勝負!(魅録VS清四郎)1

BY 金魚 様

 

 

 「風情のある秋を見る旅!」

紅葉が美しい季節、週末を利用した2泊3日の小旅行。
キャンプだ海外だと意見が割れる中、いつものようにジャンケンで行き先を勝ち取ったのは珍しく野梨子だった。

いつもなら移動時間節約のため、剣菱家御用達のヘリやジェットで一気に移動してしまうところだが、今回の旅行目的は“美しい紅葉と秋の風情”、さらに宿泊先は美しい渓谷を見ながらの露天風呂が売りの奥まった老舗旅館だった。
移動も秋の風情を楽しむという点で山間部を走る本数の少ない鉄道を利用する事になった。

「山の幸がついてくるなら、あたいは温泉でもいいぞ♪」
野梨子が見せてくれた旅館のパンフレット(御食事欄)を見ながら悠理は元気にそういった。


****************


電車の中でも駅弁3つを抱え、ほくほくと箸を動かしているのは悠理。
ガイド本片手に情報収集に余念のない幹事役の可憐&魅録。珍しくもガールフレンドの誰かとメールも電話もすることなく、トンネルを過ぎるたびに赤く色づいていく山の風景に感嘆の声をあげている美童と野梨子。

清四郎はそんな友人達を横にくつろいだようすで空いている座席に足を投げ出して目を閉じている。
東京を離れる前、魅録と人数分の乗車券を手配している受付で出し抜けに聞かれた。
「−−お前も悠理が好きなんだろ?」
思わず周囲を気にしたが、チケットを発行している職員は席を離れていたし、周囲に人影はまばらだった。
まっすぐに自分を見つめるピンク色の髪をした男の視線は逃げることを許さない色を宿していた。
小さく息を吸い、静かに答えた。

「−−ええ。あなたもですか?」
「ああ。−−気付いたのはほんの少し前だけどな」
受けて立った清四郎ににやりと笑いかけ、魅録はさらに言葉を継いだ。

「この旅行中に口説いてみようと思ってる。けど、お前の気持ちにはかなり前から気付いてたからな。一応声かけとくことにした。…悠理の気持ちはわからねえよ。けど、お前があいつを好きだからってはいそうですかって譲ってやれるような気持ちでもねえから−−。お前が受けて立つなら−−勝負だ。清四郎」
「…随分突然ですね。−−猶予期間はないんですか?」
真剣な目をした魅録に清四郎はほんの少し目を細めた。

「お前がのんびりやる分にはかまわねぇさ。でも、悠理が俺にOKすれば−−さらってくぞ」
「わかりました。−−勝負ですね」
「上等だ。俺はもうこれ以上−−あいつを待ちたくねぇからな」

東京から新幹線まで最寄りの駅で乗り付け、その後はローカル線に乗り換えた。
乗り換えたあたりから車内は東京では考えられないほどガラガラで6人が乗っている車両には数人の乗客が座っているだけだった。


*******


ローカル線を降り、最後にタクシーに乗り換えて15分程で到着した宿は、山奥にあるとは思えないほど贅を尽くした日本建築の老舗旅館だった。玄関先に敷き詰められた石畳の大きさに感嘆の声をあげつつ、6人はチェックインした。
「とりあえず、温泉ですな。夕食の時に明日からの予定を立てましょう」
「秋の渓谷が楽しめる温泉ね。楽しみだわ!」
清四郎の言葉に異論があるわけもなく、荷物を手早く部屋へ納めると6人は露天風呂へ向かった。

「わぁ!すごいぞ!野梨子!可憐早く来いよ!」
パパパっと浴衣を脱ぎ捨て、悠理が露天風呂の戸を引き開けた。大声をあげたのも無理はなく、露天風呂からの見晴らしは素晴らしい眺めだった。
湯につかり、眼下に眺める秋の渓谷は下調べしたパンフレット以上の美しさをみせ、谷中を赤や黄色に染めあげている。

ハラリと頭上から散る紅葉の葉に気付き、湯の中に沈んでいく一枚の葉を拾いあげて可憐がため息を付く。
「いいところね〜。最初は香港で買い物って思ったけど、来てみるとこっちの方が絶対良かったわ!」
「…本当に美しい景色ですわね。お湯ものんびりつかるのに調度いい加減ですわね」
渓谷を眺めながら少しぬるめの湯につかり、ほぅ…とため息をついたとき、二人の背後で悠理がザバっと湯から立ち上がる音がした。
「へっへ〜可憐!野梨子!」
「なぁに??」
二人が悠理を振り返ると
「じゃーん!!見ろ見ろ!ストリッパー乳〜♪♪」
上半身を湯から引き上げた悠理は両胸に赤い紅葉の葉を貼り付け、セクシーポーズを作っている。
「「――――悠理!!なにばかなことをやってんのよ!!(してるんですの!!)///」」

男湯、女湯は天然の大岩が目隠しになり仕切られている露天風呂で、姿は見えないものの、声は筒抜けの作りだったらしく。
女性陣の憤慨した叫びが美しい渓谷に木霊した直後、男湯の方からも大爆笑の声が聞こえてきた。


*******


露天風呂で大騒ぎをしてしまったので、他の宿泊客に迷惑をかけたのではと野梨子と可憐がすれ違った仲居に恐縮して尋ねると、今日宿泊予定の団体様の到着が遅れているとのことで、被害はなかったらしい。心からほっとしての夕食になった。

夕食も贅をつくした素晴らしい物だった。
落ち着いた客室で、最良の器に美しく盛られた、旬の素材を使った懐石料理が並んだ。料亭旅館だけに、味、器、演出とも申し分なく季節の料理が堪能できる。グミ、ヤマモモ、ビワなど果実酒も豊富で野梨子と可憐もついつい杯を重ねている。
上座から向かい合わせに野梨子・可憐、中央に美童・悠理、下座に清四郎・魅録が席を取った。
清四郎から見て、正面隣り合わせの悠理と魅録は先程からぎゃあぎゃあと大騒ぎをしている。

そんな二人の様子を眺めながら、旅行直前の魅録の台詞を思い出し、清四郎は一人物思いに耽っていた−−−。


「…しかし、『ストリッパー乳!!』はよかったよなぁ」
「うるさいぞ!魅録///」
クックックックっと魅録はいつまでも笑い転げ、夕食の箸が進まない。
「まったく…悠理につられて大声出しちゃったじゃないの!他に宿泊客がいなかったから良かったようなものの…いたら大迷惑だったわよ〜。もう!」
「///そうですわよ。悠理も女性なんですから、ああいう冗談は少し控えてくださいな。//見ているこちらまで赤くなってしまいますわ//」
野梨子が頬を赤らめて悠理を叱る。
「なんだよぉ〜ふざけただけじゃんか〜」
悠理はぶすくれて野梨子に口答えする。
「まぁまぁ、いいじゃない。『ストリッパー乳!!』。想像力が豊かでさ。僕はちょっと見てみたかったなぁ〜♪」
美童が軽い口調で間に入る。
「なー!いいじゃんか!!みろみろ!美童だけじゃん。優しいの。」
いいながら悠理は魅録の足を猫キックのスピードでけっ飛ばす。
「いてーな!何すんだ悠理!」
「ふん!あたいの足が長いだけだじょ!」
「…ほぉー。さすが『ストリッパー乳』を地でいけるだけあるよな」
「…なんだとぉ(怒)」
本気で組み合っているわけではないが、ギャーギャーと子供のようにお互いの髪をぐしゃぐしゃにしてつかみ合っている悠理と魅録に周囲の者は嘆息した。
「魅録、悠理!グラスが倒れますわよ!いい加減になさって!」
「だって魅録が…」
「二人とも、いいかげんにしなさいよぉ〜!」
可憐があきれ果てて、仲裁に入ったとき、美童は隣の清四郎がため息をつくのに気付いた。
「ん?どうしたの?清四郎」
美童が清四郎を見上げてたずねる。
一瞬はっとしたような表情をした清四郎が苦笑して、美童の杯に酒をつぎ足した。
「ちょっと考え事をしてました。気にしないでください。−−今夜はゆっくり飲みましょうか」
そういっていつもの表情の清四郎はにっこり笑った。


*******


騒ぎも一段落し、あとはみんなで楽しく飲んで、気がつけば清四郎、魅録、悠理の3人以外は眠り込んでしまっている。悠理が眠ってしまった3人に毛布を一枚ずつかけてやった。
食事は男性側の部屋へ運んでもらったので、もう少ししたら可憐と野梨子は起こしてやらないといけないなと清四郎はぼんやりと考え込みながら杯を空け続けていた。

酒に関してはこの3人が生き残るのは毎度の事である。
が、今夜は魅録と清四郎は競うように杯を重ねていた。

笑い話も多数出てくるし、喧嘩をしている風ではないが、なにやら挑むような様子を見せる魅録を今夜の清四郎は交わすことなく受けとめていた。お互いがつぎ足す杯を猛スピードであけ続けていく。

「−−お前らペース早くねぇ??」
ものすごい勢いで足下に転がる酒瓶を見ながら悠理が口を挟むと
「お前のペースが遅いんですよ」
「おー!そうだ!悠理!飲め!!」
二人揃ってご機嫌口調で返杯されるのがオチになるので、悠理は後半は無視を決め込んでいた。

全身を真っ赤に染める男二人は悠理が見たことがない姿をさらしていた。
おまけに浴衣の前がはだけすぎていて、格好も悪い。
何度か無視して寝てしまおうかと動きかけたのだが、その度に男二人に執拗にひきとめられ、現在に至っていた。

(パンツ丸見えなんだよ!!酔っぱらいどもが…)

「−−お前ら飲み過ぎだろ???…全身真っ赤で気味わりぃぞ!。寝る前に水分とれよ?急性アル中でぽっくり逝くぞ?」
悠理は二人の真ん中から両方に声をかける。

心配口調半分、呆れ口調半分の悠理に清四郎が返事をした。
「おや…悠理にしてはよく知ってますね。そうですよ、アルコール分解を促すためには飲酒の後は2リットル程度の水をとるのが理想的なんです。腎臓の負担を軽くしますからね」
「うるせーぞ悠理。そんなん気にしてて、楽しい酒が飲めるかぁ〜……」
「−−なんだぁ?まだやんのか?−−魅録はもうね…」

「−−ねろ!!」

と、悠理は言いたかった。−−が、振り向くと、言われるまでもなく側にあった座布団の小山にもたれて眠り込んでいる魅録の姿があった。

「−−−−寝てるな…」
「寝てますな…」
清四郎は声を殺して笑う。

(とりあえず、先行権は僕が勝ち取りましたからね)

見るからに酔っぱらいの清四郎はご機嫌である。
悠理に向かって、残り1本の冷酒の小瓶を振ってみせる。

「これがなくなったら終わりにしましょう。悠理、もう少し付き合ってもらえますか?」

(真っ赤っかの清四郎にこれ以上飲ませられるかよ)

悠理はひきつりながら清四郎よりピッチをあげ、冷酒の瓶をあける覚悟をした。


****************


「くわーっ飲んだ〜」
最後の冷酒がものすごく利いた。

清四郎のペースが早いので、飲ませないようにするためには自分が一気飲みするようなペースになってしまった。
悠理は身体が熱くてたまらず、側にあったミニ冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを見つけだし、あけた。
一口飲んでから、室内の畳の上にずり落ちて爆睡している魅録へ目を向ける。

「−−水飲めって言ったのに…あいつ確実に明日は2日酔いだじょ」
ふーっと鼻から息をふき、清四郎にもミネラルウォーターを差し出す。
「お前も飲めよ?−−今まで見たことねぇぞ?そんな色になってんの。−−マジで身体に悪いぞ。しかも、めちゃくちゃチャンポンしてただろ?」
自分が口を付けたボトルを当たり前に差し出す悠理をみて、清四郎は一瞬躊躇した自分に気付いた。

(−−間接キスだとか、そんなこと何にも気にならないんですかねぇ…この人は)
(一応、魅録との勝負には勝ったみたいですし…構わないんでしょうかね…)

「−−心配してくれてるんですか?」
言いながらじっと悠理を見つめる。

先程までの酔っぱらいご機嫌モードから急に真剣な口調に切り替わった清四郎に悠理はギクリとした。



深夜12時。仲間達は全員酔いつぶれ、爆睡中。
清四郎と悠理の二人は魅録が潰れたあと、まぶしそうにする可憐の様子を見て、照明を落とした。
電気を消してみると、思ったよりも真っ暗な室内に慌て、月明かり求めてずりずりと縁側の床へ移動した。

みんなから少し離れた縁側で真っ黒な山奥の空に浮かぶ冷たい色の月を見ながら残りの冷酒を楽しんでいたのだった。

悠理は清四郎のもの言いたげな視線に息を飲んでいた。
(−−酔っぱらってるからだよな?…こいつ、こんな顔するとすっげー色っぽく見えるじょ。−−いやいや、あたいがよっぱらってんのか)

窓の外の月が高い。
山の夜風はひんやりとして冷たく、窓を開けていると肌寒い程だ。
真剣な黒い瞳に絡め取られるような錯覚に落ちて、悠理ははっとして首を振った。

「悠理、−−少し酔い覚ましに行きませんか?」

清四郎の口調は酒のせいだろう少しろれつが回っていない。
言いながら悠理の返事も待たず、立ち上がり歩き出すその足取りも危なっかしい。

あやうく野梨子の細い足を踏みそうになるのを悠理が引っ張ってよけさせた。
(−−ばか!野梨子踏んづけるだろ!!)
(すみませんな。いやいや、この足がですな、面白いんですよ。まっすぐ歩かないんです)
(−−−この酔っぱらいがぁ……)

小声でさんざん止めるのも聞かず、ご機嫌の千鳥足で部屋を出ていく清四郎を一人で外へ出すのも危ないと判断し、悠理は部屋のキーを手に後をついていった。



****************


宿の玄関を出て、外灯沿いに川の水音を聞きながら清四郎は悠理の前方をフラフラと歩いていく。
ゲタの音がカランコロンとリズムを取り、酔っぱらい男の足取りは千鳥足だがなぜだか軽い。

「おい、清四郎!どこまでいくんだよ!」
「…もう少しですよ〜」

相変わらずろれつの回っていない清四郎は振り向きもせずに答えた。

足下は舗装されているアスファルトだが、外灯があるとはいえ、山奥の暗い夜道。
山風は冷たくしこたま飲んだ酒の熱をほんの少し和らげてくれる気がした。
が、宿の履き慣れないゲタと足にまとわりつく浴衣が悠理の歩みを鈍くさせていた。
足下がよく見えなくて、すっころびそうでモタモタする。
「お前、酔っぱらいのクセになんでこんな暗いとこ、スタスタ歩けんだよ!」
悠理の憤慨する声に清四郎はやっと振り向き、にっこり笑って悠理に手をさしだした。

「こういう時は悠理はですね、”きゃー清四郎、足元が暗くて怖いの〜”って言うんですよ」
「…はぁ??」

なにやらご機嫌でおねえ言葉の解説をする酔っぱらい男に悠理は苦笑する。
(おもしれー(笑)こいつ、明日になったらこんなよっぱらってんの覚えてないんだろうなー。こんな清四郎初めてみるぞ)

さしだした手をとろうとはせず、わははと笑う悠理に清四郎はわずかに嘆息し、ついと手を伸ばし、左手で悠理の右手を強引に掴んだ。
「−−もう少し、行きますよ」

酔っぱらっているとはいえ、清四郎がこんな風に悠理の手をとったのは初めてのことだ。

悠理は先程飲んだ冷酒が自信の思考をぼんやりしたものに変えていくのを感じつつ、手をつなぐ男を見上げた。

「…もう真夜中なんだからな、あんま怖いとこはあたい嫌だぞ」
悠理が周囲の真っ暗な山を見回しながらつないだ清四郎の手をぎゅっと握った。

「僕が一緒です。−−何があっても守ってあげますよ」

日頃聞いたことがない清四郎の台詞と、その音色に悠理はびっくりして顔をあげた。
清四郎は真剣な表情で悠理を見つめているが、夜目にも赤い顔色は少々笑えた。

「………千鳥足の酔っぱらいがよくゆーよ。立場逆なんじゃん??」
「酒が入ってたって、悠理一人くらい抱えてたって歩けますよ−−試してみます?」

−−いいよ、と悠理は言おうと思った。酔っぱらいならやるかもしれない…と思ったためだ。
が、次の瞬間には予想どおり、俗に言う『お姫様抱っこ』の形に抱き上げられてしまった。

「わ・わ!−−ばか!降ろせよ!−−清四郎!!」
「危ないですから暴れないでくださいよ。二人して川へ落ちますよ。深夜の寒中水泳なんて嫌ですからね」

バタバタと足をばたつかせて抵抗する悠理を強引に抱きかかえ、清四郎はさらにスタスタと歩いていく。

「なんなんだよ。もう…」
抵抗しても自分を離そうとしない清四郎を完全な酔っぱらいだとあきらめた悠理は、後日この事でさんざんからかってやることに決め、おとなしく抱かれていた。

−−が、周囲はどんどん暗くなり、外灯の本数も減ってきたように思う。
歩き始めて10分〜15分。自分を抱えたまま、ずんずん進む清四郎に悠理は不安になってきた。

「なあ、どこいくんだよ〜」
「−−もうすぐですよ」

だんだん、外灯も見えなくなった夜道の先に突然に灯る派手なネオンが見えてきた。
どうやら清四郎はあの店を目指しているのだと知って悠理は抱えられたまま目を凝らす。

視力2.0…周囲は真っ暗な山奥の夜道…この環境に不似合いなこの派手なネオンの店は…。
だんだんと見えてきた外観とその看板に悠理は硬直した。

「…ものすごいネーミングですな…」
清四郎も思わず苦笑する。


『森林欲』と書かれたその建物はいわずもがなラブホテル。


「…まあ、他に選択肢もないことですし。−−−入りますよ。悠理」
「へ?!−−−ってお前!」

ホテルの入り口へ当たり前に入ろうとする清四郎の頭を悠理は慌てて掴んだ。
「こんな時間に酔っぱらい男と(とはいっても清四郎だけど)ラブホテルなんか入れるカヨ!!」
そういって清四郎の腕から強引に飛び降りる。
ついでに酔っぱらい男をちらりと睨みあげると、先程とは変わって青い顔の清四郎が目に入った。

「−−心配しなくても、飲み過ぎて気分が悪いだけです…こんな山道で吐きたくありませんからね…頼むから付き合ってください。そろそろ限界です…」

口元を手で押さえ、ますます顔色が変わっていく清四郎に悠理まで青くなって慌ててうなずいた。
周囲を見回し、目の前で光っていた掲示板から適当な部屋ボタンを押すとキーを手にとって二人して部屋へ走り込んだ。


****************


「−−−うげぇぇえええええ」

しばらくはトイレから嘔吐する音が聞こえ続けていた。

「あんな飲みかたするからだじょ〜。大丈夫かー???」
悠理はドアの外から声をかける。

返事の変わりに続く嘔吐のBGM。
「……自業自得だじょ」
悠理は肩をすくめると鼻息を吹いて室内を眺め回した。

室内用の電気をつけて−−−改めてみる、初めてのラブホテルの室内に目が点になった。
「話しにはさんざん聞いてたけど、…すげぇな…」

山奥にぽつんと立っていたそのホテルは外観のイメージからいってもかなり古い造りだった。
室内は派手派手しい柄の回転ベッドが中央にでーんと位置しており、天井、両サイドの壁は一面の鏡張りになっていた。
ベッドの両脇に大きな観葉植物。

部屋の隅にはミニ冷蔵庫、ポット、隣になぜかカラオケ・スロットゲーム。
それから何やら怪しげな自動販売機が設置してある。

「……とりあえず、何か飲ませなきゃな…」
頬がひくひくと引きつるのをなだめ、冷蔵庫の扉を開け、中に入っているアルコール以外の飲み物を物色することにした。
烏龍茶、スポーツドリンク、ミネラルウォーター…とりあえずあるものをみなテーブルの上に並べて置いていく。

「あたいも飲み過ぎだけど、こんなとこきてんのがばれる前に戻らなきゃ、大騒ぎじゃん!」
なかなか出てこない清四郎を気にかけて再度トイレのドアをノックしようとしたとき、やっと扉が開いた。

「……うー。気持ち悪い」

げんなりした様子の清四郎が口元を押さえて出てくる。

「当たり前だ。この酔っぱらいが!−−お前らしくないぞ?あんな飲み方しやがって…。ほら、水飲め!アルコール薄めないと帰るのも帰れないだろ?−−あたいら二人していないのばれたら大騒ぎになるぞ」

「−−すみません…」
はーっと酒臭いため息をつき素直に謝る清四郎に悠理は次々に水分をとらせていった。


その後、丸いベッドの縁に腰掛けていた清四郎が言った。
「−−すみませんが、1時間だけ休ませてください。タクシー呼んでもいいですけど、今すぐ車に乗ったらまだ吐きそうな感じなので…」
「わーったよ。いいから少し寝ろ!」
「−−悪い……」

力無くそのままベッドに倒れ込む清四郎に悠理は思わず笑ってしまった。

「−−お前、これは貸しにしとくからな〜♪帰ったら何かひとつあたいの言うこと聞けよぉ〜」
「……ハイハイ…」
力無く手首から先だけを上にあげ、清四郎は目を閉じている。

今夜何度目かのため息をつきつつ、時計を見ると深夜1時過ぎ。
(…早く潰れた野梨子達が目ぇ覚ましてないといいんだけどな…慌ててきたから携帯も持ってくんの忘れたし)

「清四郎、お前携帯持ってる?」
「……………」

「−−せーしろー??」
返事がないのでそーっとベッドの側へ行き顔をのぞき込むと清四郎は眠り込んでいた。

「………目覚ましでもかけとかないと…あたいまで眠くなってきた…」

室内には一人掛けの椅子が2脚あるが、横になれるのはこのアヤシイベッドしかない。
おまけに山間部の古いこのホテルは暖房の利きが悪いらしく肌寒い。

眠っている清四郎だって、掛け布団の上に浴衣一枚で寝ていたら風邪をひくだろう。

「……まぁ…清四郎だしなぁ……」

悠理ははーっと大きなため息をつきつつ、ベッドの掛け布団を清四郎を乗せたままずりずりと剥がし、その中へ清四郎を押し込む作業に取りかかった。

 



****************



(……今何時だぁ〜?)

金色の頭がゆらりと動き、美童が目を覚ました。
男3人が泊まるはずだった室内には3組の布団がひいてあり、美童は気がつくと1組の布団に頭だけを乗せて眠っていたようだ。

「んー??」
室内はいつの間にか真っ暗で、夜間灯もついていない。

美童は身体を起こそうとして自分の左腕に人のぬくもりを感じ、相手を見てぎょっとした。
そこには真っ黒い髪のおかっぱ頭が美童に寄り添うように眠っていた。

(えぇええ??−−野梨子−−?!)

瞬間、息が止まるほど驚愕し、耳まで真っ赤になってしまったが、動いては野梨子を起こしてしまうと思いもう一度パタンと横になった。

(なんで??今何時なんだ??みんなあのまま酔いつぶれて寝ちゃったのか??あれ?可憐は…あ、向こうの布団の上か。魅録は??清四郎は??−−悠理はぁ??−−なんで野梨子が僕の腕枕でねてんの???)

(???)

首を巡らして身体を起こせばいいわけだが、野梨子が自分に寄り添って眠っている…こんな美味しいシーンを手放してしまうのは勿体ないよな〜…と美童はそーっと野梨子を起こさないように注意しながら気持ちよさそうに眠る野梨子を見つめた。

真っ白い肌、長い睫毛。
さらりと流れる黒髪、白い頬…。
おまけに野梨子には着慣れているだろうが、制服とは違う浴衣姿である。

(着物って淫靡な衣装だよな〜。合わせがはだけたら下手なスリットより色っぽいもんな…)
(和装の下って…下着はつけないのが本当なんだよな〜)

仲間同士で集まっているところで野梨子が下着をつけない訳がないのは分かり切っているが、野梨子を見つめ、思わず想像してしまった美童は慌てて目を閉じ、必死で他の事を考える。

(だめだ!ダメダメ!!こんなとこで野梨子に手なんか出したら一生口聞いてもらえないどころか、すだれ頭に殺されちゃうよぉ〜…って清四郎は??この状況を見とがめないわけないんだけどな。いつもなら…)
視界の中に可憐の姿は確認したが、その他の3名は自分の背後に寝ているのだろう。
(誰かが起きるまで…もうしばらくこのままでもいいかな…。僕も寝てたことにしちゃえばいいんだし)
美童はごくりと息を飲むと、野梨子が起きないように細心の注意を払って野梨子の黒髪に優しいキスをした。
(やっぱり綺麗だよなぁ…野梨子って…)

仲間達とつるんでいると、悠理や可憐と腕を組んだり、手をつないだりすることは多々あるが、野梨子だけは別だった。簡単に手をとるなんて考えられない。
そんなことをしたらとたんに引かれてしまうか、清四郎に投げ飛ばされるかのどちらかだろう。

(あぁぁ〜♪温泉最高〜僕ってラッキー♪)

美童は目を閉じ、野梨子の髪にそっと頬を寄せると幸せな気分で再度うとうとし始めた。

美童を含め、仲間達はまだ気付かない。室内に清四郎と悠理の姿がないことに…。


****************


「ふー…」

妙な円形ベッドの掛布と格闘し、やっとの思いで清四郎の身体に上掛けをかけ終わると、悠理は大あくびをした。
深夜2時…魅録や清四郎ほどではないが、多量に飲んだアルコールのせいで強烈な眠気が襲ってきた。


(こいつらの返杯に付き合わされて、あたいもいつもより飲んでるからな〜。でもこのまま寝ちゃったら起きれそうにないじょ…目覚ましどうやったらいいんだろう…フロントに電話すればいいのかな…)
悠理は枕元に沢山のボタンが並ぶパネルを見つけ、眺めはじめる。
「えっと…目覚まし…目覚まし…。ないか?」

「んー??なんだこれ。…上・下・右回転・左回転??」
「ミラーボール、スポットライト、ビデオ撮影ON:OFF…って」
「−−ビデオ撮影??−−って自分たちがやってるとこ、撮影すんのか?!」

思わず「どぇえええええ!」と大声を出してしまい、慌てて自分の口を手で塞いだ。
ここがどこだか改めて思い返し、真っ赤になって清四郎と距離を取る。

(っって、こいつとあたいが変なことになるわきゃないよな…)

そうは思いつつ、無理矢理自分を抱きかかえてここへ連れて来た清四郎をしげしげと眺めてしまう。
(−−旅館への道は一本道だったから、清四郎ならここにホテルがあることくらい知ってたかも知れないよな…。ていうか、知らなきゃあんな真っ暗な道をスタスタ歩かない…と思うのが普通…だよなぁ??−−こいつってもしかして、酔っぱらうと色魔になるのか??−−それともあたいは変に勘ぐりすぎか??)

眠っている清四郎の顔をのぞき込み、悠理はうーんと首を傾げた。
(もう…なんでもいいけど、眠みぃ…)

ほわわわわ…と大あくびをしつつ、悠理はパネル横の電話についていたモーニングコール機能で深夜3時をセットすることに成功し睡魔に勝てず横になった。


****************


「り…ゆーり、…悠理!」

清四郎の声と頬に触れる手に、悠理は目を覚ました。

「ん、…はよ。清四郎。−−今何時??」
眠り足りなくて目をこすりつつ、声を出す。

「…3時です」
「あ、−−目覚まし鳴った?」
悠理は眠り込む前の記憶を辿ってぼんやり清四郎に聞いた。

「ええ。電話が鳴って、驚きましたよ。−−お前がセットしてくれたんですか?」
「そー。だって、朝日が昇る前に戻らなきゃ、大騒ぎになるだろ??−−あいつら起きてたらなんて言う?こんな真夜中に抜け出してきちゃって…うるせーぞーきっと…」
「で、しょうねぇ…やっぱり…」

清四郎は魅録の顔を思い浮かべて頭を抱えた。

このまま何事もなく悠理を連れ帰っても、深夜の二人っきりの不在の件はもめごとの種として残るだろう。
何もないにしても、酔っぱらってホテルへ連れ込んだ事実を知られれば、魅録をあおる結果にも…。
−−だからといって、いきなり悠理に手を出してしまうのも…。

うーん…と無言でなにやら考え込んでいる清四郎に悠理は首を傾げる。

「大丈夫か?お前、酒抜けた??」
「ああ、はい。お陰様で。悠理にたっぷり水分を進めてもらったお陰で、かなり楽になりましたよ。シャワーでも浴びればすっきりしそうですが…今からシャワー浴びてたら遅くなりそうですね」
清四郎は時計を見ながらそう言った。
「いーよ。浴びてくれば?朝5時頃を目指して帰ればいいだろー…あたいの予感では野梨子辺りが目ぇ覚ましてもう大騒ぎになってる気がするし…」

「……野性の勘ですか?」
「…一言多いんだよ。−−だいたい誰のせいだよ!さっさとシャワー浴びてこい!!」



清四郎がシャワーを浴びている間、悠理は手櫛で髪を整え、緩んでしまっていた浴衣を着直そうと紐を一度ほどいた。
こんな場所で、着ているものを脱ぐ、という行為に恥ずかしくなって急いで形を整えた。
「えっと、左が前、左が前…」

「和服を着るときの基本ですわよ」

そう野梨子に教えてもらったとおり、悠理はなんとか浴衣を合わせて着込んだ。
鏡に映してみると、なんだかぴったり着込みすぎ、首元が窮屈そうに見えるが、まあ、いいかとベッドへ仰向けにひっくり返った。とたん、睡魔が襲ってくる。

「眠い……」
清四郎も辛そうだったが、悠理自身もアルコールが残っている身体が重い。
「このまま眠ったら…もう絶対起きられないじょー…」
悠理は気力を振り絞るとずりずりと枕元へ移動し、先程から気になっていたボタンをひとつずつ押していった。

「ミラーボール」  照明が暗くなり、頭上でミラーボールがきらきらと回り、室内をアヤシイ雰囲気に変えていった。
「スポットライト」  ミラーボールとは別にベッドの上に白いライトが八の字を描くように交差しはじめた。

「…すげぇ…」
あやしすぎる光の乱舞に悠理は引きつりつつも大笑いする。

「じゃあ、これだ!えい!」
ここまでくると、さすがに予想ができたが、
「上・下ボタン」を押すと、円形ベッドがゆっくりと上下にアップダウンを始めた。
悠理はもう笑いすぎて涙が止まらない。

涙を流してひーひー笑っていると、腰にバスタオルを巻いた清四郎がバスルームから現れた。

「さっきから、何を一人で大騒ぎを…」

言いながら、ドアを開けると、部屋中アヤシイ照明の中、回転ベッドのわざわざ端っこに正座した悠理がげらげら笑いながらベッドと一緒に回っていた。

清四郎は脱力して力無く叫ぶ。
「………悠理。何やってんですか///」

「あ、清四郎ー。すげーなこれ!あたいもうおかしくって……」
清四郎に気付いた悠理が声の方を振り向いて硬直した。

「おまっ!そんな格好で出てくんな!!浴衣着ろ!浴衣を!!///」
ベッドの回転を止めようとパネルの方へ手を伸ばしながら悠理が怒鳴る。

「…もちろんそのつもりですが、−−お前が大騒ぎしてるから何かあったかと思ったんですよ!」
「−−眠気覚ましに遊んでただけだい!」

あわてふためいている悠理が可愛くて、清四郎は悪いと思いつつもからかい口調になる。

「それは失礼しました。……深夜3時…もうすぐ丑三つ時ですからね。これはいらない気を回しすぎましたね。僕はもう少しシャワーを浴びてくることにしますよ」

そういって、バスルームへ入り、ドアを閉めようとしたとき、青くなった悠理が飛び込んできた。
これには清四郎の方が焦った。

「ばか!怖いこと言うなよ!んなこと言われたら、一人でいらんないだろー!!」
「−−ゆ、悠理?!冗談ですよ!!」

狭いバスルームの脱衣所で、悠理と清四郎は正面から向かい合ってしまった。
服を着ろ!と怒っていたクセに、怖いとなると自分のところへまっすぐ飛び込んでくる悠理が可愛くて仕方のない自分に気付き、苦笑する。

「わかりましたから、冗談です。冗談。すぐに着替えて出ますから、部屋に出ててくださいよ」
「−−ほんとだなぁ?!ほんとに冗談だな?!」
既に涙目になっている悠理の頭に清四郎は笑いながら手のひらを置いた。

「−−僕は別に一緒にシャワー浴びても構いませんけど…どうします?」

その言葉に思わず視線を上げると、ニヤニヤ顔の清四郎と目があった。

「−−−−////」

返事の代わりに無言で繰り出されたグーパンチはあっさりと清四郎にかわされ、右手をとられてしまった。

「−−今から慌てて帰ったって、あいつらにからかわれるのがオチなら……いっそのことのんびりしてってもいいかとも思いませんか?」
からかわれているはずなのに、清四郎の口調は先程までと違っていた。

悠理は思わず真っ赤になった。
それでもなんとか言い返す。
「…お前って酔っぱらうと色魔になるんだなー。知らなかったじょ」
「それは失礼な…これでも相手は選んでるつもりですよ」
「……へ?」

「僕は…お前が好きなんです。もう、ずっと前から」

清四郎の真剣な口調と目つきに嘘がない事くらい悠理にだってわかった。
だけど、目の前にいるのは腰にバスタオル一枚の男。そして、ここはラブホテルだ。
悠理の思考回路はぐるぐると回転した。
やっと声を絞り出す。

「−−う、嘘?」

「嘘じゃありません。−−いっときますけど、−−ここへ連れて来たのは途中で気分が悪くなったからですが…散歩に行こうと誘ったのは、お前に…そう言いたかったから…です」

清四郎の髪も身体も、シャワーの水滴が残っておりまだ濡れていた。
こんな状況で自分を好きだという清四郎を改めて見上げて、悠理は恥ずかしくなってしまった。
真っ赤になって目をそらす。

「…と、とりあえず、服着ろ!あたい、外出てるから」
脱衣所から外へ出ようとしたが、清四郎は右手を離してくれない。

「−−清四郎?」
悠理はそーっと清四郎へ視線を向けた。

「…その前に、ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「な、なに??」

ごくりと生唾を飲み込む清四郎に悠理の方が緊張した。

「悠理は…魅録の事をどう思ってますか?」
「−−魅録の事?」

「そうです。悠理はいつも魅録と一緒にいるでしょ?−−あいつを異性として好きかどうか…教えてもらえませんか?」


***********


……密室……自分を好きだという清四郎と二人きり。
しかも深夜のラブホテル。腰にバスタオル一枚の清四郎。

悠理は真剣な目の清四郎にとまどいつつ答える。

「異性として…たって、あいつはもともと男だろ?−−好きか嫌いかって言われたら好きだよ。だって魅録だし」

(好きだよ…魅録だし…ですか)
悠理の返事に清四郎は一瞬胸が詰まる。−−が、思い直して質問を変えた。

「…なら、もう一つ」
「−−なんだよ?」

「−−僕も、もともと男なんですが、好きか嫌いかって聞いたらどっちですか?」
(”清四郎が好き”ってとりあえずでも聞けたら幸せなんですけどね)

「なっ…////」
意地悪な質問に悠理の心拍数が跳ね上がる。

清四郎は悠理の右手を掴んだまま、悠理を問いつめていく。
「−−魅録は好きだけど、僕のことは嫌いですか?」

悠理は、清四郎の視線を受けとめつつ必死で考える。

  魅録は−−何をしていても楽しくて…って、趣味や遊びが同じだし。
  興味の方向が一緒だから、二人で遊び行っても面白いし。すげーいい奴だし。
  好きか嫌いかって聞かれたら間違いなく好きだじょ?。
  あったかくて、優しくて面白くて…。一緒にいてなんて楽しいんだろうっていつも思う。

清四郎は…
  趣味も合わないし、興味の方向もまるで違うのに、何かあるといつの間にか必ず側にいてくれる…。
  試験勉強から、誘拐、拉致−−。果ては幽霊騒動だって、必ず助けてくれるって信じられるから。

  さんざんからかわれたり、バカにされたりするけど、気が付くと必ず側にいてくれてる。

  −−あたいにだって分かってるよ。
  魅録と清四郎は自分の中でまったく違う。


−−−それが恋かと聞かれるとよくわかんないけど−−−


掴まれている右手にわずかに力が入ったのを感じて悠理は焦って口を開く。
「−−魅録もお前も同じだよ!好きか嫌いかって聞かれたら好きだよ。…んなの、当たり前だろ?」
なんとか腕をとりかえそうと、悠理は自分の腕を引いてみるが清四郎は離してくれない。

「−−僕と魅録、どちらが……と聞くのはまだ早いですか?悠理は魅録に恋は−−してませんか?」
清四郎はじっと悠理を見つめる。

「恋って……。−−なんで、そんな魅録の事ばっか聞くんだよ!お前の話しに魅録は関係ないだろ?!」
「−−僕が悠理を好きでも、悠理は魅録は関係ないと…言えるんですね?」

ものを含ませた言い方の清四郎に悠理は焦れた。
「−−なんなんだよ。もう!放せよ」

清四郎がもたらすワケの分からない緊張感からなんとか逃れるべく身体ひねってドアの方へ力ずくで足を運んだ。

「−−−−悠理」

名前を呼ばれた瞬間から身体が動かない。すごく近くで清四郎の声がした。
右腕を後ろへ引かれたまま、背中から清四郎に抱きしめられたのだと気付くのに数秒かかった。

「な…おま…放せ!放せってば!!」

「−−フェアじゃないとは思うんですが。(……不可抗力でもこんな場所へお前を連れ込んだのがばれたら、どちみち魅録と修羅場になるのは避けられそうにありませんので…)僕なりにアプローチさせてもらいたいんですが…だめですか?」

「あ、アプローチ?」
悠理の心臓は爆発しそうな勢いで動いている。

背中から清四郎の心臓の音だって聞こえてくる。
(あたいよりは全然ゆっくりに聞こえるけど、でもいつもの清四郎よりは少し早い音…)
悠理はきゅっと目を閉じた。

「そう。−−悠理、こっち向いてもらえませんか?」
「だ、だめ」
「……どうして?」
「どうしてって///−−−こんな状況で聞くな!!」

おそらく真っ赤になっているんだろう、必死で顔を逸らしてジタバタしている悠理を清四郎は一瞬ためらったが抱き締め直した。力で清四郎にかなうはずもなく。…悠理は暴れても無駄だとおとなしくなった。

「悠理、−−忘れないでくださいね。−−僕がお前を好きな事を」

裸の清四郎の腕が自分の肩の上からのび、後ろから抱きしめてくる。
右頬に清四郎の頬が触れる。清四郎の身体に残る水滴が頬と首筋を濡らしていく。
そのままじっと動かない清四郎に悠理はかすれた声をかけた。

「−−お前、どっか行くの?清四郎」
「いえ?行きませんよ?」
悠理の問いに清四郎は笑いがこみ上げる。
(このシュチュエーションでそう返ってくるのは悠理くらいなもんでしょうね)

「ならなんで−−忘れないでください?忘れるも何も、今だって旅行中で一緒にきてんだろ?」
「−−きっと…もうすぐ分かりますから、その時に分かってくれればいいです」

「なんか、さっきからお前、全然わかんねー」
ぶつぶつ言う悠理に清四郎は沸きあがってくる愛しい気持ちを押さえるのに苦労する。

「悠理らしいといえばそれまでですが…」
「な、なに?」
「こんな状況でも、お前はお前ですねぇ…」
「?何が言いたいのかわかんないぞ。清四郎」

「いいんですよ。まだわからなくても」
(魅録があなたを好きだと言ってくるまでは)

そういうと、清四郎は悠理の身体を反転させ、ぎりぎり唇に触れない場所にキスをした。

「!!!」

驚いて硬直している悠理を清四郎は正面から力一杯抱きしめた。
満面の笑みを浮かべて。

 

 

 

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