|
結局、宿へたどり着いたのは午前５時前だった。
さすがに早朝。フロントにも呼び鈴が設置され、人気はない。
「…もうここまで来たらロビーで酔いつぶれてたふりでもする方がいいと思いますね。−−−あんなとこ行ってきたことがばれたら大騒ぎでしょうからねぇ…」
「…そうだな…」
悠理は事実がばれたときの仲間の大騒ぎを想像してフルフルと首を振った。
「でも、さっみーぞ。ここ。…あいつらが気付くまでここにいんのか？」
「うーん。確かに…それなら露天風呂でも入ります？」
清四郎はロビーをぐるりと見回して、看板を見ながら聞く。
「…あたい、今、フロ入ったら確実にねちまうじょ…」
「−−この季節にフロで溺死…バカの見本みたいな図ですな」
清四郎の答えに無言のパンチを繰り出すが、もちろんかわされる。
笑いながら連続で繰り出される悠理のパンチをすべてかわす清四郎に忌々しげに言う。
「くっそー！！あたいのどこを好きなんだ？お前。全然わかんないじょ！」
言ってしまった後で、恥ずかしくなって悠理はぷいっと横を向く。
「−−ご希望なら教えてあげましょうか？？」
ゆっくりと近づいてくる気配に悠理は慌てて飛び退く。
「近づくな！！−−このスケベ！！〜誰かきたらどうすんだよ！」
「誰も来なければいいんですか？」
「そういう問題じゃなーい！」
頭から湯気を出し、悠理は露天風呂方面通路へ逃げた。
（なんなんだよ。あんな告り方して人をびっくりさせといて−−清四郎ってもしかして手ぇ早いのか？？）
ちらっと後ろを振り返ると清四郎は笑いながらロビーのソファーへ座るところだった。
遠目にも分かるほど大あくびをし、ソファーに沈んでいく。
「うう…あたいも眠みぃ…」
悠理が壁に手をついてへたり込むと、すぐ横のドアに「乾燥室」と書かれてあった。
（乾燥室？）
興味でそっとドアを開けると、そこにはスキーの板やストック、厚手の毛布類が広げられ、暖房がかけてあった。
「うわ♪あったか〜い」
乾燥室内の棚にあったブランケットをソファーで眠ってしまった清四郎の身体にかけ、悠理は乾燥室に戻り、中にあったソファーに座った。
ただ単に暖をとるつもりだった。
が、とたんに襲ってきた睡魔に負けてしまった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
午前７時、美童が物音に目を覚ますと、首まで真っ赤に染まった野梨子が自分の隣に座っていた。
魅録はトイレで嘔吐し、可憐は魅録用に飲み物や温かいおしぼりを用意するためにバスルームでため息をつきつつ、タオルを濡らしている。
野梨子が真っ赤になっている理由は、美童には分かったが、素知らぬふりをして「おはよ」と声をかけた。
慌てて「お…はよう」と小さな声で返事をしてくれる様がますます可愛いと思う。
美童は内心、おはようのキスのひとつも送りたくなったが、もちろん自制する。
この奥手な女友達を驚かしてはいけない。
せっかくやってきた幸運を焦って逃がすのはバカのすることだ。
それから30分後、清四郎がいないので仕方なくフロントにクスリをもらいに行った可憐が、真っ赤になってうだっている悠理を抱き上げる青い顔の清四郎を発見したのだった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「−−だから！酒飲んで、酔っぱらったまま散歩に出て、−−戻ってきたとき、寒かったから乾燥室で眠っちゃったんだってば！！！」
悠理の力無い必死のいいわけが繰り返されていた。
体中からからで声を出すのも辛い。
「……乾燥室の温度、知ってますか？あんなとこで酒飲んだ後に眠り込むなんて、命取りもいいとこですよ」
清四郎はうなだれつつ激怒し、スポーツドリンクを悠理にあてがう。
「なんだよぉ〜お前だってロビーのソファーで爆睡してたじゃんか」
「ロビーと乾燥室は別物です…」
洗面所でタオルをしぼっていた野梨子が戻ってきて悠理の額に冷たいタオルをあててやる。
「清四郎と悠理、いつ部屋を出ましたの？」
悠理が一瞬言葉に詰まったのを見て、清四郎がさりげなく後を引き取った。
「昨夜、魅録が潰れた後、悠理と冷酒をもう一本あけまして…。−−その後の記憶は実はあんまり。気がついたら悠理と庭を散歩してました。後はどのくらい歩いたのか−−覚えてないんですが…寒いのでロビーまで戻って、僕はソファーで寝てしまってました」
「あたいは…清四郎がソファーに座ってるのを見て、寒いから見つけた乾燥室に…」
「じゃあ、あれからずっと乾燥室にいたのか？−−まったく…よく生きてましたよ。ほら！飲め！」
「ううう…体中が熱い…」
「−−まぁったくもう。旅行に来てあんたたち何やってんのよ。魅録も吐きまくって死んでるし…」
可憐がチラッと視線を送った布団の上に、魅録がうなりながら転がっていた。
「…まぁ、悠理と清四郎のバカ騒ぎはいつもの事だとしても、あたしもう一つびっくりしたことあったのよね〜♪♪」
いいながらちらりと野梨子を見ると、とたんに真っ赤になった野梨子が俯いた。
「びっくりしたことって？何？可憐」
悠理が赤くなった野梨子と可憐を見比べて聞く。
「んふふ♪後で教えてあげるわ。悠理、野梨子、とりあえず着替えに行きましょ♪あたしたちもここで寝ちゃって、お部屋無駄にしちゃったわねぇ〜」
「そだな…汗かいて気持ち悪いし…」
「悠理、あと１本これ飲んでくださいよ！！」
怖い顔をしている清四郎がスポーツドリンクを押しつける。
「わかったよぉ〜着替えながら飲むから。持ってくよ」
ヘロヘロの悠理は素直に受け取った。
ちらりと清四郎と視線が絡み、何も言わなくても清四郎が何を言いたいのか分かった。
（朝から大騒ぎで、僕らの不在もあやしまれなくて良かったですね）
悠理にだけ分かるように送られた視線は優しくて、悠理は思わず赤くなり顔を伏せる。
「ところで、朝食食べられそうな人は？」
可憐が部屋を出る前に室内を振り返った。
「はい」
清四郎が右手を挙げる。
「僕も」
「いただきますわ」
「食べるじょ」
「…俺パス…」
最後の一名は布団から頭が上がらない。
「じゃ、魅録以外は着替えて１Ｆの和食レストランに集合ね。８時からだから。魅録はそこに用意した水分頑張って飲むのよ〜じゃないとせっかく二人でたてたスケジュール、こなせなくなっちゃうわよ」
「……おー。悪りぃ。サンキュ…」
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「外出準備ができたら魅録達の部屋に集合ね。−−清四郎、美童、魅録の支度、手伝ってあげてよね」
朝食を終え、いったん部屋に戻る途中可憐がそう言った。
「わかりました。…ところで可憐、今日の予定はどうなってるんですか？ずっと幹事二人だけの内緒になってるんですが…」
清四郎が質問し、残りのメンバーがうなずく。
可憐はにっこりと笑うと片目をつぶる。
「それは準備ができるまで、お・楽・し・み・よ♪でも、魅録と結構綿密にプラン練ったから、楽しめると思うわよ〜。問題は……魅録が生きてるかどうか…なのよねぇ…」
「あんなバカ飲みするからだ！！−−だから寝る前にあんなに水飲めっよっていったのに」
悠理がぶつぶつ言う。
「寝る前に水分とったって、乾燥室でひからびてる奴の台詞じゃありませんな」
「−−なんだよぉ！」
ギャーギャーと言い争いながら通路を駆けていってしまった二人に嘆息しつつ、野梨子が可憐を振り返る。
「プランを練るの大変だったでしょう？今日は楽しみにしていますわ」
「うっふっふ。絶対楽しめるわよ♪」
可憐が意味ありげな視線で目の前の二人を見比べると、それぞれ反対方向を向き赤くなっていった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
可憐の用意してくれた水分＋悠理が携帯していたインスタントみそ汁＆野梨子が買ってきてくれたおにぎり等で何とか回復してきた魅録もフラフラしつつも座っている。
「−−はい。じゃ、これ引いてね」
そういって可憐が男性陣に差しだしたのは棒くじだった。
３本の細い棒が細長い筒に入っている。
「これは？」
美童が可憐に聞く。
「今日のコースは３コースあるの。あたし達…あたしと悠理と野梨子で、３人共行きたい場所が微妙に違ってるって分かったから、魅録の提案で夕方まで３組に別れることにしたのよ。でも、どのコースも絶対楽しめると思うわ。野梨子が掲げた紅葉狩りはばっちり堪能できて＋それぞれのオプション付よ」
「と、いうことはくじで今日のデート？？のパートナーが決まるって事？」
「そう−−誰から引く？ちなみに�，�野梨子 �△�悠理 ��があたしになってるから」
「…ちなみにコースは？」
清四郎がくじを見ながら問う。
「��
レンタカー付…由緒ある寺院巡りと紅葉狩り…だそうですわ。まあ…本当に素敵！」
野梨子が魅録に手渡された観光コース用紙を見ながら笑みを見せる。
「��
紅葉狩り散策道 → フィールドアスレチック！！やった〜♪」
「��
…で、あたしは川辺を渡し船でいく紅葉堪能コース」
「…悠理とアスレチックは…きつそうだなぁ」
美童がちらりと悠理に視線を送る。
「なんだよ！美童！なら根性で野梨子か可憐を引け！」
野梨子、と言われて美童が少々赤くなり慌てる。
「そうねぇ〜美童、頑張って。−−ほら、あんたから引いたら？」
そういって可憐が美童にくじを差し出す。
「〜なんだよぉ。…まあいいか。ならお先」
「あ、まって、まだ抜いちゃダメよ。楽しみが半減しちゃうから。清四郎、魅録も棒を選んで」
（このスタイルなら細工はなし…でしょうか？−−それとも魅録にだけわかるように仕込んでありますかね…）
ちらりとそう思わないでもなかったがとりあえず確率を信じて魅録より先に一本を指定する。
「−−なら俺は残りだな」
「じゃあ、いくわよ〜抜いて！！」
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「夕食は７時に予約してあるから、間に合うようにここへ戻ってくること。−−それ以外は特に指定はないから楽しんでらっしゃいね、野・梨・子♪もう日の落ちるのも早い季節だから、夜景も折り込んであるの。…美童のエスコートぶりも堪能してきたら〜？」
にやにや笑いながら耳打ちしてきた可憐の言葉に頬の赤みがひかない。
（…可憐ったら…）
野梨子は恥ずかしくて美童の顔を見れずにいる。
「やっぱり魅録と可憐はすごいね。このコース表、よくできてるよ」
美童は出発前に順路を確認しながら感心していた。
「…ええ本当に。今日は−−よろしくお願いしますわ」
「−−もちろん！僕も根性で野梨子をひけてラッキーだったよ」
美童は満面の笑みである。それをみて野梨子も微笑む。
（くぅ〜♪やっぱ、野梨子って可愛いよなぁ〜）
心の声が口に出そうで美童は一人ほくそ笑む。
「悪かったな！どーせあたいが相手じゃアンラッキーだよ！！」
聞いていた悠理が突っ込む。
「いいじゃない。悠理。魅録とアスレチックなら楽しめるでしょ？」
可憐が悠理をなだめ顔で振り返る。
「−−うん。でも、魅録、大丈夫か？気分悪かったらアスレチックは抜いてもいいじょ？」
「大丈夫だよ。アスレチックに付くまでに２時間あるからな。いっとくけど悠理、この散策道…実は半端じゃない距離があるからな。覚悟しとけよ。…山道だし」
「あたいは平気だい♪…ていうか、いきなり山道でお前の方が絶対辛いじょ？？」
「じゃあ、清四郎。今日はよろしくね」
「ええ可憐。考えてみると可憐と二人だけで…っていうのも初めてな気がしますね。今日は楽しみましょう」
清四郎はそつのない笑顔でにっこり笑う。
（−−悠理、頼むから僕の言ったことを忘れないでくださいよ）
周囲に気付かれないようにそっと悠理をうかがい見るが、当の悠理は予定表に見入っていて顔をあげもしない。
清四郎は小さく嘆息する。
表面はいつもの鉄面皮、清四郎の様子からは何もうかがえないが、魅録は清四郎だけに分かるように視線を送った。
一瞬だけの真剣な視線を清四郎は受けた。
（−−悪いな清四郎。昨夜は負けちまったけど、今日は俺が時間をもらうぜ）
（勝負ですからね）
薄く笑い返すと、清四郎は可憐の肩をぽんと叩いた。
「じゃあ、行きましょう可憐。予定だと30分後に船乗り場へ移動してないといけないみたいですし…。ほぅ。車も選べるんですか」
「そうなのよぉ〜。じゃあ、悠理、野梨子！夕食でね♪」
「楽しんできてくださいな」
「じゃあな〜」
（なんだ清四郎の奴。しっかり楽しそうじゃんか）
可憐用の予定表に見入り、声をかけても自分の方を見もしない清四郎に悠理は一人むっとする。
（−−やっぱしアレは、酔っぱらいの戯言…だったりする？？）
清四郎をじっと見つめる悠理の肩を魅録がぐいっとひいた。
「ほら、行こうぜ。悠理！俺らのコースは旅館の裏道を徒歩で行けるようになってるんだ。昼前にはアスレチックに着いて午後はたっぷり遊べるぜ」
「お、おう！−−んじゃ、行くか！」
スタスタと歩き出した悠理に魅録が声をかける。
「おい悠理、可憐に聞いてるか？着替え持ってるか？」
「ああ。なんか水を使ったコースが多いんだってな。一応ひと揃え持ってきたけど、あたいがそんなとこ落ちるかよ」
「んーまあな。落ちるとかそう言う問題でもないんだけどな（…まあ、いっか行ってみりゃわかるんだから）」
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「うわー！！！！すごー！真っ赤なトンネルだぞ〜！！」
悠理と魅録が進んでいく宿泊先旅館の裏山から登る散策道は今が盛りの紅葉で真っ赤に染まっていた。
見事なまでの赤・赤・赤。
視界に入るかぎり一面「赤」の自然のトンネルに二人は歓声をあげた。
大人が二人やっと並んで歩ける幅の山道に赤いトンネルが出来上がっている。
悠理は大喜びで魅録を後ろに散策道を駆け上がっていく。
「最初からそんなに駈け回ると後半ばてるぞ！ちょっとした登山だからなこのコース！」
（−−あんまりきつすぎて人気がないらしいぞ〜。って…それをねらってここを選んだんだけどな）
（悠理相手に二人きりを模索するのも変な話しなんだけどな。いっつも二人でつるんでるし）
魅録は跳ねていく悠理の背中を見つめながら苦笑する。
−−姑息だとは思いつつ、本当はくじをひくのは自分が一番のはずだった。
絶対に分からない程度に自分だけの目印を付けてあった棒くじを魅録は手にしたまま歩いていた。
手の中のそれをくるくる回しながら悠理の背中を追う。
（最初、美童がくじ引いたときは焦ったぜ。−−でも、俺、ついてるよな。希望通りに悠理との時間をＧＥＴだ！）
「よーし！悠理！今日は頑張るぞ！」
「おー！！」
東京では見られない真っ青な空に赤いトンネル。
魅録も悠理に促されて散策道を駆け上っていった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「って………おい、魅録、大丈夫か？」
行程の半ばまで進んだ時、魅録がタンマをかけた。
「−−悪りぃ。……昨夜の酒が全部足にきた…」
（くそー！今日は決めようっておもってんのに、俺、格好悪すぎる〜）
二人っきりになるために選んだ散策道で、魅録はへたりこんでいた。
（冗談じゃねえぞ。こんなとこで時間つぶしてられっかよ〜）
「足？−−膝が笑うとかそんな感じか？？」
悠理は魅録がさすっている膝から下に手を添えてくる。
心配げな悠理の表情をみて、魅録の胸がほんわりあたたかくなる。
「…お前の言うこと聞いて、水分とるべきだったな」
「−−そうだじょ！！お前も清四郎もばか飲みし過ぎだ！…お陰であたいまで乾燥室行きになったじゃんか」
悠理はそういうとあははと笑った。
「−−−−清四郎と二人で夜中に散歩に行ったんだって？」
魅録の声に含まれる音色の変化に悠理はわずかに緊張した。
「あ？−−ああ」
悠理は昨夜の出来事を思い出し、頬に血が上るのを感じた。
魅録に見とがめられるのが気まずくて急いで立ち上がり、山頂への道を見上げながら返事を返した。
「−−魅録が潰れた後、清四郎ともう１本冷酒あけてさ。…清四郎の奴も魅録と同じくらい酔っぱらってたから…その後酔い覚ましに散歩に出て−−二人とも半分記憶ないまま外ウロウロ歩いて…冷え切ってロビー戻って…あたい寒いから見つけた乾燥室に入ったらねちまって…。清四郎が見つけてくんなかったらマジ死んでたかもってくらいひからびたじょ！」
悠理は清四郎が可憐達に告げていた内容をそのまま魅録に伝えた。
乾燥室の感想は自分のものだが思い出すと我ながらぞっとする。
苦しくなる呼吸、熱風にさらわれて息がうまくできなくなった頃、清四郎が飛び込んできた。
−−あの時、見つけてもらえなかったら…。
清四郎にかけておいたブランケット…「あれがなかったらさすがに見つけられなかったでしょう」と清四郎は言った。
（−−清四郎の奴…人のこと好きだとか言っておいて、あーいう時は鬼みたいに怒るんだよな）
自分に背を向けたまま放心している悠理を魅録は黙ってみていた。
（−−散歩の途中か、最初か、終わりか。それはわかんねえけど、あの清四郎が何も言わずにすましてるわけ…ねぇよな。…でも、何かあったとは…悠理の様子からはおもえねえけどな…）
「−−悠理」
力の入った魅録の声に悠理ははっとして振り返る。
物思いを表情に出さないように意識し、できるかぎりにかっと笑って見せた。
「なんだ？−−おんぶか？」
（そうじゃねえだろ？）
魅録も分かっているが、苦笑する。
「−−アホか。お前にこの山道で…俺がおぶえるならおぶってくれよ」
「言ったな！やってみなきゃわかんねーじゃん！」
「…そんなもん、わかるっつーの」
「−−なんだよ！ならホラ！！−−こいよ！」
そういって悠理は魅録に背を向けてしゃがんだ。気合いでおんぶする気らしい。
（しょーがねー奴だなー）
（もっとも、こういうところが可愛いと思う俺もおかしいけどな）
「どんなに瞬発力あったって、俺とお前じゃ体重差がありすぎんだよ。−−ホラ」
魅録は言いながら”おぶえる！”と言い張っている悠理の背中に体重をかける。
「−−−ううう！重い！」
「ほらみろだから言った…うわ！」
真っ赤な顔の悠理が気力で立ち上がったので、魅録は思わず悠理に後ろから抱きついてしまった。
「−−魅録、首しめんな！苦しいじょ！」
「わ、悪りぃ」
そのまま２〜３歩進んだところで、魅録が背中から飛び降りた。
「おぶってくれる気があるなら、肩貸してくれよ。−−その方が楽だしさ」
悠理の了解をまたず、強い力で肩に腕を回した。
「あ？ああ…」
瞬間、昨夜清四郎の腕に抱きしめられた記憶が登ってきて悠理は赤面してしまった。
（な…あたい、なに考えてんだ？！−−足痛いって言ってる魅録相手に！隣にいるのは魅録だってば！）
（−−ちっと強引か？無理があるか？俺）
いつも一緒にいる悠理相手に気恥ずかしくて魅録も顔を合わせられない。
心地よい風のふく人気のない散策道を二人して寄り添って登っていった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「つ、着いたぁ〜」
「着いたな…」
いつもの二人なら１時間もかからず登り切っただろう道を魅録の足をかばいながらかなり時間をかけて歩いた。
さすがの二人も片方は昨夜の深酒。片方は睡眠不足で息が上がっている。
魅録の下調べ通り、すれ違う人もなく、かなりハードな登山コースだった。
「…なぁ、アスレチック行く前にあそこで休憩しようぜ？お前も腹減っただろ？」
魅録が指し示す大きな建物には見覚えがあった。
「あれ？あれって確か…」
「そ。千秋さんの実家がやってるレジャー施設。今日のアスレチックもここの経営。新しくオープンして、俺も今日がお初だけどな」
−Wakiizumi−
ホテルの入り口にはその名が掲げてあった。
「へー。いいとこじゃん。さすがって感じだな！」
ロビーに入り、ちょっと待ってろと魅録に言われた悠理はキョロキョロと建物内を見回していた。
シックな建物内に質の良い調度品。
剣菱系列のホテルとはまた違った趣があった。
何よりも吹き抜けの天井が高い。ちょっとしたドームを感じさせる程だ。
「悠理。−−お前が喜びそうなもの、見せてやるから一緒に来いよ」
フロントから戻ってきた魅録がウインクしながらそう言った。
魅録が案内したのは最上階のスイートルームだった。ルームキーを差し込み、ドアを押す。
「…今回の旅行先を千秋さんに話したら、近くににあるって聞いてさ。さすがにオープンしたてで無料招待って訳にはいかねーけど、施設内のプールやアスレチックはＦＲＥＥで使っていいってさ。−−ま、そういう訳だからあいつらには内緒でわりぃけど。−−実は俺も興味あったんだよな。噂によると全室スイートの造りになってて、最上階のこの部屋は…」
「−−−−綺麗だな！」
白と茶を基本として整えられている室内は落ち着きがあり、全体的に高級感にあふれていた。
リビングを抜け、寝室を見るよりも先にバスルームをのぞきに行った悠理が歓声をあげる。
「すっげー！格好いいぞ！このジャグジー！」
バスルームはモノトーンの大理石で整えられていた。
円形の黒い大理石がバスタブの周囲をぐるっと囲んでいる。
四箇所に高さのあるオブジェが施されており、その下方が照明になっているらしい。
悠理はジャグジーのスイッチの脇にある照明に手を伸ばし、さらに歓声を上げる。
「んーこれ、格好いいな！。家もこんなの造ればいいのに」
「−−その台詞は悠理じゃないと出てこないな」
普段の悠理と付き合っていると忘れてしまうが、悠理には”剣菱”というバッググラウンドがある。
最上級の物を見る目は（好むとこのまざるに関わらず）するどいなと感じる。
魅録はバスルームの入り口にたたずみ、バスタブをのぞき込んでいる悠理に笑いながら声をかけた。
「なんなら入ってくか？−−せっかくスイートだし。−−一緒に」
魅録らしくない最後の一言に悠理はぷーっと頬を膨らしながら振り返った。
「美童か清四郎みたいなこと言うなよ！」
そう言ってしまってから、美童はともかく清四郎がそんな台詞を吐くのか？と突っ込まれるかとわずかに引きつった悠理をもちろん魅録は見逃さなかった。
が、魅録は表情を崩すことなく笑った。
「冗談だよ」
いつもの魅録の表情に悠理もほっとして笑う。
「さぁ、−−飯食って行こうぜ！お前の好きなアスレチックだぜ。−−ただし、水着が必要だけどな」
魅録は背負っていたワンショルダーバッグから綺麗な包みを取り出した。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「いい眺めですね」
紅葉遊歩道散策＋短距離の川下りがついた大人向けコースを希望していた可憐とくじ引きの清四郎は小舟に揺られながら川面に写る秋を堪能していた。
「たまにはいいわよね。いっつもバッタバタだもん。あいつらといると」
そう言って笑う可憐は清四郎の方を見ず、赤く色づく紅葉と同じ景色を写す水面をおっている。
流れの緩やかな広い川幅の両岸は赤や黄色に色づいて実に見事だ。
ほんの少し可憐の表情に憂いを感じた気がして清四郎は声をかけようかどうしようか迷う。
彼女がこういう表情をする時は恋愛がらみ…長い付き合いでわかってはいるが、こういうとき、自分にはうまい言葉がどうしても出てこない。
小舟の乗客は船尾に乗っている船頭のおじいさんを除くと自分たちだけだ。
声をかけないのもどうかと思い乾いた唇をなめたとき、可憐が顔をあげた。
「魅録ってさ−−悠理が好きよね？」
整った頬をほんのりぴんくに染め、可憐は小さな声でそう聞いてきた。
清四郎はほんの少し目を細めた。
「−−どうしてそう思うんですか？」
表情を変えない清四郎の返事に可憐はふふふと薄く笑う。
「私が魅録を好きだからよ。−−−見たくなくても、好きな人の気持ちって見えちゃうものなのよね…。もっとも悠理の気持ちはまったく読めないんだけど。気持ちどころか、あの子にはまだ恋愛感情のかけらも見たことないわ」
そう言ったまま小舟から手を伸ばして水面を指先で撫でる可憐を清四郎は複雑な心境でしばらく見つめていた。
「……可憐はどうするんですか？」
我ながら間が抜けている質問だとは思うが、今はこれ以上口にすることができない。
「−−どうするもなにも。今頃魅録は悠理に告ってるでしょ？…今回、コースを３つにわけたのは誰の希望だと思う？」
船縁に頬を寄せ、清四郎を見つめてくる可憐はやはりとても綺麗である。
「先程は女性陣の希望が分かれたと聞きましたが？」
清四郎の返事は慎重である。
「それもあるわ。でも最終的には魅録の希望。そして、運命の神様があたしにも微笑んでくれるなら魅録とデートできるかも！！って祈ったあたしの希望…かな」
「………」
「あ、でもね、くじは魅録のインチキじゃないのよ。だって−−あたしが混ぜたんだもの。確率を２分の１にするために」
「−−どういうことですか？」
清四郎は自嘲気味に笑う可憐を見つめる。
「美童に−−目線で野梨子のくじを教えてあげたの。だから、清四郎と魅録はあたしか悠理を引くしかなかったってわけ」
「−−美童と野梨子ですか？？」
清四郎はほんの少し目を丸くした。
可憐はおかしそうにふふふと笑う。
「清四郎と悠理はいなかったものね。今朝一番に目を覚ましたら美童の腕枕で野梨子が眠ってるの。一瞬このスケコマシ！！って美童を疑ったんだけど、美童が抱きしめていると言うよりは野梨子の腕が美童の背中に回ってる状態！さすがに驚いたけど、そういうことならせっかくだし二人っきりにしてあげようかと思って」
「美童と野梨子ですか……」
清四郎はうーんと腕組みをし、空を仰いで目を閉じた。
「あんたが野梨子をそういう目で見てないことくらい、知ってるのよ。だからそろそろ保護者の位置から卒業しなさいよ清四郎」
「まあ、それは願ったりですが…」
「−−−だから、ごめんね。清四郎」
「何がです？可憐の言うとおり僕は野梨子の事はそんな風には…」
「−−違うでしょ？清四郎」
（可憐は…やっぱり綺麗ですな…）
目の前の友人が一瞬だけの見せた真剣な視線と表情に清四郎は降参した。
「……お見通しですか」
「あたしに隠せると思う方が間違ってるのよ」
大人びた表情と泣きそうな少女のような雰囲気をまぜこぜにしてしまっている可憐の横顔をしばらく見つめていた清四郎は大きく息をはくと船頭に岸へ付けるように頼んだ。
「清四郎？」
「−−魅録達のコースは頭に入ってますか？」
「ええ。そりゃぁね。−−幹事ですもの」
「僕は昨夜、悠理に告白しました。結果はまだです。魅録もおそらく今頃声をかけてるんでしょう。−−どうなるかは分からないにしてもこのままでいいはずがない」
小舟から軽く飛び降り、清四郎は可憐の手を引く。
「なに？あんたまさか、魅録の邪魔しに行くつもり？？？」
可憐が目を丸くしている。
その言葉に一瞬表情を強ばらせた清四郎だったが次の瞬間にやりと笑った。
「ま、そういう言い方もありますが−−−。恋愛中に冷静を保てと言う方がおかしい話しでしょうし…。−−僕だけでなく、次は可憐の番でしょう？何もせず終わるなんて僕達らしくない。−−そうは思いませんか？」
「−−−あんたがそんな台詞を吐くとは思わなかったわ」
可憐は心底おかしそうに笑った。
「了解なら行きましょう！今から追いかければ１時間後には合流できます！」
清四郎はにっこり笑うと可憐の手を掴み、国道方面へと走り出した。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「す・げー！！広い〜〜〜！！向こう端が見えないじょ〜〜！！」
「だろ？？千秋さんに聞いたところだと、このウォータードーム内にある水上アスレチックとウォータースライダーの規模は万作ランドの上をいくらしいぜ」
見渡すかぎりの水・水・水。
子供用プールエリアから大人用の流れるプール・波のあるエリア、視界ゼロのブラックウォータースライダー・専用の浮き輪に乗って滑り降りる３種のスライダー。お椀型のスライダー、飛び込み台。
わくわくさせられるような水上遊具に二人の意気は嫌でもあがっていく。
滑り口へたどり着く手段として、アスレチックか階段を選択するようになっているその造りは実に巧妙だ。
「お前なら迷わずあっちだろ？」
そういって魅録が指し示すアスレチックはターザンロープやジャンプ台が設置されている難易度Ａコースから途中まではネットを登っていくＢコース、子供でも楽しめるＣコースと別れている。
「おう！！−−−っていいたいとこだけど、魅録ちゃん」
「なんだよ？」
悠理の機嫌の悪い声に魅録は気がつかないふりで返事をする。
「あたい、この水着であのジャンプするのは……いくらなんでもだと思うんだけど？？」
悠理が魅録にプレゼントされた水着は白いビキニだった。
昼食後、袋から開けてみた瞬間、思わず絶叫してしまった。
「えええ？？これ着るのぉ？？」
「着ないと遊べねえぞ？」
魅録にしれっとそう言われ、しぶしぶ着替えて出てきはしたものの、布の免責の少なさに悠理は落ち着かない。
上は幅広のチューブトップだが、下は悠理なら絶対に選ばないタイプの小さなビキニショーツだった。
無駄のない下腹部に綺麗に張り付いているその水着は実にセクシーで悠理にはよく似合っているが。
「すっげー似合ってるけどな」
「−−−可憐じゃないんだから、ここまで露出の高い水着はあたいの趣味じゃないぞ？第一、こんな危ないのはいて大ジャンプなんかできっかよ！！。………大サービスじゃんか！！」
赤くなってぶすくれている悠理に魅録はあははと笑うと背後に隠し持っていた最後の一枚を差しだした。
「俺としては残念だけど、−−−仕方ねぇな」
「何これ？」
魅録が差しだした布を広げてみるとそれはビキニと揃いのショートパンツだった。
悠理は真っ赤になって怒鳴った。
「−−−この……ドスケベがぁーーー！！／／／／あるんなら最初にだしやがれ！！」
「…男にスケベは誉め言葉だぜ！」
そういって舌を出す魅録にパンチを繰り出すが、魅録も絶妙のタイミングで全てかわす。悠理は真っ赤になって怒っている。
「いいじゃねえか。−−すっげー似合ってるし、たまにはこういうの着てる悠理が見たかったんだよ！」
「んだよ！それ！！」
悠理も本気で殴るつもりではなかったが、最後に繰り出したパンチを魅録に捕まえられてジタバタ暴れる。
「悪かった悪かった。ほら、それも着ろよ。んで行こうぜ！まずはアレからだ！」
悠理をなだめて魅録が指さしたのは視界ゼロのブラックウォータースライダー。
「……ここで履くのもなんかはずいから、プール入って着てくる！！」
そういって、ダッシュしていく悠理の後ろ姿を魅録は見つめていた。
引き締まった無駄のない肢体。可憐のように艶めかしさには確かに乏しいが、健康美あふれる実にバランスのよい身体だ。
「やっぱ、スタイルいいよな〜あいつ」
（−−−俺はやっぱりスケベか？？）
魅録はわずかに赤くなって視線を泳がせたが、武装をすませ、水からあがってくる悠理を見て微笑みがあがってくるのを押さえられない。
「今日は絶対決めてやるぜ！！」
一人気合いを入れると魅録は走り出した悠理を追いかけてアスレチックへ向かっていった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「−−−まだ決まらないんですか？？」
少々げんなりした声で清四郎がしおれている。
珍しい光景ではあるが、今の可憐には構っていられない。
たどり着いたプール施設の売り場に並んでいるたくさんの水着の中から30分以上かけ、彼女なりに納得のいくものを選んでいるのだ。
「何のために急いで来たのか分からなくなりますよ？可憐のスタイルならなんだって似合うでしょう？」
清四郎の言葉に可憐は顔をあげるが、ぶりぶり怒っている。
「−−だって、こんなことになるんなら、お気に入りの水着持ってきたのにぃ！超ダサイ水着しかないんだもん！」
「……でも、このアスレチックやウォータースライダーの規模を考えると、いつもの系統の水着は危ないと思いますよ？」
掲示板をみながらそういう清四郎の言葉に可憐ははっとした。
「…そうだったわ…ここって悠理のためにあるようなすっごいスライダーばっかりだっけ。ということは、スポーツ・ショートパンツ系じゃないと危なくってダメね。−−了解！じゃあこれよ！」
可憐が選び出したのは幅広のホールターネックのトップにショートパンツのビキニだった。
「魅録が好きそうなデザインですね」
「−−からかわないでよ。清四郎は決まったの？」
「僕はこれです」
清四郎が差しだしたのは膝丈のサーファーパンツだった。
「ＯＫ。じゃあお待たせ！いきましょ！」
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「−−ほら！いくぞ！」
１回目、ブラックウォータースライダーの入り口で興味津々、中をのぞき込もうとする悠理の腰を後ろから抱きしめて強引に魅録は滑り出した。
「うわ！！！」
「ひゃっほ〜い」
視界ゼロの暗闇にも翻弄されるが、いつもならありえない密着の仕方をする魅録に悠理はとまどっていた。
むき出しのウエストをがっしりと抱え込まれて、魅録の体温を感じる。
ほとんど抱きしめられた状態で滑り降り、ザブン！！と水中に放り出されてからも、魅録は悠理を放そうとしない。
「−−ぷは！！」
水面から顔を出して息継ぎをしたとき、やっと解放された。悠理の胸元まである深さのプールの中央に向かいあい、赤い顔をしつつ文句を言う。
「驚くだろ！！いきなり放り込むなよ！！」
「ん？しっかり抱えてただろ？−−怖かったか？」
魅録の口調がいつになく優しい。悠理はじっと自分にむけられる視線にとまどっていた。
「−−怖いわけないけど…」
（魅録今日は変じゃね？−−さっきといい水着といい……普段、一緒に遊んでたって、こんな…）
プールの真ん中で向かい合い、悠理がさらに言い募ろうとしたとき、魅録は悠理の腕を水中で掴んだ。
「−−悠理」
「−−な？なに？」
真剣な表情の魅録に昨夜の清四郎を重ねてしまい、悠理は思わず身体を引こうと強ばる。
悠理の小さな抵抗などまったく無視して、魅録は腕を強く引き、逃げられないようにさらに引き寄せる。
「回りくどいのは性にあわねぇから先にいっとくぜ。−−俺は悠理が好きだ！。お前の気持ちが知りたい」
至近距離でほとんど抱き寄しめられ、普段誰よりも一緒にいることが多い男友達からの告白に悠理は耳まで真っ赤に染まってしまった。
「……う、嘘だろ？？」
「−−嘘じゃねえよ。あれだけいつもお前と一緒で、他の女なんか目にする暇ねえだろ？」
ほんのわずかに頬を染めた魅録の口調が照れ隠しにだんだんぶっきらぼうになってくる。
「魅録…」
自分の名を呼んだまま、悠理が一瞬泣き出しそうな表情を見せたことに魅録は焦った。
抱きしめていた悠理の額を優しくコツンとこずくと、魅録は悠理を解放する。
「ま、返事は急がねぇよ。−−東京へ戻ってからだっていいさ。−−お前にも色々あるだろ？あ、でも”魅録ちゃん愛してる！”って叫ぶならいつでも叫んでいいぞ？」
「−−バカ」
にやっと笑う魅録に悠理は一瞬からかわれたのかと思いかけた時、優しい声がした。
「−−悠理、俺はマジだぜ。そのことだけわすれんな。だけど、同情で俺を選ぶことはすんなよ？−−お前の胸の中にいる男が俺だったら−−いいんだけどな」
切なげな声音に悠理はさらに泣きそうになる。
男友達の中では一番側にいて、なんでも相談に乗ってくれる大事な親友。魅録の気持ちに気付くこともなく一緒にいた自分が恥ずかしかった。
「……魅録、あたい……」
悠理がうるんだ目で魅録を見上げたとき、魅録は真っ赤になって、話しの流れを変えた。
「−−−ま、とりあえず、愛の告白は終了だ！−−悠理、思いっきり息を吸え！」
「−−へ？！」
「いいから早く！！」
「？？」
ジェスチャー付の魅録の深呼吸に付き合って、深く息を吸い込んだとたん、悠理は魅録に抱きつかれ、強引に水中へ押し込まれた。
「−−−−！！」
強く抱きしめられ驚いて目を開くと、すぐ目の前に真剣な表情の魅録の目があった。
はっとした瞬間には強い力で−−−初めてのキスを奪われてしまっていた。
ＮＥＸＴ
|