はつはるプリンセス

〜迎春2009〜 byフロ

 

  

謹賀新年。

 

今年の正月も、仲間達は剣菱家の広い和室で、全員集合とあいなった。

時代劇もかくやな陣羽織と十二単の万作・百合子夫妻のコスプレには負けるものの、娘達は華やかな振袖で装い、青年も正装で新年の挨拶を交わす。

おとそお節をいただき、もちろん、恒例の万作からのお年玉もありがたく頂戴し。

初詣でもつつがなく済ませたところで、剣菱夫妻が官邸での年始行事に参加すべく退出した。

 

 

桃色に頬を染め、悠理はほろ酔い気分でご機嫌さん。

「外は寒いし、たまにはぬくぬく中で遊ぼう!福笑いでも双六でもなんでもあるぞ。」

和室の巨大炬燵を囲んだ友人達に、室内遊びを悠理は提案。

乳牛模様にピンクの雲を散らしたありえないほど斬新な振袖の両手には、言葉通りカードや双六などゲーム類を抱えている。

「人生ゲームなんてどぉ?あたし、玉の輿に乗ってみせるわー!」

あでやかな牡丹柄の振袖姿で、可憐は握りこぶし。新年早々、信条の決意を新たにしたのか意気軒昂だ。

「ポーカーもいいね。」

今年は着物ではなく膨らんだ袖の王子様スタイルで、美童はプロそこのけのカードさばきで両手の中のトランプを繰った。

可憐と美童の言葉に、いつもの(ように見えるが、実はビンテージ物の)革ジャンと柄シャツにネクタイをしめた魅録は、苦笑を浮かべる。

「美童、おまえがポーカーなんて・・・・」

「墓穴を掘ってどうするんですの。ラスベガスの悪夢再びですわ。」

魅録の言葉を、折鶴模様の振袖姿も華やかな野梨子が、清楚な笑みで引き継いだ。

ホホホ、と軽やかにこき下ろす野梨子だけでなく、美童の運の悪さは周知の事実。

「そうですよ。新年早々、縁起の悪い。」

縁起を担ぐメンタリティ皆無ながら、伝統的な羽織袴は板に付いた清四郎が、にべもなく言い放った。

そして、悠理が机の上に広げたゲーム類の中から、ひょいと箱をひとつ拾い上げる。

「百人一首なんてどうですか?さすが剣菱家の所蔵品だ、上質な逸品ですな。」

にっこり清四郎が向けた笑みに、悠理はお約束どおりの反応。

「げええーーー!やだーーーー!!」

振袖振り回しての猛烈ブーイングにもかかわらず、仲間たちは清四郎の提案に乗った。

「あら、いいですわね。日本のお正月ですわ。」

「まぁ、たまにはな。」

「いつまでも古典苦手っていってられないしなぁ。」

「結構情熱的な恋の歌もあるのよね♪」

悠理は仲間たちを睨みつけた。

「あたいだけじゃなく、おまえらも百人一首なんざ憶えてねーくせに。清四郎や野梨子と勝負できるわきゃないだろっ!」

「じゃあ、私たちは札取りに参加しませんわ。」

「そうですね。下の句を読み終えるまで札を取らないというルールにすれば、普通のカルタと同じなので、悠理にだって少しは取れますよ。」

野梨子と清四郎の言葉に、仲間たちは剣菱家所蔵の金箔を散らした小倉百人一首の箱を開ける。

「アカデミックなカルタだよな。」

「ロマンチックだわ。」

「この機に小粋なのを一句憶えてデートの時にそらんじれば、ポイント高いよね。」

清四郎と野梨子のみならず、仲間たちも百人一首にすっかり乗り気だ。

「ヤダヤダヤダ、あたいはそのアカデミックとゆーやつが、一番嫌いなんだーー!!」

着物の裾が捲れ上がり白い脛があらわになるのもかまわず、悠理は手足をバタつかせて駄々をこねた。

「悠理!幼児ですか、おまえは。」

清四郎は眉をしかめ、悠理の着物の裾を引っ張って乱れた裾を整える。

「そんなに嫌なら、無理やりするつもりはないですけれど・・・」

同い年の少女の生足に触れつつも、清四郎の気分は保父だ。華やかな晴れ着で装っていても、悠理はいつまでも子供っぽい。

苦笑と諦めと、ほんの少しの幸福感。清四郎の新年は、今年も彼女のお守りで始まるのだろう。

 

父性本能に清四郎が浸っているとき。

「そうだ!」

寝転がっていた悠理は、むっくり上体を起こした。

「あたい、『姫初め』ならしたい、清四郎ちゃん!」

「は?なんですって?」

「だから、姫初め

 

暖かい室内だったが、一瞬寒風が吹き込んだかのように、仲間達は凍りついた。

ひとり、紅潮した頬の悠理以外は。

 

 

*****

 

 

そう、悠理はキラキラ目を輝かせ顔を赤らめていた。

下ろしていた腰を上げ、膝立ちで前方ににじり寄る。すなわち、驚きのあまり凍り付いている清四郎に向って。

「・・・ゆ、悠理・・・意味が、わかってませんね?ああ、そうだ、わかってて言ってるわけないな。」

間違いない。悠理が意味を把握した上で言っているわけはないと清四郎は確信し、思わず狼狽した自分を恥じる。

「『姫始め』の意味?」

四つん這いだった悠理はペタンとその場に腰を下ろした。無邪気な顔で小首を傾げる。

「そりゃ、あたいが『姫』ってのはチガウかもしんないけどさぁ・・・・」

んしょ、と悠理は背中に手を回した。

 

シュル――――トサ。

「?!」

解かれた帯が畳みの上に落下する様を、清四郎は唖然と見守る。

 

「・・・ほ、ほら間違ってますよ、『姫』は、『秘めごと』の意味で・・・・・」

やっと搾り出した清四郎の声はかすれていた。そもそも、衆人環視の中で口にする内容ではない。

しかし。

気づけば、いつの間にか居間は悠理と清四郎のふたりきりとなっていた。

しばしフリーズしていた仲間達は、気を利かせた美童にうながされ、室外に退散してしまっていたのだ。

 

「清四郎、どこ見てんの?」

清四郎は悠理の姿に目を戻し、一瞬、息を止めた。

帯を解いた悠理は、振袖を肩からずらしている真っ最中。肌の透けて見える襦袢姿は、乱れた着物とともに、なまじな全裸より艶かしい。

「ゆ、悠理・・・・どうして・・・・」

無理に呼吸するとゴクリと喉が鳴り、清四郎はその音に驚く。

清四郎の狼狽に、悠理は眉を下げた。

「”どうして”・・・・?」

羞恥に赤らんだ頬に、震えながら長い睫が影を落とす。

悠理は畳の上に腰を下ろしうつむいた。着物の裾から覗くすんなりした白い足が畳の上に所在なげに投げ出されている。

清四郎がその足から視線を逸らせないでいる間に、悠理は覚悟を決めたように顔を上げた。

 

「あたいは清四郎以外、考えられないから・・・だから・・・」

 

羞恥に頬を染めてはいても、悠理の顔に浮かんでいるのは、疑念ではなく。

さも、自然なことのように口にする。

 

「清四郎は?清四郎は違うの?」

 

悠理の本能は察していたのだ。

出逢った時から決まっていた、ふたりの運命を。

  

「そりゃあたいは『姫』じゃないけど・・・・『初め』てなんは、本当だよ?」

 

上目遣いの潤んだ瞳に見つめられ。

もう、これ以上抵抗はできなかった。

秘められていた扉が開く。清四郎が隠し続けていた扉が。

 

意識の奥に押し隠していたのは、悠理への想い。女を求める男の欲望。

清四郎の理性の壁が、決壊した。

 

「ああ、悠理・・・!」

 

ガバリと、清四郎は半裸の悠理の体に乗り上げる。

華奢な腕をつかんで、唇を塞いだ。

舌を差し込み、息を奪う。

「う・・んんっ」

興奮のあまり力を込めすぎたのか、悠理は苦しげに身をよじった。

幼い反応。初めてぶつけられた激しい欲望に、怯えているのか。

唇を解放すると、涙の滲んだ瞳で悠理は哀願した。

 

「清四郎、優しくして・・・痛くしないで・・・」

 

日頃強気で御転婆な彼女が、本当は臆病で脆いことは知っていた。

喚起される保護欲と、相反する嗜虐心。 

すでに理性は欠片も残ってはいなかったが、沸騰状態の脳裏に、イケナイ妄想もっとアブナイ妄想が駆け巡った。 

 

その間、数秒。

 

清四郎は悠理を押し倒した体勢のまま、右手で体重を支えつつ左手で顔を覆った。

「・・・?」

鼻血を堪える清四郎のケガレタ脳内も知らず、悠理は澄んだ瞳で見上げてくる。

桃色の頬。

熱い吐息。

だけど、触れた華奢な手首は震えている。

妄想を現実にしたい衝動に、駆られたものの。

凶暴な欲望だけでなく、慈しみ愛したい想いが、清四郎の胸を詰まらせた。

 

「悠理・・・・愛しています。」

 

言葉が迸り出た。

ずっと、心の中にあった想いが。

 

「大事にします。好きだ、おまえだけが。」

 

新しい関係が、これから始まるのだ。

この初春に。

 

「うん・・・・あたいも、好き。」

 

悠理はくしゃりと顔を崩した。

清四郎がなによりも好きな、子供のような笑顔だった。

この笑顔を、守りたい。

守り続ける。

 

 

――――が。

「あの坊主は、嫌いだけど。」

 「は?」

続く悠理の言葉に、清四郎の思考は停止した。

 

 

 *****

 

 

「だってさー、坊主の野郎ってば、せっかく上がりそうになった途端、出てくるんだもんな。あたいは、坊主じゃなく絶対姫さんを引いてやるぞー!」

悠理は鼻息も荒く、りりしく握りこぶし。

 

 

停止していた時間が動いた。

 

固まっていた一同は、席を蹴って立ち上がる。

「「・・・・この馬鹿、それは"坊主めくり"だっ!」」

怒声が重なり、机上の百人一首がひっくり返され、札が舞い飛んだ。

 

 

部屋を退出したはずの仲間達は、全員勢ぞろいし赤面して悠理を睨みつけている。

どうも『姫始め』の単語を聞いた瞬間に、清四郎は白昼夢に身を投じていたらしい。

卓上を散乱する札以外、室内に何一つ変化はなかった。悠理の乳牛模様の振袖の、色気のなさも。

百人一首を使用して行う札めくりゲーム”坊主めくり”を、悠理は違う名で記憶していただけらしかった。

 

真冬にもかかわらず吹き出した額の汗を、清四郎は羽織りの袖で拭った。

清四郎が仲間達のように席を蹴って立ち上がらなかったのは、一時的身体不自由状態に陥っていたためにすぎない。つまり、立ち上がれなかったのだ。

でなければ、仲間達にボコられている悠理に、トドメの鉄拳制裁と回し蹴りをお見舞いしているところだ。

 

あの、笑顔を守りたい。

その気持ちに、嘘はないけれど。

 

 

 

初春。

新しい年が明ける。

暗澹たる未来ではなく、明るい明日をこの春は信じたい。

扉は開かれたのだ。

パンドラの箱。この世に放たれた様々な欲望の底に残るのは、希望。

 

とは、いえ。

清四郎の『秘め始め』は、体の局部的緊急事態を周囲に隠すことから始まった。

 

 

――――今年が、良き年でありますように。

 

 

 

(2009.1.1)

 


みなさま、明けましておめでとうございます。

ラブコメしようとタイトルをつけたものの、副題「迎春」ってあたりで、ネタバレ&エロ馬鹿決定。

本年しょっぱなからすみません。怒っちゃいやん(←殴)

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背景:風と樹と空と