「・・・惚れちまった、みたいなんだ」 魅録は、わずかに顔を伏せ一息に言い切った。
「それは、宣戦布告ですか?」 言葉と裏腹に、挑戦的ではなく。 清四郎は、呆然とした表情でそう言った。
トライアングル―恋してるのかも知れない―SIDE:Y
魅録が清四郎を呼び出した校舎裏。 あたいたち残されたメンバーも、こっそりとあとをつけ隠れて聞き耳を立てていた。
「僕は・・・・悠理を?」
疑問形で清四郎がそう言ったとき。 あたいの右肩によりかかって覗いていた可憐が、小さく息を飲んだ。 左側の野梨子が、目を丸くして拳を噛んだ。 後に立っていた美童は、クスリと苦笑を洩らした。
自分の名前が出ても、あたいはまったく話が見えず。 ポカンとしていたら、可憐と野梨子につっつかれた。 (すっごーい、悠理、モテモテねぇ!) (どうするんですの、悠理、殿方二人に想われて) 声は潜められていたが。 その言葉で、あたいにもやっと意味がわかった。
――――嘘だろ。冗談。
(悠理、どっちかを選ぶの?) 友人たちに問われ、呆然自失だったあたいは、首を振った。 ただ、ぶんぶんと。
だって、信じられない。
清四郎が、あたいを―――好き、なんて。
(どちらが好きなの?) そう問われ、答えはすぐに心に浮かんだ。
あたいは、魅録が好きだ。
一緒にいると楽しいし、趣味もあう。 魅録といると、素のあたいのままでいていいんだと、嬉しくなる。
だって。
清四郎は、いつもあたいを馬鹿にする。 本当に、馬鹿だからなんだけど。 清四郎といると、自分が嫌になる。
だから、清四郎は苦手。
魅録があたいたちに気づいた。 ゆっくりと、こちらに歩いて来る。 逆光で魅録の表情は見えない。 なのに、彼に置いていかれた清四郎の顔は、よく見えた。 清四郎は、あたいの顔を、呆然と見つめていた。
あたいは、彼から目を逸らす。 だって。 彼の深い色の瞳の前では、ちっぽけで愚かな自分を突きつけられる。
あたいが、好きなのは、魅録だ。
ぶっきらぼうだけど、本当は強くて優しくて、照れ屋な魅録。 彼と友人であることは、いつもあたいの自慢だった。 魅録のように、なりたいとさえ思うほど。
可憐と野梨子、美童は、気を利かしたのか、あたいから少し距離を取る。 魅録があたいの目の前に立ったから。 やっと見えた彼の顔に浮かんでいるのは、いつもの笑みではなかった。 強張った表情。傷ついた子供のような。 「悠理、聞いてたか?」 立ち聞きしていたあたいに腹を立てているのか。 魅録の声も強張っていた。 「あいつも、おまえを好きだってよ。宣戦布告、なんて言いやがった」 魅録は清四郎を振り返らないまま、親指で背後を指す。
あたいは、首を振った。 清四郎が、あたいを好き、なんて信じない。 信じられない。
あたいが好きなのは魅録だ。
そう言おうと口を開いたとき。 清四郎がこちらに歩いて来るのが、視界の端に入った。
絶対、信じない。 また、あたいをからかってるんだ。 胸が痛い。苦しい。 清四郎なんか、嫌い。
あたいは、清四郎から目を逸らした。 いつもの、癖。 いやな、癖。
泣き出しそうなあたいの頭を、暖かい手が撫でた。 魅録の骨ばった手が、くしゃくしゃ髪をかき回す。
「・・・失恋だって、わかってたんだけどな」
魅録は穏やかな声でそう言った。
「おまえらあんまり馬鹿だから、俺も我慢できなくってよ」
魅録の手が、あたいの頭を離れた。
「知ってたか?悠理おまえ、いつも清四郎を泣きそうなツラして見てる」
彼は、そのままあたいの横を通り過ぎる。 振り向きもしないのに、清四郎の近づく気配を察したかのように。
『知ってたか?』 魅録のその問いかけには、心の中で答えた。
知ってるよ。
あたいは、清四郎といるのが苦しいから。
好きだよ、魅録。
魅録のようになりたい。 魅録のように、あいつに向かい合いたい。 堂々と、自分を恥じることもなく。
魅録が去るのと入れ違いに、清四郎が近づいてくる。 魅録よりも離れた位置で立ち止まり。 あたいを見下ろした。
「悠理」
名を呼ばれただけで、ビクリと体が震えた。 うつむいたあたいは、必死で涙を堪えていた。
「魅録には、先を越されてしまいましたが、言わせてください」 清四郎の顔を見上げることもできず。 嗚咽を堪える。
「・・・僕は、おまえに恋しています」
清四郎の言葉なんか、信じない。 だって。 胸がつぶれる。 叫びだしてしまいそうだ。 あとで嘘だ、なんて言われたら、死んでしまうかもしれない。
『知ってたか?』
魅録の問いかけに、心が震えた。
知らなかったよ。
こんなに、清四郎が好きだなんて。
恋してたのは――――あたいの方だなんて。
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