E.O〜can't U see?〜  

  

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激しい衝撃が船を襲ったのは、大半の乗組員が遊戯室に集っていた夕食後。

慣性航行で静かに進んでいた船が、星図にない小惑星群に突っ込んでしまったからだ。

 

遊戯室に舞い散るトランプカード。ビリヤードの球が壁を打つ。

阿鼻叫喚の混乱の中、セイとユーリは遊戯室から駆け出した。

メインデッキは爆破による破損が激しいため、現在船内を統制しているコンピュータのあるサブデッキを目指す。

民間人ばかりの船員はあてにできない。航行不能に陥っているとはいえ、居住空間は温存されている現況が小惑星群との衝突で損なわれてしまえば、宇宙空間では生きてゆけない。

何度も繰り返される衝突のたび、危機感が増した。

足元が揺れ立っていられない振動の中、サブデッキにふたりは辿り着いた。

 

「・・・大丈夫です。小さな岩石群だったようで、外壁がやられただけだ」

コンピュータの報告に、セイは安堵の息をついた。

「だけど、今ので船の進行方向が相当変わっちまったはずだろ?」

「ええ、180度ね。以前発した救難信号が意味を成さなくなる。もう一度計算し直さなければ」

 

  

だけど、結果的にはこの事故が、幸いした。

小惑星群を調査していた軍の無人探査機に、漂流船の存在がキャッチされたのだ。

軍の捜索救助船から無線連絡が入ったのは、当初の予想より随分早く、小惑星群との遭遇の翌日のことだった。

 

『こちらは連邦軍大尉、ミロク・S。24時間後には貴船の可視範囲に入る。セイ、無事か?!』

「ミロク!」

サブデッキのコンソールに向かって、セイは身を乗り出した。

久々に聞く盟友の声。

「魅録・・・本当に、魅録が来るのっ?!」

セイの横ではユーリも瞳を輝かせる。

『?』

聞きなれない女の声に、ミロクは不審そうだ。

 

「ミロク、医療部のカレンって女性を覚えていますか?何度かお世話になったでしょう」

『ああ、あの美人ナース』

「今度、ぜひ誘っておいてください。会わせたい人がいるので」

『って、俺が誘うのかよ?!』

目を白黒させている盟友の顔を想像し、セイはクスクス笑った。

隣でユーリも笑っている。

 

「この船を降りたら、あたいも久しぶりにビドウに連絡してみっかな」

「そうですね。僕もノリコがどうしているか、確認しよう」

ユーリは片目をつぶり、口の端を上げる。

「おまえの子を、産んでるんじゃねぇの?」

口調には皮肉の色があったが。

「・・・・そうでないことを祈りますよ」

真面目な顔で答えたら、ユーリは吹き出した。

軽やかな笑い声。

ノリコがあの野梨子であれば従順に親の意に従うわけはないと、双方分かっている。

ユーリの笑顔に嫉妬の影が見えないことを、少々淋しく思いながら。

セイも笑い出す。

 

巡り合えたのは、きっと偶然ではない。

おそらくあの夢は、前世の記憶。

六人が再び揃えば、皆も思い出すかもしれない。

いや、思い出さなくてもいい。新たに、友人になればいい。

 

サブデッキに、他の船員たちが集まって来たときには、まだセイとユーリは笑い転げていた。

船が救われたことよりも、仲間たちとの再会に心躍った。

 

 

 

しかし、コンピュータが発した突然の警告音に、ふたりの笑顔は消えた。

 

小惑星群との遭遇事故は、救援船に発見されるという幸運と共に、軌道変更という悪運をももたらした。

船が大きな惑星の重力圏に入るまで10時間しかないと、コンピュータが警告を発したのだ。

動力がない船は、重力に捕まると惑星への激突が免れない。

 

「軍に、すぐ連絡を!!」

『・・・・聞いている。こちらの計算でも同じ結果だ』

まだ繋がっている通信機がミロクの苦渋の声を吐き出した。

「救助を早く!」

『無理だ。どんなに急いでも、10時間以内に向かうことはできない』

 

ミロクも急ぐと約束はしてくれたものの、救援を座して待つわけにはいかない。

「船の進路を変えなきゃ!」

どんな馬鹿でもわかる危機に、ユーリが叫んだ。

「しかし、どうやって?動力がやられているんですよ」

「船体を蹴飛ばすってのは?」

「・・・・・・・・。」

ユーリの発言に、サブデッキに集まった人々は一様に押し黙った。

もちろん、呆れてだ。

いくら慣性航行でも、人の力でどうこうできる規模の船ではない。

 

「いえ、それしかないかも知れませんよ」

セイは腕を組んで思案する。

「短距離航行用の小型機を船体にぶつけるんです」

「って、脱出用の小型機をですか?!」

船員たちから抗議の声があがる。

小型ボートは一機破損せずに残っている。最終避難用として役に立つかどうかはともかく、船乗りからすれば捨石にするのには抵抗があるのだろう。

「脱出用といっても、二名しか乗れない上、短距離航行しかできないシロモノですから、こんなことで役立てるしかないでしょう」

「しかし・・・・船体にぶち当たったら、小型艇も大破は免れない。船内から操作できない現状では、誰かが小型艇に乗り込まねば」

「僕が行きます。乗り込んですぐに自動操縦にし、脱出すれば問題ない」

セイの自信に満ちた言葉に、船員たちから否の声はもう上がらなかった。

 

「脱出したあと、どうすんだよ!」

抗議は、門外漢のはずの女賞金稼ぎから上がった。

「この船は軍の施設じゃないんだぜ。民間の宇宙遊泳用スペーススーツに、自操できるジェットがついてんのかよ?」

彼女の言葉に船員たちは首を振る。

「脱出方向がそれたら、二度と船には戻って来れない。軍の救助が来たって船から離れてしまえば発見できないだろ。宇宙の漂流物になるしかないじゃんか!」

「いまだって、漂流物じゃないですか。ちょっと大きいだけで」

セイの言葉に、一同は蒼ざめる。

深刻そうな人々の表情に、セイは苦笑を浮かべた。

「・・・冗談です。自分ひとり犠牲になってヒーローになりたいわけではありません。脱出方向を計算して、上手くやりますよ。どうせジェットがついていても、方向を変更するくらいが関の山だ。船体修理用のアームを操作して、受け止めてもらいます」

「おまえが小型艇に乗り込むんなら、誰がアームを操作すんだよ」

ユーリは険しい顔で、船員たちを見回した。

皆一様に蒼ざめ、尻込みしていることが明白だ。元々、この船の船長他上級航海士たちはメインデッキと運命を共にし、爆破で亡くなっている。残った船員たちは、本来裏方の者たちばかりなのだ。

セイは船員たちと同じ怯えた顔色の初老の同僚に視線を向けた。

一応は相棒なのだから、自身の命を預けるとしたら彼しかいない。

現場向きではないとはいえ、軍ではセイと同じ訓練を受け、多少の経験も積んでいるはずだ。

「じゃあ、アームの操作は・・・」

すでに腰の引けている老人をセイが仕方なしに指名しようとしたとき。

 

「あたいがやるよ!」

ユーリが颯爽と親指を己に向けて名乗りを上げた。

 

とんでもない!!命がいくつあったって足りません!

セイは声を張り上げて即座に拒否。

 

ユーリはむぅと頬を膨らませる。

「アームの操作じゃねーよ。小型艇にあたいが乗り込むってんだ!」

コンソールの前に立つセイに向かい、彼女は胸をそらせ挑戦的に睨みつけた。

「危険です!」

賞金稼ぎを生業とする者に言うには、不適切な言葉かもしれない。

だけど、彼にとって彼女はユーリであり悠理だった。守るべき友人。手のかかる幼馴染。

 

悠理はクッと喉の奥で笑った。彼の言葉に嗤ったのだ。

「あたいがどうやってこの船に乗り込んだって思ってるんだ?宇宙遊泳は得意中の得意だ。あたいのスペーススーツにはジェットだってついてるしな」

確かに、船体の外壁にポッドを取り付け、強引に密航してきた彼女だ。得意分野には違いない。

「だが・・・」

「おまえがアームを操作するんだ」

悠理は、セイの――――清四郎の胸に、拳を突きつける。

 

「あたいを守ってくれるだろ?清四郎」

 

出会って数日の男に向けられるには相応しくない彼女の目を前に、清四郎は頷くしかなかった。

不敵な微笑とともに向けられた瞳には、確かな感情が映っていた。

 

絶対的な信頼。

愛に似た、だけどそれよりも強い感情だった。

 

 

 

 

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「大丈夫だ。絶対おまえは死なないから。飛行機で落ちようが、ビルから落ちようが。僕が保証してやるよ 」

 

「よく言えるよなー、んな自信満々!」

「だって本当でしょう?」

 

 

 

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”悪霊憑きのユーリ”

そんな異名を持ちながら、傷だらけなりながら、それでも彼女は生き抜いて来た。

 

「角度計算は終了しました。データを送るので、自動操縦をセットしてください」

『オーライ。完了ー!』

悠理の明るい声がコンソールから響き、清四郎は安堵する。

サブデッキの窓からも、小型艇から脱出する彼女の姿が視認できた。

無人の小型艇が、母船に向けて動き始める。

「総員、ショック対応姿勢を取って下さい!」

清四郎は窓の外の悠理から目を離さないまま、船内放送で叫んだ。

小型艇の力で10倍以上の大きさの船を動かすのだ。相応の衝撃は覚悟しなければならない。

小型艇は計算通りの角度で予定通りの隔離エリアに衝突した。

 

グラリと揺れる船体。

音のない宇宙で、火花が散る。

 

「よし、計算通りだ」

振動が収まるのを待って、清四郎は通信機を襟に付け直し、船体修理用のアーム操作用席に移った。船外映像を呼び出し、悠理の姿を探す。

船が方向を変えたため、正面からはもう悠理の姿が見えない。彼女は機体衝突の難を避け、やや離れたところで清四郎の指示を待っているはずだ。

当然ながら悠理は命綱をつけていない。船内に乗り込んできた時と違いポッドもない今、自力で動く船体に取り付いて帰還することは事実上不可能だ。

多少なら自操できるジェット付きのスーツを着ているとはいえ、身ひとつで宇宙空間に取り残されているのだ。不安がっていることだろう。

 

船の後方で、悠理がポツンと浮かんでいる姿が見えた。

「悠理、聴こえますか?」

『う、うん』

やはり、遠ざかる船に不安を募らせていたのだろう。安堵の吐息が通信機から伝わる。

「船と並走する角度で、ジェット操作してみてください」

頭の上で丸を作り、悠理はジェスチャーでOKの意を示す。

腰につけた自走ジェットが点火する様が見えた。

悠理の体が動き出す。

 

しかし。

『せ、清四郎・・・!!』

「どうした、悠理?!」

『ヘンだよ、ヤバい!空気が抜けてく!』

動転した悠理の声に、清四郎も血の気が引いた。

「ジェットを切れ!」

近づいていた悠理の動きが止まった。

慣性航行する船内からは悠理は宇宙空間に浮かんでいるだけに見えるが、彼女の体もゆっくりと流されているはずだ。

 

『やっぱり、酸素の目盛りがどんどん減ってく!スーツに傷がついてたんだ!』

悠理は船に乗り込んできた時にスペーススーツ姿で銃撃戦を行なっている。装備は小型艇に乗り込む前にチェックしたはずだが、普段は使わないジェット噴射が亀裂を広げたらしい。

「残量は?!」

『92分・・・あ、もう85分に減った!』

清四郎は腕時計で計算しながらサブデッキを飛び出した。

 

後を追って来た船員たちに、宇宙服を着ながら指示を出す。

「助けに出ます。自走できないので、アームで僕の体を彼女の方に放り投げてください。彼女を捕まえて、ジェットで戻ります。ジェットが使えないようなら、無線機で伝えますので、命綱を引き寄せ回収して下さい!」

一刻の猶予もならない。

清四郎は酸素チューブを余分に仕込み、船外活動用の排出口から宇宙空間に躍り出た。

 

 

 

 

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さまざまな危険を乗り越えた。悪運を幸運に替え、思い込みで乗り切った。

自信の根拠は、彼のプライド。揺るがないのは、彼の自負。

 

いつだって、必ず、守ってみせる。

仲間たちを。

悠理を。

 

 

 

 

 

 

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一部熟女の期待を裏切り、今回は服を着ております。その上、宇宙服まで着こんでおります。色気ないなぁ。(笑)

可憐の軍での職業をBBSで公募(爆)したところ、「ナース」というご提案をいただきましたので、さっそく採用。ありがとうございます!皆様ご意見で当サイトは成り立っております。(笑)

 

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