「美童、ほら、クッキーですわよ」 「わん!」 「チョコとアーモンド、どちらがよろしくて」 「わん、わん!」
「まあ、チョコがいいですのね。おほほ、ほら」 「わん!」
黒髪の美女が戯れているのは、金色の毛もあでやかなゴールデンレトリバーでもなければ、優美なボルゾイでもない。
れっきとした、金髪の、すこぶる美男子だ。 スイートな恋人同士が、いちゃいちゃしている。 まわりはそんなめで見ているのだろう。
美しい二人に向けられるのは感嘆の溜め息ばかりだからだ。
「…やっぱり…何度、あの姿を目の当たりにしても、慣れないわね」
泣きぼくろの色っぽい娘が、ぽつりと呟いた。 「しっ、可憐。余計なことを言うなよ。野梨子に聞こえたら大変だぞ…」
ピンク色の髪の少年が、娘の耳元で囁く。 「そうだよ。前にちょっと美童がかわいそうだって言ったら…」
ふわふわの髪のボーイッシュな娘がぶるっと身震いした。 何か嫌なことを思いだしたのか、半泣きである。
「そうそう、触らぬ神に祟りなしですよ…彼女の陰湿さは…度を超えてますからね」 黒髪の少年が眉間に皺を寄せて、うんうんと頷く。
「あら、なんのお話です事?」 黒髪の美女が、艶やかな笑を浮かべて声をかけたとき、一瞬四人は固まった。
ぎぎぎと、油の足りない機械のように、ぎくしゃくと首を回転させ、黒髪の美女に顔を向けると、 「いや、桜がきれいだなって…はは」
と、引きつった笑で黒髪の少年が答えた。 仲間はただただ首を縦に振るだけである。
「あら、そうでしたかしら。わたくしには何か違うように聞こえましたけど」 ふふっと、黒髪の美女が微笑む。
「そ、そんなことないぞ。さ、桜の話してたんだぞ」 「そ、そうよ、桜の話よ」 「そうだよ、び、美童の話なんかしてないぞ」
「ゆ、悠理」 ボーイッシュな娘の口を塞ぐと、三人は愛想笑いを浮かべた。
「ほほ、よろしくてよ。今日は、お花見。楽しく過ごさなくては、桜に失礼ですものね」 「わん!」
「あら、美童、まだクッキーが欲しいの?仕方ない方ね…」 黒髪の美女が、金髪の少年の髪を愛おしげに撫で回し、
「美童、あなたは可哀想なんかじゃなくて、とても幸せですわよね」 そう言って、仲間に向かって微笑んだ。
四人の仲間は、まるで金縛りにあったようにその場に座り込み、凍りついたような笑を美しいカップルに向けるだけだった。
ある春の日、桜の下の狂宴。 愛の形はそれぞれ。 そう、本人が幸せならばそれでいいのだ。
桜の下で絡み合う美女と美男。 それはまるで美しい一枚の絵のようだ。 だが、彼らの仲間はそこに愛という名の修羅を見る。
「世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせむ…」 黒髪の少年は、ふとその光景に、世の無常を感じたのであった。
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