それは、まるで夢のような出来事だった。 いや、夢だったのかもしれない。 あまりに現実感がないのだ。
これは、夢だ。 夢なのだ。 お互いの手を取りながら、六人は目の前に横たわる朽ち果てた遺体を眺め、そう心の中で繰り返していた。
空蝉 (うつせみ)
1.
「ああ、やっぱりスウェーデンに行くべきだったよ。こんな暑いなんてさあ」 美童がうんざりしたように顔をしかめ、汗をぬぐった。
「夏は暑いものですわよ」 日傘を手にした野梨子が、涼しい顔で言うと、美童は肩をすくめて苦笑した。
「そりゃあ、夏は暑いわよ。でも、やっぱり異常よ、この夏は」 可憐が頬を上気させ、日傘の中から太陽を仰ぎ見た。
「連日体温より気温が高いんだものな。体力のないものはたまらないよな」 「うちの病院にも熱中症の患者が多く来ているようですよ」
「だろうな」 「この暑さが平気なのは鈍い野梨子と、悠理くらいよ」
眉をしかめる視線の先に、アイスを囓りながら足取りも軽い悠理の背中が見える。 「ま…悠理と一緒にしないで下さいまし。わたくしの場合は…」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、ですね」 「そうですわ。暑いと口にするから、暑いのですわよ」
「はいはい、ご立派ですわ。あたしはそこまで達観できないですからね」 「おいおい、やめろよ。ますます暑くなるぜ」
「あー。暑い。ほんとに、暑い〜。もう、なんで車で来なかったのかしら」
可憐がムキになって、暑いを連発するので、みな、うんざりしたように肩をすくめた。 「おい」
口の回りをべたべたにした悠理が、いつの間にか立ち止まり、 「なんか、妙な雲行きになってきたじょ」 と、天を指さした。
かっ、と晴れわたった青空はいつの間にかどんよりと灰色のベールに覆われている。 「夕立ですかしら」
野梨子が傘から顔を出し、空を見上げると、その頬に雨粒が落ちてきた。 「降ってきましたね」
雨脚はあっというまに激しくなり、雷も伴っている。 駅から剣菱家の別荘へ向かう田舎道は、人家もまばらで、雨を凌ぐ術がない。
六人はスコールのような雨の中、一斉に駆けだした。
「うわ〜、びちゃびちゃよ」 艶めかしいボディラインが露わになった可憐のワンピース姿から目を背けるように、 「風邪引くぞ、これで拭けよ」
と、魅録が鞄から出したスポーツタオルを放り投げた。 「困りましたわ。着替えは別荘に送ってしまいましたし…」
「こんなところじゃ、何もなさそうだしね」 「暖を取るために火くらいおこしますか」 清四郎が、祠の中を見回して、くべられるものを探した。
(変わった祠だな…) 清四郎は思った。 朽ちた鳥居をくぐり飛び込んだのは、荒れた社殿だと思った。
が、そこは、6人も入ればいっぱいの小振りの建物で、その中心には小さな祠が奉ってあった。 たぶん、祈りの場所なのだろう。
入口の扉以外は、窓もない建物で、清四郎はどことなく息苦しさを覚えた。
「悠理、あんた何してるのよ。早く入って扉を閉めなさいよ。雨がはいってくるじゃない」
可憐に窘められた悠理は、祠の扉の外から、気味悪そうに中へと視線を彷徨わせた。 「お前、こういうとこ苦手なのは分かるけどさ、ほんの雨宿りだ」
「そうよ、ほら」 両腕を魅録と可憐に引っ張られたが、悠理は足を踏ん張るように抵抗し、涙目でふるふると首を横に振った。 「悠理?」
その様子に野梨子が怪訝そうな表情を浮かべた時、突然突風が吹き、 「ぎゃあああ」 という悠理の叫び声とともに、ばたんと祠の扉が閉まった。
悠理とともに中に倒れ込んだ可憐と魅録は、 「いた〜い」 「なんだよ、急に」 と、悠理を睨みつけた。
悠理はぱくぱくと、酸素の足りない金魚のように苦しげに息をしている。 「悠理…まさか…」 「せ、清四郎〜〜〜〜こ、怖いよ〜〜〜〜」
近づいてきた清四郎の足に縋り付いた悠理が、声を絞りだした。 「…この祠に…何かいるんですか」
清四郎の問いに、悠理はぶんぶんと首を縦に振る。 「うそだろ…」 「何で先に言わないのよ〜」
「な、なんだよ〜。あたいは入るの嫌だったのに、可憐と魅録が手を引っ張るから〜〜」 「いまさらそんな事言ってもおそいよ〜」
「そうですわ…悠理、何か見えますの」 野梨子の言葉に悠理はがくがくと震えながらも、 「わかんないよ、わかんないけど、すっごく…」
怖いんだと、悠理が言った時、祠の中の空気が一瞬歪んだ。 「ひ〜〜〜〜」 「何か今…空気が変わりましたね…」
「ぐにゃって感じで、違和感があったな」 「なんだよ〜、ぐにゃってさあ」 「もう、だから、あんたと旅行に来るの嫌なのよ〜〜」
ああだ、こうだと騒いでいるうちに、ばたんっと音を立てて祠の扉が開いた。 「うぎゃああああああああああ」 一斉に、みなが叫び声をあげた。
|