夜のテラス。
悠理を抱えたまま清四郎は動けずにいた。
仲間達は夢の中。
星空の下は悠理と清四郎の二人。
清四郎の腕の中で眠る悠理は子供のような寝顔。
月明かりに照らされる二人を夜風が撫ぜる。
すると腕の中の悠理が僅かに動いた。彼女の指が清四郎のシャツをつかむ。
(・・・・・寒いんですか?)
秋の夜長、長く外に居すぎたか。
動けなかったのは彼
動きたくなかったのも彼
月が雲へと隠れていく。
膝の上の悠理にぬくもりを移すように、包み込むように抱きなおす。
そんな清四郎の腕の中で悠理の瞼がゆっくりと開いた。
僅かな隙間から見える彼女の瞳。
そのうつろな眼差しは完全に目覚めていない証だろう。
吸い寄せられるように覗き込む清四郎の前で悠理の唇が動いた。
「・・・・・せーしろ?」
そういってその艶やかな口元に極上の笑みを浮かべた。
思わず見蕩れる清四郎の首に悠理の白い腕がのびる。
絡みつく。
清四郎の首に悠理の両腕がまわされた。
抱きつくように
抱き締めるように
悠理はそのまま清四郎の頬に、そのピンク色の頬をよせた。
「あったかい・・・・・」
頬擦りをしながら彼女が呟いた。
月はまだ雲に隠れている。
「ゆうり・・・」
肩にかかるぬくもりをギュっと抱き締める。
清四郎の耳にまた規則正しい寝息が聞こえてくる。
月の明かりも消えて今。
このまま悠理をどこかに隠してしまいたい、そうおもった。
この腕に抱えたまま。
せめて月が次に顔を出す前にと、清四郎は悠理を抱き上げ部屋へと入ることにした。
************
「あんなに飲んだ次の日に行けるもんか!清四郎に言えよ。」
「美童、静かにしろよ。まだあいつ寝てんだじょ。」
「もう起こしても良いんじゃないか?」
まわりから聞こえる聞きなれた声で目を覚ました。
ゆっくりと開いたその目にはやわらかな月の光ではなく、眩しすぎるほどの光が飛び込んできた。
「悠理、清四郎がやっとおきたよ。」
「お前がこんな時間まで起きないなんて珍しいよな。」
次々と仲間達の声が振ってくる。
眩しいはずだ。
時計の針はもうすぐ11時になる所だった。
目覚めたばかりの清四郎の頭の中を昨日からの記憶が駆け巡る。
月から隠れるように部屋に入った2人
腕に残る僅かな感覚
あれは夢ではなかっただろう
2人だけの時間
溶けるようなキス
悠理は覚えているだろうか
当の彼女はいつもどおり皆に大声で話し掛けていた。
「あんなに飲んでそんなに元気なのは悠理くらいですわよ。私は遠慮させていただきますわ。」
「こんな頭痛いのに遊びになんて行くわけないでしょ。魅録か清四郎に言いなさいよ。」
「あっ、オレはパス!ダチと約束あるから。」
「ちぇっ、皆つまんないの!」
本当にいつもどおりに悠理がそこにいた。
そんな彼女が清四郎の方へつかつかと歩いてきたかと思うといきなり
「お前はどうする?」
たった今目覚めたばかりの清四郎には何のことだかさっぱり分からない。
遊びに行こうと皆を誘っていたらしいがいったいどこへいくつもりなんだろう、こいつは。
とりあえず聞いてみることにした。
「なにがですか?」
「いい天気だから万作ランドへでも行こうって言ってんのに野梨子も可憐も美童も頭痛いって言うし、魅録は約束あるって言うし・・・お前はどうする?」
話はわかった。だが、その聞き方がなぜだか引っかかった。
「行くよな♪」でも「行こうよ!」でもなく「お前はどうする?」という言い方が。
思わず眉間にしわが寄りそうになるのを抑えた。
そしていつもどおりの声で
「仕方ありませんね、付き合いますよ。」
そう答えた。
万作ランドでは悠理は大はしゃぎだった。
わくわくドームでも冒険ドームでも笑顔は絶えることはなかった。
地下の巨大迷路では少々もめながらも、清四郎のおかげで最短記録を出した。
そんな2人に係りの人が景品棚の一番上に飾られていたものを取り出した。
「おめでとうございます。」
その言葉と一緒に豪華景品の一つが手渡される。
それは万作ランド内にあるリリィーホテルのスイートルーム宿泊券と豪華お食事券だった。
「やったー!清四郎!!」
そういって悠理が飛びついてきた。
それも極上の笑顔と一緒に。
嬉しそうに弾む声。
でも首に絡む彼女の腕が昨夜の出来事を思い出させる。
「どうした?」
上目使いでそう聞く悠理を問い詰めてやりたくなった。
『覚えてますか、昨夜のことを。』
だが
「次行こうぜ!」
その彼女に笑顔でそういわれては・・・清四郎はその言葉を飲み込んだ。
************
秋の夕暮れはとても早く訪れる。
2人が再び地上に出たときには空は夜の色へと変わっていた。
あちらこちらがライトアップされ昼間とは違う景色を見せていた。
そんな中を並んで歩く清四郎と悠理。
ライトに照らされる彼女の顔はとても綺麗だった。
いままで何度も見てきたはずなのに・・・。
ひときわ綺麗なイルミネーションの前を歩く清四郎の手に暖かいものが触れた。
思わず足が止まる。
それは悠理からつながれた手。
並んだままゆっくりと視線を向けると彼女はそれをそらした。
「ひもの代わりだよ。ペットが迷子になったらお前も困るだろ。」
そういい終わらないうちに繋いでいるのとは反対の手で観覧車を指差した。
「次あれのろうぜ!」
世界最大の大観覧車のゴンドラに2人は乗り込んだ。
手を繋いだまま
2人並んで座る
隣に座る悠理は次第に高くなる景色にその表情を変えていく。
清四郎はそんな悠理を静かに見ていた。
手から伝わるぬくもりに鼓動は早くなっていく。
「今日も月きれーだな。」
「そうですね。」
「でも昨日一緒に見た月の方が綺麗だったよな。」
「・・・憶えてるんですか?」
清四郎のその言葉に悠理は微笑を返した。
痛いほど胸がドキッとした。
2人きりのこの空間
「お前のおかげで寒くなかったよ。」
やわらかい笑みを浮かべたまま彼女は答えた。
繋いだ手をギュッと握られた。
そしてその手を悠理はするりと離した。
清四郎の大きな手から離れていく白い手。
離れてしまうのはその白い手だけでも、悠理のぬくもりだけでもなく彼女自身のような気がして清四郎は思わずその手を追いかけた。
慌てて出されたその大きな手を悠理の白い両手が包んだ。
うつむきその手をじっと見つめていた悠理の唇がゆっくりと動いた。
「なぁ 清四郎。今はさ、今はペットでもおもちゃでも何でも良いよ。でもさ・・・」
そういって彼女はすぅっと顔をあげた。
目と目が合う
視線が絡む一瞬のとき
「いつかはさ、ちゃんとあたいを見てよ。最後にはあたい自身を見てほしいんだ。」
息さえできなかった。
月の光が宿ったような神秘的なその瞳に見つめられて。
清四郎の目をまっすぐに見てそういった彼女に思わず見蕩れていた。
ゆっくりと言葉をつむぐ唇、ほんのりと染まる頬、そらされることなく見つめ返す瞳。
その目で見つめられてなんと答えられよう。
彼はしばらく動くことさえできなかった。
時間が止まる。
手から伝わるぬくもりと今見える彼女が世界のすべてになっていく。
月に向かって登っていたゴンドラがゆっくりと下り始めた。
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