千尋作

空蝉 (うつせみ)

2.

 

きぃいいいい …――

 降り注ぐ雨が景色を暗く染めていた。稲妻が祠の扉を照らし出す。観音開きに開いたままのその扉は、開いた時の反動で揺れている。

 きぃ …――  きぃいい …――
 
 電波のノイズのように雨音が響き、その合間を裂くように、稲妻が光る。
 扉が、音を立ててゆっくりと大きく揺れた。

 きぃいいいい …――

 祠の扉の片側の上部に、白いものが引っかかっている。灰色の景色の中、扉が揺れるたびに、それは一緒に揺れる。

 きぃいいいい …――  きぃいいいい …――

 稲妻は光り、雷鳴が轟く。
 稲妻が照らし出した祠の扉には、肘から先の手だけが二本、しがみついていた。

 きぃいいいい …――  きぃいいいい …――

 二本の手は、扉の上部を掴んで扉を揺らし続ける。

 きぃいいいい …――  きぃいいいい …――
 きぃいいいい …――  きぃいいいい …――

 きぃ …――  きぃいいいい …――

 「もおヤだあああ!!」
 涙声で、悠理が絶叫した。それと同時に、扉の揺れは止まった。

 「…… 止まり、ましたわね」
 「で、でも、まだアレ、扉にぶら下がったまんまじゃない……?」
 声を震わせながら、野梨子と可憐は顔を見合わせる。
 
 「あたいには見えない! 見えないったら見えないんだからなっ!!」
 「悠理。自分を誤魔化すのは、この際辞めた方がいいと思いますよ? 僕にですら見えてるんだから、お前が見えてないなんて事はまず有り得ない」
 目を強く閉じたまま開こうとしない悠理に、目を強く見開いたままの清四郎が、抑揚なく呟いた。
 
 「ちなみに俺も見えてるぞ」
 前を凝視したまま、魅録が誰にともなく問いかける。
 「……なあ。こういうのって、映画とかだと嵐の前の静けさなんだよな? 次にろくでもないことが起きる前兆みたいな」
 「や。やだなあ。冗談にしちゃ笑えないよ、魅録」
 美童が、乾いた笑いを響かせた。

 半分だけ開いた扉には、白い二本の手がぶら下がったままでいる。
 雨はまだ、やみそうにない。
 
 
 ――… ぴとんっ。
 

 祠の中、床板に落ちる雫の音が、彼らにはやけに大きく響いて聞こえた。

 「この祠、相当古いようですね。どこかで雨漏りしてますよ」
 「ああ。多分あそこだな。床が濡れてる。俺、ちょっと見てくるわ」
 天井に目をさ迷わせて憮然とする清四郎に返事を返すと、魅録は祠の奥へと向かっていった。
 「……私、この状況で雨漏りの話が出来る二人が理解できませんわ」
 「大丈夫よ野梨子。あたしにもわかんないから」
 皆から離れていく背中を見ながら、硬く身を寄せたままそっと会話を交わす野梨子と可憐がいた。
 
 祠に張られたままの、古い注連縄の前まで行くと、魅録は天井を見上げた。
 
 ぴとん …――
 
 
 ぴとん …――
 
 
 雫は、注連縄をつたって下に落ち、床に黒い水溜りを作り続けている。
 
 
 ――… ぴとんっ …――
 
 
 ――… ぴとんっ …――
 
 
 魅録は手を伸ばし、掌に雫を受け止めた。


 
 ――… ぴとんんっ。

 
 
 掌をつたわる生暖かい液体からは、血の匂いが漂っていた。
 

 

 

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