トレイン・ソング

 

 

ガタン、ガタン

 

列車が揺れる。まるで歌うように。

心地良い音楽に身をゆだねて目を閉じているうちに、黄昏空だった窓の外は、夜の闇に覆われていた。

 

都心を抜けて終点が近づくにつれ乗客が減り、車両内にはあたいたちの他には数人の乗客だけになっていた。

あっという間の数十分。もうすぐ、終点になってしまう。

 

居眠りのフリはもう限界だった。

強張った体。痛む胸。

伏せていた顔を上げた。今度は、電車の歌に今起こされたフリをする。

向かいの窓ガラスに、あたいたちの姿が映っていた。

車両が空きはじめてからずっと、こうして六人並んで座席に座っている。

 

一番左端には美童。

頬杖をついて、生あくび。

いつも人目のあるところではカッコつけているくせに、仲間内だけだと脱力した表情だ。

その隣には可憐。

こちらも退屈そうに、ネイルアートの出来栄えをぼんやり見つめている。

可憐の隣には野梨子。

眠そうな先の二人とは反対に、目を輝かせて右隣に話しかけている。

膝の上には開かれたままの本。

その隣の清四郎は、野梨子の話に相槌を打ちながら、自分も本を開いている。

二人は、同じ作者の本を読んでいるようだ。

清四郎の隣に座っているから、あたいにも少し話声は聴こえてくる。

もっとも、内容は理解できない。

あたいの隣には、魅録。

さっきから、イヤホンで音楽を聴きながら、うつらうつら舟を漕いでいる。

 

 

窓に映った姿を、じっと見つめた。

暗い窓に浮かび上がる、白い横顔。

涼しげな目元。通った鼻筋。

こんな顔をしていたのか、と新鮮だった。

真正面から、あいつの顔を見られなくなってずいぶん経つのだと、そのとき初めて気がついた。

 

だって、苦しかったんだ。

真っ黒い宝石のような目で見つめられると、胸が痛くて。

その目が、他のものをひとを映す様を、見ていたくなくて。

 

ガタンガタン

 

列車が揺れるたびに、触れる肩。

心臓が左側にあるってことを、今日ほど意識したことはない。

 

どうして、隣にすわっちゃったんだろう。

この数十分、ずっと後悔していた。

 

清四郎のそばにいるのは――――苦しくてたまらない。

 

小さく聴こえる会話。

あたいの方に向けられるのは、横顔だけ。

だけど、その横顔さえ、直接には見つめられない。

窓ガラスに映った横顔を見つめることが、精一杯だった。

 

 

気づけ、気づけ。

こっちを、見て。

 

思ってもいないはずの、願い。無意識のテレパシー。

見つめ返されると、いつも逃げ出してしまうのは、あたいなのに。

ガラス越しなら、大丈夫かと思ったんだ。

 

 

気づいてよ。

あたいに。

 

 

 ”あたい”――――の、何に?

あたいがここに居るってことに?

当然清四郎は知っている。

隣に座ったのは、席が空いたときに清四郎に促されて、なのだから。

 

 

こっちを、見てよ。

ちょっとだけでいいから。

そちらばかり向かずに。野梨子ばかりと話さずに。

 

 

あたいは座った瞬間から、眠ったフリをしてたんだから、話なんてできるはずない。

そんなことはわかっているのに。

 

女らしくないとか。ノータリンだとか。

そんな風に、自分と野梨子を比べて落ち込むことだけはしたくなかったんだけど。

だって、比べるのさえ馬鹿らしい。

あたいは、清四郎と同じ本を読むことなんてできやしない。

同じ話題で会話をするなんてことも。

付き合いの長さでも、野梨子にはかなわない。

 

 

ふと。

 

清四郎が窓に顔を向けた。

まさか、テレパシーが通じたわけじゃないだろうけど。

 

ドキリと跳ねる心臓。

窓ガラス越しに目と目が合う。

 

逃げる暇はなかった。

あたいは、黒い瞳の呪縛にかかる。

 

動けないまま、心音だけが響いた。

 

 

気づけ、気づけ。

どうか、あたいを――――。

 

 

”あたい”――――を?

 

自分でも、清四郎に何を望んでいるのか、わからない。

顔を見たかった。でも、見れなかったのは、あたい。

話をしたかった。でも、できないのも、あたい。

 

気づいてよ。

 

口には出せないテレパシー。

――――でも、何に?

 

 

窓に映ったあたいは、泣きだしそうな顔をしていた。

「起きたんですか?悠理」

清四郎が真っ直ぐ窓に顔を向けたまま、話しかけて来る。

「・・・うん。でもまだ眠ぃ」

歪んだ顔の言い訳。

「終点まではまだしばらくありますよ」

「・・・うん」

 

変だよね。

近くて、とても遠い距離。

隣に座っているのに、向かいの窓越しに、会話している。

触れた肩に心臓が移り、ドクドク脈打っているのに。

聞かれやしないかと、焦った。

 

ガタン、ガタン

 

電車の振動で、何も気づかれないだろうに。

 

「・・・魅録」

 

さりげなく、さりげなく。

ゆっくりと、窓ガラスの清四郎から目を逸らす。

「魅録、あたいにも、聴かせて」

右隣の魅録の方に顔を向け、やっと呪縛は解けた。

 

「ん?」

寝惚け眼で魅録が顔を上げる。

「それ、貸して」

「ああ」

魅録は左の耳につけていたイヤホンを、あたいの右の耳に着けてくれた。

清四郎の視線を、左に感じた。窓ガラス越しでなく。

 

だから、あたいはそちらに顔を向けることができない。

イヤホンを半分コしてくれた魅録と細いコードで繋がっていることに、安堵のため息。

清四郎の視線の前で、ひとりぼっちの心細さを感じていたから。

清四郎も、ため息。あきらめたような苦笑をきっと浮かべてる。

あたいが目を逸らせるたびに、浮かぶあの笑みを。

 

 

列車の揺れに身を任せて。強張っていた体の緊張を解いた。

目を閉じる。

それでも、ひどく胸が苦しかった。

 

隣でまたうつらうつらとしだした魅録に、いわれのない怒りを感じた。

どうして、バラード?

ハードロックが好きなくせに。

そりゃ、子守唄には最適だけど。

 

----- I miss you   I miss you.

 

繰り返される切ないフレーズ。

英語の歌詞の意味なんてほとんどわからないあたいだけれど。

 

----- I miss you.

 

その意味くらいはわかる。

”あなたがいなくて、淋しい”そんな直訳なら。

 

どうして、泣きたくなるのか、わからない。

甘ったるいボーカルの声が胸に染み入る。

あたいは何も失ってなんていないのに。みんな、ここに居るのに。

 

大切な友達に囲まれ。にぎやかな毎日。何一つ、不足なものはない。

 

それなのに、涙が出そうになった。

 

----- I love you  I love you.

 

そんな気持ちは、知らない。だから、ラブソングは嫌い。

 

 

 

ガタン

 

電車がカーブを曲がった。もうすぐ、終点。

こんな時間は嫌いだ。早く、着けばいい。

俯いて、揺れに身を任せる。

 

居眠ってる魅録の方にもたれかかったあたいを。

大きな掌が引き止めた。

 

左隣の清四郎の手が、あたいの右側にかかる。体を引き寄せられる。

 

ぽふ、と清四郎の肩に頭を押し付けられた。

 

眠ってるはずのあたいは、目を開けることができず。

耳からイヤホンが転がり落ちたけれど、いつまでもメロディは耳に残った。

 

 

I love you.

 

 

揺れる電車の中。

ただ、心の中の音楽に身をゆだねる。

涙が滲んでも、あたいは目を開けなかった。

眠るフリを続ける。そうしないと、涙のわけを問われたら困るから。

だって、あたいにもわかんないんだ。

 

ガタン、ガタン

 

もうすぐ、終点。

 

早く、終わればいいと思った。

苦しくて息も出来ない、この時間が。

 

永遠に続けばいいと思った。

切なくて愛しい、この時間が。

 

 

 

2005.9.28

 

 


「気づかせないで」のちょっと前あたりの話だったりして。このあと、清四郎くんがキレて押し倒す。(笑)

・・・・・・いえ、冗談です。

なんか、出来心で続いてしまいました。  → 「サイレント・アクアリウム

 

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