麗作

空蝉 (うつせみ)

6.

 


清四郎には、女の行動は予測できていたように思えた。
女の祈る姿を見たときから、女が自分を逢引の相手と間違えているのではないかと。
だから、うっとりと彼の唇を吸っている女の顔を冷静に見下ろし、首に巻きついた女の腕を解こうとした。
しかし、女のくっきりと弧を描く眉の下に小さな傷跡を見つけたとき、清四郎の手が止まった。

悠理にも、同じところに傷跡がある。
さっき、悠理の汗に濡れた前髪を掻き上げてやった時、それに気付いた。
清四郎も幼い頃、東村寺での稽古中に同じところに傷を作ったことがあり、悠理は何をしてこの傷を作ったのだろうと微笑ましく思ったのだ。

「ん…」
女の舌が清四郎の口腔内に入り込み、彼の舌に甘く絡んだ。
この女は、やはり悠理なのか? そう思うと、身体の芯に痺れが走った。
確かに、鼻腔をくすぐる女の髪の匂いも、彼が知る悠理のそれと同じだった。
押し付けられる身体の温度も、感触も、さっき彼にしがみついてきた時と同じ。

気がつくと、清四郎は女の腰に腕を回し、口づけに激しく応えていた。
「あ…」
女が、耐え切れぬかのように膝折れていくのを支えながら、清四郎もゆっくりと身体を落としていった。
塵ひとつない木造の床に女を横たえ、清四郎は彼女を見下ろした。
潤んだ瞳、荒い息。それは、座敷で布団に横たわっていた悠理と同じ。


悠理を、女として見たことはない。
女として見ることを、清四郎は無意識の内に自分に禁じていた。
そうと見てしまえば、自分の心に気付いてしまえば、後戻り出来なくなる。今の心地よい関係を壊してでも、自分のものにしたいと思ってしまう。


「悠理…」
清四郎は、震える声で彼女に呼びかけた。
本当に、悠理なのか? 本当に、お前が僕を求めているのか? それなら、僕は―――

潤んだ瞳で彼を見返しなから、女は赤い唇を開いてはっきりと彼に呼びかけた。
「清四郎」

その声を聞いた瞬間、清四郎の理性ははじけ飛んだ。

 

*****

 

 「雨、上がったみたいだね」
美童が、障子に開いた穴から差し込む日の光に気付いて言った。
可憐は魅録に借りたタオルで悠理の額や首筋の汗を拭ってやりながら、ちらりと障子に目をやった。
「ほんと。雨が上がったなら、早くここを出ましょうよ。なんだか…」
―――気味が悪いわ。
可憐は小さな声でそう呟いた。
「清四郎、遅いですわね。どうしたのかしら…」
可憐の言葉に頷きながら、野梨子は心配そうに悠理を見つめた。

悠理は先ほどのようにうなされてはいないが、苦しそうに荒い息を吐いている。依然として、熱は高いようだ。
うつろな目を天井に向けて、時折小さな声でよくわからないことを呟いたりしていたが、今、はっきりと「清四郎」と友の名を呼んだ。

「私ちょっと、見てきますわ」
そんな悠理の様子に、堪りかねたように立ち上がろうとした野梨子を、魅録が肩に手を置いて止めた。
「いい。俺が行ってくる」
魅録は立ち上がると、美童に向かって頷いてみせた。
「気をつけて」
美童が頷き返すと、魅録は廊下に出て行った。

 

*****

 

狂ったように女の唇から喉元へとくちづけを繰り返しながら、清四郎は躊躇なく女の袂を割り、押し下げた。
露になった白い胸。幾度も想像したように、その膨らみはささやかなものだったが、すでに色づき硬く尖った先端が、彼を誘った。
清四郎は夢中でそれにむしゃぶりつき、強く吸い、歯を立て、また吸った。
片手でもう一方の乳房を揉みしだき、指で先端を摘んだ。

「あ、ああっ」
女――― いや、清四郎の中で、彼女はもう悠理以外の誰でもなかった。悠理は力なく首を振り身を捩りながらも、清四郎の胸元に手を伸ばしてシャツのボタンを外していった。
彼女の手がシャツの袖を引き、するり、と清四郎の背中が露にされた。
清四郎が顔をあげると、悠理の手が彼の首に回り引き寄せられ、二人は互いの唇を貪りながら、裸の胸と胸を擦り合わせた。

祠の側の木に、蝉が取り付いてうるさく鳴き始めた。
二人の吐息に祠の中の温度が上がり、清四郎の背に玉のような汗が浮かんだ。
汗は背筋を流れ、身体の揺れに乗って脇に伝い落ちた。

悠理の首筋にも、汗が浮いていた。
清四郎はそこに舌を這わせながら、着物の裾から手を入れ、彼女の足を撫で上げていった。
下着を着けていないらしく、内腿を伝うもので清四郎の手が濡れた。
指を沿わせ、中心をくすぐると、悠理の息が切なげな音色に変わった。

「ああ、悠理、悠理…」
怒張した自分自身を女の腰に押し付けながら、清四郎も切なげに彼女の名を呼んだ。
彼女の中に、自分を埋めたくて堪らなかった。
けれど彼が知る悠理は、男の欲望を身に受けたことなど無いはず。
彼女を汚し、痛みを感じさせることを清四郎は躊躇した。

悠理には、清四郎のためらいがわかったのだろうか?
あえぎながら、彼女は自分から清四郎のズボンに手をかけ、彼の昂りを取り出した。
細い指が回される感触に、清四郎は思わず腰を引こうとしたが、悠理の片足がそれを許さぬと言うかのように、清四郎の腰に絡んだ。
ぐっと、悠理が自分から腰を突き上げ、清四郎自身が彼女の中に飲み込まれていった。

「あ、…っく」
何の抵抗も無く根元まで受け入れられ、甘く締め付けられる快感に、清四郎は呻いた。
射精しそうになるのを、唇を噛んで必死に耐える。
何とか衝動を押さえ込み、清四郎はゆっくりと腰を動かしだした。

「ぅん…ああっ」
悠理があえぎ、気持ち良さそうに目を細めて清四郎を見つめた。
色の薄い、猫のような瞳。その瞳に浮かぶ快楽の色に、清四郎は見とれた。
互いに見つめ合ったまま、唇を重ねた。何度も唇を軽く合わせながら、互いに腰を擦り付け、揺すった。

悠理の唇から漏れる吐息が激しくなっていく。清四郎の息も、荒くなっていく。
腰の動きを早め、清四郎は一瞬息を詰めた。
目の前が、真っ白に発光するほどの快感。身を震わせながら、清四郎は悠理の中に放った。
「悠理、悠理っ」
清四郎の身体から力が抜け、悠理の胸に顔を埋めるように崩れた。
ぼんやりとした意識の中で彼は、蝉の声が止んだな、と思った。

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