おやゆび姫の恋人

               by フロ+かめお with千尋

 

 

 5.

 

 

「あんたが用があるのは、あたしでしょ!野梨子は関係ないわ、今すぐ解放して!」

可憐は真っ青な顔で、男を睨みつけた。怒りのあまりか握り締めた拳は震え、ヒールの足元は覚束ない。

「・・・・池亀くん」

清四郎が一歩足を踏み出し、可憐の腰に腕を回して支えた。

「可憐の言う通りです。話なら、僕としましょう。僕達が恋人同士であることを疑うならね。」

見事なタイミングで差し出された手が、彼女は自分のものだと主張しているかのようで。

寄り添うふたりから目を逸らし、悠理が隣の魅録に顔を向ける。

「”池亀くん”?」

「あいつん名だよ。」

魅録が顎で示した先には、痘痕面を歪めて引き攣らせているヒキガエルが居た。

「亀よか、悠理の言うように蛙っぽいよね。ははは・・・・」

美童が囚われの野梨子を見つめたまま、青い目を陰らせた。

 

 

「池亀くん、あなたも事態を大袈裟にすることは望まないはずだ。とにかく、野梨子を放して下さい。男同士で静かなところで話し合いましょう。」

「は、冗談じゃない。おたくを武道の達人だと教えてくれたのは可憐さんだ。こちらは、腕に覚えがあるわけじゃないもんでね。」

池亀の言葉に、清四郎は片眉を上げた。

「・・・わかりました。だが、野梨子は人質には向かないな。あれは僕の幼馴染なんだが、潔癖な娘でね。荒事はもちろん、大人の駆け引きに目をつぶるタイプじゃない。」

清四郎は背後の仲間達を振り返る。

「悠理。」

明確な意図を持って呼ばれた声に、悠理は弾かれたように顔を上げた。

「あ・・・・あたい!あたいが野梨子の替わりに人質になる!」

悠理は手を挙げて、一歩前に出る。

隣に立った悠理に、清四郎はかすかに微笑を向けた。

 

荒事担当は毎度のこと。悠理ならば、清四郎の合図ひとつで、どうにでも事態を切り抜けられる。

仲間達にはそんな清四郎の思惑はわかっていたが。

毅然と清四郎の隣に立つ悠理の胸のうちを思うと、無神経な清四郎の申し出が腹立たしい。美童はもちろん、恋愛感情に疎い魅録でさえ。

悠理の泣き出しそうな表情の理由は、友を案じているためだけではないだろうから。

 

 

「我々は大人の話し合いをすべきでしょう。志願者ならば、後で騒ぎ立てたりしない。人質交換は、飲んでいただきますよ。」

清四郎は可憐から手を離し、悠理を促し野梨子の方へ歩みだした。

池亀は目を細めて、危ぶむように彼らの動きを見つめている。

張り詰めた緊張感の中で、支え手を失った可憐の体が揺れた。

ゆっくりと崩れ落ちる。

池亀は唇の端を歪めて、醜い笑みを浮かべた。

 

「可憐?!」


魅録がとっさに倒れかかった可憐を支えた。
豊満な胸が魅録の腕にダイレクトに感じられたが、赤くなっている場合ではない。
可憐は、ぐったりと魅録の腕の中に倒れ込んだ。
「可憐、しっかりしろ」
魅録が呼びかけても、可憐は視点が定まらない目で、口を微かに動かすだけだ。
清四郎が可憐の腕をとり脈を見、可憐の目をのぞき込んだ。
「シャンパンに、何か混入されたようですね」
「毒…じゃないよね」
悠理が不安そうに呟く。
「…」
清四郎は、眉間に皺を寄せたまま振り返ると、池亀に言った。
「あなたは、可憐を殺す気ですか?」

魅録も、悠理も、美童も、野梨子も、弾けたように池亀を見た。
池亀はにやりと口元を歪めると、
「ボクの手に入らないのなら…いっそね」
と、低い声で笑った。

その言葉に、魅録の顔色が変わり、今にも池亀に飛びかかっていきそうになるのを、清四郎の腕が止めた。
「池亀君、まさか本気で可憐を殺そうと思っているわけじゃないでしょ」
清四郎が努めて冷静な口調で、池亀に言葉をかける。
「そりゃあ、そうですよ。ボクは生きている可憐さんが欲しいのですから」
池亀はタキシードのポケットから小瓶を取り出すと、
「シャンパンに入れたのは遅効性の毒です。いま、この解毒剤を飲めば可憐さんは助かる」
そう言うや、にやりと笑うと、
「さあ、可憐さんをボクにいただきましょうかね」
と言った。
 

 

 

 

 

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