8.

 

 

 

案の定、とんでもない対戦方法と対戦相手に、悠理は激昂した。

「なんで鯉がダチョウに乗って競争するんだよ!?名前が白馬ってなくらいだから、せめて馬に乗れ!馬に!!」

 

ダチョウに乗った鯉も怖いが、白馬に乗った鯉も同じくらい怖い。

いや、馬に乗るのは白馬錦七五三太で、別に鯉が乗るわけではない。

ではなくて、馬は余所に置いておいて、まずはダチョウである。

というか、闘うのは鯉なので、やはり鯉が先であろう。

 

「あり?」

混乱していた悠理が、ふと素に戻る。

無意味なことを考えていた気がして、眼をぱちくりさせる。

そんな彼女の隣で、白馬錦七五三太の写真に見入っていた清四郎が唸った。

 

「・・・鯉は鯉でも、何鯉なんでしょうか?やはりベターに錦鯉ですかね?いや、王道といえば真鯉ですし、それとも意表を突いて鏡鯉とか?」

「ちっがーーーーうっ!!」

写真を睨んだまま石仏と化した清四郎の、ズレまくった疑問に、悠理は手刀で鋭いツッコミを入れた。

 

 

 

白馬錦七五三太は、鯉のような顔をしていながらも、驚くことに大手精密機器メーカーの御曹司だった。

後継者という立場に甘えることなく精進を重ね、現在は経営部門の先頭に立ち、辣腕を振るっているらしい。

 

「で、精密機器メーカーの御曹司が、なんでダチョウレース?」

美童の質問に、ジャージの上下を着た清四郎が、溜息混じりに答えた。

「何でも、学生の頃に自分の見聞を広めるため世界放浪の旅に出て、アフリカでダチョウの魅力に取り憑かれたそうなんです。それで、日本でもダチョウの素晴らしさを広く知ってもらおうと、瀬戸内の小島を買い取って、ダチョウパークを作るに至ったそうです。そして、オーナー自らも暇を見つけてはダチョウパークに顔を出し、ときにはダチョウレースの騎手として、ダチョウショーに出演しているとのことでした。」

ダチョウダチョウと連呼する清四郎の瞳は、やけに暗い。

「・・・で、ダチョウレースか。」

魅録が咥えた煙草を弄びながら、もごもごと呟いた。

 

皆がいるのは、剣菱系列のリゾートホテルに併設された乗馬場である。

都内から車で一時間という利便性のお陰で、休日といわず平日も乗馬を楽しむ人で賑わう場所であるのだが、今日から一週間も貸切となるため、周囲は閑散としていた。

が、恐らくは数日のうちに、奇異な光景を見物する野次馬たちでごった返すであろう。

 

てくてくてく。

清四郎たちの眼前を、ダチョウがのんびりとした足取りで通り過ぎていく。

振り返れば、体長2・5メートルもあろうダチョウが、柵に沿って自生するクローバーを啄ばんでいる。その隣では、別のダチョウが羽をばたばたと広げて寛いでいた。

 

「・・・さすがの剣菱も、ダチョウ牧場までは持っていなかったのね。」

「オーストリッチの輸入販売はしているようですわよ。」

柵の外から、可憐と野梨子が恐る恐るダチョウの顔を覗き込む。すると、ダチョウが、二人のほうへ顔を向け、ぐわあっ、と嘴を大きく開けた。鳥類とは思えぬその迫力に、二人は悲鳴を上げて飛び退った。

「野梨子、可憐。あまりダチョウを刺激しないでください。興奮させたら、余計に乗り難くなります。」

清四郎が眉を顰めて注意する。

が、彼の背後では。

 

「うひょひょひょひょーーいっ!」

悠理が、逃げ惑うダチョウを、自転車の全力疾走で追い回していた。

自転車で追い回され、ダチョウも必死だ。一方、悠理の嬉々とした姿は、もはや財閥令嬢の面影など微塵も残していなかった。

その後、清四郎のラリアットが悠理の咽喉元めがけて炸裂したのは、言うまでもない。

 

 

 

清四郎の愛馬・・・ならぬ、愛ダチョウは、リリアンちゃん(オス・四歳。命名は悠理)と決まった。

理由は、借りてきたダチョウの中で、もっとも頑丈そうで、スタミナもありそうだったからだ。

清四郎は、着痩せをするタイプとはいえ、体脂肪率はかなり低く、その体躯は鋼のごとき筋肉でできている。見た目より著しく重い清四郎を乗せて疾走できそうなのは、借りてきたダチョウ十羽の中で、リリアンちゃんただ一羽しかいなかったのだ。

 

しかし、リリアンちゃんは、大変に目つきが悪いダチョウであった。

ついでに言うなら、大人しいと言われるダチョウでありながら、大変に気性が荒かった。

 

 

いざ騎乗すべく、清四郎がリリアンちゃんの傍に寄ると、いきなり鋭い嘴で攻撃を受けた。

清四郎は、その嘴を白刃取りで受け止め、リリアンちゃんと睨み合った。

清四郎とリリアンちゃんの間に、見えない火花が飛ぶ。

「リリアン・・・大人しくしないと、食肉用に出荷しますよ?」

答えは、蹴りで返された。時速70キロメートルで疾走できる太い足が、清四郎めがけて襲いかかる。清四郎は、それを素早くかわしながら、同時に地面を蹴って、リリアンちゃんへの騎乗を試みた。

が、リリアンちゃんもさすがのもの、飛べないくせに立派な羽を広げて、清四郎の行く手を阻んだのだ。

 

騎乗に失敗した清四郎が、ちっ、と小さく舌打ちする。

リリアンちゃんのほうは、清四郎を嘲笑うかのごとく、くえぇっ、と低く鳴いた。

 

睨み合う清四郎とリリアンちゃん。

緊迫した空気が、一人と一羽の間に流れる。

 

 

柵の向こう側で闘いを見ていた仲間たちが、ぼそぼそと囁き合う。

「・・・なんか・・・馬鹿っぽくね?」

「確かに、笑うのも馬鹿馬鹿しいくらい、馬鹿馬鹿しいわよね。」

「あの清四郎が、ダチョウと闘ってるんだもんねえ。」

「白昼夢を見ていると思えば、まだ我慢もできますわよ。」

この場を楽しんでいるのは、悠理ただ一人。しかし、彼女が夢中になっているのは、清四郎とリリアンちゃんの闘いではなく、別のダチョウへの餌付けだった。

 

「お前、よく食べるなぁ。あたいに似ているじょ!」

悠理は、清四郎など見向きもせず、ダチョウのランブータンちゃん(メス・三歳。命名はやはり悠理)に、足下のクローバーを千切っては与えている。

ちなみに、ランブータンちゃんは、黒目がちの可愛らしいダチョウで、借りてきた十羽の中でもっとも小柄だった。

付け加えるならば、悠理が追い回していたダチョウのシシカバブちゃん(メス・五歳。命名は案の定悠理)は、可哀想に、疲れ切ってぐったりとしていた。

 

 

睨み合いに勝利した清四郎が、リリアンちゃんに飛び乗ろうと試みる。そうはさせるかと、リリアンちゃんが身を翻す。ふたたび緊迫した雰囲気が両者の間に走る。それを見て、仲間たちは深い溜息を吐いた。

 

「リリアン・・・何が何でも、お前に乗ってみせますよ。」

清四郎がそう呟いた、そのとき。

リリアンちゃんが、羽を大きく広げて清四郎を威嚇した。

 

 

 

素肌の上に毛皮のコートを羽織った悠理が、白い足を悩ましげに滑らせ、翳ったその奥を清四郎に見せつける。

その拍子に、膝に引っ掛かった毛皮が大きく肌蹴て、乳房がほろりと現れた。

小ぶりながらも、乳首がつんと上を向いた、かたちのよい乳房である。

「清四郎・・・あたいの上に乗りたい?」

「・・・当然でしょう?貴女ほど魅力的で淫靡な獣は、世界広といえども、他には存在しませんからね。」

清四郎の返答を聞いて、悠理はくすくすと笑いながら、自分の乳房を揉んでみせた。

すぐに乳首が膨らんできて、いつもは埋もれている可愛いピンク色が顔を覗かせる。

「あたいも、清四郎に乗られたい。今すぐ、清四郎に乗って欲しい・・・」

悠理が、甘く囁きかける。

清四郎はベッドに片膝を乗り上げて、悠理へと手を伸ばした。

が、悠理はするりと身を翻し、清四郎の腕から逃れた。

 

きゃっきゃと笑いながら、ベッドの上を逃げ回る悠理。

彼女が腕を動かす。それに合わせて乳房が跳ねる。

彼女が足を動かす。それに合わせて女の花園がちらちらと覗く。

淫猥な追いかけっこに、清四郎はすっかり虜となった。

 

清四郎がコートを掴んだ。が、毛皮は滑らかな素肌を滑り、あっけなく脱げてしまった。裸身になった悠理は、脱げたコートを気にするでもなく、ベッドから飛び降りた。

そして、ソファに肘をつき、尻をこちらに向けた恰好で、清四郎を振り返った。

「ほら、清四郎。早くあたいの上に乗ってよ。」

見せつけるように腰が揺れる。清四郎は、ものも言わずに、悠理に圧し掛かると、両手を乳房に回して、既に尖っていた乳首を抓んで弄んだ。

悠理は甘い声を漏らすと、仰向けに寝そべりなおし、清四郎に向かって足を開いた。

「清四郎・・・早く・・・あたいの全部を食べて・・・」

恥知らずな痴態が、男をより興奮させる。

清四郎は、くっ、と笑いを漏らし、ズボンのベルトに手をかけた。

「ええ、悠理。蕩けそうに熱い貴女を、この僕がすべて食べて差し上げますよ。」

 

そして、清四郎は、悠理のすべてを味わい尽くすべく、彼女の中へ滾る欲望を埋めた。

 

 

 

妄想から醒めると、目の前にいたはずのリリアンちゃんの姿が消えていた。

見回せば、リリアンちゃんは悠理の傍にいる。清四郎は、存在を主張しはじめた部分を隠すべく、少し前傾姿勢をとって、リリアンちゃんの元へと走った。

悠理の傍には、リリアンちゃんだけでなく、ダチョウのランブータンちゃんと、もう一人、ダチョウ牧場から連れてきた飼育員のおじさんがいた。

「悠理!餌を上げるのもいいですが、ランブータンが太ったら可哀想でしょう?」

そのランブータンちゃんは、リリアンちゃんと仲良さそうに寄り添っている。

「だって、コイツって、あたいと一緒で燃費が悪そうなんだもん。」

悠理がくちびるをへの字に曲げる。その隣で、飼育員のおじさんが、からからと笑った。

 

「太っても大丈夫だ。こいつら、牧場に帰ったら、すぐ食肉用に卸されるべ。」

 

「!!!」

「!!!!!」

 

おじさんによると、ダチョウ牧場は人口ならぬダチョウ口が過密状態で、間引きをせねば、全体に悪影響を及ぼすらしい。

しかし、それを知った悠理のショックは大きかった。

「・・・こいつら・・・食べられちゃうの?食べられちゃうの?食べられちゃうの?」

悠理のショックを感じ取ったのか、リリアンちゃんも落ち着かなくなった。

 

―― そうか。ランブータンの上に乗りたいのに、自分が食べられるとは、ダチョウといえどもショックであろう。

 

リリアンちゃんの辛い心情が手に取るように分かり、清四郎もこの世の無常と哀れを感じた。

 

が。

 

そこで、閃いた。

 

清四郎は、リリアンちゃんの耳元に顔を寄せて、囁いた。

「お前が僕に協力して、勝利に導いてくれるなら、食肉加工されないようにしてあげますよ?」

リリアンちゃんの長い首が、ぴくりと動いた。

「ついでに、お前がランブータンの上に乗られるよう、協力しましょう。」

 

ヒトとダチョウ。言葉が通じるはずはないが、一人と一羽の意思は、しっかりと通じた。

互いに、上に乗って、食べ尽くしたい相手がいる。

それが、ヒトとダチョウとの垣根を越えさせた。

 

 

その後、清四郎とリリアンちゃんは、人馬ならぬ人ダチョウが一体となって、勝利に向けて駆け出したのだった。

 

 

 

清四郎とリリアンちゃんは、一週間の壮絶な特訓を終えて、いざ闘いの場へと挑んだ。

鯉・・・ではなくて、白馬錦七五三太は、愛馬ならぬ愛ダチョウのアントニオとともに、清四郎を迎え受けた。

 

「う゛。」

 

実物のもの凄さに、悠理が呻く。

白馬錦七五三太は、肌の質感がぬめっとしており、実物のほうがリアルに鯉っぽかった。

「なあ、あたいの眼がオカシイのかなあ?どう見ても、対戦相手が鯉にしか見えないんだよぉ。」

泣き出しそうな悠理をひしと抱きしめ、野梨子が断言する。

「悠理は間違っていませんわ。私の眼にも、白馬錦さんは鯉にしか見えませんもの!」

「あたしの眼にも、鯉にしか見えないわ!大丈夫!悠理は間違っていないわ!」

その声が、競技場にいる鯉・・・ではなくて白馬錦七五三太に聞こえていようとは、誰も知る由はなかった。

 

名前が白馬で、顔が鯉の男が、ダチョウに乗る。

哺乳類と魚類と鳥類が、渾然一体。

絶対に、おかしい。

 

そんな疑問を誰もが胸に抱きつつも、闘いの火蓋は切って落とされた。

 

 

 

 

 

スタートは、同時だった。

しかし、さすがはダチョウに心奪われただけあって、七五三太は強かった。

アントニオとの息もぴったりで、ぐんぐんとスピードを上げて、清四郎とリリアンちゃんのコンビを離していく。

清四郎も、リリアンちゃんも、必死に後を追ったが、長年に渡ってバッテリーを組んできた七五三太とアントニオに追いつくのは至難の業だ。

ダチョウの太くて長い足が、地面を蹴るたび、土煙が白く宙に舞い上がる。

最速70キロで疾走するほどの動物だ。しっかり掴まっていないと、すぐにバランスを崩して振り落とされる。しかし、前を行く七五三太とアントニオは、人馬一体ならぬ人ダチョウ一体となっており、危うさなど、まったく感じさせなかった。

清四郎とリリアンちゃんがどんなに頑張っても、距離は徐々に開いていく。焦ってもロクなことはないと分かっていても、距離が広がるたびに、焦りも大きくなる。

 

「せいしろーー頑張れーーー!!」

「負けるなーーー!」

仲間たちの声援が、トラックにも届いた。

そうだ。清四郎は、負けるわけにはいかないのだ。

 

清四郎はぎゅっと歯を噛み締め、リリアンちゃんの羽を掴む手に力を籠めた。

 

そのとき。

「清四郎!エイリアン鯉に負けたら、あの約束はナシだぞ!!」

悠理の声が、聞こえた。

 

約束―― 悠理と、ディープキス。

 

そして、勝ち抜かなければ、永遠に舌で転がして弄べない、悠理のピンクの乳首。

 

清四郎は、前を走る七五三太とアントニオを睨んだ。

「・・・リリアン・・・何が何でも勝たなければ、僕らに未来はありませんよ!」

その瞬間、リリアンちゃんの土を蹴る音が、変わった。

 

変わったのは、リリアンちゃんだけではなかった。

「いけーー!清四郎!!エイリアン鯉なんかに負けるなーー!」

悠理が清四郎に声援を送るたび、七五三太・アントニオコンビのスピードが落ちていくのだ。いくら鯉に似ているとはいえ、七五三太は腐ってもお坊ちゃま。面と向かって、それも「エイリアン」の枕詞をつけて、鯉と呼ばれた経験はないだろう。

つまり、彼の精神的動揺が、相棒であるアントニオにも伝わって、結果、スピードダウンに繋がったのだ。

 

 

清四郎・リリアンちゃんコンビが、七五三太・アントニオコンビを追い抜いたのは、ゴールの直前だった。

 

 

一馬身ならぬ一ダチョウ身で、清四郎とリリアンちゃんは、辛くも勝利を手中に収めたのだった。

 

 

 

その後、リリアンちゃんとランブータンちゃんは、剣菱記念動物園に引き取られ、70年の寿命尽きるまで、熱々で幸福な日々を過ごしたと伝えられている。

 

 

 

 

 

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