Friends or Lovers

――――僕だって、勇気がいったんだよ。

ナルシストで軟弱者だと思っていた美童は、悠理に誇らしげな笑みをみせた。

思えば、悠理はそんな勇気など必要としたことはなかった。

それほどまで、何かを求めたことはなかった。

一番大切だったのは、友情。

六人のバランスを壊してまで欲しいものなんて、なかったから。

 

 

        Lemonの勇気 〜前篇〜

 

 

 悠理が放課後急いで可憐を捕まえたのは、部室に行く前に可憐を誘いたかったからだ。部室で、魅録にチケットを渡す前に。

「なんであたしが、あんたと魅録のデートに同行しなきゃなんないのよ!」

過剰なまでの可憐の激昂に、悠理はびくりと身を竦めた。

「ち、違うじょ、デートとかじゃないやい。映画に一緒に行こうって言ってるだけじゃんか。」

 

昼休みに野梨子と美童にも断られたばかり。

あまつさえ、美童には惚気と自慢話まで、休み中目一杯、聞かされた。

あの野梨子に猛アタックの末、OKをもらったばかりなのだから、無理もない。 

 

「もともと、美童と清四郎と魅録とあたいの四人で去年観た映画のパート2なんだけどさ、せっかく先行ロードショウのチケット手に入れたのに、美童は行かないっつーんだよ。チケットがもったいないし、すっげーおもしろいシリーズでパート1を観てなくてもぜんぜん大丈夫な奴だから、おまえが行ってくんないかなーって。それに・・・」

悠理は唇を尖らせて、俯いた。

「最近、あんまり皆一緒に遊んでないだろ?」

「・・・・そう?」

「そうだよ。」

 

美童と野梨子が付き合い始めてから。悠理が魅録と”カップル”とかいうものに一括りにされてから、可憐と清四郎がなんだかよそよそしい。悠理は敏感にそれを感じ取っていた。

 

「・・・本当にデートじゃないのね?」

可憐の表情がわずかに和らぐ。悠理の拗ねた顔に心動かされたようだ。

「じゃあ、付き合ってもいいかな・・・・・なんて映画なの?」

「『ゾンビ・リターンズ』」

しかし、悠理がタイトルを口にした途端、可憐の表情は硬化した。

「絶対、嫌!!」

 

仏頂面の可憐と悠理は連れ立って部室へと向かった。

「ゾンビって言っても、すっごくおもしろかったんだよ〜!」

「そりゃ、あんたや魅録にはおもしろいでしょうよ!」

「1を観た時、清四郎だって『パニックホラーの形態を借りた社会風刺ですねぇ』なんて感心してたじょ!」

「あの男は、なんでもおもしろがるんでしょ!」

部室の前に着き、悠理が扉を開ける。

ドアの向こうには、ちょうど部屋を出ようとした清四郎が鞄を手に立っていた。

 

「あれ?・・・清四郎?」

悠理はあんぐりと口を開けた。

目の前に立っている彼が、あまりにいつもと違う様子だったから。

悠理達がドアを開けることは、声でも聴いてわかっていたのだろう。清四郎の表情には驚きの色はなかった。  

そこにあった色は、薄紅。

常は傲岸不遜で自信に満ちた表情を崩さない清四郎が、頬を赤く染めている。その黒い瞳は、戸惑いに揺れていた。

清四郎は悠理に何か言おうとするように口を開いたが、逡巡し、きゅ、と唇を噛む。

長い睫が伏せられ、視線が逸らされた。

 

悠理の横をすり抜け部屋から出ようとする清四郎に、悠理は慌てて声をかけた。

「もう帰るのか?」

「・・・ええ、不都合があってね。」

清四郎は目を伏せたまま、悠理に背中を向けた。

足早に廊下を歩いてゆく長身の後姿を見送る。

 「なんなの・・・?」

可憐も唖然と呟いた。

 

部室内には、魅録が一人、窓際で口を押さえて立ちすくんでいた。

「清四郎と何かあったの?」

可憐の問いに、魅録は首を振る。

しかし、明らかに様子がおかしかった。清四郎も魅録も。

まだ室内には、異様な緊張感が残っている。

 

「なんか変よねぇ?」

「ん。」

思わず顔を見合わせた悠理と可憐だったが、可憐がハッと顔色を変えた。

それは、先ほどの清四郎の表情と似ていた。

染まった頬。寄せられた眉。引き結ばれた口元。

強い意志を感じさせるのに、なぜか泣き出す寸前の幼子のように瞳は揺れている。

「あ、あたしも用事を思い出したわ!もう帰る!」

長い髪を揺らして身を翻した可憐は、清四郎とまったく同じく足早に部屋を出ようとする。

「あんたたちは、二人でごゆっくり!」

その言葉で、悠理はやっと我に返った。

清四郎が帰ってしまい、可憐まで出て行けば、部室に魅録とふたりきりになってしまうのだ。

「わぁっ、待て、可憐!」

思わず、可憐の腕に取りすがる。

「きゃっ」

可憐は驚いて声を上げるが、悠理は懸命に懇願した。

「用事あるなんてさっきまで言ってなかったじゃないか!帰らないでよー!」

 

「・・・可憐、帰るな。」

魅録が唸るような低い声を発する。

悠理がすがりついた可憐の華奢な体が、ビクリと震えた。

「仕事だ。清四郎の野郎、山程書類を残していきやがった。仕分けるのを手伝ってくれ。」

「え・・・」

可憐と悠理が顔を向けると、魅録は段ボール箱から書類を机上にドサドサ落とした。

なるほど、大量だ。

「悠理も、こっち来な。」

魅録に名を呼ばれ、悠理の体もビクリと震えた。

 

悠理はごくりと唾を飲み、上目遣いで魅録をうかがう。

「魅録ちゃん・・・あたいも書類の仕分け・・・?」

「いや、おまえには清四郎は別の仕事を用意してたぜ。シュレッダー係だ。」

悠理は安堵の吐息をついた。

 

魅録の声に、甘やかさがカケラもなかったことに。

彼と、ふたりきりで過ごさなくても良いことに。

 

 

**********

 

 

魅録はもちろん、大好きだけど。

前夜のちょっとした事件をきっかけに、悠理は彼とふたりきりになることに不安を感じるようになってしまった。

前夜の事件、とは幽霊騒動ではなく。

清四郎の家で、魅録とあわやキス寸前までいったこと。

 

「うわわわわ・・・っ」

思い出しただけで、全身から汗が吹き出る。

『・・・悠理?どうしたんです?』

「あ、いや、なんでもない、ゴメン清四郎。そんで、明日は土曜日だし、大丈夫だよな?待ち合わせてからチケット渡すよ。」

『・・・・・。』

電話の向こうの男は、しばし無言。

悠理の奇声に驚いたわけでもないだろう。清四郎は悠理の奇行には慣れている。

『・・・本当に、皆も来るんですね?』

「もちろん、全員を誘ったよ!久しぶりに皆で出かけたいじゃんか〜!」

誘うには、誘ったのだ。悠理は嘘なんか言っていない。

『・・・・・。』

なのに、清四郎は逡巡しているのか無言。

「だ、だいたい、おまえだって観たがってただろ?だから、わざわざ先行のチケットを手に入れたんだぜ!嫌とは言わせないからな!」

『・・・わかりました。夜7時にオリオン座ですね?』

清四郎から了解の言葉をやっと引き出し、悠理は通話を終了して受話器を戻すと、拳を固めた。

「・・・ぃよっし!」

小さくガッツポーズ。

清四郎に否と言われたらどうしようと、ずっと胸がドキドキしていたのだ。

 

放課後、部室で魅録にはチケットを渡してある。清四郎に仕事を押し付けられたせいか、魅録はどこか上の空のまま受け取った。

可憐は顔面に『あたしは、行かないわよ!』と大書してあったが、無理やりにチケットを握らせた。

誘う間もなく帰ってしまった清四郎には、当日渡すことにして電話を掛けたのだ。

 

悠理が電話で清四郎を遊びに誘うなんて、これまでも何度だってあったことなのに、今回は妙に緊張してしまった。

まるで、初めてのデートの約束を取り付けたような羞恥と高揚。そして、多少の後ろめたさ。

 

「・・・デートじゃ、ねーって!」

悠理は自分の連想に吹き出した。

その“デート”状態を避けるために、仲間たちを誘ったのだ。魅録とふたりきりにならないために。

昨日の夜も、清四郎の存在にどれほど安堵したかわからない。

困った時、悠理が清四郎を頼るのは、もう習性といえるのかもしれない。

彼にとって迷惑かもしれないなどと考える悠理ではなかった。

 

おっかないけど、頼りになって。

趣味も気も合わないけれど、一緒にいるのは楽しい。

いつも近くにいるのに、何を考えているのかわからない、どこか遠い存在。

悠理にとって清四郎は、いつも反対の感情を呼び起こした。

 

 

 

**********

 

 

 

夕刻より降出した雨は小雨。

渋滞に巻き込まれ遅れることを怖れた悠理は、車ではなく地下鉄を利用した。

地下鉄の駅から、映画館までダッシュする。

傘は持っていないけれど、Gジャンを頭から被って走れば、どうということはない。

 

「あ、清四郎〜!」

映画館の前で、折畳み傘を閉じている長身の友人を見つけた。

悠理がぶんぶん手を振ると、清四郎は少し目を細め笑った。

「?」

その笑顔が、いつもの呆れたような苦笑とどこか違って見えて。悠理は足を止める。

放課後の部室で、清四郎の目に浮かんでいた惑いの色。夕焼けを映した少し切ないその色に似ていた。

 

「悠理、濡れてしまいますよ。」

「あ、うん。」

悠理は屋根の下に慌てて駆け込んだ。

「もう、手遅れか・・・。」

清四郎はため息をつき、ポケットからハンカチを取り出す。白い綺麗なハンカチ。細かい水滴のついた悠理の髪を、清四郎は拭いてくれた。

「びしょ濡れじゃないか。」

「そっか?」

悠理は隣に立つ清四郎を見上げる。

清四郎は思いのほか、優しい目をしていた。

悠理の前髪から雫が落ちる。

雫を追って悠理の頬を拭おうとしていた清四郎の手が止まった。

視線が絡む。

 

目を逸らしたのは清四郎が先だった。

「・・・あとは自分で拭きなさい。」

清四郎は目を伏せて、ハンカチを悠理に手渡した。

「大丈夫だよ。」

悠理はぶるると、大きく体を震わせて水気を払った。

「!!」

やってしまってから、しまった、と気づいた。

至近距離に立つ清四郎に雫が飛んだからだ。

怒られる、と悠理は首を竦めたが、清四郎は苦笑。

「おまえは犬ですか。」

言葉ほど、その口調に棘はなかった。

ただ、困ったように清四郎は笑っていた。

その笑顔は、やっぱりあの夕刻に見たものと同じ。可憐の泣き出しそうな表情と重なった。

 

「おまえら、何してんだ?」

革ジャンから雨の雫を滴らせ、魅録が映画館の入口で立っていた。

「あ・・・」

悠理は咄嗟に清四郎の方へ一歩身を寄せる。

 

どうしてだろう。

大好きな魅録が怖くて、大嫌いなはずの清四郎の側が、安心するなんて。

 

「魅録も、傘を差さずに走って来たんですか?まったく、似た者同士というか・・・・・仲が良いですね。」

清四郎は口の端を歪め、皮肉な笑みを浮かべた。

いつものような、意地悪な笑み。

だけど、その笑みの苦さに、悠理の胸がちくんと痛んだ。

 

 

 

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可憐が拒否反応を示した映画は、もちろん架空タイトルです。でも、ロメロ作のゾンビサーガは怖いの苦手な私でも大好きなんだから、可憐でも観れるはず。(笑)

悠理ちゃん視点だと、可憐の心情が書けないなぁ・・・最終章は可憐中心の話にしようかな?(←たんなる思いつき)

次回はまた川の字・・・かも。(爆)

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