運命の糸。
操られているのは、愚かな男女。 恋の始まりはそうと気づかないまま、忍び寄る。 たとえば、彼らの場合さえ。
――――男女問題は、いつも面倒だ。
前篇
春浅き、杜の都。
「牛タン牛タン牛のベロー♪美味しい美味しい牛のベロー♪」
仙台駅に到着するなり、早くも悠理は鼻歌を歌いだした。
「もう、大声でやめてよね!さっきまで駅弁山ほど食べてたくせに。」
「悠理ってば、いつものこととはいえ、一緒に歩くの恥ずかしいよなぁ。」 「ゆっくり出てきたし、今日はもう観光は無理かな。」
「東京より陽が落ちるのが早いですわね。それでも夕飯には早いように思いますけど。」
「とりあえず、先にホテルに荷物を置きますか。」
六人組は、一泊二日で仙台に遊びにやって来た。 言いだしっぺは野梨子だが、皆が乗ったのは、仲直り旅行のつもりだったからだ。
つい先日まで、仲間の一人が浮いた行動を取り、大変に顰蹙を買ったので関係修復のため――――と、いうのが理由だったが。
「おい、セイシロー、夜は牛タン食い放題を予約してくれてるんだよなっ?」 悠理は満面の笑みで清四郎に振り返る。
「今回の旅行のセッティングは可憐ですよ。食い放題かどうかはともかく、有名店を外さないでしょうから期待できますね。」
清四郎も悠理に笑みを返し、付箋つきのガイドブックを小脇に抱えた可憐を顎で示した。
剣菱家の事情に端を発する清四郎と悠理の婚約騒動が、雲海和尚の介入で終結してから、まだ数日。
しかし当の本人達は、たいしてもうこだわっていないようである。 もとより、恋愛要素ゼロの婚約であったから、感情的にしこりが残ることもなく。
長い付き合いのふたりのこと、あいかわらずの悪友の一人として、あえて仲直りの必要もなく元の関係に戻ったようだ。
可憐が宿泊予約をしていたホテルは、先月オープンしたばかりの、駅前一等地に聳え立つホテル・デ・ポアン。
「変な名前だじょ〜!」 「フランス語かイタリア語か何かじゃない?オシャレっぽいわよね!」 「そんなフランス語あったっけ?」
「部屋は雑誌にあった、エクセレントツインに予約してるの。眼下に仙台の街が一望らしいわよ〜♪」
「まぁ、なんでもいいですがね。かなりの好立地だな。」 「レンタカー借りる必要ねぇかも。」
六人はきゃいきゃいはしゃぎながら洒落たエントランスをくぐり、チェックインを行ったが。 そこで問題が発生した。
「え?トリプル2部屋じゃないの?」 「ダブル3部屋で予約になっているそうですよ。」
カードキイを三組持って、清四郎は困惑顔で眉を下げた。 フロントにかけあってみたが、あいにく満室で空きはないそうだ。 「げ、ダブル〜?!」
「ええ、どうしますか。」 「エクセレントダブルだとクィーンサイズのベッドだから、十分ふたりで寝られるけど・・・どうする?」
六人は顔を見合わせる。 実のところ、六人で3部屋というのは珍しくもなく、こういう場合の組み合わせも決まっているのだが。
「あたいは別にいーじょ。いつもの通りで。」
いつも通りの組み合わせ。それは、可憐・野梨子の女子組と、清四郎・魅録の男子部屋に、悠理・美童の混性(?)部屋だ。
「まぁ、悠理は寝起きは悪いけど、寝相はそうでもないから、僕もかまわないよ。」
悠理と美童に否がなければ、問題はない。
「じゃ、いつも通りということで。」
部屋割りの問題を解決すると、全員で最上階のエクセレントフロアへのエレベーターに乗り込んだ。
「清四郎とダブルで寝るのかよ〜、男同士でダブルってのも、ナンダカだよな〜。」 エレベーターから見える見事な眺望を眺めながら、魅録が首を掻いた。
「安心してください、襲いませんから。」 清四郎は魅録に片目をつぶってウインク。 「そーゆー冗談は嫌いじゃなかったのかよ!」
魅録は苦笑しつつも赤面した。
話を聞いていた美童は、ポンと手を打った。 「そうだ、清四郎と僕が部屋を替わればいいんじゃないか?」
「はぁ?」 美童の言葉に、清四郎は片眉を上げる。 「あ、そうね!清四郎は悠理の婚約者だったんだし、同室でもオッケーでしょ♪」
「むしろ、美童と悠理が同室であることの方が、外聞上問題ですわねぇ。」
仲間達の意地悪な言葉に、清四郎は眉を下げた。
「勘弁してくださいよ。僕も反省しているんですから、そう苛めないで下さい。」
「そうだじょ。もう婚約者じゃねーっつの。それに同室だったこともねーっつの!」 悠理はガハハ、と笑ったが、ふと真顔になる。
「だよな?婚約って終了したんだよな?」 悠理に疑問形で見上げられ、清四郎もはた、と気づく。
「それを言うなら、終了でなく解消とか破棄とかですが・・・・そういえば、そうですな。うっかりして確認していませんでしたよ。結納は返納したんでしょうか?」
当人達の間では、婚約は円満解消、過日の騒動はキッパリ終わったこととなっていたが。
この結婚話に狂喜乱舞していた剣菱家の両親と菊正宗家一族を思うと、よもやまさかの不安が過ぎった。
「帰ったら、きっちり膝詰めで裏を取りますよ。一時のあやまちで一生を質に取られたらかなわない。」 「なんだよ、それ?」
「剣菱の威光をもってしても、悠理が将来結婚相手に困ること確実ですからね。僕を保険代わりにされては困る。」
清四郎の言葉に、仲間達も顔を見合わせた。 「そういえば、大々的に婚約発表はしましたが、解消は確認してませんわね。」
「悠理が他の男を連れてくるまで、清四郎の身柄はキープってか?」 「一時の野心の代償が一生の拘束?」
「うわぁ、剣菱のおじさんとおばさんならやりそう!」 「男を連れてくるって言ってもねぇ・・・」 仲間達は悠理に視線を向ける。
「な、なんだよ・・・」 悠理は怯んだ顔で及び腰。
「悠理が男をその気にできる女になるんなら、万事解決、明るい未来到来に僕も祝福しますがね。今のところは無理無茶無駄ってもんです。」
清四郎は腕をくんで、頷いた。
「と、いうわけで。美童が同室でもなんら問題はありません。元婚約者の僕が保障します。」
「お、おまえがそれを言うかぁ!」 悠理は真っ赤な顔で拳を振り上げた。清四郎は笑いながらひょいと身をかわす。
仲間達も爆笑しつつ、エクセレントフロアに降り立った。
「じゃ、女性陣は準備もあるだろうから、15分後にロビー集合でいいですね?」
華麗な絨毯敷きの廊下で、皆はそれぞれの部屋のドアを開けて入る。
「う、うわぁぁぁー!!」
しかし。15分後どころか、ほぼ全員が15秒後に廊下に飛び出した。 「な、なんなのこの部屋!?」 女子ふたりの顔は強張り。
「せ、清四郎ー!駄目!さすがの僕もこれは無理!」 美童は転げるように自室を駆け出すと、廊下で清四郎に取りすがった。
すがられた清四郎も、女子ふたりと似たような表情をしている魅録と視線を合わせ、苦笑を浮かべる。 「・・・まるで、ラブホテルですねぇ。」
エクセレントダブルの部屋は、広々とした開放感溢れるスイート仕様。 しかし、問題は真ん中に鎮座する豪華なダブルベッドではなかったのだ。
ひとり暢気顔で、悠理は一番最後に部屋を出てきた。
「すげー眺めだよなぁ。足の下から天井まで窓だから、空中に浮いてるみたいだ。風呂からもガラス張りで外が見られるようになってるじょ♪」
廊下で五人は、悠理を唖然と見つめた。
「”見られるようになってるじょ♪”じゃないでしょっ、バスもトイレもガラス張りの部屋を見て、あんたは言うことがそれだけなのーっ?!」
「悠理、入浴どころか、トイレまで丸見えですのよ!」 可憐と野梨子の言葉に、悠理は小首を傾げた。
「大騒ぎすることじゃないだろ。風呂とトイレは交代ですりゃいいじゃん。他の部屋に行くとかさ。」 悠理は美童に向けて、白い歯を見せウインク。
「安心しろ、襲わねーから。おまえの裸なんかあたい覗かねーって。音が気になんだったら、シッコんときは言ってくれ、耳栓してやっから。」
悠理の爽やかな笑みに、美童は怖気に震え首を振った。 「僕はやだよ、こんなデリカシーのない女と同室なんて!」
美童は清四郎に、涙目で懇願する。 「清四郎、部屋、替わって!」 すがりつかれ、清四郎はまずは可憐と野梨子、そして魅録に視線を巡らせる。
皆、悠理から顔を逸らせ、腕で指で態度でバツ印を形作っていた。
清四郎は大きくため息をつく。
「・・・・仕方ないですねぇ。」
デリカシーのない女・悠理に平気なのは、不感症男・清四郎くらいだと、皆の認めるところ。
こうしてこの夜ふたりは、婚約期間中にもなかった(?)同室同床するはめに、陥った。
ツヅク
タイトルはミスチルのお歌でーすvでも内容全然関係なし。(笑)
この春、仙台への出張が続きまして。その往復新幹線内にて携帯でポチポチ打ち始めたお話です。
二ヵ月で4回も出張して、一度も観光してない!観光したい!という私の雄たけびがBGMですが、なにしろ観光してないので、観光シーンを書けそうにありません・・・
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