重厚な校舎に、降り注ぐ陽光。 聖プレジデント学園で笑いさざめく生徒たち。 安寧そのものの巣箱。
「退屈だ〜〜」 生徒会室、別名有閑倶楽部部室では、今日も今日とて、閑人たちが顔をそろえる。 いつもの台詞とともにさらされた悠理の大欠伸に、仲間たちは微笑んだり、からかったり。 もう数年来、かわり映えのしない光景だった。 平和で退屈な学園生活。 ときに事件や騒動を巻き起こすことがあったとしても。
それはかけがえのない歳月だった。 E.O〜can't U see?〜
<1>
静かなる星々。 暗黒の宇宙空間は過去も未来も忘却の彼方。 こんな遠くまで、何を求めて旅してきたのか。 永遠か、運命か。 母星を離れ広がりすぎた人類の版図を、連邦軍がかろうじて束ねる現在。 広大すぎる宇宙での偶然の巡りあいなど、たしかに――――運命でしか、ありえない。
通常危険はないはずの恒星間定期船に、彼ら連邦捜査官が乗り込んだのは、なるほど偶然ではなかった。 男は軍のテロ対策官だった。初老の相棒と共に、事件を事前に収拾することでは定評があり、軍上層部の覚えもめでたい。 しかし、今回の任務は明らかに失敗だった。 コックピットの爆発。そして、宇宙船の中ではご法度のはずの、銃撃戦。 足跡を追っていた犯罪者を追い詰めたとき、すでにその船は航行不能に陥っていた。
実戦に向かない相棒を抱えた彼が、らしくない困難に陥ったのは、思わぬトラブルのせいだった。 予想不可能な密航者の乱入が、混乱を拡大させたのだ。 密航者は一人乗りのポッドを船体に横着けし、銃撃戦の真っ只中に乱入してきた。いや、銃撃戦のきっかけは乱暴な乗船行為のせいと言える。 宇宙服のままテロリストに銃弾をぶち込んだ、海賊さながらの乱暴者。
「この、賞金首をしとめたのは、あたしだよ!」
テロリストの死体を足蹴にしてのこの台詞に、かろうじて女であることが伺える。 体にピタリとあったスペーススーツを着てさえ中性的に見える細身の肢体。ヘルメットを取り去ると、薄茶の短い髪と、肉食獣を髣髴とさせる物騒な笑みが零れ落ちた。 少年のような鮮烈な美貌。
見覚えのある顔だと、捜査官は目を細める。 「あなた自身が、賞金首なんじゃないんですか?」 一度見た顔を忘れないのは捜査官の特技だ。しかし、コンピュータと称された精密な彼の思考も、また混乱していたのだろう。 手配映像で見た顔ではなかった。これほど印象的な女を、見間違うはずはない。 だが、確かに記憶にある色の薄い瞳。
女は真っ直ぐに彼を睨みつけ、不敵に笑った。 「あいにくと、まだヘマしちゃいねぇよ。経歴は真っ白だ。調べてくれたっていいぜ。あたしはユーリ。バウンティハンターのユーリだ」 賞金稼ぎの名を聞いて、同僚がかすれた悲鳴を上げた。 「悪霊憑きのユーリか!」 老人は蒼ざめてさえいる。
彼にも聞き覚えがあった。”悪霊憑きのユーリ”。美貌の女ハンター。
宇宙でも、船乗りたちは前時代的な縁起を担ぐ。 その女賞金稼ぎは、卓越した腕にもかかわらず、不運に魅入られていると、もっぱらの噂だった。
そして、やはり今回もジンクスは外れなかった。 賞金首が自殺まがいに放った爆弾が、コックピットを打ち抜き、船は航行不能。船員は半減。 救難信号はすぐに発したものの、安全安心のはずの定期輸送船は、大宇宙をあてどなく漂う漂流船となったのである。
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「・・・・おまえ、セイ・Kっていうのか。意外に若いんだな。あたしと、同い年じゃん」 「ひとのID、勝手に見ないで下さいよ」 ベッドに腹ばいで寝そべる女の背中越しに、彼は手を伸ばした。 ユーリは、ひょいと彼の手を避ける。 半透明のカードを指に挟んだしなやかな白い腕が翻る。汗の浮いた背中が揺れた。
「ククッ、おまえ、すごいエリートなのな。いいのかよ、連邦軍大尉殿。賞金稼ぎなんかと、寝てさ」 カードを弄んでいる女の裸の背に、セイは指を這わせた。 なめらかな肌の感触を楽しむ。
「あなたこそ、どうして僕を選んだんです?」
近隣に星もない宇宙の辺境では、外部との交信もほぼ遮断されている。 SOSに応え救援が来るまで、コンピュータの計算では早くて一週間。遅ければ数ヶ月。 この船の備蓄はさして余裕があるわけではないが、事故で減った乗員には十分足りる。できうる限りの船体修理をした後は、漂流者たちは暇をもてあました。 そして、客船ではない船内には、作業員も含め女性は数少ない。妙齢の、美女となればさらに。
「おまえが、一番丈夫そうだったから」 美貌の女賞金稼ぎは、あっさりと疑問に答えた。 招かれざる客は乗ってきたポッドを爆破で失い、船と運命を共にするしかなくなった。逆ハーレム状態の中、彼女はさして逡巡もせず、本来相容れない相手である男の部屋に転がり込んだ。 退屈しのぎの、ベッドの相手として。
「丈夫?それが理由ですか?」 セイの片眉が不服そうに上がるのを見て、ユーリは笑った。 「なんだよ、オトコマエ、とでも言って欲しかったのか?あたしはだてに悪霊憑きと呼ばれてるわけじゃないんだぜ。けど、寝た男に片っ端から死なれるのにも、もう飽きたからな。男は頑丈なのが一番だ」 女がパートナーを持たない一匹狼であるのは、相棒に何度も死なれたからだという。 「おまえ、結構強いだろ?」 体力自慢の無骨で筋骨隆々たる作業員らとは違い、知性派のセイは長身ではあるものの細身の方だ。しかし、15の頃から軍で鍛えた着痩せする体を、彼女は見抜いていたらしい。 女の体がくるりと返り、男の首に腕が回された。男の筋肉の隆起を見つめる瞳が、己の眼力に満足し金色に妖しく輝く。 獣のような女だ。
しなやかな体のそこら中に散らばる傷跡。 癒えて白い傷跡にすぎないそれを、男は唇で辿った。 「成る程。だけど、あんまりな言い草ですな。丈夫だけが取り得と言われては心外だ」 女はくすぐったそうに身をすくめた。しかし、官能に素直な体は緩やかに開かれる。 すでに、すこぶる体の相性が良いことは、お互い確認済みだ。
「まぁ、おまえは、面もアッチも悪くないよ」 あけすけにそう言って、ユーリは笑った。 「面なら、究極に良いのも一人知ってるけどさ。”宇宙の恋人”なんて言って、しょってるヤツでさぁ」 「”宇宙の恋人”?」 セイは苦笑する。 「まるで、ビドウですな」 「なに?おまえ、あいつを知ってるの?!」 女が目を丸くする。 「知ってるもなにも、連邦一の人気アクターじゃないですか。自称”宇宙の恋人”の」 「なんだ」 「その口ぶりでは、本人を知っているようですね」 「まぁな。子供の頃からの昔なじみだよ」 ビドウ・Gは、階級社会の上位層出身だ。どんな経緯で賞金稼ぎなどに身を落としたのか知らないが、ユーリの出自は伺える。 はすっぱな物言いと本能のままの貪欲な性にもかかわらず、女にはどこか侵しがたい気品があった。 しかし、セイはそれ以上詮索する気はなかった。 彼女とは、暇つぶしの刹那の関係に過ぎない。体の相性以外は、興味もなかった。
このときは、まだ。
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春眠暁を覚えず。 すぴすぴ眠っている悠理の髪を、春風が撫でる。 優しい風。 開け放った窓からタンポポの綿毛がふわりと舞い込む。 うららかな、午後。
「暢気に寝てんじゃねーよ」 幸福極まりない眠りを遮ったのは、友人の容赦のない一撃だった。 魅録が丸めたプリントで悠理の頭を叩いたのだ。 「な、なにすんだっ!」 部室のテーブルに突っ伏していた頭を悠理は持ち上げる。 「あらあら、涎で汚さないでくださいな」 野梨子の呆れ声。可憐がテーブルを拭いた。 「悠理、補習決定らしいよ」 美童が同情含みの視線を魅録が手にしたプリントの束に向ける。 「げぇっ」 「授業さぼってる場合かよ」 同じクラスの魅録は、同情もできないと言わんばかりにため息。 悠理は蒼白で視線を巡らせる。 明るい窓辺で新聞を広げている友人に、涙目を向けた。 「せいしろぉ〜、なんとかしてくれ〜〜」 バサリと新聞を畳み、清四郎は肩をすくめる。 「補習は決定事項ですよ。すでに、フォロー不可ですな」 しかし、頼りになる生徒会長は、にやりと微笑。 「ま、手がないこともありませんが」
「清四郎ちゃあああん、愛してる〜〜♪」
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長い、長い夢。
目覚めたのは、ふたり同時だった。 抑えたライト。低い天井。 狭い船内ベッドでは、互いの体温を感じずにはいられない。 微重力の中、ゆっくりと身を起こす。
「・・・変な夢、見た」 「・・・僕もです」 「おまえが出てたよ、セイシロー」
まだ夢うつつの表情の彼女の言葉に、彼は眉を上げた。 「僕の名は、『セイ』です」
「そっか・・・そうだっけ」 ユーリは頭をガシガシ掻く。ベッド上で胡坐をかいて大欠伸。 「なんか、妙にリアルな夢だったなぁ」 彼女に背を向けベッドから裸身のまま降り立った男は、窓に目を向ける。 惰性航行を余儀なくされている船の外は、死の世界。静寂の宇宙空間。 春風など望むべくもない。
「・・・僕の夢にもあなたに似た少女が出てきましたよ。ここよりもずっと平和な社会で、誘拐されたりマフィアとやりあったり憑霊されたり。その夢の中で僕は『清四郎』という少年だった」
女は目を見開く。 「もしかして、おんなじ夢見たのかな?」
セイはシャツを羽織りながら、悪名高き女賞金稼ぎに顔を向けた。 「こういうことはよくあるんですか?悪霊憑きのユーリ」 「いや・・・初めてだよ。あんまり夢って見ないから」 ユーリは首を傾げた。視線は、遠くを彷徨う。 「親父やお袋の出てくる夢なんて、久しぶりだ」 言葉の端々に、彼女の孤独が滲んでいる。 悪霊憑きと呼ばれるほど危険と隣り合わせの人生を、独りで歩んできたのだろう。強靭な精神力と肉体ひとつで。 だけど、まだ夢うつつのようなぼんやりした表情は、獰猛な戦士であるはずの彼女を、思いがけず無垢に見せた。 まるで、夢に出てきた少女のような。
「たしかに、懐かしい顔ばかり出てくる夢でしたね。あなた以外は、ほとんど見知った者たちばかり出てきましたよ」 「あたしが知ってるのは、家族以外じゃビドウだけだったよ」 「おや、では僕の夢にあなたが引きずられたのかな」 セイは愉快気に笑った。ベッドサイドからドリンクを取り出し、一口飲んでユーリに手渡す。 「ミロクは同僚ですし、カレンもそうです。しかし、ノリコまで出てくるとはね」 情緒のないストロー付きのボトルを彼女も啜る。 「へぇ。野梨子もまさか軍人?」 「いえ、ノリコは幼馴染です。もう何年も会ってない」 「夢でもおまえの幼馴染だったよな」 「今頃、母星で、僕の子供でも産んでいるかもしれません」 「ぶっ」 セイの言葉に、ユーリはストローから液体を逆流させた。 「こ、子供って!」 「何驚いてるんですか。常識でしょう。母星では健康な男の精子は貴重ですから、僕も冷凍保存しています。ノリコもいい歳ですから、家に居れば子を産んでいるでしょう。市民の義務ですからね。あちらの親からすれば、どうせなら僕の子を産ませるでしょうな」 「って、他人事みたいに!パンピーの世界はわからん!婚約者ってやつかよ?」 セイは肩をすくめる。母星は遠い。彼には正しく他人事なのだ。 「そういうわけではありませんが。ノリコとは14の歳より会ってませんしね。ただ、彼女は自由恋愛をするタイプでも、そういうことが許される家でもありませんでしたから」 「『野梨子』が、かぁ?」 ユーリは信じられないと眉を顰める。
たしかに。 夢に出てきたノリコ=野梨子は、そんなタマではなかった。 清楚で淑やかでありながら、人一倍豪胆で意思が強い少女。そんな野梨子と、大人しく従順なセイの幼馴染の面影とは、微妙に異なる。 「・・・夢は、深層心理の反映だといいますからね。僕はどこかで、ノリコをあんな娘だと見ていたのかもしれません」 言いながら、自分の言葉にセイは苦笑した。
しどけない格好で彼のベッドに腰掛けているユーリの姿を、目を細めて見つめる。 百戦錬磨の成熟した女。 なのに、セイの深層心理はこの女賞金稼ぎをあんなふうに見ているのか。
破天荒で馬鹿な子供。 愛さずにはいられない、『悠理』という名の無邪気な少女に。
なんやこの話・・・・と自分でも赤面の至りです。タイトルはAIの曲。このお歌のようなカッコイイ悠理ちゃんが書きたかっただけなのに、なんでかパラレルになりそこねた”なんちゃってSF”に。この話、シリアスなんでしょうかねぇ?(←ひとに訊くな!)ノーテンキにいーかげんに続きます。たぶん。
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Material:Pearl Box様