鏡の国のアリス 

 イラスト かめお様

A

 

 

「おまえら、みんな、出てけーーーっ!!」

 

悠理に部屋を追い出され、扉の前で仲間たちは途方に暮れた。

「・・・清四郎、どうする?」

「清四郎、悠理は嘘を言っているわけじゃないと思いますわ」

「あれは、酷いよね。・・・まぁ、無理もないけど」

「悠理が、可哀想よ」

清四郎はため息をついた。

「・・・わかってますよ」

同情含みながらも、仲間たちの咎める視線をひしひし感じる。

 

 

『ぼ、僕とおまえが夫婦だってえ?!あり得ません!』

きょとんとしている悠理に、清四郎は思わず、叫んでしまった。

『おまえが女に見えたことなんて、一度もないってのに!』

と、思いっきり、本音を。

悠理は愕然と顔を強張らせていた。

仲間たち皆も口々に、清四郎の言葉を裏付ける。

その結果、激昂した悠理に、全員部屋を追い出されてしまった。

悠理の目に涙が光ったような気がして、一同、胸苦しさに襲われた。どうも当事者らしい清四郎は、余計に。

 

 

「悠理は、確かに普通の状態じゃない。とにかく、話を聞いてみます。今夜は皆は帰ってください」

「でも・・・」

「あたしたちが悠理についていた方が良くない?」

「そうですね・・・・いえ、僕がやはり話を聞きだします」

仲間たちに、清四郎は微笑を向けた。

「任せてください、大丈夫ですよ。明日学校で報告します」

リーダーのこの言葉に、皆の顔には安堵の色が浮かんだ。清四郎が大丈夫だと言えば、大丈夫なのだ。特に悠理の扱いは、彼より長けているものはないのだし。

 

仲間たちを見送った後、清四郎は小さくため息をついた。

意を決して、締め切られた扉を叩く。

「悠理、僕です。開けてください」

ノックしたあと耳をすますと、扉の向こうに悠理の気配。

「話がしたいんです、開けてください」

まだ拗ねているのか、返事をする気はないらしい。

「ひとりでその部屋に居ると、また鏡に閉じこめられても知りませんよ」

低い声でそう告げると、やっと扉が開いた。

 

悠理は思い切り口を尖らせて、俯いている。目尻には、涙が浮かんでいた。

悠理は清四郎の顔を見ないまま、ポツリと呟いた。

「・・・・清四郎、この部屋、変だ」

清四郎は戸口のところで、中を覗き込む。いつも通りの悠理の部屋だ。不穏な気配は感じられない。

「霊感のない僕には、わかりませんねぇ」

「そーゆーんじゃ、なくて・・・」

悠理は俯いたまま、首を振った。

「ま、とにかく今夜はここで寝ない方がいい。別の部屋に移りましょう。僕がしばらくついててやるから、怖くないでしょう?」

清四郎は安心させるため、悠理の手を取った。

悠理はこっくり素直に頷く。

 

悠理の手を引きながら廊下を歩き、清四郎はふわふわの髪のつむじを見下ろした。

――――可愛いといえば、悠理は可愛い。

無邪気で素直で、よく懐いている。とんでもない馬鹿だが、仕込みがいもある。すさまじいほど女らしさが欠落しているが、いかにも女性らしい可憐のようなタイプが清四郎の好みというわけでもない。

しかし、清四郎にとって、悠理はせいぜいペット。とても女としては見られなかった。

 

ふと。

そうは言いつつ、以前、悠理と婚約した事実を思い出す。剣菱家の事情と清四郎の野心によっての打算的な婚約だったが。

清四郎は忘れたい過去に苦笑して、首を振った。

あれは、大変なアヤマチだった。

悠理に無理を強要し傷つけた。雲海和尚に喝を入れられ、清四郎も反省したのだ。

彼女との得がたい友情が、あんなことで損なわれずにすんで良かった。

有閑倶楽部の仲間たちとは、これからも長く付き合うことになるだろう。特に悠理とは、お互い恋愛に縁遠いだけに、ずっと変わらぬ関係で付き合っていけるだろうと、清四郎は信じていた。

 

 

 

五代が用意してくれた部屋は、婚約中に清四郎が使っていた部屋だった。ちょっと皮肉に感じたが、仲間たちとこの屋敷に泊まるときは清四郎が使うことが多いので、悪気はないのだろう。

悠理を部屋に入れて、ベッドに座らせる。清四郎自身は、眠るつもりはなかったので、ベッドはひとつで十分だった。

ベッドにちょこんと腰掛けて、心細げに悠理は部屋を見回した。

「やっぱり、この部屋も・・・違う」

ポツリと呟かれた言葉に、清四郎は眉を上げた。

「この部屋にも、おかしな気配が?」

「ううん。そういう意味じゃない」

悠理は、また俯いた。パジャマの膝に、ポツンと水滴が落ちる。

涙だった。

「悠理、いったい、どうしたんです?」

清四郎は悠理の隣に座って、顔を覗き込んだ。

「ここ・・・おまえの部屋だよ、な?」

悠理は清四郎に顔を向けた。双眸は涙で潤んでいる。

「僕の部屋って、そりゃ、いつも使わせてもらってますけど」

「おまえの、書斎だったはずだ!」

悠理は清四郎の制服の襟をつかんだ。

「あたいらの部屋からも、おまえのもんなくなってるし、ここもそうだ!本当におまえ、出てっちゃう気なんだ?!あたいに、愛想尽かして?!」

悠理はおんおん泣きはじめた。

「ちょ、ちょっと、待ってください、愛想を尽かすもなにも・・・」

清四郎は困惑した。昔から、悠理に泣かれると弱いのだ。

「うえっうえっ・・・あ、あたいを、嫌いになっちゃった?」

 大粒の涙がぽろぽろ零れ落ちる。

清四郎はなだめようと悠理の肩を抱き寄せた。

「そんなわけないでしょう!僕は悠理を好きですよ」

慰めるために言った言葉だったが。

胸がドキンと疼いた。

 

――――もちろん、悠理は好きだけど。恋愛感情などではないはずだ。

まぁ、恋愛などしたことがないので、確信しているわけではないのだが。

 

「母ちゃんの我がままで無理やり結婚させられたからって・・・あたいが意地張ってたから?」

悠理は清四郎の胸に顔を押し付けてしゃくりあげた。

清四郎は悠理をぎこちなく抱きしめながら、背中を撫でた。

悠理はあくまで清四郎と結婚していたと思い込んでいる。昨日まで、ただの友人だったのに。

いまの悠理に、現状を認識させるのは無理だろう。黙って話を聞くしかない。

いや、聞き出すのだ。

「無理やり・・・というと、結婚は僕らの意志じゃなかったんですね?」

「剣菱継いでくれって言われて、おまえは受けたじゃないか!」

 

ぎくり。

ものすごく、身に覚えがあった。

 

「ひょっとして・・・決闘しました?」

案の定、悠理はこっくり頷いた。

「けど、あたいがおまえにかなうわけないし」

「う、雲海和尚は?!」

思わず、清四郎は悠理の肩をつかんで顔を見つめた。

悠理の涙に濡れた瞳が、きょとんと見開かれる。

「ウンカイ?誰?」

「僕の拳法の師匠ですよ!知らないんですか?!」

「拳法の・・・?人間国宝だって聞いたことはあるけど。会ったことはないよ」

 

清四郎は、ようやく確信した。

悠理がおかしくなったわけではない。この悠理は、別世界の悠理だ。

決闘に対抗するために雲海和尚を悠理が頼らず。そして、本当にあのまま結婚してしまった、微妙にずれた平行世界。

ここに居るのは、別世界の清四郎の妻となった、悠理なのだ。

 

喉がカラカラに渇き、清四郎はしばらく言葉が出なかった。

茫然自失状態の清四郎に、悠理は小首を傾げた。

ふわりと髪が頬を撫でる。まだ、涙が転がり落ちる桃色の頬を。

「せいしろ・・・おまえの胸、すごくドキドキしてる・・・?」

清四郎の胸に添えられた悠理の手が、鼓動を探った。

清四郎はビクリと身を震わせた。

 

確かに、心臓はみっともなくも高鳴っていた。

動揺は、いまさらの超常体験のためではない。悠理は鏡から現われたのだから、事態は最初から異常だった。

 

「・・・僕と、結婚なんてしたくなかったのに、なんで泣いてるんですか?」

ひどく傲慢に、悠理の気持ちを踏みにじった結婚だったはずだ。

悠理の涙のわけが知りたい。

 

「そ、そりゃ、最初はあたいもイヤだったんだけど・・・」

悠理は頬を染めた。涙に濡れた眼を清四郎に向ける。

「おまえ、あたいのこと好きだって、言ってくれたし・・・」

悠理の瞳には、信頼しきった色。

 

それは、先ほどなだめるために口にした言葉に対してなのか。

それとも、もう一人の清四郎に対する想いなのか。

 

――――まずい。

すがるように見つめる純真な瞳は、いつもの泣き虫な彼女に見えるのに。

目が離せない。体に回した腕も離せない。

抗いがたい引力を、悠理に感じる。

――――悠理にキスしたくて、たまらない。

 

湧き上がる衝動を、奥歯を噛み締め清四郎は堪えた。

 

華奢な体には大きすぎるパジャマの襟からのぞく肌はひどく艶めいて。

しなやかな体は、そうあることが自然であるかのように、清四郎の腕にすっぽりと収まる。

ぽってりと紅く濡れた唇が、男の目を誘った。

いつものようで、いつもと違う悠理。

こんな官能的な女は、知らない。

 

違っていて、当然。

彼女は清四郎の知っている、無垢な少女ではない。

男に抱かれ、官能を教え込まれた体――――それも、おそらくは清四郎自身に。

 

 

夜は更けようとしていた。

ふたりきりの部屋で、ゆっくりと。

 

清四郎は絡め取られた。まさか、悠理に感じるとは思わなかった情動に。

抱きしめたままの彼女に、惹きつけられた心が離れない。

 

それは、長い夜の始まりだった。

 

 

 

 

 B

 

 

二人は夫婦なのだと言われて、数秒固まっていた悠理だったが。

猛抗議を敢然と開始した。

 

ベッドに腰掛けたまま、バスローブ姿の清四郎は眉を顰める。

「記憶・・・喪失のようですね」

悠理の話を聞き終えた清四郎は、そう結論着けてしまった。

 

「違うっ!」

悠理は真っ赤な顔で、地団駄踏んだ。

「だから、あたいとおまえはただの友達だって!きっぱりはっきり!」

「まぁ、何年もその通りだったわけですが。で、結婚は覚えてないんですな。婚約したことも?」

「う・・・・」

悠理は一瞬、息を飲んだ。婚約した事実はたしかに、あった。もうほとんど忘れかけていたとはいえ。

「そんなもん、とっくに解消してらーっ!」

そうわめいた途端、ふわりと体が宙に浮いた。

清四郎に抱き上げられたのだ、と気づいた次の瞬間には、ベッドの上に放り出されていた。

「ひえっ?!」

きしり、とベッドが軋む。清四郎が悠理の上に乗り上げて、見下ろしてくる。

「記憶がない、ということは、もう一度最初からやり直しですか・・・ったく」

清四郎は、ふう、とため息。

「な、なにを?!」

と、口にした途端。その唇を、清四郎に塞がれていた。彼の、唇で。

 

先ほどの、触れるだけのキスとは違う。

舌が絡み取られ、息もすべて奪われる。

「んん・・んっ」

悠理は目を白黒させながら、身じろいだ。しかし、清四郎に押さえつけられ、ほとんど身動きもかなわない。

目の前に星が散った。息ができず、くらくら眩暈。

失神寸前に、ようやく唇は解放された。

「はぁっはぁっはぁっ」

「・・・そういえば、キスの仕方も知らなかったんですね。鼻で息をするんですよ」

呼吸困難に陥り喘いでいる悠理にかまわず、意地悪な男はクスクス笑った。

「なかなか、新鮮ですな」

「〜〜〜っ」

悠理は涙目で睨みつける。

 

「お、おまえなんか、大嫌いだ!」

悠理の言葉に、清四郎は片眉を上げる。

「かまいませんよ。言われなれてます」

 

――――え?

と、思ったときには、無遠慮な男の指が、着ぐるみパジャマのジッパーを下ろしていた。

ふかふかタオル地のパジャマの下は、素肌。パンティしか下着はつけていない。

「うひゃあ!」

素肌に触れる手に、悠理は飛び上がりそうになった。

清四郎は器用に悠理の動きを封じたまま、胸元に右手を差し入れる。

誰にも触れられたことのない肌を撫で上げられ。胸を揉みこまれた。

「や、や、やだっ」

熱い掌で、胸の先をこりこり転がされる。

男の重ねられた体の重さに、悠理は恐怖を抱いた。

唇が首筋を這う。耳に舌を差し込まれ、体は震えた。しかし、それは怖れゆえではなく。

 

「おまえの弱いところは、全部知っていますよ」

男の手が、するすると肌を辿って下がり。臍の辺りで輪を描く。

首筋から鎖骨を貪っていた唇が、胸の先を咥え引っ張る。

彼の指と口に与えられるそれは、悠理にとって未知の刺激。電流が何度も体に走った。

 

「いやぁ・・」

下着の上から、足の狭間まで撫でられる。指が焦らすように中心を避け、周辺をくすぐる。

苦しさともどかしさに、涙が溢れた。

男は嬉しそうに目を細め、ふたたび唇を重ねてくる。

快感に呪縛され、もう、逃げることもできない。

悠理は目を閉じた。現実感が失われ、気が遠くなる。

熱い男の手が、下着の中に差し込まれた。掌に悠理の幼い茂みを収め、ゆっくりと揉みこむ。

中指と人差し指が、意地悪にも小さな芽を弄んだ。

悠理は声も出せず、ビクビク痙攣した。

こんなところを触れられ、いじられ、機械人形のように電流の走る体が、制御できない。

ぬるりと、指先が中心に押し当てられる。

清四郎は指先を楽しむようにくるりと回して、ぬめる感触を楽しんでいる。

意地悪な友人だったけれど。こんなことをするなんて、信じられなかった。

 

「・・・助けて・・・」

涙とともに、言葉が零れ落ちていた。

「助けて、魅録・・・」

清四郎の指が止まった。

悠理の反応を楽しんで笑みを浮かべていた顔が強張った。

 

「助けて、野梨子・・・可憐・・・父ちゃん、母ちゃん」

悠理はしゃくりあげた。

 

いつでも、悠理が最初に助けを求める相手は、清四郎だったのに。

どんなときでも、最後に助けてくれるのは、清四郎だったのに。

 

「悠理・・・」

「えっえっえっぐ・・・」

泣き出した悠理に、清四郎は苦笑した。

「本当に、憶えてないんですね」

その笑みは、どこか淋しそうだった。

「結婚して、最初の夜も。おまえは扉に鍵をかけて立て篭もったんですよ」

「えっえっえっぐ・・・」

「ですから、戸をぶち破りました」

「えっぐ・・・」

清四郎は泣きじゃくる悠理の髪を撫でた。

優しすぎるその仕草に、胸が痛む。結婚しても、無理やり犯したと告白しているくせに。

「れ、レイプ魔〜〜」

悠理は涙目で清四郎を罵倒した。

「随分ですね。新婚の夫を締め出す花嫁の方が酷いと思いませんか?」

悠理はふるふる首を振った。

そんなこと、悠理は知らない。知りたくもない。

「せ、政略結婚なんだろ?嫌がってあたりまえじゃんか〜!」

 

清四郎は深いため息をついた。

「本当に、一から始めなければならないようだ。あのときのように」

清四郎は悠理の髪を撫でながら、瞳を真っ直ぐ見つめた。

抱きしめられた腕の中、吐息の触れる距離。

澄んだ黒い瞳に、悠理は思わず見惚れた。

清四郎は、ずるい。

性格が悪いくせに、こんなに綺麗な深い色の瞳。

 

「僕は、悠理が好きだった」

 

こんな眼で見つめられて。

それが嘘でも、信じてしまいそうになる。

 

「ずっと・・・子供の頃から、好きだった」

 

ベッドに横たわったままふたり、額を寄せ合い。

逸らすことを許さない瞳が、愛を告げる。

 

信じてしまいそうになる。

悠理の知っている、長年の悪友が、口にするはずのない、言葉なのに。

 

 

 

 

 

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リクその2。それは「18禁」!!!(爆) しかし、今回は寸止めです。ごめんなさい、haruka様。 ええ、そう。「悠理失踪」と「18禁」のリクをいただき、私の単純な頭では「誘拐→強姦」の図式しか思い浮かばず。しかししかし。悠理を清四郎以外にヤラれたくないっ!ってんで、ヤルのは清四郎に決定。しかし、失踪してるんだから、探す側にも清四郎が必要。んで、こんなお話になりました。

しかし、思惑はどんどん外れ。探してねーじゃん、清四郎ーー!!(笑)   さて、次回がどうなるのかは、真っ白です。とほほ。

 

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