8.
本気で死ぬかもしれないと、生まれて初めて思った。
今まで、いろいろな危機を乗り越えてきた。
死にそうな目にも遭ってきた。 なのに何故今、死の予感が自分につきまとうのか、悠理には分からなかった。
―――そうか。今までは、清四郎がいたんだ。
両手を拘束され、目隠しをされた暗闇の中、ぼんやりとそんなことを思った。
普段だったら、絶対に認めたくない感情を、悠理はすんなりと受け止めた。 魅録でも、可憐でも、野梨子でも、美童でもない。
思い浮かぶのは清四郎だった。
無二の親友。 ピンチを救ってくれる、頼れる存在。 それだけ? 優秀なる、悪友。
本当に、それだけ?
きっと、違う。
清四郎が、自分を追って来ているのは知っていた。
だからといって、悠理は逃げるのを止める気にはならなかった。むしろ逆。
―――まだいる、まだあたいの後ろにきてる。
そう思うと、心が落ち着いた。 清四郎が追ってくることを知ることで、悠理は自分の存在価値を見出した。
清四郎に追われるに値する自分であることに。
もし、今回ニューヨークで清四郎に捕まったら、その時は日本に帰ろうと思っていた。
自分の気持ちに素直になれるかは、分からなかったけど。 きっと悠理は清四郎に文句を言い、不誠実な物言いをなじり、でも最後は清四郎と結婚しただろう。
だけどそれはもう、夢に近い。
生きてここを出られても、きっと清四郎には愛想をつかされてしまうだろう。
こんなトラブルメーカーな自分と結婚したいとは、きっと思わないだろう。 清四郎が去っていく後姿が、見えるような気がした。
「く、ふ…」
そう思うと、涙が零れた。 痛いのは、手首に食い込むロープじゃない。
悔しいのは、意思に反してこんなところに閉じ込められていることじゃない。 欲しいものがやっとわかったのに、諦めなければならないことの苦痛。
いつだって無敵だった。 恐いものなんて、なかった。 悠理よりも強いものはほとんどいなかったし、いても清四郎がそれを倒してくれた。
清四郎への信頼感が、自分を強くしていたのだと気付く。
死ぬかもしれない。 だけど死にたくない。
有閑倶楽部なら、清四郎なら、きっと助けてくれる。 悠理は一人、孤独と苦痛に耐えた。
ほんの二日前。
気づいたばかりの大切な思いを胸に抱きながら。
NEXT
TOP |