おやゆび姫の恋人

               by にゃんこビール

 

 

 2.

 

 

その日の放課後―――
「それじゃ諸々の打合せをしますから、僕と可憐は先に帰ります」
清四郎は席を立った。
「みんなもパーティに出席するんだから、協力してよね!」
そう言い残すと、可憐も清四郎の後に続いて部室から出て行った。
残された4人は互いに顔を見合わせた。
「…あたいたちも?パーティに行くの?」
パーティ好きな悠理でも今回ばかりは乗る気がない。
「嘘も演技もヘタな俺が行っても役に立たないと思うぜ…」
魅録は朝可憐に言われたことを引きずっていた。
「仕方ありませんわ。でも可憐には大きな貸しができましたわね」
野梨子は静かにお茶を飲んだ。
「まーまー、いいじゃないか。清四郎が付いてるんだし」
難を逃れた美童は陽気に窓の外を見た。
「お、すでに注目の的になってるみたいだよ」
美童の言葉に3人とも窓の外を見た。

残り少なくなったイチョウの葉が舞う中、偽装カップル・清四郎と可憐が並んで歩いている。
すでに学園中には、今朝の有閑倶楽部交際宣言の噂を知らない者はいない。
噂のふたりが仲良く下校している姿を、生徒たちは羨望と失望の眼差しで見つめていた。

「恋人同士なんだから手でも繋げはいいのに」
だめだな〜、と美童はぷるぷると顔を振った。
「恋人同士じゃないよ、あれはニセモノ!」
悠理はキッ、と美童を睨みつけた。
「何をムキになってますの?」
野梨子は不思議そうに悠理の顔を覗き込んだ。
「む、む、む… ムキになってなんかないやいっ!」
プーと悠理は顔を膨らませた。
「…ムキになってる顔だろうが」
窓を離れ、魅録は疲れたように椅子に座った。
「それにしても相手は厄介ですわね。松竹梅のおじさまでも打つ手はありませんの?」
野梨子も席に戻って魅録に聞いた。
「結局、警視庁も国の機関だからな。政治家の圧力に組織は弱い」
魅録はタバコに火を付けた。
「フン!政治家なのは親父で息子は潰れたヒキガエルじゃん!」
仁王立ちの悠理は未だ鼻息が荒い。
「ヒキガエル!だったら可憐はおやゆび姫だね」
あははは、と美童は大笑い。
「あら。それじゃコガネムシやモグラも登場するってことですわね」
ほほほ、と野梨子も笑った。
「うまいこと言うな〜、悠理!」
ははは、と魅録も加わった。
しかし馬鹿息子をヒキガエルと命名した悠理はおもしろくない。
「あー、何かムシャクシャする!どっか遊びに行かない?」
ドッカ、と悠理は椅子に座った。
「わたくしはだめですわ。今日は日本舞踊のお稽古がありますもの」
と、野梨子は辞退。
「俺、野梨子を送るようにって清四郎に言われてるんだ」
と、魅録も腕で×。
悠理はくるっと美童の方に向き直った。
「えっ!ぼくもこれからデートがあるんだよー」
あたふたと狼狽える美童。
「美童… まさかあたいの誘いを断らないよな…」
さすが剣菱百合子の娘。凄み方が違う。
「友だちとカールフレンド、どっちが大事なんだよっ!」
パーン!と悠理は美童の目の前でテーブルを叩いた。
「ゆ、ゆ、ゆ、ゆうり!!!悠理が大事です!!!」
悲しいかな、美童はまたひとりのガールフレンドを失った。

 



*****

 



野梨子をバイクの後ろに乗せる訳にいかず、魅録は野梨子といっしょに歩いて帰ることにした。
ふと話が途切れたとき、意を決して魅録は切り出した。
「野梨子はいいのか…?」
いつもとかわらない野梨子を魅録はちらりと見た。
「なにがですの?」
真っ直ぐに切り替えされて魅録はどぎまぎした。
「清四郎が可憐の… その… 恋人… の、役目になっちゃってさっ」
野梨子は丸い瞳を大きくしてから、ふっと顔を緩めた。
「人をペテンにかけるのは清四郎が適任だと思いますわ」
確かにどんな状況でも冷静沈着に判断し、緻密な計画は清四郎にしかできない。
それは魅録も認める。認めるのだが、何故か素直になれない自分もいる。
言葉がでない魅録を見て野梨子は微笑んだ。
「可憐もデリカシーがありませんわね」
「えっ?」
魅録は野梨子の顔を見た。
「魅録の気持ちも知らないで、魅録は駄目だなんて。酷すぎますわ」
野梨子の言葉に魅録は呆然と立ちすくんだ。
「大丈夫ですわ。可憐がおやゆび姫なら、清四郎は花の国に運ぶツバメですもの」
にっこりと野梨子は微笑んだ。
「あ、ああ…」
確か自分と同じ恋愛に疎いはずなのに、なぜか自信満々に前を歩く野梨子の背中を魅録はしばらく見つめていた。

 



*****

 

 

「悠理〜 あと何を買うのさ〜」
美童は両腕にいくつもの紙袋をぶら下げて情けない声を出した。
「あそこの店で靴買う!」
悠理は大股でどんどん先に進んでいく。
「え〜!靴はさっき買ったじゃ〜ん。ねぇねぇ、お茶しようよー」
今にも泣き出しそうな美童に悠理はピタリと足を止めて振り返った。
確かに美童が持っている買い物の量は半端じゃない。
「わかった… あそこでお茶しよう」
悠理は素直に美童の提案に賛成した。
荷物を車に預けて、新しくできたホテルでお茶をすることにした。
薫り高い紅茶ペニンシュラ・ブレンドを一口飲んで美童はほっと息をついた。
テーブルにはスコーン、フィンガーサンドイッチ、キッシュ、ブチガトー、マカロンたちが三段のお皿にきれいに並んでいた。
それなのに悠理がまったく手を付けずにぼーっとしている。
「どうしたの?スコーン温かいうちに食べた方がいいんじゃない?」
悠理は「うん!」と笑顔を見せると、もぐもぐと何も付けずにスコーンを食べ始めた。
「悠理?のど詰まるよ!」
とたんにゲホゲホと悠理は咽せこんだ。
「あんまりおいしくって、口の中入れ過ぎちゃった」
紅茶でのどを潤して、悠理はペロッと舌を出しておどけた。
美童は静かにカップをソーサーに戻して、青い目を真っ直ぐ悠理に向けた。
「悠理、大丈夫だよ。お芝居なんだから」
口の周りを拭いていた悠理の手が止まった。
「清四郎と可憐が付き合うなんて絶対にないから。ぼくが断言するよ」
一気に悠理の顔が赤くなる。
「だから安心して、可憐に協力してやろうよ。なにしろヒキガエルは手強いからね」
そういうと美童は極上の笑顔を浮かべて悠理にウインクした。
「う〜、わかってらい!可憐は大事な友だちなんだ!完璧に演技してやるよ!」
ポイッ、とサーモンのサンドイッチを悠理は口に放り込んだ。
悠理はサンドイッチと自分の言った言葉を飲み込んだ。

 

 



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