話がある、と呼び出された校舎裏。 ここのところ、彼が挙動不審であることには気づいていた。
「・・・惚れちまった、みたいなんだ」
だけど、魅録の切り出した言葉に、僕は絶句した。
トライアングル―恋してるのかも知れない―SIDE:S
誰のことを言っているのかは、すぐにわかった。 当の相手はまったく気づいていないに違いない。 悠理は自分に寄せられる恋心に気づくような奴じゃない。 そして、僕もそういう分野には不案内であるのだが。 ――――どうして僕に? 夕焼けに照らされ燃えたつように見える髪の彼が、逸らしていた目を僕に向けた。 僕の反応を探るような目。引き結ばれた口元。 友人に、恋の相談をするにしては、強張った顔だった。 「・・・それは、宣戦布告ですか?」 言ってしまってから、僕は自分の発した言葉に息を呑む。 彼の挑むような視線に煽られて、思わず口にしてしまった。 「悠理にはまだ?」 僕の問いかけに、魅録はぎこちなく笑った。 「・・・やっぱりな」 「え?」 「あいつの気持ちは、わかってるよ。ただ、言っておきたかったんだ。おまえには」 僕はもう、どうしてだとは問わなかった。 「僕は・・・・・・悠理を?」 僕の呟きは、己に向けた問い。 ――――恋しているのかもしれない。
「おまえ、結構、グズだな」 魅録の苦笑ももっともだ。 魅録はわかっている。僕がわかっていなかっただけ。 わかろうとしていなかっただけだ。 これまで認めることを拒否していた、自分の気持ちを。 『宣戦布告』と言ったものの、あまりに不利な戦いだった。
魅録は悠理の親友。 対して僕は、彼女に嫌われている。 子供の頃からの長い対立のためではなく。 うるさ方の友人としての地位こそ得たものの、 悠理は僕に対する時に構えるようになった。 いつでも、からかって、馬鹿にして。 辛辣に彼女を評してきた。
きっと、自分の想いに蓋をした弊害。 そんな僕の態度が、悠理を頑なにさせたのだろう。 「・・・どう考えても、勝ち目はなさそうですな」 僕の言葉に、魅録は挑むような目を向けた。 「じゃあ、諦めるのか?」 これまででさえ、悠理が魅録とじゃれあうたびに、目を逸らした。 僕には向けられない無邪気な笑顔が、妬ましかった。 魅録が悠理に告白することで、悠理も彼に恋をしたら―――― 想像するだけで、嫉妬と悔いが胸を焼く。 僕はまだ一度も、素直に悠理にぶつかったことすらないのだ。 「いいえ」 僕は魅録を真っ直ぐに見つめた。 いい男だな、と素直に思う。 彼にならば、悠理もいつか恋をするだろう。
親友でライバル。 悠理のことだけじゃなく、僕が唯一、勝てないと思う相手。
「不戦敗も敵前逃亡もしたくありません」
それでも、諦めたくはない。 たとえ、結果はわかりきっていても。 せめて、後悔はしたくない。 魅録は口の端を上げ、皮肉な笑みを作る。 「奇遇だな。俺もだよ」 彼は顎で僕の背後を示した。 僕は魅録の視線を辿り、振り返った。 「!!」 校舎裏の植え込みの影に、僕たちをうかがう仲間たちの姿が見えた。 僕と魅録を追って来ていたのだろう。彼らの表情で、話も聞かれていたのだと知った。 頬を染めた可憐と野梨子。決まり悪そうに苦笑する美童。 そして悠理は、真っ青な顔で目を見開き僕たちを見つめていた。 悠理の表情には、恋を告げられた喜びなどどこにもなかった。 幼い悠理。 男女を意識せず、振舞う悠理。 「・・・僕たち二人とも、失恋かもしれませんね」 僕は呆然と悠理を見つめたまま、魅録に囁いた。 負け惜しみではなかった。
「二人とも、じゃねぇよ」 凝固したままの僕を置いて、魅録が先に動いた。 「あいつのことは、わかってるって言ったろ」 すれ違いざま、ポンと肩を叩かれた。 魅録は大股に悠理に向かって歩いてゆく。 その堂々とした背中を、まだ身動きできないまま、僕は見送った。 僕はグズだ。 絶望感に胸が痛い。 それでも、僕は悠理を見つめ続けた。 諦めるなんて、できない。 彼女の笑顔を見るまでは。
――――かもしれない、ではなく。
せめて、伝えさせて欲しい。自分の口から。
僕は、悠理に恋をしている。
告げても、どうなるはずもない想い。 たとえ、邪魔者になるだけにしろ。 たとえ、諦めるための儀式に過ぎないとしても。 この歪なトライアングルの決着をつけるため、僕は足を踏み出した。
親友で恋敵の、後を追って。
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