E.O〜can't U see?〜  

  

 <4>  

 

 

 

「お待たせ」

「来るのが遅いわい!死ぬかと思ったじょー!」 

 

どんな危機にも、軽口を叩きあい。

疑ったことなどなかった。

自分たちは、大丈夫だと。

 

「あたいにばっかりやらせずに、おまえもちょっとは手伝えよ、清四郎!」

「おや、暴れたいのかと思ってましたよ」

 

仲間たちと一緒ならば、なんでもできる。

無敵になれる。

無邪気に、そう信じていた。

 

それは、遙か遠い日々。

 

 

******************

 

 

 

ジェットを止めた悠理の体は、徐々に船から離れつつあった。

 

船から伸ばした命綱では長さが足りないと判断し、清四郎はアームに己の命綱を結びつける。

船員の操作するアームに押し出され、清四郎は悠理の元へと懸命に進んだ。

プロの船乗りではないが、連邦軍大尉セイ・Kは十分な訓練と現場での場数を踏んでいる。

広大な宇宙空間に、華奢な体が置き去りにされた人形のように心もとなく浮かんでいた。

 

「待ってろ、悠理。すぐに助けてやる・・・!」

彼女の不安を思うと、清四郎は気が急いてならなかった。

本来のユーリは、彼以上に数多の修羅場を乗り越えてきた女戦士。

それでもいまの彼にとっては、彼女は守るべき存在だった。

ふたたび巡り合えた、大切な少女。

愛さずにはいられない、悠理という名の。

 

 

 

『最初はさ・・・・ただの夢だと思ってたのに。魅録も可憐も野梨子も、本当にどこかで生きてるんだと思うと、会いたくてたまんない。いままで何度も死にそうな目に遭って来たけど、誰かの顔が浮かぶのなんて初めてだよ・・・』

通信機の向こうから、小さな声が聞こえた。ひとり言のように静かな呟き。

『これまで、あたいは好き勝手生きてきたけど・・・後悔なんてしてないけど・・・この大宇宙でひとりじゃないって思えるって、いいね・・・』

 

「悠理、もうしゃべるな!」

酸素残量はもうほとんどない。

通信機越しに聞こえる悠理の声の弱々しさに、清四郎は戦慄した。

 

星の海に力なく浮かんでいる悠理に向かって、清四郎は懸命に手を伸ばす。

だが、届かない。  

いくら腕を伸ばしても、ピンと張った命綱が、彼女との間の距離を縮めてくれない。

「・・・もっとアームを!」

清四郎の怒声に、船内から焦り声が返って来る。

『無理です、これ以上は!』

命綱の長さが足りないのだ。

 

ゆっくりと、悠理の体が遠ざかる。

いや、清四郎が船に引きずられて動いているのだ。

 

彼らを悩ませた惑星が悠理の背後に荘厳な姿を見せている。

その煌きが悠理のヘルメットに映り、わずかに彼女の顔が透かし見えた。

 

『あたい、もう駄目だよ・・・とうとう、悪霊に捕まっちゃった』

「悠理、諦めるな!ジェットをもう一度噴射させて、こちらに来い!必ず、受け止めてやる!」

 

悠理は、微笑んでいた。

 

『・・・大丈夫だよ、清四郎。また、会えるさ。皆とも・・・きっと』

 

悠理はもう清四郎の声も聞こえていないのか。朦朧と呟くだけで、身動きひとつしない。

窒息死の苦しみを回避させるため、スペーススーツには酸素残量がなくなると特殊な薬が用意されている。

生体機能を低下させ、麻痺させる薬。コールドスリープ状態で救助を待つためだが、実際は安楽死を迎えるためだ。

 

『せいしろ・・・また、あたいを、見つけてくれるよね・・・』

 

生まれ変わっても、と。 そう言いたかったのか。

笑みを湛えたまま、悠理の瞳が閉じられた。

 

「悠理!!」

限界だった。

清四郎は腰に装備した作業用カッターで、己の命綱を断ち切った。

 

 

『セイ・K!何を?!』

船内からの悲鳴を無視し、清四郎は自由になった体で思い切り反動をつけた。

ジェットなど使わなくても、悠理の元に辿り着ける。

 

伸ばした指の先が彼女に触れた瞬間、愛しさのあまり涙が滲んだ。

漂う細い体を渾身の力で抱き寄せ、酸素チューブをヘルメット後部の差込口から挿入する。

 

『・・・はふ・・・』

大きく彼女が息をつき、清四郎もまた安堵の息をつく。

しかし、やはり悠理のスーツからは酸素が漏れるのか、減りが早い。

一本のチューブで6時間。3本持ってきたため18時間持つはずが、悠理ひとりでも半分の9時間も持たないだろう。危険すぎて、ジェットを使うことはできない。先ほどのように、ものの数分でチューブを使い果たしてしまうことだろう。

清四郎自身もスーツの残量は規定の6時間弱だ。それまでに救助が来なければ、窒息死は免れない。

 

「せいしろ・・・?」

薬の効き目は、酸素を吸引することで薄れる。悠理は夢から醒めたように何度かまばたきし、ヘルメット越しに清四郎を見つめた。

「あたい、助かったの?」

「いや・・・」

 

船はゆっくりと遠ざかる。

背後には未知の惑星。

 

「酸素が切れて窒息か、それともあの惑星の重力に捕まるか・・・どちらが先でしょうかね?」

「!!」

悠理は愕然と目を見開く。状況を理解したのだ。

「な、なんでおまえ、命綱切っちゃったんだよ?!」

「悠理が言ったんですよ。”また会える”って」

清四郎は微笑んだ。

「だけど、次の生など待つ気はない。やっと、巡りあえたんですから」

 

 

宝石のような記憶。愛しい歳月。

いつも共に笑いあった日々。

あれから幾星霜も過ぎ、再び巡り合えた奇跡。

 

 

もう、清四郎は抱きしめた悠理を、二度と離す気はなかった。

前世では結ばれることはなかった――――その必要すらなかった。

いつでも、彼女は彼のそばに居たから。

 

だけど、彼女ほど愛しい存在は、ついに彼は持ち得なかった。

 

清四郎は悠理を抱く腕に力を込める。

ようやく捕まえたのだ。二度と離さない。

 

 

微笑を湛えた清四郎の目を、悠理は訝しげに見つめる。

「・・・なんでおまえ、こんな状況なのに冷静なわけ?」

 

悠理のヘルメットに、清四郎のヘルメットがコツンと当たる。

「おまえは死ぬことが怖いか?僕は、ふたり一緒なら何も怖くない」

囁きは、通信機を通してであったけれど。

「なんなら、あの惑星に不時着しましょうか。・・・ふたりで、アダムとイヴになろう」

清四郎は声を立ててクスクス笑った。

 

「・・・!!」

悠理の顔に怒気が浮かんだ。

「なに、馬鹿なこと言ってんだよ!」

言葉と同時に、悠理は抱き合っていた清四郎の胸を突き飛ばした。

そして、渾身の蹴り。

宇宙空間でのそれは、鋭さはかけらもなかったために、容易に避けられた。

「いきなり、何をするんですか」

悠理から離れないように、振り回された彼女の腕を清四郎はつかむ。

 

「あたいのせいで誰かに死なれるのはもう沢山だ!!」

悠理は身を捩り、何度も清四郎に蹴りを入れようとする。

遠ざかる船の方に。押し出すように。

 

「おまえだけでも、生きろ・・・!!」

 

悠理の声は涙声だったけれど、自棄でも絶望でもなく、決然としていた。

本気で、清四郎の体を蹴飛ばして船の後を追わす気なのだ。爆破した小型艇のかわりに、自分の体で。

もちろん、体当たりしようとも、船に戻れるはずはないのだけれども。

 

清四郎はまだ笑いながら。

「悠理、悠理、僕が悪かった!」

暴れる悠理をきつく抱きしめた。

「さっきのは、冗談です。僕らは死にはしない。きっと、助かります!」

「・・・へ?」

「僕ら軍人は発信機を歯に仕込んでいますから、船を離れても数100キロならば発見されます」

清四郎の言葉に、悠理の体から力が抜けた。

「で、でも空気は持つの?救助船は何時間もかかるんだろ?」

「それは、賭けですね」

「っ?!」

 

「だけど、本気で僕は信じているんですよ。僕らがこんなところで死ぬわけはないと」

危機に際して楽観的なのも、彼の性格。

「なにしろ、救助船には魅録が乗っているんですよ。可憐に美童、野梨子がどこにいるのかだって、わかっている。会えずに終わるなんてあるわけがない」

 

根拠のない自信ではない。

「僕らが揃えば、最強だ。有閑倶楽部は、無敵だ。そうだろ?悠理」

 

――――いつも、どんな困難をも乗り切ってきた。

 

「おまえは、”悪霊憑き”なんかじゃない。強いて言えば、”悪運”ですかね?」

 

――――いつだって、陽気に豪快に。強運を味方につけて。

 

「せいしろ・・・・」

唖然と悠理は清四郎の笑顔を見つめる。

 

「信じよう。不可能を可能にしてきた、僕らの強運を」

 

運命を――――広大な宇宙の中で、巡りあえた奇跡を。

 

 

 

 

「魅録は必ず、間に合います。助かったらまず何をしようか考えながら、待ちましょう」

「う・・・うん」

彼の自信と笑みが移ったように、悠理の表情がほぐれてゆく。

「そうだな、魅録はいつだって頼りになったもんな!」

それは、強い信頼の笑み。彼に向けるものと同様なそれに、ほんの少し清四郎の胸は疼いた。

 

「助かったら、最初に何しようか?自己紹介しなきゃ、魅録はあたいがわかんないかなぁ?」

悠理の瞳が生気に満ちてキラキラ輝く。

「でもなによりまず、飯だな!軍の救助船には食料もたんまりだろ?腹いっぱい旨いもん食いまくるぞ〜!」

舌なめずりする彼女が、あまりにも、らしくって。

清四郎は彼女のヘルメットを己のそれでもう一度コツンと叩く。

 

「僕は助かったら・・・・・・・・おまえに、キスしたい」

「なっ」

彼の熱を込めた雄弁な眼差しに、彼女の頬が赤らむ。 

「こんな宇宙服なんて脱いで、すぐにも・・・・・おまえを、抱きたい」 

薄いが丈夫な彼らを隔てる宇宙服越しに、伝えたいのは欲望だけではなく。

 

 

 

――――それは、幾星霜を越えた想い。

ついに結ばれることのなかった、愛。 

今度こそ、彼にとってたった一人の女を手に入れる。そのために、こんな出会い方をしたのだとさえ思える。

 

 

「・・・ったく」

込められた感情の重みを、彼女が理解したとは思えない。

悠理は唇を尖らせて、コツンと彼のヘルメットを弾き返した。

「あたいだって、おまえは面も体も気に入ってるけどな!性格悪いのも知ってんだもん!」

悠理は軽口を叩いて、そっぽを向いた。

まだ頬を赤らめたまま。

唇を尖らせた横顔は、初心で頑なな魂を垣間見せた。まるで、あの頃のままの。

 

膨らんだ頬のまま、悠理がポツリと呟いた。

「・・・そーいやさ、発信機をおまえが仕込んでたなら、船からはぐれても助かる確率が高いよな?あたいが船外活動する必要なかったんじゃないか?」

今度は清四郎が憮然とする番だった。

「・・・僕は自分が小型艇に乗ると言いましたよ。おまえが勝手に後方支援に僕を決めて自分が飛び出しただけで」

助けられると、思っていた。ジェットの故障は確かに彼の誤算だった。

こんなことになるなら、最初から自分が出れば良かったとは、清四郎も思っていたのだ。

 

「いつも、おまえってそうだよな」

悠理は唇を尖らせたまま、清四郎を睨みつけた。

「喧嘩でもなんでもあたいにやらせて、後ろでニヤニヤ笑ってるんだ」

「いつも嬉々として飛び出すのは悠理でしょう!」

悠理の目に笑みが浮かんだ。ゆっくりと口の端が持ち上がる。

「うん、そうだよな。知ってる・・・わかってた。本当に危険なときは、おまえが助けてくれるって」

悠理は清四郎のヘルメットに両手を添えた。

彼の視線は、彼女の強い瞳に囚われる。

 

「また、おまえに巡りあえて良かった。あたいたち、無敵になれるよな?」

 

彼女の強い意志に絡められる。それはもう、宿命的なほど。

 

「・・・ええ、悠理。ええ」

 

愛おしさに胸が詰まる。

感情のまま、清四郎は腕の中に捕らえた悠理の体をゆっくりと撫でた。宇宙服の上からでも、彼女を求める熱を隠さずに。

 

悠理は容赦なく清四郎のその手を弾いた。

「ったくよー、おまえがこんなドスケベだとは、あの頃は思いもしなかったよ!」

自分からセイを奔放に誘ったユーリは、己の所業は棚に上げる。

 

「僕だって、猿でガキのおまえが女に見える日が来るなんて、思いませんでしたけどね」

彼もまた、彼女への愛に気づいても、憎まれ口は減りそうにない。

 

「あの婚約騒動の最中、もし僕とベッドを共にしてたら、あれほど頑なに婚約解消を主張しましたか?」

「・・・む?」

体の相性の良さはお互いに認めるところ。

思わず考え込んだ悠理に、清四郎は吹き出した。

「冗談ですよ。あり得ないでしょ?」

「・・・そーだよ、何言い出すんだよ!あり得ねーよ!」

あの頃のふたりにはあり得なかった関係が、すでに始まっている。

 

彼女はもう、幼い少女ではなかった。

この過酷な生で得た強さと自負が、手に負えない女に彼女を変えている。

奔放さと強靭さで、男を魅了する女に。

 

そして彼もまた、彼女への想いを自覚している。

これから築く関係は、あの頃と同じようで、きっと違う。

 

 

 

ギャーギャー言い争いながらも、ふたりが離れることはなかった。

危機は毎度のこと。一緒なら、宇宙も広く感じない。

 

やがて、それほど時を待たず。遠くにまだ見えていた漂流船に、救助の厳つい軍艦が横付けされた。通信機から、歓呼の声が聴こえる。

救助船から一隻の小型艇が、宇宙の塵にひとしい漂流者を求めて放たれた。

真っ直ぐに近づくその艇に、誰が乗っているのかは、自明の理。

 

 

いつだって信頼を裏切らない仲間との再会が待ち遠しい。

 

だが。

「・・・魅録と再会しても、前世の記憶があるかどうかはわかりませんよ」

「んなこと、わーってるよ。おまえだって、会ったときはわかんなかったし」

 

それでもセイがユーリと出逢った瞬間に感じた、特別なもの。

鮮烈な感覚。掘り起こされた感情。

たとえ、あれに悠理が共振していなかったとしても。

彼女にとって自分が、他の仲間たちと同じだとは、思いたくはなかった。

 

「思い出して欲しいからって、魅録や美童と寝てみる、なんて言い出さないで下さいよ」

「!!・・・・・言うかよっ、バーカ」

悪名高きバウンティハンター・ユーリであれば、いかにも言い出しそうな台詞だと彼は危惧していたのだが。

 

「・・・おまえこそ、可憐や野梨子と試すなよ」

悠理は小さく呟いて、プイと顔を逸らした。

 

まさか悠理がそんな反応をするとは思わなかった清四郎は、驚いて彼女の顔を覗き込んだ。

「悠理?」

惑星からの明かりに照らされ、悠理の頬の赤らみが仄見える。

膨らんだ頬も、尖った唇も、それが嫉妬のためならば嬉しいのだが。

 

『おい、セイ・K!助かりたくはねぇのかよっ!』

通信機にミロクの怒声が入り、やっと清四郎は救助ロープの存在に気づいた。

 

小型艇から伸ばされたロープが、抱き合ったふたりの隣で、ふわふわ揺れて浮いていた。

清四郎は悠理を片手で抱いたまま、しっかりとロープの先の取っ手をつかんだ。

彼の手の隣に、悠理の小さな手が伸ばされる。自身の手で、悠理はロープを力強く握り締めた。

取っ手に並んだ二つの手。それでも、悠理の片手は清四郎の背に回されたままだった。彼と同様に。

 

「行こう、魅録が焦れてるぜ」

やっと悠理は清四郎に顔を向けた。

浮かんだ微笑は、不敵な賞金稼ぎのもののようであり、照れ隠しのようでもあり。

 

 

 

 

 

いつだって、悠理を中心に事件は動き出す。

それは、平和な学園生活でも、広大な宇宙でも同じように。

 

だけど、開かれたのは新たな世界。

 

今度の生では、男と女として、出逢えたのだから。

 

――――それさえも、運命だろうから。 

 

 

 

 

 

 

  

  NEXT

 


ここで終わりのつもりだったんですが。仲間たちが揃わなかったので、もうちょっと続きます。

悠理ちゃん側の感情を全然ここまで書いてないので、次回はもうちょっと書き込みたいな。・・・・終われるのか?

今回の悔いは、宇宙空間の無重力エッチは挫折したことですね。ちくしょう、漏れて宇宙をふよふよ漂う清四郎の@@を描写したかったのにぃ。(←変態)

次回は濡れ場も入れたいな♪・・・・やっぱり終われないかも?(汗)

 

 

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 Material:Pearl Box