闇の恋人1

BY 金魚 様

 

 

 「菊正宗様…お慕いしております…」

可憐とショッピングへ出掛けた野梨子と別れ、珍しく1人で帰宅の帰り道。
学校近くの路地裏で、清四郎は1人の女性に声をかけられた。
多分同じくらいの年齢だと思うが、私服なので何とも言えない。

名前を呼ばれ、立ち止まるといきなりそう告げられた。

いでだちは柔らかそうなベージュのカシミヤのコート。
同系色のブーツを合わせて全体的にすらっとしている。

艶やかな髪は肩までやっと届くくらいのボブ。
猫のような黒い、とても印象的な瞳の色白美人である。

いつもなら微笑と共にきっぱりと即答でお断り申し上げるところなのだが、今日の相手は何やら興味をそそられた。

何が?と言われるとわからない。
ただ、何か一般の女性とは異なる印象を受けたのだ。

「…以前どこかでお会いしたことが?」
清四郎はほんの少し笑みを作ってそう訊ねた。

(身なりもいいし、どこかのパーティーででも見染められたんでしょうか…)

−−鼻持ちならない、と言われてしまいそうだが、見知らぬ女性から突然の告白を受けるのは、美童だけではなく、清四郎やおそらく魅録も同じ事だった。

ところが相手は黙って首を振った。

「−−では、どうして僕の名前を?」

笑みを消して問う。なんだか、背筋がぞくぞくしてくるのは−−。


「子供の頃からずっと…。あなたが大人になるのを私はお待ち申し上げておりました」


そういった目の前の美人は一瞬にして頭からドロドロに崩れ、清四郎の目の前から消滅してしまった−−。



****************



(冗談じゃないですよ)
(…悠理じゃあるまいし、目の前であんな風に消えられるのには、ちょっと耐えられません…)

清四郎は恐怖に突き動かされて、殆ど全力疾走で街を駆け抜けていた。
行き交う人が好奇の視線を向けてくるが、そんなものに構っている余裕はない。

(子供の頃から、僕の成長を待っていた??)
(大人になったからどうしようっていうんだ)

原始的な恐怖が全身を駆け抜ける。
説明の付けようがない倦怠感がつきまとう。
清四郎は駆けた。

とにかく、何とかして原因究明をしないことには−−−
−−−何か大変なことが起きる−−。

嫌な予感と共に、走って走って、清四郎は剣菱邸へやってきた。

かなりの距離があるのにもかかわらず、交通機関を使うことや、タクシーを拾うことすら思い浮かばなかった。
ひたすらに恐怖が清四郎を支配していた。

「菊正宗清四郎です!!−−悠理!悠理はいますか?!」

インターホンを押し、大声で叫ぶようにして悠理を呼ぶ。
清四郎の名を聞き、メイドはすぐに開門し中へ通してくれた。

「お嬢様はお部屋にいらっしゃいます」

それに簡単に礼を述べ、清四郎は悠理の姿を求めて、勝手知ったる邸内を走った。



****************



「悠理!!」

返事も待たず、バン!!っと部屋のドアが開くのと、同時に清四郎が飛び込んできた。
しかも、ものすごい剣幕で。

ソファーに沈み込むようにして、ぼーっっと音楽を聴いていた悠理は騒音と共に飛び上がった。

「悠理!悠理!!」
「な??なんだぁ??」

悠理は自分めがけて、ひた走ってくる清四郎に目を丸くしていた。次の瞬間、ものすごいタックルを受け、二人してソファーへひっくり返った。
清四郎は、もう”これしかすがるものがない”とでもいわん勢いで、悠理に正面から飛びついていった。

とにかく、説明のしようがない。原始的な恐怖……。

(−−悠理なら、きっと分かってくれる)
(これが今までさんざん悠理が体感してきた”怖さ”なのだろう…)

なんという嫌悪感!!清四郎は全身びっしょり嫌な汗をかいている自分を認識していた。
それは走ったためなどではない。
紛れもなく恐怖の為のものだ。

いきなり清四郎に羽交い締めにされ、その身体の下に巻き込まれ、悠理は驚いてジタバタ暴れる。

「−−悠理!!」
押し殺すような声が耳の上でする。

「なんだ?!なにすんだ!お前はいきなり−−−−−!!!ってうわぁぁぁぁああああ!!!」

(−−やっぱり……そうなんですね)
(悠理には何か感じられるんですか!!)

何かの感覚が悠理には伝わったのか、と清四郎が少し安堵仕掛けたとき、思いっきり頬をひっぱたかれた。

(−−へ??)
「−−−このスケベ!いきなり何しやがる!!」

言われてみると、清四郎の両手は悠理のトレーナーの背中へ素早く潜り込んでいた。
しかも、自分では制御できない動きで悠理の肌を滑り出している。

「な!!手が!!」
(なんなんだ!!)

悠理に至近距離からひっぱたかれたにもかかわらず、清四郎の両手は悠理の服の中をはい回る。

「やめ!!やめろ!!清四郎!!!」
「すみません、悠理!でも、これは…僕の意思では…」
「−−ふざけんな!!この−−痴漢!!変態!!」

いきなりの痴漢行為。
やっていることと、言葉とその表情がかみあわない清四郎の様子に訳が分からず、悠理は必死に逆らおうとするが、ものすごい力で−−まるで押さえ込まれているかのように−−どんどん動けなくなってくる。

(−−なんだ??)
それなのに、清四郎の手の動きは強引なモノではないのである。
優しい動きで、とうとう悠理の両胸を弄びはじめた。
あっという間にチューブトップをウエストまで引きずり降ろされ、直接刺激が加わってくる。
両手で押さえつけているのなら分かるが、清四郎の両手は胸の上だ。
今となっては足の先まで身体が動かないのは清四郎のせいではない!

「っっ−−−いやだぁあああ!!!」
「−−−−!!!」
(どうなってるんだ!!)

目尻に涙を浮かべ、パニックを起こしながらも、悠理は叫んでいた。
これは清四郎であって清四郎ではない!!
言うに言われぬあの恐怖感が悠理の身体にも訪れてきた。



****************



「み…魅録!起きろ!!」
「魅録がいるんですか?!どこに!」

悠理の声がか細くなってくる。
それは清四郎の手が行っている行為のためではない。
確実に悠理の動きを奪っている第三者の力だった。

清四郎は悠理を責めながら魅録の姿を探して必死で首を巡らす。

指先には悠理の胸の感触が確かにある。
が、自分の手を操っているのは自分ではないのである。
このままでは何をしでかすのか自分でもわからない。

「……なんだぁ?」
部屋の一番奥まったソファーから魅録の眠たげな声が聞こえた。

「…起きろ…み…ろ」
「悠理!!しっかりしてください!!−−魅録!助けてください!!僕を…僕の手を止めてくれ!悠理が−−このままじゃ悠理を…(犯してしまう)−−魅録!!起きろ!!!」

叫ぶような清四郎の声に魅録は飛び起きた。

ソファーにしがみつくようにして、慌てて体制を立て直すと、あろうことか、ソファーの上で清四郎が悠理に乗り上げて、悠理の胸を愛撫している。

「おま…なにしてやがる!!」
魅録は反射的に清四郎の襟首を掴みあげると、思いっきり引き上げた。
そのまま、ソファーの下へ投げ落とす。

したたかに腰を打ち付けはしたが、とりあえず、両手の自由がきようになったことに清四郎は安堵する。

「悠理−−!大丈夫か?!」
清四郎を睨み付けながら魅録が悠理を引き起こす。
「あ、あぁ…」

その瞬間、パーン!パーン!!と破裂音が響き渡り、室内の照明が次々に割れていった。

「−−−なんだぁ?!」
「魅録、説明は後でします!!とにかくここを出ましょう!−−今はここは危険です!!悠理!大丈夫ですか?!」
清四郎の身体はひどく重量感がともなっている。
「−−う…あぁ」
悠理の足下もひどくふらついている。

「−−なんだよ?その会話のパターンってまさか−−−」
「−−まさかですよ!−−魅録、手を貸してください!今は僕1人では悠理を担げない!」

(またかよーー!!)

その言葉に魅録は悠理を背負いあげ、3人で剣菱家の廊下へ走り出た。


***********


悠理を背負い、ふらつく清四郎をかばいながら廊下へ走り出た魅録は勢いよく部屋のドアを閉けた。

「−−なんなんだよ!これは一体!!清四郎、ここから急いで離れた方がいいのか?お前ら−−動けないのか?」

魅録が矢継ぎ早に問う。
部屋から外へ出た瞬間、身体がふっと楽になるのを二人は感じていた。
急に肩と呼吸が楽になる。一気に全身から汗が噴き出してきた。

「魅録、もう大丈夫…」
悠理が魅録の背を滑り落り、廊下に降りる。

「−−大丈夫ですか?悠理」
心配そうな声の清四郎。
「ん…まだ少し身体が重いけど…平気」
それはいつもの二人のやりとりだった。

−−自分が見た先程の生々しい光景がなかったのなら。
魅録は今更に赤くなった。

「お、お前ら…あの……」

「「−−−言うな!魅録!!頼むから!!」」

二人の声は見事にはもった。
と同時にお互いの顔を見てしまい、瞬時に赤面し、お互いにそっぽを向く。

(さっきのあの感覚は紛れもなくいつもの霊感だ!!)
(清四郎の−−痴漢行為も絶対そのせいだ)
(この場合、あたいは清四郎を怒っていいのか??−−やっぱ、違うんだろうなあ…)
(……清四郎の意思じゃないんなら…仕方ないのか??)

(自分の手が勝手に動いて悠理の胸を触りました−−これは僕の意思ではありません…なんて、どこの誰が証明してくれるんですか−−−!?)
(−−−いや、恐らく、悠理だけは分かってくれると思うんですが…)
(操られてた割りには意識と感触はしっかり自分のモノなのが申し訳ないと言えば申し訳ないんですが…)

清四郎は赤い顔のまま、チラッと悠理を見る。
目があってしまい、さらに真っ赤になる悠理が大声で言う。

「−−わーーってる!清四郎。−−−さっきのはお前じゃないんだよな?−−ならもう何にも言うな!!」
「−−−すみません、悠理。分かっていただいて助かり…ます…」

廊下に座り込んだまままたお互いに俯いてしまう二人のやりとりを魅録は黙って聞いていた。

悠理がきっと顔を上げて魅録を見る。
「−−魅録……誤解のないようにいっとくけど、さっきのは……さっきあたいに…あんなことしてたのは、清四郎じゃないんだ」

「…清四郎じゃない?」
魅録が清四郎を振り返る。

「…身体は確かに僕ですけど…僕を操っていたのは恐らく部屋の電球を割った人物です…」
「…幽霊…って事か…」
がくーっと魅録もへたり込む。

「勘弁してくれよ〜お前達…今度は清四郎かよ−」

「…好きでやってるんじゃないんですけどね。…とりあえず、部屋の中を確認しましょう」
立ち上がって、清四郎は悠理の部屋のドアノブに手をかける。

「お前!何やってんだよ!!まだ部屋の中にいたらどうすんだ!!??」
悠理が慌てて清四郎の手を掴む。

「…でも、ここは悠理の部屋ですよ?このままってわけにはいかないでしょうが」
いいながら清四郎は部屋のドアを開けた。


****************



「………嘘だろ…」
室内の様子をみて、3人で絶句する。

先程、ものすごい勢いで割れたはずの電球は何事もなかったかのように頭上で当たり前にともっており、ひとつも割れるどころかヒビすら入った形跡はなかった。
ねっとりと絡みつくようだった、室内の空気も通常のものに戻っている。

「……夢ですか??(まさか集団催眠??)」
清四郎と魅録が顔を見合わせたとき、悠理が真っ赤になって叫んだ。

「−−−夢なんかじゃないぞ!!」

「悠理?」
魅録が悠理を振り返る。

「あたいのブラ、清四郎にちぎられてこんなとこにあるじょ!!」
悠理が床から拾いあげて握りしめているのは確かに先程清四郎が引きずり降ろしたチューブトップに間違いなかった。


****************




「………その話を信じろって言うわけ??」

3人に呼び出された剣菱邸のリビングで、美童、野梨子、そして大声で問いかける可憐は呆気にとられていた。

清四郎が悠理にした行為は女性の手前やんわりとぼかしてあるが、ほぼ事実を告げた。

まず、清四郎が出会った女性の件。
その為に悠理の元へ急いだこと。
そして、起こった怪奇現象。

「−−−悠理と清四郎がこんなことで嘘をつくとは思えませんわ。何か少しくらいは事情は分かりましたの?」
野梨子が心配そうに二人を見つめる。

悠理はクッションを抱えて黙り込み、清四郎は黙って首を振る。

「…とにかく、僕の遭遇した件と係わりがないとは思えませんので、悠理とは一緒にいた方が解決が早いとは思うんですが…」
清四郎はチラッと悠理を見る。悠理は清四郎の言葉にビクッとした後、耳まで真っ赤になっていく。

「なんなの??」
可憐が悠理を見て問う。

「……清四郎があたいに近づいたら、あたいの身体が金縛りにあっちまうんだよ」
「なんで???」
「−−それがわかったら、苦労しないじょー!!」
悠理が真っ赤な顔で可憐に怒鳴る。

「悠理!可憐に八つ当たりすんな。気持ちは分かるけど…お前だって仕方ないってわかってんだろ?」

魅録が悠理をなだめる。

「ううううう。−−−ごめん、可憐」
悠理はしゅんとなって俯く。相変わらず耳は赤いけれど。

「大丈夫よ。悠理。………でもなんであんたそんな真っ赤になってんの???」
可憐はそれが不思議でたまらない。おまけに悠理にそう質問すると、清四郎と魅録まで赤くなっていくのだから。

「そーだよ。なんだよ悠理。はっきり−−−−」
美童が悠理の肩に手を置いた瞬間、するりと美童の手が悠理の胸元へ差し入れられた。

「「うわぁ!!」」

なぜか美童と悠理の絶叫が重なる。

「清四郎!!魅録!!何とかしてくれ!!」
必死で美童の手に逆らいながら、悠理が怒鳴る。

「なんなんだよ!一体よぉ!」
魅録が急いで立ち上がる。

清四郎は悠理に近づいていいのかどうか迷っている、と、魅録が清四郎を引き剥がした要領で美童を悠理から引き剥がすことに成功した。

「な…な…な…な…」
顔面蒼白になって、床に座り込んでいるのは美童の方で、悠理はただ大きなため息をついた。

「…お前もかよーー(泣)もう勘弁してくれよぉ〜」

悠理の台詞に野梨子、可憐の二人は蒼白になった後、真っ赤になった。
立ちつくしたまま赤石化している男を眺めながら。


****************



「…そうしたら、もう一度確認するわよ…」
可憐が赤い顔のまま、話を進めている。

「清四郎と美童は悠理に触れたとたんに…両手の自由が利かなくなって…悠理を襲ったって事…よね??」

「…僕の意思じゃないよ!」
美童が慌てて声をあげる。

「魅録は?魅録は平気なんですの??」
野梨子が頬を染めたまま、魅録を見上げる。

「ああ。俺は悠理を担いで悠理の部屋から逃げ出したけど、何ともなかったぜ?」

6人の間に沈黙が降りる。

「−−状況が分からない以上、悠理と清四郎は一緒にいた方がいい。−−だけど、接触すると悠理の身が危ないってわけ?」
可憐がひっくり返る。

「おまけに美童も…とは−−−逆に言うと、なぜ魅録だけが?−−魅録、もう一度、悠理に触れてもらえませんか?」
清四郎が首を傾げながら言う。

「せ!せいしろ!お前適当な事言うなよ!−−さわられんのはあたいなんだぞ!今度は魅録があーなったらお前、とめられんのカヨ!!」
悠理が真っ赤な顔で怒鳴る。

「でも悠理、確認しないことには男性陣と一緒にいるわけにはいきませんのよ?…悠理は霊がまた訪れたときに、清四郎や魅録抜きで対処できますの?」
野梨子に言われ、悠理はぐっと詰まる。

「その通りね…魅録、さわんなさいよ。…大丈夫よ悠理。イザとなったらあたしがこれで撃退してあげるから!」
気合いを入れた目をした可憐が用具入れから室内ほうきを持ち出してきてスタンバイする。

「…お手柔らかに頼むぞ〜」
魅録がげんなりした表情でうなだれる。

6人がごくり、と生唾を飲んだ。

「なら、仕方ねえ、いくぞ!悠理」
「−−−−おぅ。(もうこーなったら、なんでも)きやがれ!!」
悠理はぎゅっと目を閉じた。

魅録は悠理の肩に両手を置いたが、何事も起こらない。
念のため、悠理の頭のてっぺんにも手を置いてみるが、やはり反応はない。

「セーフだぜ悠理」
「……はぁ〜〜良かった…」

悠理と魅録は手を取り合ってへたり込んだ。

その後、念には念を入れて、ということで、野梨子と可憐も悠理に触ってみ、何事も起こらないことを確認した。

結局、触ってダメなのは清四郎と美童のみで、悠理の父や兄もまた無反応だった。
外へ出てその他の男性の反応を試してみる気には絶対になれない悠理は
「解決するまであたいは家からは出ない!」
と宣言した。



****************



ひとしきり確認がすんだ頃にはもう夜も更けていて、時刻は12時を回っていた。

「明日が土曜日でよかったですわね」
「ほんとだよ」

とりあえず、週末は全員で剣菱邸へ泊まり込むことで決定したものの、男女別の部屋に宿泊することに関しては意見が割れた。
悠理の身の安全を確保するためには男性とは部屋をわけるべきだし、幽霊騒動を解決するためには全員が揃っていた方が都合がいい。

全員で悩んだあげく、悠理の部屋にあと3台男性用のベッドを運び入れさせ、女性陣は悠理のキングサイズのベッドで一緒に寝ることに決定した。

「何がどうなるかわからないんですから、とりあえず寝れるときに寝ておくのが得策ですな」
事の起こりは自分の身に起こった怪奇現象だということをすっかり棚に上げた風の清四郎が全員に言い渡し、とりあえず眠ることになった。


そして、深夜3時。
当然のように眠れない者がいる。

(ばかやろ…。眠れるかっつーんだ!この状況で!)

悠理はそっとベッドから抜け出すと、部屋の窓際の椅子に移動し、腰掛けた。
室内の様子をうかがうと、全員心地よい眠りについているように見える。

(くっそー!清四郎までぐーぐーノー天気に寝てやがって!!…幽霊はともかく、あんな事があって、そんなぐっすり眠れるかっつーんだよ!!)

悠理はふっ、とため息をついて、窓に視線を戻した。
その瞬間、全員が飛び起きる絶叫があがった。

窓ガラスには見知らぬ女の顔が写り、悠理をものすごい形相で睨み付けていた。


***********


「うわぁあああぁぁあ!!!」

深夜3時、響き渡る悠理の絶叫に残りの5名も飛び起きた。

「なんだ?」
「−−出たのか?!」
「悠理!どこですの?!」
暗がりの中、目を凝らすようにして、全員が悠理を探す。

窓の側で絶叫を続けている悠理を落ち着かせようと、声のする方へ一番に走り寄ってきた清四郎がその肩に思わず手を置く。
触れてしまってから、清四郎は後悔して天を仰ぐ。
(−−−しまった!!!)

「ん!?−−ぎゃあぁぁぁあああ!!!」
清四郎の両手は肩から一気に悠理の胸元へ這い進み、後ろから思いっきりその胸を掴んでいた。

「−−お前なあ…///」
魅録が呆れるようにして清四郎を悠理から引き剥がす。

「−−すみません…」
「−−お前ら…って一緒にすんな!!あたいは被害者だぞ!被害者!!くっそー!力一杯人の胸掴みやがって」
「…勘弁してください…。これじゃあギャグですよ」
「お前が言うな!お前が!!触られてんのはあたいだぞ!!」
悠理と清四郎は真っ赤になって言い合いをしている。

その傍らで−−
「きゃあぁああ!!」
窓際までたどり着いた可憐の叫び声があがった。

「可憐!!」
野梨子と魅録が慌てて走り寄り、可憐が床にへたりこみ、指さすものを見つけた。

「いやぁあああ!!」
それを認めた野梨子も魅録にしがみつき、悲鳴をあげる。

「−−−!!!」
(これは…)
魅録が女の顔を見て、蒼白になる。

その瞬間、窓ガラスに写っていた女の目がギロリと動いて、野梨子を見つめた。

『……れ…ろ』
『……れ…ろ』

「…なんか言ってるぞ」
「しっ黙って」
清四郎が悠理を制す。

『…な…れ…ろ』
『…な…れ…ろ』

一同が目の前で窓ガラス一面に大きく広がりながら、野梨子を睨み続ける女の口元に集中する。

『−−−魅録様からはなれろ!!!』

まるで腹の底に直接響くような重量感のある声が響き渡った。

その瞬間、

パーン!!と大きなガラスが砕け散り、野梨子めがけて降り注いできた。


****************


「−−様子はどうなの?清四郎」
深夜の菊正宗病院の廊下で魅録と野梨子の治療を待っていた可憐・悠理・美童は診察室から出てきた清四郎をみて立ち上がった。

「…魅録が盾になってくれたようで、野梨子よりも、魅録のケガの方が深いです…。特に右肩から背中にかけてがひどい。…ですが…」
清四郎の表情がかなり厳しい。

「なんなの?」
「−−野梨子は眼球に破片が刺さっていて、精密検査次第ですが、最悪、手術になると…」

「野梨子が…」
美童が清四郎の肩に手を添えて支えてやる。

「ちきしょー!あの女!どこのどいつだよ!!絶対に絶対に二人の敵はとってやるからな!!!」
悠理が床を踏みならしながら大声で泣き始める。

「悠理…」
清四郎はそんな悠理をなぐさめてやりたくて、手を伸ばしかけ、止まる。
今の自分が悠理に触れることはできないのだ。
悠理も清四郎を泣きながら見上げるが、近づくことができない。

それをみていた美童が清四郎を、可憐が清四郎を慰めるような視線を送った後、清四郎の代わりに悠理の両肩を抱いた。

すべての治療が終わり、野梨子は両親へ付き添われ、ICUへ。
魅録は外傷のみというと事で、一般病棟へ移動していった。

二人のケガの理由は”突然にガラスが割れた”−−としか報告できなかった。
仲間達を心配させまいと、ケガをした本人達もそれぞれの両親にそう告げていた。


****************


「清四郎、魅録君がお前達を呼んでるぞ」
治療が終わった菊正宗修平氏が表情を固くして話しかけてきた。

「今夜の所は一人部屋へ入ってもらっているから話しはできるが、あの傷ではこれからかなり熱が出るはずだ。−−話しは手短にな」
「−−分かりました」

4人は魅録の部屋へ移動した。

「清四郎!」

魅録はベッドに横になってはいるが、待ちかねていた様子で、身を乗り出してくる。
慌てて清四郎が走り寄る。

「動いてはダメです!」
魅録の動きを制し、再度ベッドへ寝かせるが、
「−−話しづらいんだ。少しだけ起こしてくれよ」
そうせがまれ、ベッドに少しだけ角度をつけてやる。

「悠理、可憐、清四郎も見たよな?あの女の顔−−」
「−−魅録、心当たりがあるんですか?!」
「……ある…というか、なんというか…」
魅録が口ごもる。
「なんなのよぉ!魅録、あんた死んだ女の知り合いがいるわけ??」
可憐が悠理にすがりつく。

「−−−違う。あの女は先月、俺に声をかけてきた女だと思うんだ。確か名前は…」


****************


「なんだよ。…まさか魅録の知り合い…だったりする?」
美童が泣き声をあげる。

−−実は美童は女の顔を見ていない。悠理の叫び声を聞いた瞬間、恐怖でベッドの上に座り込んでしまったので。

それに対して魅録は首を振った。

「先月の始め頃だったと思うんだけど、学校の帰りに…そうだ!バイクを整備にだしてて、電車で来た日だよ。可憐、覚えてないか?一緒に帰った日があったろ?」
「え?…あぁ、あたしと一緒に…。確か、月初の水曜日だったわ!!」
可憐の答えに魅録が大きくうなずいた。

「…可憐と電車で別れた後、俺ん家の近くの駅で、突然声をかけられたんだ」
「なんてですか?」
静かなトーンの清四郎が問う。

「…別に、ただ、雰囲気としておとなしい…というより、暗そうな感じの奴だ、とは思ったけど…。どっかの制服着てたぞ。黒っぽいブレザーにグリーンのスカートの…くそっどこの制服か分かるか?−とにかくそいつが、『松竹梅様、私、早乙女です』って。第一印象と違って、まるで、知り合いに声をかけるようななれなれしい感じでさ。”どこかで会ったか?”って聞いたら『私は由理です…』って言ったきり、だまっちまってさ」

「そんで?どうしたんだよ」
悠理が目を真っ赤に腫らしたまま魅録のベッドに近づく。

「どうしたも何も、しばらく待っても何にも言わないから、”悪いけど、俺急ぐから”って帰ったよ。−−悠理、お前鼻水拭け。ほら」
涙と鼻でドロドロの顔で魅録の側によってきた悠理に苦笑して、魅録は枕元にあった箱ティッシュを差し出す。
「…さんきゅ」
悠理は思いっきり鼻をかむ。魅録はつと悠理の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
「泣くな。悠理。お前らしくないぞ!」
そう言われ、悠理は魅録に向かってなんとか笑みを作った。

二人の様子をみて、清四郎は小さなため息をついた。なぜだか胸が痛い…。
「早乙女 由理…ですか?。声をかけてきたというのは?」

「そうだ!。確かその名前だった」


****************


電気を消した真っ暗な部屋の中、パソコンの画面から漏れる陰湿な色の電気だけがその前に座る女の顔を照らしている。
(満願日まで、2日…あと2日で魅録様が私のものになる…)
(憎い女の1人は大けがをさせてやれたし、あとは剣菱悠理だけ…)

決して不美人というわけではないが、どこか陰湿な空気を漂わせている。
手入れを怠っているらしい髪は痛んでぱさつき、ばさりと肩に広がっている。

(つい1時間前、水晶球の中に魅録様のお姿を見た…こんなことは初めてだったわ)
(大嫌いな剣菱悠理とそして、黒髪の白鹿野梨子)
(教祖様のご祈祷が効いているんだわ…)

ブイン…とメーラーを起動し、早乙女はメールを打ち始める

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

満願日まであと2日…
憎い女は教祖様の御力により、他の男の手に触れている様子
私は満足しております

それから、もう一人の女に天罰を与えていただき、ありがとうございます

早乙女 由理

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

深夜4時、定時連絡を行う時刻だ。
返信はすぐにきた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

そなたの祈祷の満願日はあと2日
天罰の件はそなたの念が通じている証拠

念を送れ 憎い女をどんな目にあわせてやりたいか
念を送れ 恋しい男を手に入れるために
念を送れ 己の欲を満たすために

呪念はあと2日、我が力、満ち足り
そろそろそなたの手元の水晶球からも恋しい男の姿が見えよう

覗き込め 念を送れ
己の欲を満たすための

呪念を

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

(…水晶球で魅録様のお姿を見られるということは…教祖様のご祈祷が進んでいるということ)
「魅録様…あのいやな剣菱悠理をもうすぐ追い払って差し上げます…今度こそ貴方は私のモノになるのですわ」

くっと忍び笑い、手の中の水晶球を撫で上げる。

「魅録様にはふさわしくないあの女…剣菱悠理を汚す−−!!」


****************


夜が明けて一番に清四郎は懇意の霊媒師に連絡を取った。
相手方も清四郎から電話がかかってくることは予感していたらしく、こちらへ向かう準備はできているという。
清四郎は電話越しに心から礼をいい、安堵した。

それから彼は、信じてもらえるかどうかは抜きにして、父の修平と剣菱万作夫婦には事の次第を報告した。

最初の心霊現象は清四郎だけが体験し、道ばたで起きているが、その次は剣菱邸の悠理の自室。
野梨子と魅録がケガを負ったのも救急車で搬送されたのも剣菱邸なのだ。
話さないわけには行かない相手だった。

もっとも、自分が悠理に触れられない状況であることだけは悠理と仲間達の了解の元、伏せることにしたが…。

「…といっても、こんな話、清四郎君が言うんでなければ信じられねーだよ」

入院中の二人のことをくれぐれも頼むと修平に依頼し、4人は霊媒師と会うため、剣菱邸へ戻ってきた。
剣菱万作氏のすすめで朝食をごちそうになりながら、話を続ける。

−−もっとも食欲はさすがの悠理もわかない。

何にも手をつけようとしない悠理、美童、可憐は
「これから何が起きるか分からないんだ。食べられるときに食べておけ!僕たちが倒れてしまったら魅録と野梨子は誰が助けるんだ?」
と清四郎に優しい声で諭され、3人とも泣きながら必死で食べ始めた。

「−−この子達が嘘をついているようには見えませんわね」
百合子夫人が美童、可憐、悠理の順に涙を拭いて回りながら、万作氏を振り返る。

「…おじさん、おばさんに信じていただけると助かります…。とにかく何が原因で、いつ何が起きるか分からない今、僕たちにできることは魅録のいう制服を突き止めることと、霊媒師にお払いをしてもらうこと…だけなんです。それには怪奇現象が起きた現場で、というのはルールのようなものですので…悠理の部屋をお借りすることになります」

「許すだ。やりたいように使ったらええ。家中の何でも必要なら持って行くといいだ」

「−−−感謝します」
清四郎は深々と頭を下げると、自分も食欲のない胃に必死で食物を運び始めた。



 

 

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