E.O〜can't U see?〜  

 

  <2> 

 

 

閉鎖環境でできることは、食べることと眠ることだけ。

デッキの食堂にて、決められた分量しか用意されない皿を抱え、ユーリはなんとも情けない顔をした。

「・・・・僕の分も差し上げましょうか?」

見かねて、セイが申し出る。

「え?!いいの?!」

予想違わぬ喜色満面の彼女に、彼は微笑する。

あまりにも、らしくて。

「おまえがその量じゃ、足りないだろう」

言ってしまってから、少し慣れ慣れし過ぎたかと、セイは後悔した。

ユーリとはまだ出会ったばかり。ベッドは共にしたものの、心を通わせたわけではない。

 

平和な学園生活も、有閑倶楽部での冒険も、ただの夢。

おそらくはなんらかの共感能力のあるユーリと同衾することで見た幻想。

 

「そうなんだよなぁ・・・。なぁ、おまえ、少量でもっと満腹になるような宇宙食、開発してくんないか?こんな味もそっけもないヤツじゃなくてさぁ」

だけど、ユーリは彼の失言をまったく気にしていないようだった。むしろ、彼女の方が夢の世界の『清四郎』とセイを同一視しているようだ。

「あいにく、僕にはそんな知識も技術もありませんよ。一介の軍人なんですからね」

博識で薬学の知識を持っていた清四郎とは違う。もっとも、夢の中ではセイは清四郎だったのだから、彼自身にも別人という意識はない。

「補給路が断たれているいま、死活問題ですよね。あなたの消費量はコンピュータの想定にはないだろうから」

大盛りの皿に顔を突っ込んでいるユーリに、苦笑する。マッシュポテトを髪にまでつけてがっついている姿は、夢の世界の少女そのままだ。

「む」

ユーリは顔を上げて頬を膨らませた。

「あいかわらず嫌味なやつー!」

彼女の言葉に、セイは目を見開いた。

嫌味なヤツ、などと面と向かって言われたのは初めてだったのだ。『セイ・K』としては、だが。

「ほぅ・・・・貴重な食料をわけてあげたのに、その態度ですか」

没収、とばかりにユーリの前から大皿を取り上げる。

「あ、嘘、嘘!冗談だってば〜」

ユーリはフォークを振り回して作り笑いを浮かべた。

セイは彼女の伸ばされた手から、皿を素早く逃れさせる。

 

「・・・君、何をしてるんだい?」

ユーリに取られないよう、大皿を頭上高く掲げているセイに、声を掛けたのは初老の同僚だった。

「あ・・・いや、べつに」

セイはさすがに気恥ずかしくなり、皿をテーブルに戻した。

ユーリはもちろん、それに突撃。 

脇目も振らず食物摂取しているユーリから離れ、セイはコーヒーを手に同僚のテーブルに移った。

老人は”悪霊憑きのユーリ”との同席を嫌っているのだ。彼女の悪運ジンクスは本当のことなのだし。

 

「しかし、さすがですな、セイ・K」

「は?」

「あの無法者の女海賊を、ものの見事に手なずけなさった」

ユーリは海賊ではなく賞金稼ぎだが、たしかに彼ら当局者の立場から見て、両者は賞金がかかっているか否かの差しかない。

「まぁ・・・」

セイは、どう答えようか逡巡したものの。

「昔から、得意ですから」

手なづけた、といえばそうなのだろう。危険なはずの女の尻に、ふるふる揺れる尻尾が見えるような気がするのだから。

 

セイの視線に気づいたのか、ユーリが顔を上げた。

にっこり微笑んでやると、全開の笑顔が返ってきた。

それは、『悠理』そのものの笑顔だった。

 

 

 

******************

 

 

 

「どこをどう見たら悠理が女に見えるんですか」

「それはいえる」

「男同士の付き合いだよな」

「ペットかオモチャよぉ。いつも悠理で遊んでるじゃない」

 

 

「清四郎なんかと結婚したら、一生馬鹿にされるじゃないか!あたいの人生はあたいが決めるーーー!!」

 

 

 

 

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時間の感覚がない宇宙でも、体内時計に合わせて朝になれば目が覚める。

他にすることもないので、起きる必要もないのだが。

セイが身を起こしても、隣に眠る彼女はまだ寝息を立てていた。

「・・・うう・・・ん、じっちゃん、婚約なんてカンベン・・・・」

呟かれた言葉で、また彼女も同じ夢を見ていたことが知れる。

 

平和な世界。数々の冒険。

おそらくは、過去の世界の夢。

 

「過去・・・か」

セイは女の寝顔を見つめながら、小さく呟いた。

夢の舞台はいつも同じ。20世紀末からせいぜい21世紀初頭の地球のようだ。

歴史上では戦乱の世紀だったはずが、奇跡的に平和な数十年を享受していた極東の島国。

 

寝返りを打つ女の髪を無意識で梳く。

ふわふわの髪。無邪気な寝顔。

「ん・・・タマ・・・・」

寝言までが、彼女が『悠理』であることの証明。

だけど、その体には悠理にはなかったはずの傷跡が無数に散っていることを、セイは知っている。

 

「悠理の体がどうかは、よく知りませんがね」

セイは苦笑を漏らした。

まだ夢から覚めたばかりで、『清四郎』と自分の区別がはっきりつかない。

だから、不思議な気がした。

あの悠理と、こうして肌を合わせてしまったことを。

 

夢の中の清四郎と悠理は、恋愛感情などみじんもない友人同士に過ぎなかった。

これ以上はないほどの清い関係。

なにしろ清四郎は、悠理を女として見ていなかったのだ。

 

もっとも、セイとユーリの関係にも、恋愛感情など見当たらない。

暇を慰めるためだけの、刹那の関係。

それでも彼女の柔らかな髪に触れずにいられないのは、夢の名残なのだろう。

それが男女としての感情ではなくても、清四郎は悠理を大切に思っていたから。

 

「ん・・・」

髪を梳かれて、ユーリは薄っすらと目を開けた。

「おはようございます」

セイが微笑みかけると、ユーリは目を見開いた。

「・・・うぎゃっ?!」

がばりと起き上がった彼女は、自分が裸であることに気づき,奇声を上げる。

「清四郎、なんでおまえがっ?!」

ユーリはシーツを体に巻きつけ、ベッドから飛び降りた。

シーツがスローモーションで揺れる。微重力。

「婚約はちゃらになったはずじゃんか!」

裸の男から距離を取ろうと壁に貼り付いて、ユーリは頬を赤らめる。

長い手足が身にまとったシーツから扇情的に覗き、男の視線を誘っていた。

猿で犬な野生児も、立派に女に見える――――などとセイは見惚れたが、彼女がすでに成熟した女性であることは、彼自身が身をもって知っている。

 

目の前の女は、無邪気な少女ではなく、百戦錬磨の女賞金稼ぎ。

 

しかし、寝起きの彼女が、いまだ夢と現実の区別がついていないことは明白だ。

「悠理・・・・・・いや、ユーリ」

セイはおかしくて、吹き出してしまった。

クスクス笑いながら、前髪をかき上げる。全裸のまま、ゆっくりとベッドに身を起こした。

「何を勘違いしてるんです。僕のベットにもぐりこんできたのはあなたの方でしょう?」

 

ユーリはシーツを胸に抱いたまま、キョロキョロ周囲を見回す。

「あ、あり?あ、そっか・・?」

微重力と殺風景な船室内の光景が、セイの言葉よりも説得力をもってユーリに現実を認識させたようだ。

まだ夢うつつの幼さが残る表情が、可愛くて。

セイは彼女に近づき、両手を捕らえた。指を絡め、両手を下げさせ腰の横で壁に縫い付ける。

ふたりの間で、シーツがゆっくりと床に落ちた。

あらわになった白い体には、無数の傷跡。

女戦士にとっては勲章かもしれないそれに、男は眉を寄せた。

 

「・・・・また、あの夢を見たんですね」

「う、うん、おまえもだろ?」

「ええ。あれはただの夢ではないかもしれませんね」

「え?」

「前世・・・・って、信じますか?」

 

彼女の返答を聞かないまま。

ポカンと目を見開いているユーリの唇を、セイは奪った。

上唇を甘く噛み、舌を侵入させる。歯列を割って、吐息を吸い上げる。

女と見ていなかった悠理と違い、今の彼女は彼にとって引き寄せられずにはいられないほど魅惑的な存在だ。

 

だけど、一方で。

初めて抱いたときには彼女の個性に見えた肌に散る勲章が、今のセイには厭わしかった。

凄惨な生き様を示す傷跡。

深くなる口付けに応え、絡まる舌の慣れた仕草も。

すべては、彼の知らない彼女の過去を示している。

 

拘束していた指を離すと、彼女の手が彼の肩に回った。

細い腰に手を回し、男は女を抱き上げる。そのままベッドに戻って、ふたたび身を絡めあった。

 

 

「・・・清四郎・・・・」

妖艶に微笑む女の目には、欲望に浮かされた熱が映っている。

貪欲で本能に忠実な、獣。

その目に恋情の色がないことが、彼女がユーリでありながら、あの悠理でもあることの証明に思えた。

傷だらけのしなやかな体を愛撫しながら、男はため息をついた。

 

「こんな傷、僕がついていたら、負わせなかったのに・・・」

思わず漏らした本音は、清四郎としてのもの。

 

 

男女としての感情ではなくても、清四郎は悠理を大切に思っていたから。

おそらくは、愛していたから。

 

 

 

 

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剣菱家の事情を発端とする婚約騒動を、唯一に例外にして。

清四郎と悠理は恋愛には無縁の高校生活を過ごした。

男女交際に興味のない生徒会長は、そんな自分に満足していた。

彼には欠けるものがなかった。

欠点がなかったという意味ではない。仲間たちと作り上げた輪が、彼に充足感を与えていた。

  

「一生、清四郎に馬鹿にされ続けるなんて、たまるもんかよっ」

「あらでも、おじいちゃんとおばあちゃんになっても、悠理と清四郎は変わりそうにありませんわね」

「何十年経っても、勝てねぇよな」

「そうよねー、誰と結婚しようとどんな生活をしていようと、なんのかんのでこのメンバーでつるんでる気がするわ」

「恋愛はいつか冷めるけれど、友情は冷めないもんね」

「やれやれ、先の長い話ですな。友情というよりも、腐れ縁じゃないですか?」

 

あの頃、悠理を愛しく思う感情を自覚していたとしても、彼は現状を崩すことを良しとはしなかっただろう。あの婚約騒動のあとでは、余計に。

 

彼の望むすべては、手の中にあった。

 

信頼できる仲間との心躍る冒険、輝く未来。

そして――――悠理の笑顔。

 

 

 

 

 

 

 

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行き当たりバッタリで書いてたら、思わずエロに走りかけました。のっけから絡みシーン有りとはいえ、実はラブ度の低いお話にするつもりだったので、慌ててカット。エロエロ番外編を書いちゃうかも。(笑)

次回、ようやくお話が進行する予定です。でもSFってろくに読んだこともない私には難しいっす〜〜・・・やっぱ無謀だったか。(汗)

 

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