A
「新婚初夜に、扉をぶち破って・・・?!」 清四郎は愕然と顔を強張らせた。 それでは、ほとんど―――というか、完全に強姦ではないか。 それも、よりにもよって、悠理に。別世界とはいえ、この菊正宗清四郎が。
悠理から言葉巧みに、婚約騒動以降決定的に清四郎の認識とずれた時間を過ごしてきたらしい彼女の世界の話を聞きだした。 くらくら眩暈を禁じえない。 それは、異世界の話だけでなく、今この場の状況がもたらす眩暈。
清四郎は片手を腕枕に悠理を寝かせ、抱きしめるようにベッドに横たわっていた。 不安がって泣きじゃくる悠理を落ち着かせようとなだめている内に、自然とこんな体勢になってしまった。 悠理はパジャマ姿だが、清四郎は制服姿。理性の象徴、生徒会長の沽券はかろうじてだが保っている。
しかし、額を寄せ合うように見つめあう、悠理の潤んだ瞳が。 甘い吐息、柔らかな体が。 驚天動地の話の内容とともに、清四郎を眩ませる。
「でも・・・・おまえは、あたいを・・・」 話が初夜に言及したせいか、悠理は頬を染め、口ごもった。 長い睫が伏せられる。 「・・・子供の頃から、ずっと好きだったって、言ってくれたから」 一気に言い切って、照れたのか。 すり、と悠理は清四郎の胸に身を擦り付ける。 回した腕に力が入りそうになり、清四郎は奥歯を噛み締め、何度目かの衝動に耐えた。 けれど、頬に触れた悠理の猫っ毛に、胸が高鳴るのは隠せない。 「・・・?」 悠理が顔を上げた。 不思議そうな表情で清四郎の顔を見つめる。カチンコチンに凝固した、清四郎の顔を。 清四郎は悠理と自分の胸の間に手を差し入れた。心臓を隠すように、掌で防御する。
自分の心臓を押えながら、清四郎は己の胸のうちを必死で探っていた。
――――ずっと、悠理を好きだった?
――――いや。
口には出さず否定し、清四郎は奥歯から力を抜く。
清四郎は、誰に対しても、恋情など抱いたことはない。 そして、そんな自分に満足していた。 性衝動は健康な男子としてもちろん感じるが。今、腕の中の悠理に感じているように。
先ほどから、悠理の素足が清四郎の足に絡んでいる。 腕の中に悠理を抱きしめているのは清四郎の方なのに、絡めとられているのもまた、清四郎の方だった。 今の悠理をこのまま欲望に身を任せ抱いたとしても、彼女はきっと抵抗などしないに違いない。 むしろ、より安堵するかもしれない。
・・・などと、下半身の欲求に都合のいいことを考えながら。 胸の疼きが、かろうじて本能の暴走を抑制していた。
掌で押さえた胸のうちに蘇るのは、出会った頃の悠理の姿だった。 まるっきり男の子、いや山猿そのもの。『弱虫』と清四郎を蹴り飛ばし。 女の子は守ってあげるものだ、と教わってきた男子の矜持を野梨子と共に粉砕してくれた。 幼稚舎で出会って以来。 ずっと、悠理が気になっていたのは本当だ。 中三で親しくなる前から、清四郎は心のどこかで、いつも悠理の存在を意識していた。それは、きっと仲が悪かったはずの野梨子も同様。
恋―――などとは違うはず。
「清四郎・・・?」 腕の中で、心細気に悠理が彼の名を呼んだ。 それは、彼の情欲を刺激する艶めいた声であると同時に、いつも通りの仔犬のような友人の声だった。 「悠理・・・」 ふわふわの髪を撫でる。 「もう寝なさい。僕がついててやるから」 落ち着いた声が出せた。 こくんと頷く悠理をゆるく腕に抱きながら、清四郎は安堵の吐息をつく。
一触即発の性衝動は乗り切ることができた。 性欲に勝ったのは、彼の胸のうちにある彼女の記憶。 凡百の女としてはあつかいたくはない、大切な友人だから。
しかし。 目を閉じた悠理が、するりと白い手を彼の首に回した。 より体が密着する。 キスをねだるような紅い唇が、間近に迫り。 彼女の、甘い匂いが鼻腔をくすぐる。 甘美すぎる誘惑。
――――悠理が大切なら、失いたくないなら、手を出すな。
清四郎は心中で己を叱咤する。 まるで、拷問だ、と思いながら。
それでも、人よりも強いと自負している理性と忍耐力を総動員し、なんとかこの夜を乗り切る自信を清四郎が抱き始めたとき。 腕の中の悠理が身じろいだ。 「・・・ん」 そのとき、清四郎の目に飛び込んできたのは、悠理の白い首に残った赤い痣。 明らかな愛咬の痕だった。
心臓が引き絞られる。
彼女には大きすぎる男物のパジャマの襟から覗く、赤い痣。 よく見れば、首だけではなく、鎖骨にも、胸元にも。
清四郎の胸を締め付けたのは、驚愕と怒り。 あまりの激しい衝撃に、目の前が紅くなった。 彼女が彼の知っている無垢な少女でないことはわかっていたはずなのに。 自分がこれほどショックを受けるなどとは思ってもみなかった。
「・・・・?」 激しく高鳴る彼の心音に寝入りばなをジャマされたのか。悠理が目を開けた。 「清四郎?」 見上げる瞳は、艶めいて誘う。
彼女の体と心を無理やり奪ったはずの男に対する、愛と信頼を乗せた瞳。 その目が、彼の理性を粉砕した。
清四郎は無意識のうちに、誘う唇に引き寄せられていた。 激しく貪る。 悠理は一瞬目を見開き――――彼の口付けを受け入れた。 絡む舌。吸い上げる唾液。 初めてとは思えないほど馴染み溶け合う唇。
口付けたまま、清四郎は彼女のシャツの襟を割り開いた。 柔らかな肌に手を這わす。 その肌も、彼の手にしっくり馴染む。
胸が痛かった。
まだ、清四郎の記憶の中の無垢な少女は脳裏を去らない。 極彩色の友人は、色褪せない。
それでも、彼は衝動を止めることができなかった。
胸を締め付けるのは、嫉妬と独占欲。
それに、気づいてしまったから。
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B
口付け。 もう、何回目だろう。 悠理は頭の芯が痺れて、数えることができなかった。 「好きだ、悠理」 何度も囁かれ、心まで痺れてしまった。
「・・・ん」 抱きしめてくる腕の中、悠理はうっすら目を開ける。 「おまえは、僕のものです」 至近距離で見つめる男の瞳は、言葉以上に熱く。欲望の熱を宿している。 「記憶は失っても、体は僕を憶えているはずだ」 口付けは、ふたたび体に滑り降りる。 素肌を貪られ、悠理は痺れた。
――――チガウ。
麻痺してしまった心の中で。 それでも、本能が異を唱えていた。
悠理の知っている黒い瞳は、いつでも穏やかで深く。静かに見守ってくれていた。 そこに浮かんだ感情に、こんな激しい色はなかった。
「せいしろ・・・清四郎」
それでも、すがるように名を呼んでしまう。 いつでも、悠理が一番最初に頼り、一番最後に助けてくれる、意地悪な友人の名を。
救いをもとめるようにのばされた悠理の指を自分の指にからめながら、清四郎は愉快気に目を細めた。 タオル地のウサギパジャマを脱がされ、生まれたままの姿の悠理に、男は熱い体を重ねる。 バスローブを取った清四郎の逞しい体。触れ合う肌に身震いする。 嫌悪感ではなく、ただ、未知の感覚への怖れに。 悠理は、ぎゅっと目を閉じた。
――――チガウ。 記憶喪失だ、と清四郎は言うけれど。いつも清四郎は正しいけれど。
目を閉じると浮かぶ、心の中の友人の顔。 いつも、悠理を馬鹿にして、からかってばかりで。子供の頃から、気に食わない奴だった。 だけど、仲間になったら、誰よりも頼りになって。 悠理を好き放題暴れさせてくれる。そして、必ず助けてくれる。
『清四郎は、真剣に恋なんてできない』
そう言ったのは、可憐だったか、美童だったか。 男と女、同数の六人組。いつか大人になり恋をして、それぞれの関係が変わってしまうかもしれない。 それでも、清四郎と悠理は変わらない。 悠理は、なんとなくそう信じていた。
だから、同じ顔同じ声で、好きだと言われても。 彼との記憶が、違うと教える。 胸のうちの、大切な友達との思い出が。
『清四郎は、悠理に恋なんてしない』
それでも、胸の奥が疼いた。 思わず目を開けた悠理を見つめる、黒い瞳に。愛を告げる言葉に。
ベッドの中で、ふたりの体が絡み合う。 「・・・え?」 清四郎が、愛撫の手を止めた。 「昨夜の痕は、どうしたんです?」 清四郎は、悠理のわき腹を手で撫でる。手はそのまま、肌を滑り降り、脚の内側にまで分け入る。 「や・・・」 身じろぐ悠理に、清四郎は自分の肩を捻って見せた。 「ほら、僕の方の傷はまだ痛むんですよ?」 彼の肩には、うっすらと女の爪痕。 「し、知らな・・・!」 清四郎は悠理の両足を持ち上げる。 ベッドサイドの淡い灯かりを頼りに、彼女の剥き出しの脚を彼は見つめる。 誰にも晒したことのない、秘められた場所まで。 「いやっ」 清四郎の視線を感じて、悠理の体の内側が熱くなった。羞恥と戸惑いに。 「信じられない・・・ここも消えている」 彼の指は太腿の内側を滑り降りる。 清四郎の声も指も、熱い情欲を宿したものではなかった。 それなのに、体は震える。
先ほど弄られた記憶。 初めて与えられた刺激を、体が覚えている。 怖くて悔しくて。裏切られた思いに先ほどは泣きじゃくったけれど。 体は快感に疼き濡れていた。 「いや・・・ぁ」 男の指にあっけなく反応する体。 ぬめる場所にふたたび、彼の指先が分け入る。
「痛っ」 眩みかけていた意識が、捻じ込まれる感触に覚醒した。 清四郎の長い指が、ズブズブと自分の中に埋まる。未知の痛み。 「いやっ、痛い、痛いよぉ!」 全身に感じる男の重み。清四郎の着痩せする逞しい体に押さえ込まれ、身動きもままならない。 両足を限界まで押し開かれ、指先に犯されながらも、悠理は左右に首を振るしかできなかった。
痛みに強張っていた体から、圧迫が引いた。 「・・・まさか、そんな」 涙に曇った視界の向こうで、悠理を見下ろす清四郎の顔は驚愕に固まっていた。 清四郎は己の指と悠理の顔を見比べる。 濡れた指先。第二関節ほどまで悠理に埋めていた指を、清四郎は呆然と見つめた。 夢うつつの表情のまま、男はその自分の指先を口に含む。 「・・・・・!」 あまりの羞恥に、悠理は泣き顔を逸らせた。
「本当に、処女なのか・・・?」
清四郎はゆっくりと重ねていた体を起こした。 重みが去り、解放の安堵に悠理が息をつく前に。 押し開かれていた両足が、胸につくほど折り曲げられた。 その間に伏せられた、黒い髪。
信じられない場所を舌が這う感触に、痛みに引いていた熱が一気に戻った。 ぴちゃ、と水音をさせて、痛みに痺れていた箇所を彼が舐める。 うかがうようにゆっくりと、その部分に舌先が侵入する。 優しい動きだったが、悠理の体はびくびく跳ねた。
痛みのためではなく。 どうしようもないほど、掘り起こされた快感ゆえに。
「悠理、まだ痛いか?」 男のくぐもった声に、悠理は先ほどのように首を振ることしかできない。 指先で犯された場所を、今度はぬめる舌に弄ばれて。 それ自身が意志を持った生き物のように、清四郎の舌先が悠理の内部を探り動く。 狭間を探っていた舌先が、わずかに移動し、敏感な突起に触れた。 指ですでに育てられていた芽は、先ほどから限界寸前。 舐められ、吸われ、転がされ。 電流が全身に走る。
「ああああ・・・・・!」 リアルな快感に反して、自分のものだと思えないほどの甲高い悲鳴が非現実的だった。 激しすぎる快感の責め苦に、意識が何度も途切れる。
痛みの代わりに与えられた、乱暴な快感に涙が零れた。 思わず伸ばした手が黒い真っ直ぐな髪にかかる。 髪の持ち主が顔を上げたとき。 快感よりも激しい衝撃が悠理を襲った。
幼馴染の悪友。気に食わない、だけど頼りになる優等生。 ――――清四郎、清四郎、清四郎。 名を呼びたくても、もう言葉にならない。
信じられなかった。あの清四郎とこんなふうに抱き合って。変えられてゆく体が怖かった。
見慣れた友人のものと同じ困ったような笑みを、彼は浮かべ。悠理の目尻の涙を拭う。 初めての絶頂に意識が遠のくのを感じながら、最後に聞いた言葉は。
「悠理・・・・・・・・愛してる。愛しています」
あの悪友が言うはずもないその言葉に、悠理の胸は痛んだ。
変えられてしまいそうな心が、怖かった。
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悠理ちゃんの貞操は風前の灯。 リクは18禁だったんだもーん!まぁ、そのためのW清四郎設定ですから。(笑) これって浮気&不倫テイスト?人妻悠理ちゃんにはそうかもしれませんが、気づいてないので、良しとしよう。・・・あ、嘘です!石投げないでーー!!