LADY MADONNA〜憂鬱なるスパイダー〜
文: フロ/絵:ネコ☆まんま様

前編



休日だというのに、清四郎氏は不機嫌だった。
剣菱本社ビル。連休の最終日とあって、ひと気は少ない。
彼が不機嫌なのは、休日出社のためではなかった。
柔らかな光の差す、ブラウンで統一された彼専用の執務室。自宅の自室よりも落ち着くくらいだ。
彼の妻の奇天烈な趣味が反映されている剣菱邸の自室にも、さすがにこの何年かで慣れてしまったが。
派手な柄の壁紙を覆い尽くすほど書棚とコンピュータを設置した部屋には、いまでは多少の愛着を感じてさえいる。
そして、そこには彼の長年の友人であり、先日ふたたび妻となった悠理の姿がいつもあるはずなのだが――――。

書類を開いた卓上の電話が鳴った。
外線でも内線でもなく、携帯電話だ。
清四郎は相手の名を確認してから、通話ボタンを押した。
「はい。可憐?」
『清四郎、昨日電話くれたんだってね。ごめんね、さっきダンナから聞いたのよ』
「わざわざ、すみませんね。ご主人は気を悪くされていませんでしたか」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁね。携帯変えたのよ。新しい番号を知らせてなかったあたしが悪いわ』
「”友人”と旅行中だそうで」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう言ってたの?あのひと』
「違うんですか?てっきり悠理に付き合ってるものと」
『なに?悠理がどうかしたの?あたしは今実家に居るんだけど』
「貴女もまさか、家出中なんですか?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・”も”ってことは、またあんた、悠理と喧嘩したの?』
「それより、可憐は」
『あたしのことはいいのよ!あの浮気者にケータイ投げつけてちょっと出てきただけ。 あのひともあたしが実家にいることは知ってるわよ。だから、さっきわざわざ嫌みったらしく ”男から電話があったぞ”なんて知らせて来たんだけどね』
「それは・・・すみませんでしたね」
『あんたは何も悪くないわよ、あのひとが・・・・・・・・・・・・・
って、あたしのことはいいんだってば!”あんたが悪くない”ってわけでもないか。悠理が家出してるんじゃ』
「僕はなにも悪くないですよ。あいつが勝手に誤解して出て行っただけで」
『!!!・・・あのひととまったく同じコト言うのね!その言葉だけで、誰が悪いのか分かるわよ!ああもうサイッテー!!』
「ちょ、ちょっと待ってください、可憐。何を興奮してるんですか」
『ーーーーー。』
「可憐?大丈夫ですか?」
『ーーーごめん、よく考えたら、あんたが浮気なんてするわけないわよね。つい先月結婚・・・いえ、復縁したばっかだし。新婚・・・じゃなくて、 復縁旅行から帰ったばかりじゃなかったっけ?』
「そうですよ。そりゃあ、喧嘩くらいはしょっちゅうしますが、昨日も一緒に東村寺に 復縁のあいさつに行ったくらいで。悠理もここのところ機嫌が良かったんですがね」
『じゃあ、なんで家出しちゃったのよ?』
「・・・・・いえ、貴女のところじゃないなら、どうせ野梨子のところでしょう。コトがコトだけに野梨子や 魅録ではなく、貴女を頼るかと思ったんだが。あちらに連絡してみます。じゃ。」
『ちょっと、切るんじゃないわよ、清四郎!何ごまかしてんのよ!野梨子よりあたしって・・・ 悠理はやっぱり、あんたが浮気したとでも思ってんの?!』
「違いますよ」
『じゃ、なによ?』
「・・・・妊娠です」
『は?!』
「悠理は自分が身ごもったと、思い込んだんです」
『えええ〜〜?!そ、それで、なんで家出?!それは誤解なの?本当におめでたじゃないの?』
「違いますよ。あいつの勘違いです」
『当人が思い込んでるのに、嫌にきっぱり言い切るわね。検査したの?』
「検査はまだしてませんがね。分かりますよ。誰が悠理の基礎体温計ってると思ってるんです」
『ーーーーー。』
「だいたい、僕には心あたりがありません。避妊はバッチリしてますからね。取りこぼしナシです!」
『ーーーーー。』
「可憐?」
『ーーー聞いてるわよ。ちょっと呆れてただけ。でも清四郎、完璧な避妊なんてないっていうじゃないの。 悠理本人が確かだって言うなら・・・』
「悠理は大食いして気分が悪くなっただけです。僕は現場を目撃してましたからね。 よせと言うのに、精進料理だから大丈夫だと、東村寺の厨房を空にしてのけたんです。 そのあと和尚や僕と久々に真剣勝負をしたんですから、吐き気もするってもんです」
『ふぅん。あんたが正しいんでしょうけど。それで、なんで悠理が家出するのよ? まさか、さっきみたく”僕じゃありません、取りこぼしはナシです!”って言ったんじゃないでしょうね?』
「ーーーーー。」
『言ったんだ。妊娠してるって思い込んで、不安がってる悠理に!』
「・・・・言いましたよ。でもあいつも、”じゃあ、父親はおまえじゃないんだ!”なんて」
『いつもの売り言葉に買い言葉じゃない』
「問題は、あいつが僕以外の子を宿した可能性がある、と思ったことですよ」
『はぁ?!まさか、あんた、悠理が浮気したとでも?!』
「”浮気”とは言えないでしょう。先日まで、離婚中だったんですから」
『あの子に限ってそんなことあるわけないじゃない!昔っから、男にも恋愛沙汰にも興味ないんだから!』
「――――だけど、離婚中、悠理は男と付き合ってましたからね」
『ああ、たしか青年実業家に迫られてたとか。黒竜、だっけ?でも悠理はあいかわらずの調子だったんでしょ』
「僕はその男が悠理にキスしているところも、見たことがあるんですよ」
『えっ?!』
「手の甲に、ですが」
『ーーーーー。』

男なんて、自分は好き勝手ばかりするくせに、独占欲ばかり強くって、サイッテー!!!

――――と、捨て科白と共に可憐がブチリと電話を切ってからも。
友人のキンキン声が鼓膜に残っている気がして、清四郎は苦虫を噛み潰した。
寝不足の頭に可憐の言葉は堪えた。

デスク上のコーヒーに口を付ける。
出社してすぐ自分自身で淹れたものだが、冷め切ったそれはひどく味気なかった。
いつもの休日なら、悠理が淹れてくれるコーヒーを楽しめるのに。
家事一切する必要がなく、しても破壊行動と大差ないだろうことが容易に想像できる悠理だが、最近コーヒーに凝りだした。
もともと舌は肥えている彼女のこと。自室に本格的ミルを持ち込み、楽しそうに淹れてくれる。
コーヒーの香りで目覚める朝は格別だ。
もっとも、朝の弱い彼女が清四郎よりも先に目覚めることなど、彼が朝寝を決めこむたまの休日だけなのだが。
今日はその休日のはずなのに。
あらためて思う。自宅のベッドで、腕の中にしなやかな彼女を感じずに目覚めたことなど、これまでなかったのだと。

確かに、可憐の言葉には一理あるだろう。
帰らない清四郎を待って幾夜も独り寝をしていただろう悠理を思いやったことなど、仕事に追われる毎日でほとんどなかった。

デスクの黒皮の椅子から立ち上がり、室内の応接用ソファに腰掛ける。
テーブルの上に備え付けてある来客用の煙草を手に取り、火を点けた。
喫煙の習慣はなかったが、たまには吸いたくなるときもあるのだ。

清四郎だとて、まさか悠理が他の男と関係したなどとは、思っていない。
はっきり言って、悠理が”そういう関係”の結べる女なら、ここまで振り回されない。
いつまでたっても、悠理は変わらないように見える。
山猿、野生児、恋愛不感症。
だけど、もう悠理が子供のままの未熟児ではないことも、清四郎は知っていた。
本能のままに求め、甘えて来るくせに。
捕まえようとすると、するりと逃げだしてしまうのだ。
まるで、追いかけっこだ。
男心を蹴り飛ばし、無邪気に翻弄してのける。
本人には自覚がないのだから、たまったものではない。

”どうしよ・・・赤ちゃん、できちゃったかも。”
少し蒼ざめた悠理にそう告げられ。
二秒間は思考が停止したものの、すぐに清四郎は笑い飛ばした。
悠理は顔を真っ赤に染めて怒り狂った。

まだ、子供など考えられない。
悠理にはビタミン剤といい含めて、毎日ピルを飲ませている。
子供ができることで、捕まえられない彼女を繋ぎとめることができるかもしれないとは、
思わないではないけれど――――その自分の思考が、高いプライドをいたく傷つけた。

清四郎がひとり、紫煙をくゆらせていたとき。
静寂を破り、いきなりドアが乱暴に開けられた。
本日はいつも隣室にいる秘書も出社していない。悠理のいない家に居たくなくて、出てきただけだ。
完全週休二日制を敷いている剣菱商事本社ビルには、数人のワーカホリックと警備員しかいないはずだった。

招かれざる客。

目の前には、マスクとスキー帽で顔を隠した四人の男。手にした銃は、拳銃などというカワイイものではなく、AK自動小銃。

「大人しくしろ、抵抗しても無駄だ!」
マスク越しのくぐもった声が、清四郎に命じた。
「我々は”スパイダー”。肥え太った資本家の貴公のような輩から、正当なる権利として分配金を頂きに来た!」

無遠慮で無作法で迷惑な客。
清四郎は眉を顰めた。
「肥え太った?僕のどこが太ってるんですか?」
不機嫌顔のまま、肩をすくめる。咥えたままの煙草の先を揺らし、鼻で嗤った。
なにしろ、名乗りを上げたスキー帽の男は、ビヤ樽体型。清四郎の倍は体重がありそうだ。
揺らしたひょうしに、火のついた煙草の先から灰がわずかに落ちた。
「・・・ちっ」
絨毯を焦がすと、なじみの掃除のおばさんにどやされる――――そんなことを、不機嫌極まりない清四郎は考えていた。





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ネコさんの眼鏡清四郎にぞっこんラブの私は、この絵を「ららら」表紙に頂戴〜!とおねだり。しかし、「ららら」とはイメージが合わないのでは、 とネコさんはもう一枚書き下ろしてくださいました。それがTOP絵です。そう、なかば脅迫して強奪したのじゃ。(でかした、自分♪)
しかし、私はこの絵をあきらめきれず。イメージが合おうが合わなかろうが、このイラストはもらった!と、「不機嫌な清四郎」のお話を書いてしまいました。
だから、このお話は始めに絵がありき。しかし、やはり所詮コメディの「ららら」シリーズ。どんどん絵のイメージと離れてゆく・・・。
ストーリーなんてなく、絵とタイトル(LOVE PSYCHDELICOのお歌)から、適当に書いてたら、「続く」。さて、次回がどうなるか、 私が一番知りたいです。(笑)


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