おやゆび姫の恋人

               by フロ

 

1.

 

「あたしの恋人は・・・・・菊正宗清四郎よ!」

自分の腕にすがりついての可憐の言葉に、悠理はぎょっと顔を引き攣らせた。
朝の校門前。

悠理と可憐は、一人の男に対峙していた。

門前に立ちふさがる男へ叫んだ可憐の言葉に、行き交う学園生達が驚いて振り返る。



「だから、諦めてよね!あんたとはパーティに行かないわ!」
しかし、動揺のあまりフリーズしている悠理と対照的に、衝撃の事実を突きつけられたはずの男は余裕顔を崩さない。
「ご冗談を。菊正宗くんなら知っていますよ。可憐さんとは生徒会・・・有閑倶楽部の仲間でしょう。ただの友人だということは調べています。」
あばた面を歪めて、男は卑屈に笑う。
「嘘をついても無駄です。どんなに嫌がっても、可憐さんはボクとクリスマスパーティに行くんだ。ボクたちは運命で結ばれているんですよ。」
ひしゃげた蛙のような笑顔と、熱に浮かされたような言葉に、可憐はぶるると震えた。
「嘘じゃないわよ!最近、告白されて、清四郎とあたしは本当に付き合い始めたんだから!ね、悠理!」
どん、と腰を突かれて。
「う・・・うん?」
悠理は機械的にコクコク頷いた。
語尾が疑問形になっていたとしても、フリーズしていた彼女にすれば上出来だ。
「変なことをしても無駄ですからね。清四郎はああ見えて、武道の達人なんだから!」




* ****




「・・・ああ見えて、ですか?」
部室に駆け込んで可憐が仲間達に報告すると、生徒会長はポツリと呟いた。
「僕は強そうには見えないってことですかねぇ?」
ふむ、と顎に手をやる清四郎に、美童が呆れ声を上げた。
「清四郎、突っ込むのはそこなのかい?」
「おまえ、ほ、本当に、可憐に、こ、告白したのかよっ?!」
悠理は机に身を乗り出し勢い込んで清四郎を問い詰める。
「そこもねぇ。なんで、僕からの告白なんですか、可憐。」
「ごめん、つい。」
可憐はぺろりと舌を出した。
「まぁ、しばらく清四郎は可憐と登下校をした方が良さそうですわね。ボディガードにもなりますし。だけど、パーティも一緒に行くんですの?」
野梨子が小首を傾げる。
「付き合ってるんだったら、当然だよね〜。あいつんちのパーティ出るのは、おばさんの仕事上、断れないんだろ?」
美童はおもしろそうに青い目を細めた。
「僕もあのパーティには呼ばれてるから、見物させてもらおう。」
「もう、美童、おもしろがらないでよ!こっちは真剣なんだから!」
仲間達の会話に、悠理はますます机に身を乗り出した。
「ええっ?!やっぱ、マジで清四郎と可憐は付き合ってるんだなっ?!」
唾を飛ばして目を剥いている悠理の後頭部を、魅録が叩いた。
「いてっ」
「悠理おまえ、前後の状況、ぜんぜんわかってないだろ。可憐と清四郎の組み合わせなんざ、ありえねーだろーが。偽装だっての!」

可憐がやっかいなストーカーに追い回されるようになったのは、数日前から。
相手はジュエリーAKIのお得意様である大物政治家の息子だった。右翼や暴力団とも繋がりがあるという大立者は、不肖の息子には甘い。
可憐も当の本人の顔を知らず、母を通じてパーティの招待状をもらった時は、玉の輿だと浮かれていたのだから、現金なものだった。
可憐が事態の深刻さに気づいたのは、可憐の快諾に気を良くした蛙似粘着馬鹿息子が、朝晩、可憐の元に日参するようになってから。
震え上がった可憐は、倶楽部の仲間達と常に行動を共にするようになった。
なにしろ、可憐のBFが二人、暴漢に襲われ病院送りとなったのだ。
馬鹿息子の差し金であることは明白だったが、警察にも顔の効く父親の威光か、事件として立件はできなかった。

「だけど、カップル装うんなら、なにも清四郎でなくても良かったんじゃん。パーティなんて、美童だって呼ばれてるんだし。」
唇を尖らせて魅録に叩かれた頭を撫でている悠理に、野梨子はほほほと笑った。
「悠理、美童を彼氏などと可憐が言ったが最後、私達は二度と美童の姿を目にすることもなくなってしまいますわよ。」
「ひ、ひどい・・・病院どころか、墓場送り?」
美童は自分の体を抱きしめて蒼ざめる。
「じゃ、魅録でも良かったんじゃん。そうだよ、魅録がいい!」
「え、オレ?」
悠理の断言に、魅録の焦り声が裏返った。
「だって、魅録は警視総監の息子だぜ!適任だよ!」
しかし、悠理の言葉は可憐に即座に却下された。

「駄目よ、魅録は。」

魅録の唇から、火のついてない煙草がポロリと落ちる。
可憐のピンクの唇からは、ふぅ、とため息が漏れた。

「魅録は嘘や演技苦手じゃない。特に、恋人のフリなんてできるとは思えないわ。それに警察を怖れていない相手なんだし。」
可憐は悠理に顔を向けた。
「送り迎えをこれまであんたに頼んでたけど、いくらなんでも恋人役は無理ですもんねぇ・・・。」
悠理はぶんぶん首を縦に振る。
その悠理の目と、清四郎の目があった。
清四郎は悠理の赤らんだ顔が怪訝だとばかりに、片眉を上げる。しかし黒い目に宿る感情は読み取れない。
なるほど、鉄面皮。
「ごめん、清四郎。と、いうわけで、あんたの詐欺師の才能に期待していい?」
「演技力と言って欲しいですね。」
清四郎は可憐に顔を向けて、ニッコリと笑った。

 


 

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