抓んだ写真をテーブルに放り投げ、可憐が溜息を吐く。

「あら、亀萬ミツルさんは、将来有望な実業家ですのよ。本職のアパレル企業だけでなく、レストランやリサイクルショップなどのチェーン店経営にも乗り出されて、すべて成功を収めていらっしゃるそうですもの。個人資産も、かなりのものではないかしら?」

野梨子がティーカップから口を離して、さらりと言う。その途端、可憐の表情ががらりと変わった。

「清四郎!あんた、何が何でも勝ちなさいよ!」

可憐が、胸倉を掴まんばかりの勢いで、清四郎に迫る。破談になったらおこぼれに預かろうという、意地汚い魂胆が丸見えだが、玉の輿は彼女の人生最大の目標であるから、多少意地汚くても致し方あるまい。

 

「もちろんです!!」

清四郎も、可憐に負けない勢いで、胸を張って応える。ただし、こちらのほうは、可憐と違い、頭の箍が外れかかっているので、胸を張る動作もどこか不気味である。

「この僕が、魚眼レンズでブルテリアで水木しげ@のサラリーマンに負けるはずがありません!きっと悠理を手に入れてみせますとも!!」

自信満々に答えて、爽やかに―― と、いうより、どことなく不気味に、白い歯をキラリと光らせて笑った。

そんな彼を見ていた悠理が、突然、いやだあ、と泣き声を上げた。

 

「清四郎なんかと、結婚したくないよぉ!!」

「何を言うのです!?」

 

「きゃあっ!!」

清四郎が急に立ち上がったので、間近にいた可憐は驚いてバランスを崩し、後ろに引っ繰り返った。スカートがべろんと捲れ、神々しくも白いレースのパンティが男性陣の眼に晒される。男性陣は慌てて眼を伏せたが、見てしまったことに変わりはない。

可憐は大慌ててスカートを下げ、鬼のような形相で清四郎を睨みつけた。が、清四郎の眼には当然の如く悠理しか映っていないので、可憐など知ったことではない。

「清四郎の馬鹿!阿呆!」

可憐の罵倒を背中で受けながら、清四郎は悠理に迫った。

 

迫り来る清四郎を前に、悠理は蛇に睨まれた蛙の如く硬直する。両手を取られ、胸の前でがしっと掴まれても、身動きひとつ取れずにいた。

「僕と結婚しなければ、悠理は魚眼レンズでブルテリアで水木しげ@のサラリーマンな男と結婚しなくてはならないんですよ!?」

清四郎の勢いに、悠理の顔が恐怖で歪む。そんな彼女に、清四郎はさらに顔を寄せて、追い詰める。

 

「良いですか!?よく考えてみてください!!万が一にでも彼と結婚したら、悠理は魚眼レンズでブルテリアで水木しげ@のサラリーマンな男と誓いの接吻をするのですよ!?」

 

ひい、と悠理の口から掠れた悲鳴が上がったのは、亀萬ミツルと接吻する自分を想像したせいか、はたまた清四郎の迫力に気圧されたせいか。

しかし、清四郎は、さらに悠理を追い詰める。

 

「それだけではありません!夫婦となれば、当然ベッドも共にします!悠理は魚眼レンズでブルテリアで水木しげ@のサラリーマンな男に身体じゅうを舐められることになります!!それだけじゃない!大きく足を広げさせられて、露わになった股間に、魚眼レンズでブルテリアで水木しげ@のサラリーマンな顔を埋められるのですよ!!それでもいいのですか!?」

 

「そんなのイヤだあああああああ」

泣き叫ぶ悠理を見て、美童がやれやれと頭を振る。

「清四郎にされるのも、どっちもどっちでイヤだと思うけどね。」

それを聞いた仲間たちが、うんうんと揃って頷く。

 

「それではっ!彼と結婚しなくて済むよう、僕に協力しなさい!」

清四郎に鼻息荒く命じられ、悠理は泣きじゃくりながらも、はい、と答えて頷いた。

こうなると、完全な脅しである。

 

えぐえぐと泣く悠理と、そんな彼女の頭を撫でる清四郎。

何だかんだ言いながら、けっこう似合いの二人である。

 

「ありゃ、結婚したあとが思いやられるな。」

魅録が漏らした苦笑混じりの呟きに、野梨子がくすりと笑声を立てる。

「でも、清四郎は悠理が可愛くて仕方ないみたいですし、悠理の態度によっては、立場が逆転するかもしれませんわよ?」

「悠理のほうも、まんざらじゃないみたいだし、ねえ?」

美童の口元に、優しい笑みが浮かぶ。

「そうね。清四郎が勝ち抜けば、それだけフリーの金持ちが増えるってことだし、清四郎には是非とも頑張ってもらわなきゃ!」

打算的ではあるが、可憐の言葉には、仲間を思い遣る優しさもちゃんと隠れている。

 

 

そんなこんなで、清四郎VS亀萬ミツルの戦いに、火蓋は切って落とされた。

 

 

 

そして、亀萬ミツルが選んだ、対戦方法は―― 

 

 

 

 

―― ホットドッグの早食い競争だった。

 

 

 

 

 

 

 

NEXT

TOP

 素材:イラそよ様