おやゆび姫の恋人

               by ぽち

 

 

 3.

 

清四郎と可憐はパーティーのドレスを買うため、銀座へと足を向けた。
煌めき始めたイルミネーションにも負けない華やかなカップルは、ここでも注目の的だ。
「あーあ、どうせなら本物の彼氏と見たかったわ」
美しくライトアップされたツリーを見上げ、可憐が呟いた。
が、慌てて自分で口を押さえ、いきなり清四郎の腕に縋り付いた。
「…っとと、駄目ね。アイツがどこかで聞いてるかもしれないもの。あー、すごく綺麗!ねぇ、清四郎!?」
「……可憐の前では色褪せますよ」
にっこり。
感情の全く読めない営業スマイルにウインク一つ。おまけに美童も真っ青の、歯の浮くような台詞が返された。
ドキッと心臓が跳ね、可憐はここぞとばかりに飾り立てられたショーウインドーに目をやった。
ずっと一緒にいた仲間だけれど、わざわざ腕を組むことなどなかった。こうやって寄り添うと、その逞しい身体や、整った顔立ちに改めて気付かされてしまう。

「そういえば、二人で出かけるのってインド以来ね」
可憐は話題を逸らし、ふと思い出したように、唇に指をあてた。世界一周アドベンチャークイズでは、仲間割れをして他のメンバーとは別行動をしていた。同じグループの美童が彼女と消えた後、一緒に食事をしたのが、唯一ともいえる二人きりの時間だったかもしれない。
「懐かしいですな」
「コブラに噛まれた時は、本当に驚いたけど」
「…僕としたことが、一瞬冷静さを失ってしまって。いくら剣菱のおじさんだって、毒蛇をそのまま使うわけはなかったんですけどね」
さすがに少々苦い思い出が甦り、清四郎は眉を下げた。
普段の表情に戻ったことに、可憐は安堵した。
「でもそのおかげで仲直りできたのよね。悠理ったら『清四郎が死んじゃうよぉ』って大泣きしたわよね」
「あいつは早合点ばかりしますからね」
「あら、かわいかったじゃない」
にやりと笑って小突いてきた可憐に、清四郎は黙って肩を竦めて見せた。

 

グッチのブティックに入ると、清四郎は壁に軽く寄りかかり、腕を組んだ。ショップスタッフに奨められるドレスを次々と試着して見せる可憐に、黙って首を振る。
「じゃあこれは?すごく素敵じゃない?」
ぴたりと身体に沿うスパンコールのドレスは、ウェストがセクシーに露出するデザインだ。可憐のパーフェクトボディを、スタッフは心から羨ましそうに絶賛するが、清四郎はまた苦い顔をした。
「そんな男好きする格好をしてどうするんです。“悪い虫”を追い払いたいんでしょ?」
清四郎は指でクイクイと傍にいたスタッフを呼び寄せ、何かを耳打ちした。彼女は夢見心地の表情で頷くと、指示通りのドレスを持って来た。
「…うそ、こんな地味なのを着ろっての?クリスマスパーティーで?」
「似合うと思いますけどね」
ゆったりとしたラインのシフォンドレスを見てあからさまに不機嫌な顔をした可憐に、清四郎はしれっと答えた。
「僕の彼女なんでしょ?なら、僕の好みに合わせて下さいよ」
「あーあー、そうよね。あんたって女を自分の色に染めたい男なのよね。悠理の時に思い知らされたのに、すっかり忘れてたわ!」
捨て台詞を吐き、ドレスを身にまとった可憐だったが、姿を現すと、スタッフが「あら…」と驚きの声を上げた。
「すごくお似合いですわ」
「ほら。いいじゃないですか」
露出の少ないドレスは上品で、可憐が今までに選んだことのないものだった。だが、意外なほどに似合っていることに、自分でも呆然とした。
確かに、いつものスタイルでは、ジジ臭いタキシード姿の清四郎と並んだ時に釣り合いが取れないかもしれない。認めるのは癪だけれど。
「…プレゼントしてくれるわけ?」
艶やかな唇を尖らせた可憐に、清四郎はニヤリと笑った。
「脱がせてもいいならね」
「いいです!自分で買います!カードでお願い!!!」

 

 

***** 




「…ずいぶん楽しそうじゃねえか」
悠理の部屋で、魅録はがくんと項垂れた。野梨子を家まで送り届けた後、すぐに呼びつけられたのだ。こっそりと可憐の腕時計に盗聴器を仕込んだことに、さすがの清四郎も気付かなかったらしい。
悠理は黙ってベッドに突っ伏している。荷物持ちのついでに連行された美童は、魅録の隣でクッションを抱えて必死で言葉を探した。
「よ、よかったじゃないか。悠理の話題出てたし、清四郎も気にしてたみたいだよ?」
「そうだよな。俺の名前なんか、欠片も出てきやしなかったもんな。はは」
魅録の乾いた笑いにも反応せず、悠理はくすんと鼻を鳴らした。

 

 


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