公園に行きましょう♪

 

『夕刻以降、カップルを狙った集団暴行が頻発しています。ご注意を!』

 

駅までの近道に通り抜けようとした公園の看板に、ふたりは足を止めた。

時刻は夕暮れ。

 

「なぁ、清四郎」

「なんですか?」

「あたいたちカップルに見えないかなぁ?」

 

期待満面で問いかけられ、清四郎は悠理の全身をまじまじ見つめた。

悠理の本日の服装は、迷彩柄のカーゴパンツにTシャツ、ジャケット。肩に下げているのは、拳法の道着。

「・・・・見えませんね。いいところ、兄弟ですな。大体、いかにも道場帰りの僕たちを襲う馬鹿はいないでしょう」

清四郎も道着を入れたボストンバックを肩に下げている。

ふたりは、東村寺からの帰りだった。悠理と清四郎がふたりきりで出掛ける機会など、他にあるはずもない。

 

「ちぇっ」

悠理は道着をジャケットでくるんで隠した。

Tシャツ一枚になってもやはり女には見えないですなぁ、などと思っても、清四郎は口にしない。殴られるから。

悠理の意図は明白だった。

あれほど東村寺で鍛錬しても、まだ暴れ足りないのだ。

 

公園に足を踏み入れるとき、悠理はするりと清四郎の腕に自分の腕を絡めた。

「こうやって、歩いたら?」

「さすがに、遠目であればカップルに間違われるかも、ですな」

チンピラ狩りの期待に輝く悠理のわくわく顔に、清四郎は苦笑。

ぴったりくっつかれると、さすがに柔らかな体の感触を意識させられる。

「どうせならこうした方が、より恋人らしく見えますよ。遠目では

清四郎は、悠理の華奢な肩を抱き寄せた。

なんとなく、そうしたかったのだ。

 「うひゃ」

奇声を発したものの、悠理は大人しく清四郎に肩を抱かれ、身を寄せた。

 

悠理はドギマギ高鳴る心臓にパニック寸前だった。

シャワーを浴びた体からの石鹸の香りは、悠理自身のものと同じ。

先ほどまで一緒に鍛錬していた男の広い胸に、どうして眩暈がするのか。

悠理は仲間に抱きついたりは日常茶飯事。

清四郎とだって、こうしてひっつくのは初めてじゃない。意識をする方がおかしいのだ。

 

「うりゃっ」

赤らんだ頬を、悠理はパシンと叩いた。

「気合入ってますねぇ。そんな都合よく現れてくれるかどうか」

清四郎はクスクス笑う。それでも、肩に回した手は解かれなかった。

 

 

 

「な・・・なぁなぁ。集団って、何人くらいなんだろ。あたい、3〜4人はひとりでやれるぞ。おまえは?」

「相手によりますよ。」

 

夕暮れの公園を寄り添って歩きながら。

落ち着かない胸のうちを、他愛もない会話でごまかす。

 

「以前邂逅した中国人の殺し屋や、モルダビアレベルだと、一対一でもかなり苦戦するでしょうし。相手が銃を持っていたら、これまた状況が変わります」

「って、銃持った殺し屋やモルダビアレベルがここらにうろちょろしてるわけないじょ」

「それもそうですな。じゃあ、謙遜して悠理の倍の人数は引き受けましょう」

「むっ。そんなら8人?」

「・・・ふたりで12人はさすがに、無茶ですかね?」

 

そんな話をしながら、顔を見合わせて笑った。

「あたいたちって、”最強コンビ”?」

「今だけはせめて、”カップル”と言っておきましょうか」

 

なにげなく言った言葉に、なぜかふたりの胸は高鳴る。

 

しかし。

モルダビアも殺し屋も、チンピラとさえ出くわさないまま、あっという間に公園の出口に到達してしまった。

公園の外には、駅前の商店が賑やかな灯かりを投げかけている。もう、不埒な輩は現われそうにない。

 

「残念でした。カップルごっこは終了です」

 

ふざけた口調で、清四郎は悠理の肩から手を離す。

秋の夕暮れにシャツ一枚の悠理は、ぶるると身を震わせた。

なんだか、急に寒さが身に沁みる。

寒さを感じたのは、物理的原因だったのだろうけど。

「風邪をひきますよ」

そう言って、自分の着ていた上着を清四郎が着せ掛けてくれたから、悠理の胸のうちはほんわか温かくなった。

「ありがと」

素直に礼を言って、悠理は清四郎を見上げる。

夕焼けに赤く染まった悠理を見つめ、少し眩しげに清四郎は目を細めた。

「・・・・敗因は、やはりその服装ですかね」

「ん?」

「次回は、スカートでチャレンジしてみませんか?」

「次回?」

「ええ。あそこに飾っているような」

清四郎はアーケードを指し示す。

ディスプレイされた秋物ワンピース。悠理は眉を顰めた。

「あたい、あんなん持ってないじょ」

「でしょうな」

清四郎はにっこり微笑んだ。

「僕が、プレゼントしますよ。今度またチャレンジしましょう」

 

悠理は清四郎の申し出に、一瞬、口をポカンと開けたが。

 

「・・・うん」

 

小さく小さく、頷いた。

チンピラ狩りに対する気合と裏腹な、赤らんだ頬で。

 

 

公園に入る前とは、ほんの少し変わったふたりの距離。

大きな男物の上着に包まれた悠理は、もう女の子にしか見えなかった。

さしもの、清四郎の目にも。

 

何度繰り返したら、ごっこが、本当になるだろう?

付近のチンピラが一掃されるのとどちらが早いか?

 

さて、はて。

 

 

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