9. 辛くもダチョウレースで勝利を収めた清四郎は、戦友・リリアンちゃんとの別れを惜しむのも忘れて、すぐさま悠理を誰もいない部屋へと連れ込んだ。 悠理をソファに座らせて、脱路を絶つかのように、その前に立ちはだかる。 見下ろした彼女の姿は、怯えた小動物を思わせた。 「お、お前、心の準備くらいさせろよな!」 何をされるか既に分かっているのか、悠理の顔は真っ赤だ。普段のがさつな様子は陰を潜め、清四郎と視線が合わせぬよう、眼を半ば伏せる姿は、妙に艶かしい。 華奢な肩に手を置くと、薄い布地を通して、悠理の緊張が伝わってきた。 心の動揺を隠しながら、そっと悠理に顔を寄せる。 薄く染まった瞼にキスを落とすと、清四郎の手の下で、細い肩がびくりと震えた。 そっと身を離し、悠理の顔を覗きこむ。 悠理は、迷子の子供のような表情をしていた。 「・・・心の準備、できました?」 「・・・できてない・・・」 途方に暮れた表情は、純粋な子供そのまま。だが、その身体からは、匂い立つような女の色香が漂っている。 清四郎は、彼女の前に跪き、小さな手の上に、自分の手を重ねた。 そして、怯えるくちびるに、触れるだけのキスをする。 二度、三度、優しいキスを繰り返す。 重ねていた手を背中に回しても、悠理は抵抗しなかった。 背中を抱いた手を上に滑らせ、栗色の髪に指を差し入れる。 もう片方の手は、悠理の頬に。 悠理は瞼を伏せたままだ。 言葉はなくても、その表情が、準備が整ったことを教えてくれていた。 角度を変えながらくちびるを吸い、僅かに開いた隙間から、舌を入れる。 「ん・・・」 悠理の漏らした声は、耳ではなく、繋がった口で感じた。 清四郎は、跪いていた身体を起こして、悠理に覆いかぶさった。 そのままゆっくりと押し倒して、完全に組み敷く。 強引に絡め取った舌を弄び、混じり合った唾液を吸い上げる。 いつの間にか、悠理の手が、清四郎の頭を抱いていた。 黒髪に差し入れられた指の熱さに、胸の奥で疼く熱が、温度を増す。 悠理のすべてを絡め取るべく、くちづけはさらに深くなった。 悠理の口腔を延々と嬲っていた舌が去り、ややあって、くちびるが離れる。 閉じた瞼の裏が明るくなったのは、光を遮っていた清四郎の顔がなくなったから。 うっすらと瞼を開くと、いきなり天井の照明が飛び込んできて、眼が眩んだ。 眼を瞬かせながら、清四郎の整った顔を捜す。 「・・・せいしろ・・・」 清四郎は、悠理の胸の上にいた。 そして、大きな掌が、服の上から悠理の胸を包んでいた。 「悠理の胸・・・すごくドキドキしていますね。」 そう言うと、清四郎は悠理の胸に耳を当てた。 胸に触れられているのに、イヤじゃない。どうやら頭が蕩けてしまったらしい。 悠理はぼんやりしたまま、清四郎に問いかけた。 「なあ・・・せいしろーが、次も勝ったら・・・今度は何を上げればいいの・・・?また、キス・・・?」 数秒の、沈黙。 「今度は、悠理の素肌に・・・他の男には見せたことのない、誰にも触れさせたことのないところに触れて、キスをさせてください。」 胸を包む掌に、少しだけ、力が篭もった。 清四郎の言う場所がどこかは分かっていたけれど、悠理は頷いた。 思考が痺れていたせいではない。 清四郎になら、どこにキスをされても構わないと思ったからだ。 悠理は、清四郎の重みを全身で受け止め、恍惚としたまま、静かに瞳を閉じた。 清四郎は、ずっと悠理の乳首を咥えていた。 吸って、転がして、舐めて、噛んで、を思うがままに繰り返す。 悠理の乳首は大きく膨らみ、清四郎の唾液に濡れて、淡い光を反射していた。 座位の悠理は、片手を清四郎の肩に回し、残った手を自らの口元に当てて、襲い来る快感に耐えていた。 むろんのこと、下半身は繋がっており、どちらも動物のように腰を揺り動かしていた。 突き上げると、悠理は高い声で啼きながら仰け反った。 清四郎の動きは、さらに激しさを増し、突き上げるリズムに合わせて、悠理の乳房がゆさゆさと上下に揺れた。 快感の波に攫われそうになるたび、悠理は手を噛んで、必死に自分を繋ぎとめようとしている。その姿が、清四郎をさらに欲情させているとも知らずに。 細い腰を強く掴み、淫猥な動きを強要する。悠理は男の導きどおり、腰を大きく振って、甘ったるい嬌声を上げた。 愛欲に溺れた二人の姿は、理性を失ったオスとメスに成り果てていた。 「・・・ああ、悠理・・・綺麗だ・・・とても・・・」 男の口から漏れる賛美が、水っぽい摩擦音と重なる。 「・・・あん・・・清四郎・・・好き・・・大好き・・・」 悠理の言葉は、やがて、嬌声に取って代わった。 爽やかな朝である。 清四郎は、ベッドから起き上がると、そのままトイレに直行した。 最近は、朝、目覚めても、下着を汚しているような失態はない。 何しろ、就寝前に、発射装置をトイレットペーパーでぐるぐる巻きにしてから、ベッドに入るようにしているのだから。 最近、トイレットペーパーの減りが早いと訝しがる母も、まさか原因がコレだとは想像もしていないだろう。 分厚く巻いたトイレットペーパーと一緒に、夢の名残を水洗トイレに流してから、手早く準備を済ませて、家を出た。 今日は休日である。午前中は道場で汗を流し、午後は万作から次の対戦方法を聞くついでに、悠理と二人きりの時間を過ごすつもりだった。 もちろん、悠理とは約束などしていない。清四郎が勝手にそうしようと決めているだけである。 昨日、悠理が見せた無防備でしどけない姿を思い出すだけで、自然と口元が緩んでくる。稽古の間もそうなので、門下生たちも不気味がって、清四郎の傍に寄ろうとしなかったが、そんなことはまったく気にならなかった。 躊躇いながらも、清四郎に応えて舌を絡めてきた悠理。 キスのあいだじゅう、清四郎の頭を抱いて、離そうとしなかった悠理。 潤んだ瞳で清四郎を痺れさせ、濡れたくちびるで清四郎を誘った悠理。 あのまま抱いても、きっと悠理は清四郎を受け入れたはずだ。 「くぅっ!」 微笑みながら悶える清四郎を見て、傍で稽古していた門下生たちは、一斉に身を引いた。 剣菱邸を訪問した清四郎は、万作の書斎ではなく、悠理の部屋へ直行した。 「悠理!!」 「ひえっ!」 ノックもなしに飛び込んできた清四郎に、悠理は頓狂な悲鳴を上げて、飛び上がった。 「なななななな、何だよいきなり!?・・・って、んぐぐ!!」 文句を言っている最中に、飛びかかってきた清四郎から、くちびるを奪われる。 「んー!んんーっ!!ん・・・」 はじめは抵抗していた悠理も、くちづけが深くなるにつれ、くったりと脱力していき、最後はすっかり清四郎の胸に身体を預けていた。 清四郎は、最後に悠理のくちびるをぺろりと舐めてから、彼女を解放した。 しかし、悠理は完全に脱力しており、清四郎に支えられていないと、立つこともできないようだ。このままベッドに押し倒しても、きっと抵抗ひとつしないだろう。 が、いくら変態とはいえ、清四郎は約束を守る男である。正々堂々と闘って、すべてに勝利してからこそ、悠理の処女を奪う権利を得られるのだと、固く心に銘じていた。 が。 悠理の乳首を咥えたり、コリコリ捏ね回したりは、別である。 次の勝負に勝てば、約束どおり、悠理の乳首を咥えたり、コリコリ捏ね回したりできるのだ。 約束では、誰にも見せたことのない部分に触れて、キスをさせてもらうはずであった。 大した差はないようだが、触れてキスと、咥えてコリコリとは、だいぶ違う。 しかし、清四郎の理不尽は、常識など軽々と超越してしまうものなのである。 清四郎は、弛緩した悠理を小脇に抱え、軽くステップを踏みながら、万作の書斎へと向かった。 次の対戦相手は、ちゃんと人間の顔をしていた。 だたし、前の三人と比較して、というレベルではあるが。 その代わり、名前が非常に強烈だった。 「玉風味 金次郎」 「・・・タマ・・・キン・・・?」 悠理が、呆然として呻く。 「こいつ、絶対にガキの頃、名前のせいで苛められたぞ。」 危うく麦子か稲子になるところだった悠理にしてみれば、他人事ではないようだ。 清四郎は、しきりに同情している悠理の隣で、玉風味金次郎、略してタマキ@の写真を、まじまじと見た。 写真を見る限り、タマキ@は、妙に濃い顔をしている以外は、いたって普通だった。 眼はくっきりした二重で眉が濃く、体型はがっちりしている。 それだけだと、美男子のように聞こえるが、実際はゴリラ似のむさ苦しい顔をしているし、モミアゲが頬まで伸びていて、どう頑張っても女受けが悪い風貌である。 これで名前がタマキ@なら、彼の半生は、苦難の連続であったろう。 「玉風味 金次郎氏は、大手スポーツメーカーのゼネラルマネージャーに大抜擢された、若手のホープだがや。交渉の腕はピカ一でなあ、オラも見事してやられたことがあるだよ。」 呵呵大笑する万作。その交渉も、インパクト充分な名前のせいで、きっと難航しただろうと思いつつ、清四郎は、万作に問うた。 「それで、次の対戦方法は、何ですか?」 万作は、笑うのを止めて、うんうんと感慨深げに何度も頷きはじめた。 「やはり、日本人なら、コレだがや。コレを選ぶとは、玉風味金次郎氏は、なかなかの傑物だべ。」 ひとしきり感嘆してから、万作は、清四郎を見た。 「次の対戦は―― 」 「次の対戦は?」 「何よりも技が大事な―― 」 「何よりも技が大事な?」 「裸で勝負の―― 」 「裸で勝負の?」 「押しの一手で相手を攻める―― 」 「押しの一手で相手を責める?」 「肉と肉とがぶつかり合う―― 」 「肉と肉とがぶつかり合う?」 「日本の国技、相撲だべ。」 「技が冴える、性の競演?」 どがっ。 悠理から思い切り後頭部をどつかれ、清四郎はテーブルと濃厚な接吻をしてしまった。 大理石のテーブルは、悠理のくちびると違い、非常に固かったため、前歯が危うく欠けてしまうところだった。 「何をするんですか!?」 前歯を押さえながら顔を上げると、悠理の真っ赤な顔が間近にあった。 悠理は、清四郎を睨みつけて、ふるふると震えていたが、数秒後、爆発するかのように、大声で叫んだ。 「お前の脳味噌のほうが、よっぽどタマキ@だよ!!」 一瞬、その場が、しんと凍りついた。 が、清四郎は、ある意味、悠理よりもレベルが低かった。 口を押さえていた手を外し、清四郎は、すっくと立ち上がって、こう叫んだ。 「なんですって!?それを言うなら、悠理の頭のほうが、タマキ@でしょう!」 売り言葉に買い言葉で、悠理も、頭に血を昇らせた。 「馬鹿を言うな!あたいのどこに、タマキ@がついてるって言うんだよ!?」 「股間は見たことがありませんので分かりませんが、頭の中は、タマキ@がぶら下がっていても可笑しくないレベルでしょうが!」 「それは、こっちの台詞だああ!」 「こっちの台詞?僕には、立派なタマキ@がついていますから、悠理と一緒のレベルで考えて欲しくはありませんね!」 「どうせお前のタマキ@なんか、妄想のし過ぎで枯れちゃって、タレタレのシワシワになっているんだろ!そんなのちっとも立派じゃないやい!!」 「何ですと!?そんなに言うなら、一度、自分の眼で確かめてみますか!?」 「ぎゃあああ!ここで脱ぐなあああっ!!」 まさか、玉風味金次郎も、自分の名前が痴話喧嘩に使われているとは、夢にも思っていないだろう。 と、いうか、元より、タマキ@は、玉風味金次郎の名前ではなく、男性の外性器の一部を差す、誰もが知っている通称である。この場合、玉風味金次郎は、痴話喧嘩に関係していないと判断すべきである。 喧嘩の当事者からしてみれば、別にどちらでも良いことだろうが。 喧嘩を傍観していた万作が、ぽつりと呟いた。 「技が冴える、性の競演も見てみたいがなあ・・・タマキ@の競演を見物するのは、さすがのオラでも嫌だがや・・・」 まあ、何はさておき、次の対戦は相撲と決定した。 この時点で、清四郎は、対決方法が得意の格闘技と知り、楽観していた。 まさか―― タマキ@・・・ではなく、玉風味金次郎の超絶的秘策に、苦しい対戦を送ることになるとは、このときまで、想像もしていなかった。
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素材:イラそよ様