「…弥七郎はお前を騙してないだろ?−−男を信じられなかったのはお前の方だ!」
暗い目をしてつぶやく野梨子に悠理がベッドの上に上半身を起こして叫んだ。
『−−何を言う。この峰を残して逝ってしまった…。そして、清四郎に転生を…弥七郎様一人を探して探して…長い長い間、峰の苦しみがお前などにわかるものか!−−分かるものか−−』
うっうっうう…と”峰”は野梨子の身体を借りて泣く。
清四郎、魅録、美童、可憐の4人は突如始まったこの現象に石化している。 言い争いをしている二人は丸週間意識をなくし昏睡状態だったのだ。 その声には力がない。
おまけに突如始まった二人の会話は4人にはまったくもって読み取ることができない。 昏睡していたこの2週間の間に”峰”、”野梨子”、”悠理”の間で一体何があったというのか。
部屋中の家具がカタカタと音を立て、震えている。 とてもまともじゃない環境の中、言い争いをしている女二人に目を見張るしかなかった。
「−−お前なぁ!いい加減にしろよ!野梨子と一緒に見て回っただろ?!お前が前世でどんだけ辛い目にあったかはわかったよ!あたいだってお前の立場なら恨みもするよ!!−−だけどお前は行かなきゃいけないんだよ!−−お前が男を信じてないんだ!今、悪いのはお前なんだよ!!峰!」
(−−なんかよくわかんないけど…悠理が恋愛を解いてる???) (−−何を見て回ったんですか?悠理?!) (怖いー二人とも、怖いよぉー!!!) (…野梨子ぉ、元に戻れるんだろうな…(悲))
「−−だいたいあたいを連れて行く力なんかもうお前には残ってないだろ!あたいの言うこと聞いて、あの世界へ行け!!今行かないとお前は永久に弥七郎を失うんだぞ!!−−あたいが言うんだから間違いないんだ!!!」
悠理の必死の叫びに、清四郎の合点がいった。 (弥七郎の転生先に)
「そう…です。峰。今行かないとあなたは間に合わなくなります…」 蒼白な顔色をした清四郎が野梨子を通し、峰に語りかけた。
「清四郎…お前…」 悠理が清四郎を見上げる。 それには軽く視線を落として、野梨子へ戻る。
「僕は、弥七郎様さんに会いました。彼はあなたを長い間待って、…待っていた残りの半分ももうすぐ転生すると言っていました。だからあなたはあなたを待っている弥七郎さんのところへおいつかないと、彼を永久に失うことになりますよ」
『…なにを…』
「嘘じゃねえぞ!お前の男はなぁ!お前を待って待って、魂半分引きちぎられた状態で、清四郎に転生してんだよ!これ以上待ってたら弥七郎が消滅しちまうからお前のために転生先を決めたんだよ!−−気付よ!」
『…なにを…』 (泣かないで−−泣かないで峰さん…) (…もういいのよ。そんなに泣かないでいいの)
野梨子の様子がふいに変わる。
「−−悠理……峰さん…」
「野梨子か?!お前大丈夫か?!」 悠理が叫ぶ。
「大…丈夫ですわ…。峰さん…そんなに泣かないで…」 『……………』 「…今、あきらめてはダメ。あきらめてはダメよ。弥七郎さんのところへいく勇気がないなら−−私の中にいて構いませんわ」
野梨子は自分の内部に語りかける。 その響きは優しく、小さな子供を慰めるような口調だった。
「−−野梨子!何いってんだよ!お前!!」 「いいんですのよ。悠理」 野梨子は今までに見たことがないほど美しい笑顔を見せた。
「−−峰さんの悲しみ、苦しみ…私、今、思い出しましたの。ここしばらく私達3人で色々見て回りましたわね。−−もし峰さんが体験した現実が私のものだったとしたら…私だって舌を噛みきっている程だと思いますの…。でも、悠理、弥七郎さんの転生先が決まったんですもの。峰さんはあと……何年か待てばすむ話しですわ。悲しくて、辛くて、怖くて…しかたなくて泣いているんですもの。私の所にいらっしゃればいいわ」
『−−−−−!』
「無理に行く必要はありませんわ。峰さんは……私の子供としてもう一度転生すればいいんです。弥七郎さんはもうすぐ産まれてくるんですもの」
野梨子の台詞に硬直した可憐が聞き返す。 「野梨子、あんたの子供って…?あんたまさか…??」
何事もないような様子で可憐を振り返り、にっこり笑って野梨子は返事をした。 「嫌ですわ可憐。もうあと何年か先の話しですわよ。だからきっと、弥七郎さんと峰さんが出会った年回りと同じになる頃に私達にも子供が産まれるはずです。…もし峰さんが納得してくださるのなら…ですけれど」
野梨子は悠理と清四郎へほほえみかける。 その瞬間、悠理は首まで真っ赤になり、清四郎の頭の中ではすべてがつながった。
「…そうですね。…弥七郎さんはあなたを待っていると言っていました。峰さん…ここにいる”僕”は、彼の魂の半分でしかないんです。恐らく転生先でひとつになるつもりなのでしょう…あなたはもう一度彼に会えます。−−そうしますか?」 真剣な口調の清四郎に野梨子が答えた。
「……ありがとうと……聞こえましたわ。私には」
野梨子の頬に一筋の涙が流れて消えた。
****************
部屋の中から冷気が消え、家具を揺らす振動が消えた。
野梨子と悠理は力つきてそれぞれ車椅子とベッドにへたり込み、徐々に戻ってきた身体の痛みに苦痛の声をあげはじめ、慌てて医師の診察を受けることになった。
患者に無理をさせな!!と、かけつけた修平に怒鳴り散らされた清四郎+3名は待合いロビーへ追い出された。
ロビーにつくなり、美童が大声を上げ、清四郎につかみかかる。 彼が一番怖かったらしい。
「だから!結局何だったんだよぉ!!!」 「なにがどうなったのよぉ!!」 「−−きちんと説明しろよな!清四郎!!」
ピンク頭が唯一一人冷静な口調で問う。 「−−初めから説明しますよ。ただし、ここでできるような話しではないので…場所を変えましょう」
清四郎は自宅へと3人を連れて戻った。
****************
それは長い長い話だった。
昔、徳川家康の時代、弥七郎という男と峰という女が出会った。 男女は愛し合い、将来を誓い合ったが、悪代官と庄屋に結託され、無実の罪で投獄、獄中死を迎えることになる。 そして、愛しい女はその美しさ故にさんざん嬲りものにされ、自害することになった。
男の魂は自分と女の無念をはらすため、妄執となり、代官と庄屋の血筋の絶えるまで復讐をとげ、転生した。 ただし、同じ苦しみを抱え、どこかでさまよっている女と巡り会うために半分だけ転生の世界へ残した形で。
女は苦しみと恨み辛み、そしてお腹に宿していた子供を道連れにしてしまった後悔の念から転生の世界へゆくことも、成仏することもできず、ひたすら男の魂を求めてさまよい続けてきた。
そして、現代、男の魂の半分を清四郎に見つけたのだった。 清四郎が生まれ、弥七郎と同じ年になるまで峰は清四郎の成長を影になり、日向になり見守ってきていた。
そして、祈祷の最中、清四郎が見てきた転生前の世界…おそらく野梨子と悠理も見てきたのだろう世界の話。 そこに見えた色とりどりの閃光の中に”ピンク”があって、笑ったと清四郎は付け加え、魅録はひきつりつつ赤くなった。
「こういう、実話があったわけです。…遠い昔に…」 清四郎は3人に話しを終えた。
「ぐすっ…そんな目にあったんじゃあ…恨みもするわよね…」 可憐は目を真っ赤にして泣いている。
「可哀想な人だったんだな…」 美童も鼻をすすり上げている。
「…それと、もう一つの件が重なったって事か??」 魅録が清四郎へ視線を送る。
「−−そうです。間の悪いことにね。−−魅録に思いを寄せた早乙女
由理が負の感情からたどり着いた呪詛サイト、それが思いもよらずかなりの力を持った本物の呪術者だったようですね。祈祷師の話によりますと−−ですが。」
「…怖いよなぁ…魅録は早乙女の存在を1度会った以外は知らなかったんだろ?それって僕にだってあり得ない話しじゃないよなあ…」 美童が身震いする。
「じゃあ、−−悠理の胸を触り巻くってたのはどっちの仕業だったの?」 可憐がそれでも興味を引かれて質問する。
(とうとうきたか−−) 清四郎はわずかに赤くなる。 「……それは早乙女の件です。彼女の呪詛内容は可憐の方が良く知ってるでしょ?」
「”魅録様の側にいる、剣菱悠理を触れる男の手によって汚す”ってやつ?」 「そうです。…だから、呪詛がかかっている悠理にうっかり触ってしまった僕と美童はあんな事になったわけです」
清四郎は珍しく首まで赤くなる。
「そして…」
そう言ったきり、沈黙する清四郎に3人が続きを促した。
「「「そして??」」」
3人の視線を受け、清四郎は腹を決めた。
「まだ、確認はしていませんが、−−恐らく…弥七郎の転生先は…悠理のお腹の中にいるんだと…思います」
「「「どえぇぇぇええええええええ????!!!!!」」」
普段は静かな菊正宗家から男女入り交じった大絶叫が聞こえてきた話しはその後の騒動のあともご近所でしばらく語りぐさになった。
****************
「−−悠理、気がつきましたか?」
「清四郎?…ん。今何時だ?もう暗いんだな…」
時刻は夜8時を回っていた。面会時間は先程終わりを告げ、病棟は静かになってきている。 その中でも悠理の病室は個室になっている。眼科病棟の野梨子とは棟が違う。
「ついさっきまで、百合子夫人と豊作さんが来ていたんですよ。また明日一番で来ますって」 「…そっか、母ちゃん達心配してるんだろうな」 悠理がそうっと身体を起こしてベッドに腰掛ける。
「それはそうですよ。−−万作さんは自分の方が体調崩してふせっているそうです」 「−−なにやってんだよなぁ。父ちゃんは」 悠理はちょっぴりあきれ顔で笑う。
ヘッドライトだけつけた病室で一瞬しん…と沈黙が落ちる。
悠理は清四郎を見つめ、清四郎はゆっくりと悠理の隣に腰を下ろした。
「…なぁ、清四郎」 「…なんですか?」
言いたいことは分かっている。言わなくてもおそらく。 お互いがお互いの目を見つめる。
「僕はお前を愛してます。だから、何も心配しなくていい」 「清四郎…」 悠理の目から涙があふれ出す。
「悠理、あんな状態だったとはいえ、無理矢理…だったのは…」 赤い顔でもごもご詫びを入れはじめる清四郎の口を同じく真っ赤になった悠理が手のひらで塞いだ。
「−−わかってるから!あやまんなよ!!−−あやまったら嘘になっちまうだろ?!」 「−−わかりました」
悠理の手を外して、清四郎は微笑んだ。
−−それから二人は−−触れるか触れないか分からないほど優しいキスをした。 お互いの気持ちを確認し、そっと抱きしめあった。
「悠理」 清四郎の声に悠理はゆっくり目を開ける。
「−−検査は明日してもらいましょう。念のため」 「検査って??」 悠理はきょとんと清四郎をみる。
「お前のお腹にいるはずの赤ちゃんの件ですよ…」 「−−−へ??」
悠理は訳が分からないといった顔で清四郎を見つめた。 これには焦ったのは清四郎の方である。
「お前、自分で野梨子に言ってただろ?弥七郎の転生先の話しを…」 「だから、あれは未来のお前の子供ってことだろ?」
(−−分かってない…分かってないんだこいつだけは…) 清四郎は脱力した。
脱力しまくったが、説明しないわけにもいかなかった。
「…悠理、まさかお前、子供はコウノトリが運んでくると信じてますか???」
清四郎のその言葉に、悠理は初めて合点がいった。
まさか・まさか・まさか・まさか。 「−−−転生先はあたいの子供ぉ?!」
「…お前は…誰に僕の子供を産ませるつもりなんですか…」
消灯時間も近い夜9時、病院内特別室から聞こえてきた大絶叫に、清四郎はまたまた父修平に怒鳴り散らされることになる。
****************
「…あれだけ説得力のある話しだったのになぁ」 「そーよ。あたしなんか、感動して泣いちゃったって言うのに!」 「恥ずかしいよなあ〜。清四郎」 「…清四郎でもそんな早合点をするんですよね。付き合いは長いですけれど、初めて知りましたわ」 「−−−−−−−」
菊正宗清四郎は悠理が入院する病室のベッドにへたり込んでいた。
めったに見られるものではないこの光景。
4人+悠理まで若干白い目が入った状態で笑っている。
昨夜の清四郎の話にどうしても、納得のいかない悠理が
「病院で検査なんかして、間違ってたらHしました!って宣伝するようなもんだろ!!」
と突っぱねたため、清四郎は可憐に頼んで妊娠検査薬を買ってきてもらった。
結果は見事に陰性。 シロである。
「ならあの…弥七郎さんの話しはなんだったんですか…」 ベッドに顔を埋めたまま、清四郎はもごもごと喋る。
「だから、いいましたでしょ?”もうあと何年か先の話しですわよ−−って。きっと、弥七郎さんと峰さんが出会った年回りと同じになる頃に私達にも子供が産まれるはず”ですって。お二人がいくつ離れていたかご存じですの?」
「…知りません」
野梨子の言葉に清四郎はますますへたりこむ。
「1つ。1つ違いだったんだ!」 だから、清四郎の子供と、野梨子の子供は1年違いで産まれる予定になったんだ。 悠理がえっへんと胸を張る。
「悠理、あんたそれ、あんたが産むってことなのよ?わかってんの?」 可憐が聞いていられませんと顔を赤くして口を挟む。
「え??えっと…」 とたん真っ赤になった悠理が飛び上がる。が、唯一の反撃先を見つけて、にんまり笑った。
「−−なら、野梨子の相手は誰になるんだ?」
「え?!」 野梨子がドキリと赤くなる。 そして、もう一名。
「だって、あれだけ長い期間かけて、弥七郎をしたってた峰の魂が、相手もいない、行き先も決まってないってのに、口約束で納得するか??−−しないよなあ??」
「そう言われるとそうだよね。野梨子!もしかしてそんな相手、いるの?!」 美童が真っ赤になった野梨子に突っ込む。
「……それは……」
「実はあたいは”転生の世界で聞いてきて”は知ってるんだ♪」
「「「誰?!」」」
真実を知りたい仲間達3名は悠理に文字通り飛びかかっていった。
― 終 ―
おまけ
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