――――お祝いは、花束。大きな、はなむけの花束。

 

 

 ハナムケノハナタバ

     前編

 

 

大学を卒業して以来、なかなか全員揃うこともなかったが、今日は久しぶりに白鹿家に仲間が集まり顔を合わせた。

「まぁ、おめでとう!ついに結婚が決まったのね!」

可憐の言葉で、あたいはやっと理解する。

報告があるんですよ、と笑顔で告げた清四郎の言葉の意味が、それまでよくわからなかったのだ。

 

 

清四郎と野梨子は顔を見合わせ、微笑みあう。

魅録が清四郎に問いかけた。

「で、式はいつなんだ?」

「結納は来月ですが、式の日程はまだ決まっていないんですよ。決まったらお知らせします。」 

「へぇ〜〜、なんのかんので長い春だったよね。それで、プロポーズの言葉は?」

からかい顔の美童の言葉に、清四郎はすかした表情で、

「長い付き合いですのでね、これといって特別には。」

なんて、答えている。

どこかで聞いた台詞だが、今回は本当だろう。

生まれたときから隣に住む幼馴染だ。長い付き合いに違いない。

 

「正直、今さら・・・・って気もするんですよね。」

「なに言ってるんだよ。愛し合ってるから、結婚するんだろ?」

美童の言葉に、野梨子が赤面しつつ咳払いして清四郎の脇を突く。清四郎はといえば、照れた顔もせず肩を竦めている。 

 

あたいは可憐のようにお祝いの言葉を言うこともできず、ぼんやりそれを眺めていた。

なんだか、夢の中の出来事のようで、現実感がなかったのだ。

清四郎と野梨子は昔からお似合いの一対。結婚するとの報告に、皆同様、驚きはない。清四郎の言う通り、今さら、だ。

そのはずだ。

 

「悠理、どうしたんだ?」

「え?あ、うん、ごめん・・・何?」

気づくと、あたいの顔を魅録が覗きこんでいた。

「俺ら仲間内での祝いの品はなにがいいかって言ってたんだけど・・・」

「んあ?」

魅録だけでなく、美童も可憐も怪訝そうな顔でこちらを見ている。

清四郎と野梨子まで。

全員の注視に、あたいは慌てて笑みを作った。

「そ、そだな、あたいなら食いモンがいいけど・・・」

「結婚のお祝いにぃ?」

可憐の眉が寄る。あたいは「うそ、冗談!」と叫んで手を振った。清四郎と野梨子が食い物を喜ぶはずもない。

「花、なんてどかな。でっかいの!開店祝いならぬ、結婚祝いの花輪!」

ヘラヘラ笑いながら手を振り続けた。

清四郎が片眉を上げた不審顔で、あたいを見つめている。

本当に、開店祝いの花輪でも届けると疑っていやがるのか。

冗談に、決まってるじゃんか。

 

それなのに。

「餞の花束、ねぇ・・・。案外、いいんじゃねえ?」

真剣に検討しているような魅録の言葉が、ドスンと心に落ちた。

目一杯、祝福しなければならない仲間の人生の門出。

それなのに、よく考えもせずいい加減なことを口にしてしまったことが恥ずかしい。

 

 

*****

 

 

――――結局、あたいはショックを受けているらしい。

 

その後も、なにかよくわからないまま、ぼんやりしているうちに時間が過ぎた。

何も考えず、顔面をとりあえず笑みの形に固定させ、ヘラヘラ笑っていた。

ドッと疲れが襲ってきたのは、迎えの車の中に乗り込み、仲間達に手を振ってから。

車のドアを閉めるなり、ガクンとあたいは肩を落とした。

 

清四郎と野梨子がいつか結婚するだろうとは、学生時代から――――いや、初めてあいつらに会った子供の頃から、なんとなくわかっていたことだ。

だから、今さらショックを受けるなんて、あたいは変だ。

「そーいや・・・・」

先日、母ちゃんが見合いの話を持ってきた時には思わなかったけれど、あたい達もそういう年齢になったってことだ。

変わらず馬鹿やっているようで、いつの間にか大人になって。

結婚して、家庭を作って。

「・・・!」

あたいは俯いたままふるふる首を振った。

ああ、やだやだ。

そういうことを考えたことがなかったから、きっとショックだったのだ。

他のひと相手ならともかく、あのふたりが結婚しても、仲間達の絆は変わらない。

いつか野梨子が夢に見た話をしていたように、おじいちゃんになってもおばあちゃんになっても、あたい達の関係は変わることはない。  

 

「・・・花束、贈らなきゃ。」

――――ハナムケノハナタバ。

思いつきで口に出した言葉が、心に重く圧し掛かる。

 

苦しい。

 

 

下を向いたままの鼻が、ツンと痛くなった。

やばい。もしかして、泣きそう?

 

ガチャ。

 

その時、いきなり目の前の扉が開いた。

「げっ?」

まだ、車は発進していなかったらしい。

「なに引き攣った顔しているんですか?」

ドアを開けたのは、清四郎だった。

清四郎はあたいに向って、手を振った。

バイバイの形ではなく、シッシ。犬猫にするアレだ。

「ほら、もっと奥に詰めて。」

清四郎が車に乗り込もうとしていることに、やっと気づいた。

「な、なんだよ、おまえ・・・」

「僕も剣菱邸に用があります。明日の仕事のことで。」

清四郎は名輪に慣れた口調で発車を命じている。

清四郎が剣菱に就職し、なんか父ちゃんの秘書のようなことをやりだしてから、思えば随分たつ。剣菱邸には奴の部屋もある。

だけど。

「今日は、家に帰った方がいいんじゃね?打ち合わせもあるだろ・・・その、ケッコンの。」

あたいがそう言うと、清四郎はまた片眉を上げた。

「両親にはもう言ってありますし、まぁ、彼らにしても今さらですしね。」

確かに、長い付き合いの上、両家は隣同士なのだから、打ち合わせも簡単だろう。

「しかし、珍しく気を遣いますね。明日は雨かな?仕事の段取りが狂うので、よしてください。」

「なんだよ、そりゃ!」

「さっきも、花輪がどうとか・・・変ですよ、今日は。」

 

清四郎はポケットから、ハンカチを取り出した。

「はい、これ。」

「へ?」

「鼻水、垂れてます。」

 

――――ハナヅマリ、ハナタバ?

 

差し出されたハンカチを受け取り、あたいは顔をゴシゴシ拭いた。

やばい、マジで泣きそう。

情けなくて、悔しくて。

 

――――そう、ショックなだけじゃない。

あたいは、悔しいのだ。

 

「ああ、もう。顔面ゴシゴシしてどうするんですか。鼻水をなすりつけてるだけですよ、それじゃ。かまわないから、かんじゃいなさい。」

清四郎はハンカチを取り上げ、あたいの鼻に押し付ける。

「ガキあつかいふんなよ!」

文句いいつつ、奴の真っ白いハンカチに、ブーッと思い切りやってやった。

鼻水だけじゃなく、涙も出てきた。

悔しくて。

 

清四郎が剣菱に入ってから、どうしても一緒に過ごすことが多くなった。

だから、あたいはどこか勘違いしていたのだろう。

清四郎とは、ずっとこうしてきた気がしていた。

そして、ずっとこうしていられると思っていた。

学校を出てからフラフラ遊んでいるあたいには、母ちゃんがしょっちゅう見合いの話を持ってきたけど。

結婚とかそんなの、もっと先の話だと、リアリティを感じなかった。

ずっと、ガキのままいられるような気がしていた。

 

それなのに清四郎だけは一人、大人になっていたのだ――――いや、野梨子と一緒に、だ。

ふたりだけでなく、仲間達皆も。

あたい一人、取り残して。

 

悔しい。悲しい。

 

「・・・・うーーーーっっ・・・・・」

涙がポロポロ零れ落ちた。

 

「悠理?」

さしもの清四郎もびっくりしたようで、目を見開いている。

「えっ…えぐ、ご、ごめっ…」

泣くつもりなんてなかった。なのに、必死で嗚咽を堪えようとしても、あとから

あとから溢れ出る。

それは、涙と鼻水だけでなく。

 

「ヤダ・・・ヤダよぉ・・・」

 

心が溢れる。

胸のどこかが破れたように。

 

花束なんて、贈れない。

つらくて、哀しくて。

 

 

「悠理・・・・・どうしたんですか?」

清四郎は、うつむいたあたいの髪を撫でた。

あたいが泣いている時、いつもそうしてくれるように。

 

肩に回された大きな手に引き寄せられ、こつんと額が広い胸にあたる。

背中に腕が回り、ポンポン叩いて慰められる。

まるで幼子をあやすような仕草。

顔を伏せている今は見えないけれど、こんなとき、清四郎がどんな顔をしているか、あたいは知っている。

いつもは冷たいほど硬質な黒い目が、温かい色を宿すのだ。

それは、いつもあたいを安心させる色。

 

――――正直、ムカつく。

普段は粗雑に扱うくせに、時折、憎たらしいほど優しい顔をする。

こんな風に甘やかされてきたから、あたいの我が儘が治らないんだ。

清四郎のせいだ。

抱き寄せられ撫でられると、動けなくなる。

この温かな手が、広い胸が、かけがえのないものに思えて。

胸に詰まった感情が、すべて漏れてしまいそうになる。

 

結婚なんて、しないで。

誰かのものに、ならないで・・・・・・・なんて。

馬鹿なことを、口走りそうになる。 

 

「・・・ぐ」

あたいは清四郎のハンカチを顔に押しつけ、口を封じた。

それでも、これ以上言ってはいけないと、わかっていたから。

 

なのに。

 

「・・・・結婚が、嫌なんですか?」

 

あたいの頭を撫でながら、清四郎はポツリと言った。

 

「やめましょう、か?」

 

清四郎の穏やかな声に、顔を上げた。

「ふ、ふぉ?」

濡れた清四郎のハンカチを顔に貼り付けたまま訊き返す。

頭を伏せていた広い胸に手をあて身を離すと、至近距離に清四郎の顔が見えた。

苦笑をうかべた皮肉な口元。だけど、あたいを見つめる黒い目は少し淋しげに見

える。

 

「おまえが嫌なら、結婚はやめますよ。」

 

あたいの目は、点になっていたに違いない。

 

「な、なんで?!」

 

あたいの背中に回っていた清四郎の腕が、力なくシートに落ちた。

温もりが少し遠ざかる。ふたりの間に、距離が生まれる。

どんなに近くにいても、抱きしめられていても、清四郎の心が読めたことなんてないけれど。

 

 

 

 

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しんどい話でごめんなさい。らららの「あ〜良かったな」を書いてた時に、花*花のCDを聴いていて、こちらのお歌の方でも書きたくなりまして。ハナヅマリハナタバ♪と、彼と別れて成長する女の子の話。しかし、成長のない「ららら」では無理だよなぁ、と。(笑)

しんどいままでは終わりませんので、もう少しお付き合いください。

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