美童と悠理のヒミツ2

BY 金魚 様

 

 

 勢いよく飛び込んできたのはもちろん私服姿の清四郎だった。

美童はベッドのほぼ中央に座っている悠理と至近距離で向かい合っていた。悠理の身体に乗り上げてはいないが、ベッドに片膝をつき、その距離は当然近い。

状況を確認し、清四郎の目がすっと危険な光を伴って細くなる。

(やっぱり来たか)

主人に来客を告げる間もなく、乗り込まれてしまった事に恐縮し、ドアの外でオロオロするメイドに
「ありがとう。大丈夫だよ。僕の友人だから」

美童はやさしく微笑んでみせる。
主人の言葉にほっとしたメイドは一礼し、逃げるように下がっていった。

−−−あんな風に悠理を連れて行った以上、清四郎はやって来るだろうという予感はあった。
抜け目のない男のことだ、なぜ悠理を連れて行ったか、どうして悠理が一言も言わず、逆らわなかったかもすでにリサーチ済みであろう。

−−案内されるというよりは制止を振り切って乗り込んできた男はベッドの上で男物の服を着て、呆然と自分を見つめている女の姿を認め、短く唸った。

(もう少し、時間が欲しかったな。…せめて、あと5分)
美童はため息をついた。

「僕は…”話しの続きは明日”って、言ったはずだけどな。清四郎」

言いながらゆっくりと悠理の側から離れ、立ち上がる。

「あいにく、話は”悠理に”ありましてね。僕としては悠理がここにいる以上、”明日まで”はまてない、と判断して来たつもりですが。−−間違ってますか?」

普段よりわずかにではあるが、殺気立った気配が伝わってくる。
男同士、視線を交わし合い、一瞬バチっと火花が散る。

これが決闘や力づくの争いならばどちらが勝つかは一目瞭然だが、力づくで奪って良いはずがない。
悠理の気持ちが見えない以上、どちらも迂闊には動けない。

そのことを承知している為、気弱な美童も清四郎相手にひるむ様子はない。

清四郎は緊張で乾いた唇を軽く湿す。
(間に合ったのか?−−間に合わなかったのか?)

美童から視線を外し、清四郎は悠理を見つめた。

あからさまに探るような視線を浴びた悠理はカッと頬を染め、唇を引き結ぶ。

「悠理!」

いつも通りの低いが力強い声に、悠理はびくっとする。

「…悠理。話があります。ともかくその服を…着替えてください。家まで送ります。話しは車の中で」
清四郎はなるべくゆっくりとした口調で悠理に話しかける。

”話”とは、学校で告げられた内容以外にはあり得ないだろう。
(そうだった、あの時、清四郎…)



「だめです!!悠理は美童には譲れません!!!!」



いくら恋愛沙汰には縁のない悠理といえども、その言葉の意味くらいはわかった。
学園中の注目を浴びているところで放たれたその言葉に何のリアクションをする暇ももてず逃げ出してきたのだから、清四郎が怒っていても仕方がない。

さらに、”服”、と言われて、悠理は自分が着ている服を見下ろした。

美童の服の中から、一番サイズの小さい物を借りたが、それでも大きいと袖を伸ばして笑った…。
その後、何があったかを思い浮かべ、悠理は耳まで赤くなり、美童に視線を移す。

初めてみる、もろく、泣きそうな表情を見て、清四郎は苦い思いを噛みしめ、美童は悠理に手をさしのべた。

「大丈夫だよ。心配しないで?悠理…清四郎の言うとおり、今日はもう遅いし、帰らなくちゃね。…でも…悠理が望むなら、僕が送っていくから」
ちらっと清四郎を見て、美童は優しく言った。

清四郎は表情を変えない。

自分の足で立ち上がって、とにかく着替えなきゃ、と、悠理は思った。
(−−足に力が入らない)

先程の体験と、清四郎の言葉が悠理の身体から力を奪った。
悠理は差し出された美童の手につかまって、ベッドから降りた。

「隣の部屋、借りる」

美童に断って、食事前に着替えた部屋へ歩いて行く。
(−−足が、身体が震えているのを悟られたくない)

できるかぎりの早さで制服を置いてある奥の部屋へ歩いて行った。



********



悠理が部屋から消えた後、美童はシャンパンの残りを新しいグラスに注いで清四郎に差し出す。
「−−車で来ているので…」

一瞬、断りかけたが、思い直しグラスを受け取って、一口、口に含んだ。

「うまいだろ?とっておきの一本だからね」
美童は口元だけで笑ってみせる。

「−−祝杯をあげることがあった、と?言いたいんですか?」

ゆっくりした低音が戻ってくる。冷ややかな視線にギクリとしたことを悟られたくない。

美童は悠然とした笑みを作った。
「祝杯はCAKEコンクールの前祝いさ。−−もう知ってるんだろう?どうして悠理がここへ通い詰めてたか」
「さあ、−−どうでしょうね」

恋愛に関しては、美童より優位を保てるとはさすがに思えない。
(いつも気になっていた魅録の方が相手なら…まだ可能性があるかも知れないな…)
それでも清四郎は表情を変えない。

「−−でもな清四郎、僕は…」
真剣な瞳の美童が言葉を継いだとき、悠理が部屋へ入ってきた。

清四郎は一瞬、その美童と、制服姿の悠理に目をやり、言語を変え美童だけに告げた。

『−−決めるのは彼女です。貴方にだって分かっているはずだ。ただし、彼女に関しては−−何があっても勝負せずに貴方に譲る気はない!』


「なに?今、なんか言った??」

悠理が、二人の方を見上げて問う。

それに答えたのは清四郎だった。
「−−なんでもありませんよ。悠理、どうしますか?僕と帰りますか?それとも、美童に送ってもらう方が?」

じっと自分を見つめる清四郎と美童の視線を受けとめて、悠理は答えた。
深呼吸を繰り返し、先程よりは確実に気分は落ち着いていた。

「−−お前に送ってもらうよ。その…学校では悪かったな。−−それから、美童。」
悠理は真剣な瞳で美童を振り返った。

「−−なんだい?」
ついさっき、共有した時間を悠理に再確認したくなる気持ちをぐっと抑えた。

悠理も深く息を吸い込んでから言う。
「−−この1週間、あたい楽しかったじょ。…今日は清四郎に送ってもらうよ。んと…ありがとう…な。」

清四郎がいなければもう一度悠理を抱きしめたい、と思った。もどかしさに美童は自分の左腕を右手で軽く掴む。
「ん。僕の方こそ。また明日、学校で」

できるかぎり優しい声音で、気持ちが伝わればいいと思う。

「−−ああ。また明日」




********



「急いでたもので、姉の車を借りてきましてね。少々手狭ですみませんが」

助手席に乗り込んできた悠理に清四郎は声をかける。

悠理相手に車のドアを開けてやるような事はしない。
−−自分は自分のやり方で接すればよい。
気付かれないように、小さく深呼吸をする。

「全然…小さくないじゃんプジョーだろ。おまけに新色じゃんか。和子姉ちゃん、買い換えたんだ」
「車に入れ込むより、恋人でも作って欲しいとこですけどね。弟としては」

エンジンをかけ、スポーツタイプのショートワゴンはスムーズに走りだした。

剣菱邸へまっすぐ向かえば20分もかからない。
清四郎は悠理の方を見ずに問う。

「1時間くらい、回り道しても?」
「…ああ。構わないさ」

やはり清四郎の方を見ずに返事をする。

しばしの間があり、赤信号で停車し、

「−−せっかくですから、近場の海へでも行きますか?」

そう言われて、悠理は思わず吹き出してしまった。

「なんですか?」
怪訝な声が返ってくる。

「−−なんか、お前に”夜の海”ってにあわねーよなと思って」
「………」

ぷくくくっと笑い続ける悠理に空いている方の手ででこピンを食らわせると、進路を海へ取った。




夜の海はさすがに肌寒い。

清四郎が用意していたGジャンを借りて海岸へ出てみたものの、風のあまりの冷たさに自販機で飲み物を買い、二人は車へ戻った。

広い駐車場内で真っ黒い海を眺められる角度に車を止め、暖房をかける。

「さっみーな」
「もうすぐ11月ですからね」

温かい缶コーヒーを胸元に抱き、悠理は暖をとる。

「ほんとに真っ黒で、何にもみえねーな。星も見えないし…雨でもふんのかな?」
「そうですね。天気予報では夜中から雨の予報でしたね」

秋口の夜9時を回って、車の数もまばらな駐車場で、会話がなくなることを無意識に恐れて悠理は言葉を探し回っているように見える。
清四郎はそんな悠理を黙ってみていたが、やがて運転席で可能な限り、悠理に身体を向き合わせた。


「悠理」

声をかけると悠理がビクッと硬直するのがわかった。
清四郎は苦笑する。

「−−そんなに怖がらないでください。お前が怖がるような事はなにもありません。ただ…」

(ただ?)
悠理はゆっくりと清四郎の方を見る。

(ただ…。)
「学校で、つい、口を滑らせてしまったので、あのままというわけにもいかないでしょう?…あの後、あいつらから言及され続けて、逃げるのに必死でしたよ」

「…ごめんな」

他に何と言ってよいかわからない。

その時、悠理の携帯が鳴って、着信を確認すると、可憐だった。
悠理は一瞬ためらった後、電源を切った。

「−−あいつらですか?」
「ん。可憐」

車内に沈黙が走る。

仲間達だけじゃないはずだ。あの時周囲にはたくさんの生徒達がいた。
清四郎がどんな思いでここまで来ているか、悠理は思い至って、泣きたくなった。


「−−−悠理、僕はお前が好きだ」
「せいしろ…」

悠理の瞳が揺れる。

「…とにかく、ここから始めないと、何もかも間に合わなくなってしまいそうだ…」
「………」


「悠理、聞かれるのは嫌だろうが、僕は聞かなければいけない。−−美童もお前を好きだといいましたか?」

悠理は返事の変わりに耳まで真っ赤になった。
言葉では何も聞いていない。

でも、言葉よりももっと深い感覚で知らされた。
そして、それに翻弄された。
でも、美童のことを1人の男として好きかと聞かれれば正直分からない。

悠理は自分の肩を両手で抱いた。


「あたいは…美童の事も、清四郎の事も、同じようにダチだとしか思ってなくって…」
「………ええ」
清四郎は悠理の言葉を遮らないよう、慎重になる。

「でも、今日……あたい、美童と……」
「美童と…なんですか?」

「美童と……」
(……キスをした)

(あんなキスは初めてで…どう返していいかも分からなかったけど…)
(嫌じゃなかった)
(あたいよりよわっちい男なんて、あたいの趣味じゃないはずなのに、あたいは…)
(あの時、清四郎が飛び込んでこなかったらもしかしたら…)

「…悠理?」
清四郎は悠理の目からあふれ出す涙を親指でぬぐう。

(どうして、こんななっちゃうんだろう)
(どうしてダチのままじゃいられないんだろう)

ぬぐってもぬぐっても頬を濡らす涙に清四郎はそっと唇を寄せて吸う。

「−−!!だ!(ダメ!)」
驚いて、悠理が車内でできる限り距離を取る。

清四郎は悠理の手首をとった。

「悠理、美童が好きですか?」

直球を投げた。

(これで即答が来るならいさぎよく引くしかない)
(悠理も美童も僕にとって…どちらも大事な仲間だから)

清四郎は自分の胸の鼓動をひどく意識した。
喉の奥がひりひりと乾いた感覚に陥る。

悠理は返事をしない。
代わりに首を振り、再度涙があふれ出す。

「悠理…」

清四郎はためらった後、ぐいっと悠理の手を引いた。



********



そのまま清四郎は悠理を抱きしめようとする。
が、悠理は力一杯抵抗する。

「−ダメ!−−−ダメだよ!」

そんな抵抗などものともせず、さらに力を込めて悠理の腰を引き寄せ、そのまましっかりと腕の中に確保する。

「−ダメだよ、清四郎!あたい、あたいは…」
(−−嫌われても、言わなくちゃ!…清四郎は自分の気持ちを伝えてくれてんのに、あたいだけ黙ってるのはダメだ!!)

涙声の悠理は身をよじり、何とか腕から抜け出そうと無駄な努力を続ける。

「美童に好きだと言われたんでなければ、…彼と…何かあったんですね?」
清四郎の声が緊張でかすれている。

悠理の動きが止まった。
ついで、こくりとうなずいた。

清四郎の腕に力が入る。

しばしの沈黙の後、清四郎の肩口に額を預けて顔を見ないようにし、悠理はやっと言った。

「…キス…した」

「…キス……だけですか?悠理」

再度うなずくのを見て、清四郎はほっとした。

美童の服を着て、ベッドの上にいる悠理を見た瞬間、もっと、深刻な状況を想像したのだから、拍子抜けする気分だった。
ついで、急速にいつものペースと落ち着きを取り戻す。

からかい混じりに意地悪な口調で言った。

「…1週間かけて、キスだけですか。−−美童にしてはゆっくりなペースで助かりましたよ」

「−−な!!」

悠理は顔を上げ、清四郎を睨みあげ、真っ赤になる。

(−−心配をかける人ですねぇ…。何もないというわけにはいかなかったのが少々残念ですが。それでも…)

清四郎はニヤリと笑い、自分の顎で悠理の頭頂部を強引に押さえつけると、思いっきりグリグリした。

脈絡もなく頭のてっぺんを顎の骨で強くグリグリ刺激され、悠理は暴れた。

「いでででで!!−−何すんだ!痛いだろ!!バカ!!やめろ!清四郎!?」

悠理が怒って清四郎の顎を下から頭突きで思い切り押しあげる。
これだって相手はかなり痛いはずだ。悠理は頭頂部をなで、唸った。

(この状況で、わけわからんことすんな!!)
清四郎は大笑いして、悠理の頭から顎を放した。

「いきなりなにすんだよ!!」
悠理は憤慨している。

対して、声をあげ、笑い続けている清四郎は悠理の腰を引き寄せなおし、宣言した。

「悠理、さっき僕は美童にこう言ってきたんですよ」

悠理は自分を抱き寄せて何やら楽しそうな様子の清四郎にとまどう。

「へ??何?」

「『−−悠理に関しては、何があっても勝負せずに貴方に譲る気はない!』って」

「え?」
悠理の頭はクエスチョンで一杯になる。
清四郎が何をいいたいのかよくわからない。

「なので、僕はいっこうに構わないです」
「構わないって??何が??」

そんな悠理にフォローを入れることもなく、清四郎はにっこり微笑んだ。

「勝負はフェアに行きましょう。−−もしお前が比べたければ、存分に比べてください」

(ひ???)

悠理が清四郎の言葉の意味を理解したときにはすでに返事をする唇は自由を奪われていた。
清四郎の手が、腰と後頭部を抱え込み、そのまま悠理を助手席のシートへ強く沈めていく。

温かい唇がさらに強引に重なる。

(む…むーーむっ!!!)

必死に清四郎の胸を押して押し返そうとするが、びくともしない。
悠理の抵抗が弱まったのを見て、ついばむように変化をつけ、ついで唇を軽く吸い上げる。

悠理は頭の芯がクラクラし始めた。

美童のように、ムードのある始まりではない。
甘い言葉があったわけでもない。
清四郎らしいと言えばそれまでだが、−−勝負、だの、比べろだの−−さすがにあんまりな気もする。


(清四郎のバカ!!)

放せ!とばかりに悠理は男の腕をバンバンと叩く。

一旦、すいと唇を解放して清四郎は優しい音色でささやく。

「−−悠理、目を閉じてください」

悠理は、真っ赤になって清四郎を押し返そうとしていたため、目を開けたままだった。
「−−やだ!!−−もう放せよ!!」

上目づかいに自分を睨みあげる悠理にふっとため息をつく。
「…なら、仕方ありませんな。好きなだけ、目を開けててください。僕は一向に構いませんから」

そういい、悠理の額にキスを落とす。
額から、頬、鼻、そして瞼に。
ゆっくりと唇を探す清四郎の動きに悠理は泣きそうになる。

「…せいしろ…もうやめてよ。あたい、こんなんダメだよ」

抵抗しながらも清四郎の腕を叩く力が抜けていく。
悠理の真っ赤になった耳たぶに唇を寄せて、清四郎はささやく。

「−−悠理、僕がどのくらい前からお前の事が好きだったか、分かりますか?」

そう問われて悠理はかぶりを振った。
じっと自分を見つめてくる目が真剣な色をたたえている。

「じゃあ、どのくらい好きになってるかは?」

悠理の耳たぶをちろりと舐めて耳元で笑う。

「…やめっ!!」
悠理はくすぐったさに身をよじる。

「先は長いんだ悠理。これから教えてあげます。僕がどれくらいお前のことを好きか」
「せいしろ…」

真剣な瞳にクラクラして、悠理は瞳を閉じた。
満足そうな笑みを浮かべて、清四郎はキスを深めていった。


********



これ以上赤くなりようがないところまで赤くなり、ぐったりとシートに身体をあずけてしまった悠理を満足げに見下ろすと、清四郎は優しく声をかける。

「悠理。−−悠理?大丈夫ですか?」
言いながら悠理の額に自分の冷たい手のひらをあてて、火照った肌をほんの少し冷やしてやる。

悠理は恨めしげに清四郎を見上げて小さな声で返事をした。

「…お前、…無茶すんな!!」
「無茶…はしてないつもりですが…」
清四郎はわずかに頬を上気させて苦笑する。
助手席のシートへ身を乗り出したままの体制で、悠理の髪をそっと撫で、指を差し込み、梳く。

「…だいたい無茶だろーが!。…美童ともお前ともこんな…こんななっちゃったら……学校だって行きづらいだろ?!」
「うーん…それを言われると心苦しいんですが…」

清四郎の口調はまったく言葉に重みを持っていない。
悠理は真っ赤になったまま嘆息する。

自分のせいで仲間達のバランスを崩すことを心配する悠理が1人で赤くなったり青くなったりしているところへ、清四郎はあっけらからんとした口調で言った。

「学校の件は、悠理が今のままでは行き辛いというなら、毎朝僕が迎えに行ってあげます。それで一つ解決でしょう」
「へ??」
(そーゆう問題か??)

悠理は目を丸くする。

「もう一つ、僕と美童の件ですが…」
「…なんだよ」
悠理はもう逆らう気力が湧かない。

「美童とは一度きちんと話し合います。だからお前は心配しなくて大丈夫だ」

そういった清四郎の瞳が怖かった。
心拍数が一気に跳ね上がった悠理は思わず清四郎の襟首を掴む。

「−−ダメだぞ!清四郎!お前が本気でやったら、美童、死んじゃうだろ!?」
必死の目にぶつかって清四郎は困った表情になる。

「…だから、”話し合う”んだって言ってるでしょうが。人の話をもう少し聞いて欲しいもんですな。まったくお前は…」
「………」

「美童が何と言い出すか今のところ分かりませんが…僕もお前を美童に譲る気はありませんので、最初は話し合いでしょう」
「…あたいの気持ちはどこにいくんだよ」
悠理がぶすくれる。

「お前の気持ちはさっき聞きましたから」
「へ?」
「今のところ、僕の事も、美童の事も友達としか見てないんでしょ??」
「あ?ああ」
(わかってんならあんなキスするな!!)
悠理はそう怒鳴りたかったが、にっこり笑った清四郎の言葉に脱力した。

「今はこれ以上は急かしません。でも、悠理はキスから始まる恋愛にチャレンジしてみて下さい」
「お前なぁ…試験勉強かなんかと勘違いしてないか??」

(なんでこんな奴が、あんなキスができるんだ!!)
(世界中の女と付き合ってる美童ならイザ知らず…ってこいつに彼女がいたなんて話し、今まであたい聞いたことないじょ)

「…清四郎?」
「なんですか?」

悠理は清四郎をねめつける。
あんな激しいキスの後の会話とは思えない色気のなさではあるが、悠理は聞かずにいられなかった。

「あたい…お前にいままで彼女がいたなんて話、聞いたことないんだけど…なんでそんなに慣れてんだ??」
「おや……やきもち焼いてくれてるんですか?だったら嬉しいんですが」
清四郎は表情を変えずに答える。

「キスが上手いって誉めてくれてるんなら、お礼にもう一度サービスしましょうか?」
つい、と悠理の頬に手を添えたが、力一杯振り払われてしまった。
「だー!!もう!やめっ!!質問に答えろよ!」

「−−どうしてもですか?」
「どうしても!!」
(聞くのが怖い気もするけど…)

「僕が”惚れた女”は悠理だけですが、僕に惚れた女は他にもいたってことでしょうか…」
悠理は一瞬あっけにとられた。言葉の意味を理解するのに数秒を要したからだ。

「…お前…それってめちゃくちゃひどくね??」
「まあ、それについては否定はしませんが…探求心とでも思ってもらえたら助かります」
「思えるか!!そんなもん!!」

悠理は清四郎の肩をどんと押し、運転席へ突き戻した。

「悠理」

清四郎は悠理の手首をとった。
悠理の目をのぞき込む。

「…男の立場から言わせてもらうと、キスだけで踏みとどまるのはものすごく難しい事なんですよ?。とくに、こんな風に二人っきりの場合はね。」


どくん

清四郎の瞳の色に、悠理の心臓が音を立てて鳴った。
初めて思った。清四郎は男で、あたいは女なんだって。
そう思ったら、清四郎がいつもより大きく見えて怖くなった。

「ふざけているように聞こえるかも知れないが、僕もぎりぎりのとこにいるんですよ。悠理。本当は今すぐにでもお前を手に入れてしまいたい。…だけど、お前の気持ちの方が大事なので…待つことに決めたんです。…少しは理解してもらえますか?」

「…ごめん」
もうそれ以上、言い返す言葉が見つからなかった。

 


********

 



「おはよー母ちゃん、あれ?珍しいな。兄ちゃんもいるんだ」
「おはよう悠理」

剣菱家の食卓には万作以外の家族が珍しく揃っていた。
豊作はいつものビジネススーツ。
母百合子はゆったりしたレモンイエローのワンピースを着ている。

今朝のメニューはイギリス式。
イギリス帰りの百合子夫人が子供達にお土産の一部として用意させたものだ。
悠理はいつもと少し系統の違う朝食に目をきらきらさせている。


デニッシュ・ペストリー、ヨーグルトにシリアル
チーズ、生ハム、卵、ドライスモモ、新鮮な果物にケーキ
果物のコンポートとフルーツサラダ
果物ジュース
それに様々な暖かい飲み物 が用意されている


「わぁ!うまそ〜♪♪」
「悠理、せめて美味しそうと言えないのか?」
兄の豊作がたしなめる。
「いいじゃん、別に」
悠理はべっと舌を出す。

「−−とにかくお座りなさい」

何やら機嫌の良い百合子に言われ、悠理はすとんと席に着いた。
座って正面へふと視線を向けた瞬間、その目を見張った。

「おはようございます。悠理」

そこにはきっちり制服を着込んだ清四郎が笑顔で紅茶をすすっていた。

「−−何で清四郎がここにいんだよ???」
悠理は座ったまま呆然とする。

「あら、お前が迎えを頼んだんでしょ?いつも悠理の我が儘に付き合わせて、悪いわね。清四郎ちゃん」
「いえ。僕は毎日でも構いませんよ。むしろ歓迎します」
にっこり笑顔で百合子夫人に答え、さらに百合子の機嫌を良くしていく清四郎に悠理は顎が外れそうになった。

(………母ちゃんに取り入ったな〜!!)
ちらりと横目で兄の豊作を見ると兄は清四郎と悠理を見比べながら目尻をナプキンで拭っていた。

「…兄ちゃん、何やってんだよ」
「悠理、良かったな。兄として、本当に嬉しいよ」
豊作は小声でそう言った。


********


せっかくの贅を尽くした朝食を素晴らしいスピードで詰め込むと、悠理は万作を探しにかかった。
だだだっと廊下を走り周り、リビングや畑がある庭を見回す。

「−−とうちゃんは?!」
執事の五代を見つけて叫ぶ。

「若は、茶室でございます」
「…朝っぱらから、なんで茶室なんだよぉ〜」

登校時間まであとわずかしかない。
悠理は、茶室までの移動時間を考慮し、携帯から万作へ電話を…と思った瞬間、目の前の五代も目頭を押さえているのが目に入り嫌な予感がする。

「五代…何泣いてんだ?」
おそるおそるたずねると五代はキッと表情を改め、悠理の手を握った。
「嬢ちゃま、じいは嬉しゅうございます!。これで剣菱家も安泰!。嬢ちゃまもきっと、幸せになれますぞ」

悠理の頭の中でカーン・カーンと鐘の音が鳴り響いた。



********



登校するために乗り込んだ車の中でも清四郎は上機嫌だった。

「…お前、母ちゃんを丸め込んだな…」
悠理はぶすくれている。

清四郎はへっと唇の片方をあげ、笑う。
「おや、人聞きが悪いですな。僕は何にも言ってませんよ」
「嘘つけ!じゃあなんで、みんなあんなに喜びいさんでんだよ!!…とうちゃんなんか、朝から茶室にこもって絶対、ご先祖に何かの報告してるんだじょ!」
悠理はぶりぶり怒っている。

「…嫌なんですか?悠理」
清四郎がふと真剣な目になって悠理を見つめる。
怒りの勢いをそがれ、悠理がうっと口ごもる。
(くっそー!こいつのこの目と口調にいつもだまされるんだ!!今日は信じないぞ!!)

悠理の無言の反発に清四郎はふっとため息をついた。
「僕はただ、”今日から何日か悠理を迎えに来ます”と言っただけですよ」

悠理は疑わしい目を向ける。
「…それがなんで、あんな大歓待になるんだよ」

「剣菱のおばさまが”できるなら清四郎ちゃんには毎日でも来て欲しいわ”って言うから、”悠理がいいというなら僕の方は喜んで”とお答えしましたけど」

「−−やっぱりいってんじゃねぇか!!!!」

「僕の本心ですから」
清四郎は悠理に向かってにっこり微笑む。

悠理は車のシートにへたり込んだ。

正面にはニコニコ顔で黒いしっぽの清四郎。
こいつがこんな様子をしてるときは、まともにぶつかったって無理だ。
悠理は今までの付き合いからそう学んでいた。
おまけに、父ちゃん、母ちゃんまで抱き込まれたらあたいに勝ち目なんかないじゃないか!!!

(なんだったんだよ!昨夜のあの切なそうな様子は!!)
(美童となんか話し合うんじゃなかったのかよ!!)
(…あたいの気持ちは…どうなるんだ??)
(…いや、確かに清四郎があたいと結婚したら、とうちゃん、母ちゃん、兄ちゃんだって大喜びだろうけど…)
(こいつとこのまま…なし崩し的にそうなったら…あたい、死ぬまで振り回されるんだろうなぁ…)

悠理がこの状況にへたり込んでいる間に車は学校の降車場へ滑り込んだ。
清四郎はいつもの様子で、悠理の腕掴んで引き起こす。

「ほら、つきましたよ!しゃんとしてください」



********



午前中の授業が終了し、悠理と魅録の教室入り口に並ぶ、女生徒達から豪華弁当の差入れを受け取りつつ、悠理は時計をちらちらと眺めていた。

(今日は金曜日だし、このままふけちまってもとりあえず日曜の夜までは平気だよな…)
(このまま…清四郎にペース掴まれたまま家になんか帰ったら、勝手に式の日取りまで話しを進められちまうに決まってるんだ)
悠理の額には斜線が入っている。

「なんだよ、悠理、腹でもこわしてんのか?」

いつもなら山ほどの弁当を前にほくほく笑顔のはずの悠理がどよーんと突っ立っているのをみて、ピンク頭が声をかける。

「ほら、飯食いに部室、行こうぜ?」
悠理は、声をかけてきた魅録と一瞬視線を合わせ、ため息をついた。

「…あたい今日はやめとこっかな…」

普段は誰よりも元気のいい悠理から消極的な台詞を聞くとは思わなかった。
魅録は、先に進んでいた足を止め、振り返る。

「悠理?」
「魅録ちゃん…あたい、今日はやっぱし…」
悠理が弁当を両手に掲げたまま、魅録を見上げた瞬間、

「「悠理!!」」

どどどどと…廊下を走る音と共に、二人の男の声が小さく聞こえた。

魅録が廊下を覗いて顔を引きつらせる。
「なんだよあいつら、二人揃って徒競走かよ?」

廊下の一番端から走ってくるのは美童と清四郎。
周囲の生徒達の視線を釘付けにしながら、まっすぐ悠理目指してほとんど全力疾走だ。

悠理は弁当を傍らの机にすべて置いた。

「魅録!あたい、今日は消える!わりいな!」
「へ?悠理?」

悠理は自分の手荷物を背負うと教室の窓からベランダへ飛び出した。
そのまま、ベランダの柵をするするつたって、1つ下の階の日除けに飛び降りたようだ。

「わ!バカ!アブね!!」
魅録は何やら分からなかったが、走り込んでくる奴らから本気で逃げようとしている悠理を同じルートで追いかけていた。


********



(………………………)

昼休みに悠理の教室へ走った二人の男はその日の放課後、部室内でへたり込み、女性二人は困惑していた。

他生徒には事の真相はまったく分からなかったものの、学園の人気者が2名揃って”悠理”の名前を叫び、通常ありえないスピードで学園内の廊下を全力疾走してのけたのだから。

しかも、本気の徒競走ペース。

運動能力は極めて高い二人が真面目に張りあったのである。
生徒達の興味を引かない方がおかしい。

当の”剣菱悠理”は同時に3階のベランダから大脱走。
それを全力で追いかけて消えていくのは学園内、前代未聞のピンク頭。松竹梅魅録である。

盛り上げるのは前日も男二人による派手な”悠理争い”が繰り広げられたことだ。
悠理ファンの女生徒の中には知恵熱を出して寝込むものまで現れた。

(悠理様をめぐっての4角関係ですの?!)
(まあ、でも走って来るお二人より魅録様の方がお早かったんですもの、勝敗は魅録様にありですわよね)
(いやですわ!美童様が魅録様に負けるなんて事ありえませんわ)
(いえいえ、菊正宗様こそ…)

がやがやがやがや…

部室のドアの外ではどうしようもない好奇心に突き動かされ、多くの女生徒(一部男子)がひしめき合っていた。


「…あんたたち、何馬鹿なことやってんのよー!」
可憐が机に突っ伏している美童とソファーで呆けている清四郎を見比べながらいう。

が、どちらからも反応はない。

野梨子がドアの方を見て、ため息をついた。
「…何があったか分かりませんけれど…このままじゃこのドアから下校するのは時間がかかりそうですわね」

「ちょっと美童!清四郎!あんた達、呆けてる場合じゃないでしょ?!何があったのよ!説明しなさい
よ!」
可憐が二人の頭上から叫ぶ。
「なんで悠理と魅録は3階の窓から逃走しちゃうわけ?!」

「僕には…もう悠理が、わかんない」
美童がか細い声で言った。
「何??何でわかんないの?」
可憐が美童の隣に回って続きを促す。

(あんなに素敵なキスを交わしたのに、翌日には清四郎と登校してきて、魅録と逃走…。僕って悠理を知らな過ぎるのかな?実は悠理が一番手強い女だったって事なのか??)

「………………………」
美童は突っ伏したまま頭を左右に力無く振る。

「もう!なんなのよ〜!!」
可憐は美童の頭を軽くこずく。

「…美童を責めないでください。」
その時、清四郎がソファーに座り直してうめいた。

「悠理が嫌がることをしたのは僕です。多分、悠理が逃走した理由も美童ではなくて、僕なんです」
「だから、何をしたのかって聞いてるんでしょ?!」

(悠理の性格上、ここまでの事をする以上、しばらく行方不明…になるんでしょうね)
(今の状況で美童と消えられるのも困りますけど、魅録と二人でっていうのも…)
(…厳しい事になるかも知れませんね…)

怒る可憐には答えず、清四郎は頭を抱え込んだ。

野梨子は昼休みの騒動から何度も二人の携帯を鳴らしているが、電源が切られていることを確認するだけだった。



********



3階から大脱走した悠理を追いかけて、魅録は心臓がやぶれそうな程、走って走った。
なんでこんなに走らなきゃいけないのかも分からなかったが、万が一見失ったら、瞬発力の神が降りたかのような悠理には絶対に追いつけない事を魅録は知っていた。

魅録の限界が近づいた頃、ようやく疲れたのか悠理は目の前のたタクシー乗り場でタクシーを止めた。

車に乗り込んだ悠理を強引に奥の座席へ押し込んで、魅録は自分も乗り込む。

「−−魅録!?」

追いかけられていることすら気付かずに走っていた悠理は、目を丸くした。
「おま…ぜーぜー…だめ…まだしゃべれな…ひー…(なんちゅう走り方すんだよ)」
魅録がシートにもたれてキリキリ痛む肺をさすっている。

「お客さん、−−どちらまで?」

タクシー運転手に尋ねられ、悠理はちらっと魅録を見たが
「−−東京駅」
そう指示した。

駅に着くなり、「着いて来るな!帰れ!」と怒鳴っても、威嚇しても無視を決め込む魅録に焦れた悠理は
「勝手にしろ!」
そう言って黙りこくり、新幹線のチケットを購入しに急いだ。

魅録はぴったり側に張り付き、窓口で
「大人2名」と付け足した。悠理は困った表情をしたが、もう返事もしない。

行き先も考えず、一番出発時刻の早い新幹線に飛び乗り、到着した先は博多だった。

さすがの悠理も5時間の長旅の間中黙りこくっているわけにはいかず、魅録の尋問にぽつりぽつりと口を割っていた。
何やら肝心な部分は何度聞いても返事はないが、真っ赤になってうなる悠理に魅録も察しを付けないわけにはいかなかった。

(…美童も清四郎もなにやってんだよなー)
魅録には、クエスチョンマークと感嘆符を飛ばし続ける5時間となった。

「…さみぃな…」

昼過ぎの新幹線に飛び乗って5時間。到着時刻は午後5時を回っており、秋口の空はすでに暗くなりかけていた。
ぶるぶるっと身体にふるえが来る。
博多駅の改札をくぐり、駅構内「デイトス」の適当なブティックで二人して服を購入した。

「とりあえず、どっか泊まり確保して着替えなきゃな。制服のままじゃ家出中のバカっプルにしかならねえぞ…。俺もこんなとこまで来て補導されたんじゃ親父にどやされちまう」
魅録は周囲を見回して苦笑する。
「ん。…東京駅で現金降ろしてきたから、適当に入るぞ。…いっとくけど、剣菱とは全然縁のないとこ泊まるからな」

悠理にしては用意周到である。
魅録はちらっと悠理を見て言う。

「俺とお前じゃ成人には見えないだろうから、有名ホテルは剣菱系列じゃない限り、チェックインも面倒かも知れないぞ?泊まりの格、落としても平気か?」

生まれついての環境の元、当たり前に高級ホテルしか利用しない悠理である。
ビジネスホテルの狭さなど、しらないだろう。
魅録が訊ねると、悠理は顔をあげた。

「…考えてなかったな。…そっか。あたいは剣菱の娘だから、父ちゃんのホテルはフリーパスなんだもんな…。いいよ。どこでも。とにかくあたいの痕跡がどこにもつかないようにしたいんだ。…チェックインは嘘書いたらばれるのか?」

魅録も悠理を見た。

「…ビジネスクラスなら大方ばれねえさ。あとはカプセルホテルだな。……つまんねえ嘘もつかなくて済むのはラブホだけだぜ」
魅録は純粋に”痕跡がつかない方法”を並べただけだった。

が、悠理は目に見えて硬直した。

いつも当たり前のようにつるみ、連れだってツーリングにだって出掛ける二人である。
寝袋や毛布をわけあって雑魚寝した事だって何度かあるはずなのに。

(よっぽど怖かったんだろうな…)

魅録は悠理から聞いたかぎりの話しを思い返し、悠理の頭をぽん!っと叩いた。
「心配すんなよ。シングル2部屋とって、ビジネスに入ろうぜ。見ろよ、この辺ビジネスホテルだらけだぜ。集客に必死で俺らが入り込んだってばれるどころか歓迎されるさ」
努めて明るく宣言すると悠理はうなずいた。



********



念のため、駅構内のトイレで私服に着替えはしたが、年齢を偽ってチェックインするのは簡単だった。

前払いで料金を納めてしまえば特に怪しまれる事もなかった。

「うわ!すげー狭い!!」
悠理は鍵を開けて、室内に入り、違う意味での歓声をあげた。

6畳程のスペースにシングルベッド、鏡台と椅子、壁際の棚の上にはTVと電気ポット。
壁紙もよく見ると上部が剥がれかけていて汚らしい。

バスルームを覗くと、不自然な形(変形三角形のような)の小さなユニットバスがはめ込まれ、シャワーカーテンで仕切ったすぐ横はトイレになっている。
「すげー!!なんだこのバスは!」

初めてみるビジネスホテルの狭さと変な形のユニットバスに悠理がガハハと笑っているところへ、魅録が入ってきた。
「お前なー。…あぶねえから部屋入ったらドアくらい閉めろよ。どんな奴がいるかわかんねえんだぞ?」
「だって、隣の部屋はお前だろ?すぐ出るんだから、いいじゃん」

置く荷物もないので、それぞれの部屋に制服だけ置いて、外へ出る。

長袖Tシャツに渋めのナイロンコーチ、コーデュロイのカーゴパンツに同系色のCAPをかぶった魅録と似たようなファッションの悠理。街に溶け込んでしまえばそう簡単に探し出せはしないだろう。

悠理はやっとうっすら笑顔を見せる。

「とにかく、何かくおーぜ」
「おう、博多まできたら、やっぱラーメンか?」
「ラーメンはラスト!あたいも屋台には行ってみたい。けど、その前にどっしりしたもん食いにいこうぜ!昼飯食ってないだろ?」



********



その夜遅く百合子に呼ばれ、清四郎は1人剣菱邸に出向いていた。
自分が追いつめたせいで悠理がいなくなったことを問われる事を覚悟した。
もちろん、夕方の時点で昼間の出来事は報告してある。このまま失踪になった場合、捜索しなくてはならないのだから。

ところが、着いてみると上機嫌の百合子夫人はこういった。
「心配しなくてもいいわよ。あの子は魅録ちゃんと博多にいるわ。」

「博多?!−−悠理から連絡があったんですか?!」
清四郎は思わず声をあげる。

「いいえ。魅録ちゃんからよ。悠理と”シングル二部屋とってビジネスに泊まるから”心配しないでくださいって」
ほーっと清四郎の力が抜けた。

「…すみません、僕は悠理を追いつめてしまったようです」

完全に落ち込んでいる清四郎を前にくすくす笑いながら百合子は言う。
「(魅録ちゃんの話しだと)−−そんなこともないみたいよ」
「え?」
清四郎は顔を上げる。

「ねえ、清四郎ちゃん……あなた本当に悠理のことが好きなの?」

百合子は微笑みながら質問した。
清四郎はまっすぐ見つめ返してうなずいた。

「…悠理には嫌われてしまったかも知れませんが…僕は…本気です」

「それなら、ヘリ飛ばしてやる」
奥の部屋から万作が出てきてびしっと告げた。

「え?」
清四郎は目を見張る。

「悠理が清四郎君の事をどう思ってるかは…悠理の口からきかねーとわからねー。が…男がうじうじしてるのが一番良くない結果になるだよ!おめも男ならあきらめるか、飛んでってものにするか、どっちか一つにしろ!」

自分の娘をものにしろ、というのもいかがな発言かと思わず清四郎は思うが、心はふっと軽くなった。


「そうねそうした方がいいわ。…自分の娘だけど、悠理ですからねぇ…時間を空ければ開けるほど、こじれるだけだと思うわ。あの子単細胞だから」

「ありがとうございます!」
清四郎が表情が完全に吹っ切れたものに代わるのをみて、百合子は付け加えた。

「−−恋はね、生ものなのよ、清四郎ちゃん。…熱を加えるタイミングを間違うと上手くいくものも上手くいかなくなるわ。あの子はきっと今、清四郎ちゃんが自分を捜してくれるのを待ってるわ」

この発言にはさすがに自信のない清四郎は頬を染めて苦笑する。

「……どうして言い切れるんですか?悠理は、僕を嫌って3階の窓から飛び出していったんですよ?普通では考えられないですよね?」

百合子夫人は万作氏と寄り添いながら笑った。

「−−悠理の所まで行って、あの子を捕まえてみれば分かるわ。あの子は私達の娘ですもの」

 

 

NEXT

 

 

作品一覧

お宝部屋TOP