タマとフクと勝負して、勝った夢を見た。 魚の早食い競争。 嬉しくって、あたいは飛びつく。 あたたかい胸に。
優しいぬくもり。 あたいを包み込む、力強い腕。 自分のものではない肌の匂いさえ、安心感しか感じなかった。
ピピピピピ
目覚まし音は、携帯電話。ホテルの朝食時間に合わせて、清四郎がアラームを設定していたことを思い出す。 そうか。昨夜はみんなで飲んでつぶれて雑魚寝だったんだ。 あたいは、うん、と伸びをする。 目を開けて身を起こすと、もう皆は起きていた。 魅録以外。 床で寝ていたあたいの頭上、ソファの上で奴はいまだくーかくーかと高鼾。 あたいが目覚めて最初に見た光景は、その魅録の鼻提灯を、妙な顔をして睨んでいる清四郎の横顔だった。 「・・・どったの、清四郎?」 清四郎は携帯電話を握り締めたまま、あたいに振り返った。 「おはよう・・・悠理」 寝起きのせいか、昨夜の深酒のせいか。やっぱり、清四郎は妙な顔をしている。 困ったような、怒ったような顔。だけど、力なく眉尻は下がっている。
「ぷぷぷぷ」 笑い声に目を向けると、ベッドの上で美童が腹を抱えて転がっていた。 「ふふふふ」 「くすくすくす」 ツインルームのもう一方のベッドに腰掛けている可憐と野梨子も、口を押え笑い顔。 「なんだよ、どーしたん?」 あたい、ヨダレ垂らして寝てたっけ? しかし、仲間たちの視線は、あたいではなく、清四郎に向けられているようだった。
清四郎は、キッと仲間たちを睨んだあと、あたいに顔を向けた。 「・・・・いえね。魅録が・・・」 「あ、魅録、まだ寝てるんだ。携帯のアラーム鳴ったのにな。昨日最後まで起きてたんだ」 「そうなんですけどね」 清四郎の眉根が寄った。 「誰かが僕の携帯の設定を変えてしまってるんですよ。暗証番号までいじって。そんなことできるの、魅録ぐらいでしょう」 「ほえ?」 それで、清四郎は怒っているんだろうか? 「どうして暗証番号までわかったのか・・・」 清四郎は思案顔でぶつぶつ呟く。
さっぱり話が見えないながら。 ひとつ、思い当たった。 「せ、設定変えたって・・・!!」 あぐらで座り込んでいた床から、あたいは跳ね起きた。 思わず、目の前に立つ清四郎の胸倉をつかむ。 「朝飯!時間過ぎちゃったのか?!」 「・・・・馬鹿」 清四郎は苦笑して、あたいの髪を撫でた。 かすかに香る男の体臭。
あれ? なんだか、すごく知ってる匂い。
眩しげに目を細めた清四郎は、いつもの意地悪な表情ではなかった。 寝起きの、落ちた前髪のせいかもしれないけれど。 黒い瞳には、優しい光。 包み込まれるようなぬくもりを感じるのは、錯覚かもしれないけれど。
「時間は大丈夫ですよ。ベッドの上の諸君、朝食は食べられますか?」 清四郎は顔を仲間たちに向けた。 あの目がそらされて、少し淋しくなってしまった。 「私は、結構ですわ」 「僕もパスーー・・・」 二日酔いらしき不甲斐ない連中の返答が返ってくる。 「あたしは、食べるわよ。朝食抜きは美容の敵よ!」 可憐だけが手を上げてベッドから降り立った。
「まだ時間はありますよ」 「じゃ、シャワー浴びて着替えてくるわ」 可憐は清四郎に手を振る。 「さ、悠理も行きましょ」 「あ、う、うん」 あたいの部屋は美童と一緒だけど、その美童はこの清四郎たちの部屋でふたたびベッドに潜り込んでしまった。 野梨子はさすがに、よろよろ起き上がる。 「私、自分の部屋で眠らせてもらいますわ・・・」 「11時ごろに起こしに行きますよ」 清四郎が野梨子に声を掛けた。
そういえば。 札幌二日目の今日は、皆はそれぞれ別行動予定だった。 あたいと魅録と可憐がニセコにスキー。 美童は札幌の彼女とデート。 そして、北海道大学に所用のある清四郎に野梨子が市内観光がてら付き合う予定。 夜は全員で落ち合って、ジンギスカン鍋を約束してるけど。 なんとなく、淋しくなった。
「悠理、可憐」 清四郎に呼ばれて、部屋を出ようとしていたあたいは、慌てて振り返った。 「用意が出来たらこちらに来てください。魅録を叩き起こして待ってますよ」 「うん!」 なんとなく、嬉しくなった。 清四郎の笑みは、いつものニヤリだったけれど。 ソファには、まだ眠りこけている太平楽な魅録。ゴシューショー様!
「ふんふんふん♪」 朝食に心躍らせて部屋の鍵を振り回しているあたいに、可憐が耳打ち。 「・・・清四郎、なんで不機嫌だったか、教えてあげましょうか」 「魅録がなんかイタズラしたんだろ?」 「それは、言い訳よ。あれは、照れ隠し」 「ほぇ?」 ”照れる”という単語と”清四郎”がどうも結びつかない。
「あのね、今朝一番に起きたのはあたしなんだけど・・・何を見たと思う?」 可憐は口を押えて、クスクス笑った。 さっきあたいが起きたときと同じ笑み。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「ほぇぇぇっ?!」 清四郎とあたいが?! 床に抱き合って眠っていた、と可憐に耳打ちされ、あたいは飛び上がった。
「清四郎があんたを、ぎゅっと抱きしめてね。あんたも気持ち良さそうに胸に頬ずりなんかしちゃってて。野梨子は真っ赤になるし、あたしも思わず目を覆っちゃったわよ!」 しかし、顔を覆った指の間からしっかり覗いていた可憐は、清四郎が目覚めた瞬間を、見逃さなかったらしい。 「あいつってば、寝ぼけ眼でぼんやりあんたの顔見て・・・・・・・・・」 可憐は、むふふ、とかまぼこ型の目であたいを見た。
「すっごく、とろけそうな顔で微笑んだのよ♪」
凝固したあたいを残して、可憐はシャワールームに消えた。
あたいを包み込む、力強いぬくもり。 清四郎の優しい瞳。 安心感の中目覚めたはずなのに――――いま心臓は、ドギマギバクバク激しく高鳴る。
旅先の冬の朝。 あたいは、沸騰しそうな頭に困惑し、立ちすくんでいた。 壁の向こうの隣室から、男の悲鳴が聞こえたのにも、気づかぬくらい。 それが、聞きなれた親友の声にも、かかわらず。
外は一面の雪景色。 新しい一日が、始まる。
――――札幌旅行二日目の朝――――
ミロちん、気の毒。私が書くと、彼はつくづくスカを引く。彼にとっては、Bad Mornjg?
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