6.

 

 

 

ホットドッグ早食い競争に勝利して二時間後。

清四郎は、剣菱邸に設えられた、即席救護室のベッドの上で目覚めた。

 

眼を開けて、まず、視界に入ったのは、煌びやかな天井をバックにして、心配げに清四郎の顔を覗き込む悠理の顔だった。

大きな瞳が潤んでいるように見えるのは、希望的観測のせいかもしれなかったが、それでも悠理が傍にいてくれることが素直に嬉しかった。

清四郎は、きりきり痛む胃を手で押さえつつ、何とか起き上がると、悠理の手に自分の手をそっと重ねた。

「・・・悠理。付き添っていてくれたのですね。」

すると、悠理はそっぽを向いて、ぶっきらぼうに呟いた。

「お前が無理をして倒れたのは、あたいのせいだからな。」

「当然のことをしたまでです。」

くすりと笑う清四郎に、視線が引き寄せられそうになり、悠理は慌てて俯いた。

そこに、彼の声が追いかけてくる。

「御褒美の約束、覚えていますよね?」

 

悠理ははっと顔を上げて、またすぐ俯いた。

だって、あまりに彼が嬉しそうな顔をしていたから。

そんな顔をされたら、今さら、約束はなしだなんて言えるはずがない。

 

だから、悠理は覚悟を決めた。

嫌なものを先延ばしにしてしまうと、どんどん嫌になる。ならば、さっさと済ませてスッキリしよう。そうすれば、胸がどきどきして苦しいのも、きっとすぐに治る。

 

「・・・覚えてるよ!」

悠理は清四郎を睨みつけた。喧嘩腰で、真正面から。

「いいか!絶対に眼を開けるなよ!開けたらタダじゃおかないからな!」

「分かっていますよ。」

待ち受ける清四郎が、心から楽しげに答えた。理知に満ちた黒い瞳が、悠理を映して、きらきらと輝いている。

 

―― こいつ、本当にあたいのことが好きなんだ。

 

そう思った瞬間、胸がきゅんと鳴った。

そして、悠理はごく自然に、清四郎の頬へくちびるを寄せていた。

 

男にしては滑らかな頬の感触。具合が悪いためか、少し冷たい。

くちびるを落とした途端、清四郎だけでなく、こちらの頬の温度も急上昇したのが、はっきりと分かった。

 

恥ずかしくて眼も開けられないまま、悠理は俯いた。

「・・・悠理。」

不意に名を呼ばれたと思ったら、悠理の頬に、あたたかいものが触れた。

その正体が、清四郎のくちびるだと気づいても、動けなかった。

頬を啄ばむくちびるが、瞼に、そして額に移動する。いつの間にか、髪に指を差し入れられている。だけど、悠理はされるがままになっていた。

何だか、清四郎から与えられる感触が、妙に心地良かったから。

 

「次の対戦で、僕がまた勝ったら、今度は悠理のくちびるを下さい。」

悠理は、瞳を閉じたまま、うっとりと頷いた。

そこに、もう一度、頬に軽いキスが降る。

「約束ですよ?」

悠理が我に返って、羞恥に雄叫びを上げるまで、たっぷりと時間がかかったが、それは誰も知らない話である。

 

 

 

おしゃれ魔女が何たるかを知った清四郎は、予想通りひっくり返った。

そして、悠理も対戦相手―― つまり、求婚者の写真を見て、ひっくり返った。

 

標準を大幅に超えた脂肪を包むオーバーオール。ボンレスハム状態の腕のせいで、ギリギリまで伸び切った緑のジャージ。櫛を入れたことさえなさそうなボサボサ頭に巻かれた真っ赤なバンダナ。コントに出てきそうな丸眼鏡に、月面も真っ青のあばた面。

「垢抜けない」という表現すらできないほどダサく、アキバ系と評するのも申し訳ないほど暗く、可憐ならば半径20メートル以内には決して近づかないような、彼女イナイ歴三十二年の童貞だと断定できるオタク巨漢。

 

それが、「おしゃれ魔女ラ@&ベリー・ファッション対決」を対戦方法に選んだ、金鶴万太郎、そのひとであった。

 

 

「お前、絶対に勝てよ!きっと勝てよ!勝たなかったら、末代まで祟ってやるぞ!」

涙目で訴える悠理の背後では、可憐と野梨子が顔を揃えて頷いている。

清四郎はひっくり返ったときに強打した後頭部を擦りながら、もちろんですよ!と鼻息荒く言葉を返した。

とは言ったものの、まったくラ@&ベリーが分からない。清四郎は、おしゃれ魔女が何たるかを調べるべく、剣菱家の心臓とも言えるコンピュータールームへと向かった。

 

おしゃれ魔女ラ@&ベリーは、十四歳の可愛い魔女、ラ@とベリーが様々な「まほうカード」を使って、いかに変身できるかを競う、小学校低学年女児向けのゲームである。

ゲーム機に百円を投入すると、「まほうカード」が一枚出てくる。ゲームプレイヤーは収集したカードを駆使して、パジャマ姿のラ@もしくはベリーをお洒落に変身させるのだ。

そのお洒落も、ステージによって変えなければならない。ストリートから舞踏会まであるシーンに合わせ、十四歳の魔女をいかに可愛く着飾るかを競うのだ。

 

ゲームの内容を知った清四郎は、まず、仲間たちを呼び寄せて、各自に多額の軍資金を渡した。

そして、きょとんとする面々に向かって、言い放った。

「真面目にゲームをしてもよし、オタク系の店を攻めてもよし、とにかく「まほうカード」を集めてきてください!」

もちろん、皆は嫌がった。死ぬほど嫌がった。特に、ミニウインナー・・・ではなくて、魅録は必死に抵抗した。

野梨子や可憐はまだいい。美童だとて、弟を拝み倒して小さなガールフレンドを引っ張り出せば、自分が恥をかかずに済むだろう。が、魅録はそうもいかない。どう見ても強面の野郎が、小学校低学年女児が好むゲームのカードを大人買いするなど、変態以外の何ものでもない。

それでも「一時の恥と長年の友情と、どちらが大事なのですか!?」という清四郎の理不尽な理論に負けて、すごすごと引き下がるしかなかった。

 

そして、魅録はその後、厚い友情と引き換えに、秋葉原界隈に「ピンク頭のロリコン野郎」という不名誉な名を残すことになるのだった。

 

 

 

仲間たちの協力の甲斐あって、「まほうカード」は全種類を揃えることができた。

清四郎も努力を怠らず、自慢の頭脳をフル回転させて、すべてのカードをいかに組み合わせれば「おしゃれゲージ」が満タンになるかを覚えこんだ。

 

そこまでは完璧だった。

 

問題は、清四郎が音楽にあわせてタンバリンのリズムボタンを叩けないことだった。

 

 

「・・・お前、マジでリズム感ないな。」

大手ゲームメーカー・セ@から借りたゲーム機を前に、悠理が呆れたように呟いた。

がっくりと項垂れる清四郎の耳には、容赦のない言葉が余計に重く響く。事実を正鵠に射ているだけに、返す言葉が見つからない。唯一、咽喉から絞り出した言葉は、

「悪かったですね。」

という、何とも歯切れの悪いものだけであった。

 

清四郎のことなどお構いなしでゲームに興じる悠理の姿に、疲労が増す。お馬鹿なくせに、リズムにぴったり合わせてボタンを叩いているのが忌々しい。

ゲームを放り出した彼は、ソファに深々と身を預けて、リズムに合わせて腰を動かす悠理の後姿をぼんやりと眺めた。

 

後ろから見ても、女らしい体型とは言い難いものの、悠理も花も恥らうお年頃の娘の端くれである。ショートパンツに覆われたヒップは女らしい丸みを帯びており、その上にある腰は、見事に括れ、強く抱きしめたら折れてしまいそうだ。

 

―― ラ@やベリーが悠理だったら、誰よりも上手く踊らせられるだろうに。

 

 

 

悠理が腰をくねらせながら、清四郎の上で淫らなダンスを踊っている。

小ぶりな乳房が上下に動く様は、男の欲をさらにそそる。

清四郎が突き上げるリズムに翻弄されながら、それでも腰を振る悠理は、性愛に支配された一匹のメスに成り果てていた。

「あっ、あっ、清四郎・・・せい、し、ろ・・・」

限界が近いのか、悠理が首を振る。濡れた髪から汗が飛び、清四郎の胸板に降ってきた。清四郎の肌もじっとりと汗ばんでおり、混じり合った二人の汗は、シーツに流れ落ちて吸い込まれていった。

清四郎は、彼女の腰を支える手を離し、目の前で揺れる乳房を強く揉んだ。指の隙間から零れた乳房が大きく歪む。僅かに視線を上げると、痛みのためか、はたまた強すぎる快感のためか、悠理の顔も大きく歪んでいた。

「悠理・・・綺麗ですよ。もっとダンスを踊って、僕を楽しませてください・・・」

清四郎の呼びかけに、悠理はうっすらと眼を開けた。そして、しなやかに身を反らせて、さらに激しく腰を揺すった。

「くうっ・・・!」

激しさを増した悠理のダンスが、清四郎を、そして、怒張した男性器を翻弄する。

「ああ、悠理・・・!最高のダンスですよ・・・!!」

 

 

 

清四郎は、すっくとソファから立ち上がり、真っ直ぐにゲーム機へと歩んでいった。

そして、腰を振ってゲームに興じる悠理を、背後から。

 

突き飛ばした。

 

「ふぎゃ!」

間抜けな悲鳴を上げて踏鞴を踏む悠理には眼もくれず、清四郎はゲーム機の前に立った。

画面では、おしゃれ魔女のラ@が踊っている。

画面を見つめたまま、意識を集中して、とあることを念ずる。

 

「―― ここで踊っているのは、裸の悠理。」

 

そう。

清四郎は、裸体の悠理を誰よりも上手に踊らせることができる。

念ずれば念ずるほど、十四歳のおしゃれ魔女は姿形を変えていき、やがて完全な悠理の裸体となった。

その悩ましげな肢体に、清四郎はうっすらと笑んで、リズムボタンに手を置いた。

「悠理・・・誰よりも綺麗に踊らせてあげますよ。」

「清四郎!お前、絶対にヘンな妄想してるだろ!?てか、お前がヘンだろ!?」

涙目で叫ぶ悠理。しかし、清四郎は振り返らない。

 

そのとき既に、清四郎の意識は、現実を離れて、妄想の世界へと羽ばたいていた。

 

 

 

 

大会当日。

金鶴万太郎は、お決まりのようにポテトチップスの大袋とコーラのペットボトルを両腕に抱え、写真と何一つ変わらぬ服装で、対決の場に現れた。

予想通りの不気味な姿に、可憐と野梨子は手に手を取って逃げ出し、百合子は花婿候補を選んだ万作を、視線という名のナイフで突き刺した。

もしかしたら金鶴万太郎と結婚せねばならない悠理は、彼を見た瞬間から、完全にフリーズしており、豊作に揺さぶられても、何一つ反応しない。

 

 

 

「へっへっへ・・・あの娘が僕のベリーちゃんかぁ。やっぱり実物も可愛いなぁ。」

万太郎の粘着質な視線が、気絶寸前の悠理の全身を嘗め回す。

「早くあの娘と一緒に着せ替えごっこがしたいな・・・」

自分の上をいく変態発言に、清四郎の全身が粟立った。

明らかな変態だが、金鶴万太郎、実は超巨大なITグループを率いる代表取締役であり、その、度を越した蓬髪の中には、人並み外れた頭脳が詰まっているのだ。

しかし、清四郎にしてみれば、いくら世界に誇る頭脳の持ち主であっても、自分のものである悠理を狙う、不届きな輩のひとりでしかない。

 

悠理を守るために、清四郎は命を賭してでも闘うのだ。

 

 

対決のときがきた。

特設の大画面に、寝起きのベリーが映し出される。

万太郎は、大袈裟な動きでカードを一度天に翳してから、カードリーダーでバーコードをスキャンした。

カードをスキャンするごとに、寝起き姿のベリーが、可愛らしく、おしゃれに変身していく。

 

敵もなかなかのもの、おしゃれゲージは満タンだ。

しかし、清四郎も負けてはいられない。

悠理の乳首を咥える権利があるのは、菊正宗清四郎、ひとりしかいないのだから。

清四郎もカードを手にし、万太郎のあばた面を睨みつけた。

 

 

ステージは、六種類。

ストリートコート、ファッションストリート、ディスコ、シーサイドステージ、アイドルステージ、舞踏会とある。

今回の特別ルールは、公式大会用ではなく、すべてのステージで対戦し、どちらがより多くの白星を上げられるかを競い、引き分けの場合は、舞踏会を制した者に軍配が上がることになっていた。

 

よく考えれば、いい年をした大人と、神童の誉れ高い美青年が、対象年齢四歳〜十二歳の女児向けゲームで白熱した戦いを見せること自体がおかしいのだ。なのに、二人ともカードをスキャンするたび「はなやかヴィーナスヘア!」だの「ゴーゴーミニワンピ!」だの意味不明の雄叫びを上げるのだから、可笑しいこと甚だしい。

しかし、ふたりも大真面目に対戦しているだけに、誰もが感じているであろう違和感に対して、一人としてツッコミを入れることは出来なかった。

 

 

清四郎は、ストリートコートは落としたものの、ファッションストリートとディスコは見事勝利した。が、続くシーサイドステージとアイドルステージは万太郎に取られてしまい、勝敗は、残す舞踏会に委ねられることとなった。

 

 

いよいよ最終決戦。清四郎は、頭に叩き込んだ高得点コーディネートのとおり、ラ@に「ひまわりサンドレス」を着せてはいたが、彼の黒い瞳に映っていたものは、おしゃれ魔女ではなく、悠理の白い裸体であった。

 

すんなりと伸びた足でステップを踏み、悠理が華麗に舞う。彼女がくるりと回転すると、それに合わせて、可愛い乳房がぷるんと揺れる。男を惹きつける裸体とは対照的に、悠理が浮かべる微笑は、どこまでも無垢であり、それが余計に清四郎を夢中にさせた。

 

よく考えなくても、対象年齢四歳〜十二歳の女児向けゲームで、裸の女体を思い浮かべるなど、変態以外の何者でもない。

それでも清四郎は、悠理の華奢な腕にうっとりし、括れた腰に息を呑みながら、頭の中ではすっかり淫靡に変換されたゲームに興じたのであった。

 

 

 

結果。

 

清四郎のラ@は、金鶴万太郎操るベリーを征し、見事勝利を手中に収めた。

 

 

 

「やったーーー!!」

清四郎の勝利が分かった瞬間、観客席にいた仲間たちが飛び上がった。

仲間たちだけでなく、剣菱夫妻も手を叩いて喜んでいる。

敗れた万太郎はその場に伏し、ぶよぶよした手で床を叩いて、口惜しさを全身で表現している。

だが、清四郎の眼には、彼らの姿など映っていなかった。

 

彼の眼に映るのは、悠理ただひとり。

観客席の悠理は、野梨子と可憐と抱き合って、喜びに顔を輝かせていた。

 

「僕が勝ったのが、とても嬉しいのですね・・・」

狂喜乱舞する悠理を見つめ、清四郎は達成感に胸を熱くしていた。

普段は愛情表現など何一つしてくれない悠理が、清四郎の勝利を喜んでくれている。

それが、何よりも雄弁に愛を語っているように思え、不覚にも涙が溢れそうになった。

 

 

 

一方、観客席では。

 

「良かった〜!マンデブが負けてくれたよぉ!」

「本当!良かったですわね、悠理!あのおかしな人が負けて!」

「おめでとう、悠理!これでロリコンオタクブスデブと結婚しなくて済むじゃない!」

 

 

 

・・・清四郎の孤独な戦いは、まだまだ続く。

  

 

 

 

 

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