「野梨子、今日は部室には寄らず、先に帰りますから」 部室での昼食時に清四郎は幼馴染に告げた。 「ええ、わかりましたわ。今日は何かの会合ですの?」 「あたいと、じっちゃんとこに行くんだじょ♪」 悠理が差し入れ弁当をかっ込みながら口を挟んだ。 「あら、また東村寺なの?最近、しょっちゅうじゃない」 可憐の言葉に清四郎は苦笑して頷く。 「悠理に僕が付き合ってるんですよ。だいたい、悠理のお目当ては東村寺じゃないんですから。帰りに公園を散歩したいだけでしょう」 「それはそーだけどさ。あたいだって、あんな服着て晩飯に付き合ってやってるじゃんか」 「夕食に付き合ってやってるのはこっちですよ。まったく、せっかく着飾ってても、お前と来たら焼肉だの餃子だの人5倍は食べるんですから。先日なんて、ふたりでモツ鍋7人前ですよ?僕は支払いのとき、恥ずかしかったですよ」 「だってさー、日が暮れてから公園うろうろしてたら、寒くなって。鍋物が一番じゃん」 「くっついて歩いてるんですから、寒くないでしょう?」
「着飾って・・・?」 「公園・・・?」 「くっついて・・・?」
仲間達は、ふたりの会話に「????」。 怪訝顔の仲間達に気づき、清四郎は説明しようと試みた。 「実はですね、悠理が、カップルの・・・」 「わーっわーっわーっ」 悠理が大声を上げて清四郎の言葉を遮った。
「公園を散歩してるだけ!清四郎が可愛い服買ってくれたし!飯一緒に食うのも楽しいし!」 真っ赤な顔で、悠理は一気にまくし立てた。
「「「「はぁ・・・?」」」
仲間達はますます目が点。 清四郎も唖然。 悠理は真っ赤に染まったしかめっ面で、清四郎の腕を引っ張った。 「ちょっと、こっち来い!」 清四郎は悠理に部屋の隅までずるずる引きずられる。
「それって、デートっていうんじゃ・・・?」
美童がポツリと呟いた言葉を背中で聞いて、清四郎も頬が火照るのを感じていた。 自分の手を掴んでいる悠理を呆然と見つめる。 「悠理、一体どうしたんですか?」 悠理は清四郎の背後の仲間達を気にしつつ、声を潜めた。 「しっ、内緒にしててよ。あたいが公園に行きたい理由は」 「どうしてですか?」 悠理は口を引き結んで、俯いた。 顔はまだ真っ赤に染まっている。
いまさら仲間達に対して、恥ずかしがるような理由とは思えない。 たしかに、カップルのふりをして、公園を連日散歩しているのは、照れくさいが。 なにしろ、悠理が清四郎と公園に通う理由は――――カップルを集団で襲うという、チンピラグループをおびき出して暴れたいだけなのだから。
「知られたくないんだ・・・魅録には」
ポツリと小さく呟かれた言葉に、清四郎の胸が疼いた。 「・・・え?」 俯いていても、ふわふわの髪の向こうの染まった頬は見える。 「魅録に・・・だけ?」 悠理は無言でコクンと頷いた。
疼くだけじゃなく。 胸を締め付ける、キリキリとした痛み。息さえ苦しくなり、清四郎は眉を顰めた。
悠理の馬鹿な行動に付き合うのは慣れっこだ。 夕暮れの公園を寄り添い歩くのだって、お遊びに過ぎなかったはずだ。 ただの、ごっこ遊び。 恋人のふりをして、デートして。 馬鹿だ猿だと思っていた悠理が、可愛く見えて仕方がなかった。たとえ、5人前をがっつき食べようと。 いつも抱き寄せたのは、自分の意志。その理由に、清四郎はようやく気づき始めていた。
顔を赤らめた悠理は、とても可愛く見えた。 たとえ、他の男を意識して清四郎とのお遊びを恥じている、彼女であろうとも。
それは、つまり。 あまり考えたくはない結論に、達してしまった。 清四郎は、悠理を。 そして、悠理は――――。
清四郎は動揺を隠せないまま、無理に言葉を押し出す。 「どうして、魅録に・・・知られたくないんですか?」 その答えを、もうわかっているけれど。 確認せずにはおれなかった。
「だってさぁ・・・」 悠理は口を尖らせて、上目遣いで清四郎を見上げた。 「”チンピラ狩り”なんて言ったら、あいつも来たがるかもしんないじゃん」 「は?」 「以前、よく魅録と一緒にここいらのチンピラ締め上げてたんだよ。今じゃ、あたいらの顔見たらみんな逃げるんでできないけど」 「・・・は?」
清四郎は悠理の赤い顔の理由を掴みかねていた。 無理やり付き合わされていたに違いない魅録が、チンピラ狩りなどしたがるとも思わないが。
清四郎は眉根を揉んだ。 「まさかとは思いますが。魅録とのチンピラ狩りでも、カップルのふりを?」 悠理は目を見開いて、ぶんぶん左右に首を振った。 「まっさかぁ。キモチワリー」 その言葉に、清四郎は顔を上げた。
「恥ずかしいんじゃなくて、ですか?」 思わず問いかけたら、悠理はますます赤面した。 「そ、そりゃ恥ずかしいよ!あたいってば、スカートなんか着ちゃってるし。誰にも見られたくないもん!・・・清四郎だけでいい」 悠理の語尾は小さく消える。
悠理の言葉から導き出される結論。 魅録が一緒に来て、ふたりっきりを邪魔されるのが嫌だということなのだろうか? それは、つまり。
もじもじしている茶色の髪のつむじを見下ろしながら。 清四郎は、顔が緩むのを自覚していた。
「じゃあ、今日も公園に行きましょう。ふたりっきりで」
当分、悠理の望むチンピラなど、来なくてもいい。 いや、現れたら、むしろ清四郎が――――。
さて、はて。 公園の、チンピラたちの運命や、いかに?
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