Silent Night 

 

 

 

夜は静かに更けてゆく。

 

酔いつぶれたふりをして、俺は目を閉じた。

「魅録・・・寝たんですか?」

清四郎の困ったような声。

それはそうだろう。仲間たちは皆早々につぶれてしまい、生き残っているのは、俺と奴の二人だけだったから。

 

仲間内で一番酒に強いのは、実は、悠理だ。子供の頃から万作おじさんのシャトーのワインを水のように飲んでいるのだから。

けれど、今夜はあいつは早々に酒瓶を抱いたまま、絨毯の上に撃沈した。昼間はしゃぎまわって、疲れたのだろう。

もちろん、可憐と野梨子と美童は、とうにこのツインルームのベッドで眠り込んでしまっている。

だからいつものごとく、つぶれた奴らの世話やら食い散らかし飲み散らかしの後始末やらを、清四郎と俺の二人(悠理は起きていてもあまり役に立たない)がするはめになるだろうと、腹積もりはしていた。

だけど、今日は俺も疲れていた。清四郎に眠ったと思われたのを良いことに、狸寝入りを決め込むことにする。

 

清四郎はため息をついて、ゆっくりと立ち上がった。

足元がふらついている。目の下が真っ赤だ。奴もかなり酔っているらしい。

良心が咎め、身を横たえたソファから起きようか、とも思ったが。

清四郎は足元の酒瓶を拾い上げもせず、つま先で蹴った。

片付ける気はさらさらないらしい。

 

今回の札幌旅行は、ホテルの手違いで3部屋取られていた。

俺たちの希望はいつも通りの男女一部屋づつ、トリプル二つだったのだが。

わざわざ変えてもらうこともなく、まぁ、いいか、とこういう場合のペアを組んだ。

すなわち、俺と清四郎、可憐と野梨子、そして悠理と美童だ。

悠理は男を男と思わない奴――――というより、自分を女と思っていない奴だし。美童にとって悠理は女の範疇に入っていない。

俺も悠理を女とはどうも思えないので、同室でもかまわないが。

清四郎がどう思っているのかは、いまひとつわからない。

奴はあれでも、結構、フェミニストだ。

 

清四郎は室内を見回した。

ベッドが二つの片方に野梨子と可憐が身を寄せ合うように寝入っている。

もう一方には、美童が長い手足を投げ出し大の字でつぶれている。

床の長い毛足の絨毯上には、悠理が酒瓶を抱えて転がっている。

俺はソファに横倒し。

 

清四郎は最初に可憐と野梨子のベッドによろよろ近づいた。

じっと二人を見下ろしている。

酒に淀んだ目。その目から感情は読み取れない。

清四郎の見ているものが気になり、俺はソファからこっそり頭を上げてベッド上を見た。

 

ベッドの上には、熟睡中の美女二人。

野梨子はどんなに酔っていても、さすが膝をきっちりそろえて寝乱れていない。

しかし、可憐はしどけなくスカートの裾を乱していた。

清四郎はにごった赤い目で、可憐の剥き出しの脚を、しばし魅入られたように見つめていた。

そしておもむろに可憐の太腿に手を伸ばす。

 

おいおいおい・・・まさか。

俺は思わず身を起こしかけた。

 

可憐のスカートの裾をつまみあげた清四郎は、布を引っ張り彼女の足を覆った。

彼女の肌に触れないよう、酔っていながらも慎重な仕草だった。

 「ふむ。」

清四郎は可憐の着衣の乱れを整え、満足そうにひとり頷いている。

 

俺はそっとソファに沈み込む。清四郎を一瞬疑ってしまったことを内心で詫びながら。

それでも、起きて手伝う気は湧かなかった。

俺も結局、かなり酔っているのだ。

 

清四郎はふらふらと千鳥足で、次はベッドの反対側の野梨子側に立った。

野梨子はきっちり足を揃えて寝入っている。

清四郎は野梨子の顔の上に上体をかがめた。

野梨子の首の下に手を滑り込ませ、そっと彼女の頭を持ち上げる。

 

えええ・・・?

まるで、抱き寄せキスをしているようなその体勢に、俺の体はまたソファから浮いた。

 

清四郎は右手で野梨子の頭を抱き上げ、浮かした隙間に、枕を差し入れた。

「ん・・・・」

ふわりと枕に下ろされ、野梨子は自ら寝返りをうって体勢を変えた。白い枕に沈み込んだ野梨子は、眠れる白雪姫のように優雅だ。

「ふむ。」

清四郎は満足そうにまた頷く。

 

どさり。

俺がソファに浮いた体を落とした音に、清四郎は振り返った。

やばい、狸寝入りがバレたか、と思ったが。

「う・う〜ん」

同時に床の悠理が寝返りを打った。

 

清四郎の視線は悠理に向う。

悠理はワインボトルを抱きしめ頬ずり。

「タマ〜・・・」

完全に寝惚けている。

 

「ふん。」

清四郎は悠理に冷笑を向け、ひょいと彼女を跨いだ。

 

えらく、可憐と野梨子に対する態度と悠理に対しては差があるな、と俺は内心吹きだしかけた。

悠理に対してはフェミニズムは発揮されないらしい。

 

清四郎はクローゼットを開けて予備の毛布を取り出した。

室内は暖かいが、冬の札幌。誰一人上掛けを被っていないまま寝るのはまずいと考えたようだ。

予備の毛布は二枚。

清四郎はまず一枚を可憐と野梨子の上にそっと掛けた。

身を寄せ合っている小柄な二人はすっぽりと収まる。

そしてもう一枚を腕にかけたまま、美童のベッドに近寄る。

その際、やはり悠理の頭上を迂回もせず大股で跨いだ。

清四郎にとって、庇護の対象としての順番は、野梨子可憐の次に悠理を飛び越え、美童に落ち着くらしい。

・・・ま、俺にしたってそうだけど。

 

しかし、清四郎は美童の足を乱暴に片手で払った。美童が下敷きにしているベッドカバーごと掛け布団を引っ張る。

美童は哀れ、ごろごろベッドを転がって窓際に落下した。

「痛っ」

さすがに目覚めた美童に

「風邪引きますよ。寝るなら布団をかけてください」

と清四郎は声を掛ける。

「ん」

美童は寝惚け顔で頷き、もぞもぞベッドにもぐりこんだ。

 

ちょっと乱暴だが、親切だよな。

野梨子が以前『清四郎は冷たいところがありますのよ』なんて言っていたが。

結構清四郎は面倒見がいいと俺は思う。

 

清四郎は毛布を手にしたまま、今度は俺に向って歩いて来る。

やはりその際、床の悠理はひょいと一跨ぎ。

 

おお、ということは、あの毛布は俺の分か♪

美童の次に俺、ということは、悠理はひょっとして女どころか友人どころか・・・

 

清四郎がソファの前に立ったので、俺はあわてて寝息を立てる。

しばしの間。

清四郎の視線を感じ、なんとなく俺は冷や汗。

しかし、しばらくして俺の全身が温かな布地で包まれた。

「ふむ。」

満足そうな清四郎の頷き。

俺は片目をそっと開ける。

俺に掛けられたのは、毛布ではなかった。大きな黒いコート。

この部屋はもともと俺と清四郎の部屋だったから、クローゼットにあるのは俺の革ジャンと清四郎のロングコートのみ。その奴のカシミアのコートだった。

 

清四郎の態度は笑えるほど正直だ。仲間たちに対する感情がそのまま出ている。

だけど扱いの差はともかくも、優しさは感じられた。

酔いと温かく心地よい感触に、俺はゆっくりと本当の眠りに吸い込まれ――――そうになったのだが。

 

清四郎が残る一枚の毛布を持ったまま、俺の足元に身をかがめた。

なんだ?

と、片目を開けると、奴は毛布を広げていた。

自分と悠理の上に。

 

――――まぁ、確かに、ベッドはすでに占領されているし、ソファは定員一名。他の部屋の鍵は寝入った奴らが持っている。セミダブルとはいえ、大柄な美童の隣で寝るよりは、毛足の長い絨毯の上の方がくつろげるかもしれない。

それに、残る毛布は一枚だけだ。

悠理だって、(可能性は低いとはいえ)風邪をひくかもしれないのだし。

 

だから、といって。

俺の足元で二人一緒に毛布にくるまったふたりを唖然と見下ろす。

いくら女と思っていないとはいっても、さすがの俺もこれはしない。

いや、男同士でもしない。

 

清四郎は悠理の方に半身を向け、自分の手を枕に就寝体勢。

やはり少し寒さを感じていたのか。悠理は一つ毛布の清四郎に、すり、と甘えるように擦り寄った。

 

俺はいたたまれなくなって、目を逸らす。

 

「う〜ん・・・フク・・・その魚、あたいの・・・」

しかし、悠理の口から漏れた言葉は、あいかわらずの色気のなさだった。

「ハイハイ」

清四郎は目も開けず、毛布の上から悠理の背中をポンポン撫でる。

 

結局、清四郎にとって悠理は、女以下友人以下の、可愛いペットなのだろう。

――――なのだろう、けど。

悠理だとて、中身はともかく見た目は美少女。向かい合って悠理を抱きしめているも同然の姿は、視覚効果十二分。

 

しばらくして、俺の足元から、安らかな二組の寝息が聞こえて来た。

俺はコートの襟からこっそり顔を上げる。

奴のコートの内ポケットに入っていた携帯電話を取り出した。

 

パシャ。

 

無邪気な顔をして眠るふたりの姿を、携帯のカメラで撮った。

清四郎の携帯の待受画面に設定しておいてやろう。

抱き合ってるも同然の、証拠写真を。

 

これを見れば、さすがの奴も顔色を変えるかな?

 

夜は、静かに更けていった。

結局、俺も相当酔ってしまっているようだ。

仲間達の寝息をBGMに、ゆっくりと本当の眠りに落ちていった。

 

翌朝、抱き合って目覚めるだろう友人ふたりの表情を、思い描きながら。

 

 

 

 

――――札幌の夜第一日目――――

 


 

なんや・・・この話。(汗)ミロよりも美童がしそうな清四郎くん観察日記です。まぁ、かなり魅録は酔っ払っている、ということで。きっと自分のした小さなイタズラなど、翌朝は忘れ去っていることでしょう。

 

 

二日目朝

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