おやゆび姫の恋人

               by かめお

 

 

 4.

 

 

「寒くなってきましたわね」
野梨子は暮れかけた空を見上げた。
風花でも舞うような冷気。
思わず背筋が伸びる。
野梨子はガラス戸を閉じると、急に笑が込み上げてきた。
魅録も悠理も、なんて素直なんだろう。
可憐のことが気になって仕方ない魅録。
清四郎と可憐が一緒にいることに、小さな嫉妬を覚える悠理。
二人とも可愛らしいこと。
そう思いながら、野梨子はふと自分のことを顧みた。
わたくしにはそういう気持はないのかしらと。
「野梨子さん、そろそろお支度したら」
母の言葉に我に返った。
「パーティならこの振り袖がいいかしら?どう?」
華やかな牡丹が描かれた振り袖は、意外なほど色味が渋い。
だが、その押さえた色が、牡丹の艶やかさを一層浮き上がらせている。
「素敵ですわ、お母様」
「魅録さんがお迎えに来るのかしら」
「ええ。5時に」
「あら、ならば早くしなくてはね」
母に促されて野梨子は着替えを始めた。

「坊ちゃま」
松竹梅家の家政婦がメモを持って魅録の部屋のドアをノックした。
「いま、美童さまからお電話があって、美童さまが野梨子さまをお迎えに行くそうなので、悠理さまを迎えに行って欲しいと」
「…わかった」
「それから、お迎えは約束の10分前にとのことです」
「了解」
魅録はドアを閉めると、はあと溜息をついた。
いくら芝居とはいえ、可憐と清四郎が仲睦まじい姿を見るのは忍びがたい。
だが、可憐のためにはパーティに出て、あのヒキガエルから守ってやらなくてはならない。
清四郎が武道の達人とはいえ、ヤツは何をするかわからない。
親父にそれとなく探りを入れたが、警視庁も奴らの裏の顔を暴くべく、内偵を始めたらしい。
だが、ことは大物政治家絡み。
上手くやらなくては、どこから圧力がかかるとも限らない。
親父にしては難しい顔で何事か考えていたようだった。
もしも、ヤツがパーティでとんでもないことをやらかせば、それが突破口になるやも知れない。
親父にはそれとなく耳打ちしておいたので、警察関係者が潜り込んでくるだろう。
親父に手柄を立てさせ、なおかつ可憐の憂鬱を取り除いてやれれば…
魅録はそう思いながら、フォーマルなスーツに身を包んだ。

「あれ?魅録?野梨子迎えにいったんじゃないのか?」
華やかなファーに身を包んだ悠理が、きょとんとした顔で魅録を迎え入れた。
「美童は野梨子を迎えに行くんだと」
「そうなの?へ〜」
「なんだよ、その含み笑いは」
「だってさあ、美童って、野梨子のこと好きじゃん」
「へ?そうなのか」
「なんだよ、お前も鈍いなあ」
悠理の言葉に魅録は思わずむっとした。
よりによって、一番言われたくないヤツである。
「ほれ、早く行くぞ」
「可憐が心配だよね〜魅録ちゃん」
「相手が清四郎だからな。あいつが可憐に手を出さないとも限らないだろ」
魅録の言葉に悠理はびくりと反応し、うっすらと眼に涙を浮かべた。
「…可憐、奇麗だもんな…やっぱり、男って、可憐みたいなのがいいよな…」
思わぬ悠理の反応に、魅録は自分の失言を後悔した。
「…大丈夫だって…ヤツは可憐を友達として守ろうとしてんだから。俺らも、だから可憐を守ってやらなきゃな」
魅録が悠理の頭をぽんぽんと叩くと、
「そうだな。友達を守ってやんなきゃな」
と、悠理はくしゃりと顔を歪ませた。
泣いているような、笑っているような、そんな複雑な顔だった。

 

 

*****

 

 

「こっち、こっち」
可憐は上品なシフォンドレスに身を包み、化粧もいつもよりナチュラルであった。
だが、それゆえ、可憐の美しさが一層引き立っている。
魅録は思わず頬が赤くなってくるのを感じていた。
(今夜の可憐、やば過ぎる…)
隣でブラックタイの清四郎が、さりげなく可憐をエスコートしている。
それでなくとも目立つ二人なのに、そこにピンク頭のこれまた美麗な魅録と、白いファーのついたジャケットに黒いベルベットのミニワンピースの悠理が加わり、会場の視線は彼らに集中した。
「あら、魅録と野梨子が一緒じゃなかったの?」
「野梨子は美童と来るんだそうだ」
「あ、そうなの?」
ウエイターがシャンパングラスを彼らに渡した。
「今日が無事に乗り切れるように」
「嘘がばれないように」
可憐がぺろっと赤い舌を出した。
「乾杯」
4人はピンク色の液体を口に流し込んだ。

「悠理、なんで先に行っちゃったんだよ!」
薄いブルーグレーのスーツの美童が、ぷりぷりと怒りながらやって来た。
「え、だって、美童は野梨子と来るからって」
「野梨子は魅録とだろ。僕は時間ピッタリに行ったのに、先に行っちゃうなんて、ひどいよ」
「ちょっと待ってください。どういうことですか」
清四郎の顔色が変わった。
「うちに美童から電話があって、野梨子と行くから悠理を迎えに行けって伝言があったんだよ」
「僕、そんなの知らないよ。第一、もしそういうことがあったら、僕は魅録と悠理の両方に連絡するよ。それも、携帯に直接ね」
「…野梨子は…どうしたの?」
可憐は思わず手で口を覆った。
まさか、あのヒキガエルが野梨子になにかしたのではと…
その時、噂のヒキガエルが数人の男達に囲まれて、可憐たちの元にやって来た。
「ちょっと、あんた、野梨子をどうしたのよ」
可憐はできるだけ押さえた口調で、男に問うた。
男はにたりと笑うと、
「僕は嘘は嫌いなのでね。あなたに本当のことを言ってもらうために、お友達に協力願ったのですよ」
男がすっと二階のホールを指さすと、そこには人相の悪い男たちに囲まれた野梨子が立っていた。
「野梨子…」
可憐は男を睨みつけると、
「野梨子になんかしたら許さないから」
「それはあなたの返答次第ですよ」
「卑怯者!」
「僕は、欲しいと思ったものは必ず手に入れる主義ですから」
ヒキガエル男は、目を細めて、その痘痕面に歪んだ笑を浮かべた。

 

 


 

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