1.
――― ずっと求め続けて いつまでも求め続けて ―――
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凍てついた空気が、黄昏時の空に張り詰めていた。 まるで、何かがやってくる事を待ち望むかのような静寂が、静かに世界を包み込んでいく。
夕闇の空の色に染まり色をなくした木々が微かに揺れて、音もなく、冴え渡った空気を震わせた。
「だああっ!? 一体何なんだよ! これ……」
剣菱家の自室のドアを開けて、悠理は深くため息をついた。 綺麗なラッピングを施された大小さまざまな箱によって、部屋の一隅が占領されていたのだ。 室内のサイドテーブルからテーブル下のカーペット、更にはベッドの上へと、その箱の山脈は続いている。
「ああ、この箱の山ですか。さっきメイドさんが、『贈り物をお預かり致しましたので、お部屋にお運びしておきました』って言ってたのって」 苦笑したい気持ちを押さえ込むようにして、清四郎は開け放たれたドアに寄り掛かる。
「…しかし、見事な景色ですな」 「お前、絶対あきれてるだろ? そうやって誤魔化しても、お前の顔に出てるからわかるぞ」
悠理が、隣にいる清四郎の顔を、一瞬、軽くにらみつける。 そうしてすぐ、悠理は清四郎に背を向け、室内へと入っていったのだが。 悠理は何かを思い出したかのように、一旦部屋の中央で立ち止まり、顔だけを斜め後ろに振り返らせた。
「…なあ、清四郎。これ開けるの、手伝ってくれる?」
一つ息を吐いて、清四郎が姿勢を正す。 「わかりました。これをどうにかしないと、何も出来ませんしね」 「…って! えっ? ちょっ…!! なっ?!」
清四郎は、ゆっくりとドアを離れると室内へと入り、箱の山脈を指差し立ち止まっている悠理を抱き上げ、悠々と歩き始めた。 そうしてそのままテーブルの前まで歩いていくと、清四郎は、彼女を自らの膝の上に下ろしながら、テーブルの脇にある椅子に座る。
抱き上げられた時に、つい握り締めた清四郎の右袖から手を放すことなく、悠理は清四郎をにらむように仰ぎ見た。
「―…清四郎。あたいは、箱開けるの手伝って、って言ったんだけど」 そんなことはわかっていると言わんばかりに、清四郎が笑う。 「だから、こうして一緒に座ったんです。箱の中身が何であれ、別々に箱を開けるより、ひとつずつ二人で見たほうが楽しいに決まってるじゃないですか。…そうでしょう?」 「それは、わかるけどさ。あたいが、ここに座る意味はあんのか? 別に膝の上じゃなくても、一緒に見れるじゃん」 「そんな真っ赤な顔してそんな事を言っても、説得力なんてまるでないですよ。それに…」 耳元で低く囁くように、清四郎が言葉を繋ぐ。
「ここに座る意味ならいくらでもあるでしょう?」
悠理の耳朶に軽く舌を這わせるように、清四郎が口付ける。
「いっ、いい。意味なんてなくていいっ!! せっ、せーしろー。早く箱開けて見ようぜ」 清四郎から目を逸らし、赤かった頬を更に紅色に染めて、悠理が箱の山へと手を伸ばしたその時。 小刻みな振動が身体に伝わってくるのを悠理は感じ取った。 身体を少し後ろに傾けるようにして、清四郎の顔を覗き込んでみる。
「なっ―…! からかったのかよ! お前!!」 「からかってなんか、いませんよ」 小声をたてて笑うことを必死で堪えながら、清四郎が言った。 「じゃ、なんでそんな笑い方してんだよ、お前。一人だけおかしくてたまらないって感じでさ。そんなの、あたいをからかってるのと同じじゃんか」 「―…ちがいますよ」 「って、まだ笑ってるじゃんか!」
何がおかしいのかがわからない、といった顔で悠理は清四郎に詰め寄っていく。 「からかってるんじゃないんならさ、何で笑ってるのかくらい教えてよ! ねえっ!」
もう限界だったのだろう、清四郎が声を立てて笑った。 「ホントにわかりませんか? ―…ホントに?」 「うん。わかんない。だからさ、教えてってば!!」
清四郎の両手を左右それぞれの手で覆うように掴んで、悠理は清四郎を見詰めた。 一つ咳払いをして、清四郎が微笑する。
「―…教えません」
「え?」
「―…もったいないですから、内緒です」
「ケチ〜! 教えてくれたっていいじゃん。別に減るもんじゃないんだろ、それって?」 「ある意味ボクにとっては、減るものですから嫌です。…悠理。人に訊くばかりじゃ能がないですよ。たまには、自分で考えたらどうです」 「考えろって、無茶言うな〜」 「何言ってるんですか。…じゃあ、仕方ないんでヒントあげます。あとは自分で考えてくださいね」 「おう!」 「ヒント。僕は悠理をからかったわけじゃない。あとは、会話の流れを思い出して考えろ」 「何だよ、それ〜! ヒントじゃないよ、全然」 「これ以上はないヒントですよ。考えてもわからなかったら、忘れてください。たいしたことじゃないですから。仮に、もしわかった時も、僕に言わなくていいですよ。それくらい他愛のないことです」 「清四郎。お前ホントに言う気ないんだな…。いいよ。わかったよ」
清四郎の膝の上を降りることなく、悠理はそのまま何事かを一生懸命考え始めた。 一方の清四郎は、いつしか自由になっていた両手を悠理の身体に回す。
腕の中にいる悠理の髪に顔を寄せながら、清四郎はゆっくりと瞼を閉じた。
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背景:Canary様