Diaーmond  -6-

 

 

北陸・一週間前

 

 

嵐が、来ていた。

 

何も考えないように何も感じないように。

固い殻の中に感情を封じ込め、悠理は過ごして来た。

あの夜から、ずっと。

だけど、清四郎に触れられた瞬間、何もかもが熔けた。

あの夜と同じように。

  

「清四郎・・・!」

名を呼ぶだけで、気が遠くなった。

溺れる者のように、悠理は懸命に両手を伸ばす。逞しい背の着物を掴み、くしゃくしゃに乱した。

悠理自身の浴衣は、すでにほとんど脱がされている。

露にされた肌を、熱い舌が性急に這った。

清四郎の唇が、胸の先端をついばみ吸い上げる。

「!」

全身に痺れが走った。

乱暴なまでに抱きしめてくる腕が、彼のものだと思うと。

求められているのだと、思うと。 

いや、激しく求めているのは、悠理の方だ。

獣じみた声をあげ、胸元の黒髪を抱えるように抱きしめた。

「悠理・・・!」

だけど清四郎もまた欲望に我を忘れたように咆哮した。

逞しい彼の体が、両脚を割る。押し付けられた熱い塊。

悠理の中心がドクドクと脈打った。

下着を引き裂くように、猛る物が侵入して来る。

 

「あああ・・・・!」

 

悠理は自分から腰を浮かせ、押し入ってくる彼の欲望を全身で受け止めた。

初めての時は、あまりの痛みに涙が零れた。

けれどたった一夜で変えられてしまった体は、歓喜に狂う。

涙の代わりに、悦びの愛液が溢れ。

激しく抜き差しする動きを助け、交わった部分が淫靡な水音を立てた。

 

体が熱い。

何も考えられない。

感じられるのは、体内で脈打つ、彼の存在だけ。

圧倒的な清四郎の存在感が、悠理を犯す。

 

突き入れられ、擦られ、悠理の殻が破けてゆく。

心の奥底に封じ込めようとしていたものが、暴かれる。

仁義に対する酷い裏切りも、清四郎の真意も、どうでも良かった。

封じ込めていた感情が、堰を切って流れ出す。

 

――――好き、大好き。清四郎だけが。

 

叫びたいほどの激情。

感情に素直な体は、彼を飲み込み離そうとしない。

露わにされたのは、ただ彼だけを求め続けてきた、剥き出しの恋。

 

 

 

「・・・っ!」

 

ひとつに重なり動いていた体が、激しく震えた。

前戯もろくにないまま、激しく求め合い、絶頂を迎えてしまった。

清四郎の重みが体から去っても、悠理は全身が痺れ、快感の余韻に動けない。

開いたままの脚を閉じることすら適わない。

 

「悠理、大丈夫ですか?」

乱れた着衣を整えた清四郎は、悠理の浴衣も整え着せかける。

「・・・・ん・・・・・」

生返事を返したものの、悠理はまだ意識が眩んだままだ。

「悠理の部屋に行きましょう。この部屋は夕食の膳を片付けに人が来るだろうから。」

ほとんど抱きかかえられるように引き起こされ、悠理は清四郎の胸にもたれた。

清四郎に支えられても足に力が入らず、重力に逆らえない。

 

 

それでもスリッパを履いて隣室に移動した時。

「・・・・あ。」

悠理は内股を伝うぬめる感触に、動揺した。

先ほど彼が悠理の体内に放ったものが、浴衣を濡らすほど零れそうになったのだ。

赤面して部屋の上がり口でしゃがみこみそうになる悠理の体を支え、清四郎は後ろ手にドアの鍵をかけた。

 

「・・・・。」

清四郎は無言のまま、悠理を立ち上がらせ、壁に体を押し付ける。

「?!」

浴衣の裾を、清四郎の手が割った。

「な、なに・・・」

清四郎は貪るような口づけで、悠理の疑問を封じた。

侵入した手が、悠理の右足を抱え上げる。

濡れた部分に押し付けられたのは、再び熱を持った男の体。

悠理の足を腕に抱えたまま、清四郎の右手が悠理の中心で蠢いた。

「ん、んっ」

唇を封じられたまま、悠理は身を震わせる。

清四郎の長い指先が、焦らすようにゆっくりと、ぬめる部分に侵入して来た。

ついさっきまで男の太い欲望を挿し入れられていた場所は、飢えたようにひくつき淫らに受け入れる。

節ばった指が、くちゅくちゅと体内を掻き回す。すでに零れていた体液をなおも掻き出すように。

清四郎の人差し指と中指は悠理の体内に埋まり、親指の腹は敏感な突起を剥くように擦った。

 

狭い玄関口で壁に押し付けられ、立ったまま指で犯され。

板敷きの床を濡らす雫が散った。

それは、もう涙でも彼の残照でもなく。

身悶え焦れる体を抑えきれない。

「・・・!」

悠理が声を上げなかったのは、まだ唇を封じられたままだったから。

だけど、銀の糸を引きながら唇を解放されても、悠理は舌足らずな言葉を紡ぐことしかできなかった。

「・・もう・・・もう・・・や・・・」

息が上がり、体が震える。

「や・・・・許して・・・・」

許しを乞うのは、これ以上焦らされることに耐えられなかったから。

欲しくてたまらない。

指だけでなく、清四郎のすべてが。

 

清四郎の黒い瞳が、淫靡な悦びに揺れた。

その様はひどく艶かしく、悠理の心を鷲掴む。

「このまま、挿れてやる。」

指を引き抜き、清四郎は立ったまま悠理の中に押し入って来た。

「はぁっ」

抱え上げられた悠理の足が揺れた。

突き上げられて、反対の足先も浮く。

壁に押し付けられた背中がこすれ、整えたばかりの浴衣が乱れた。

清四郎の欲望を自らの重みで受け入れるように嵌められる。

深い挿入感に、悠理は一瞬のうちに絶頂を迎えた。

 

「・・・・まだだ、悠理。」

今度は一緒には達せられなかった。

言葉通り、清四郎の欲望は衰える気配もなく、悠理の中に埋まっている。

脱力してしまった体を、清四郎はまだ離さず揺さぶった。

突き入れられ、ガクガクと体が揺れる。

清四郎は悠理の浴衣の胸元を割った。足を抱えていない方の手で、乳房を弄ぶ。

先ほど悠理の中を掻き回した指が、胸の先を摘んで苛めた。

固くなった先端を指の間に挟み、擦り、押しつぶす。

カリカリと先端を引っかかれ、感じやすい場所が疼いた。

力の抜けていた体に、電流が走る。

「ひ・・・・」

彼と交わった部分を中心に、痺れが広がった。

ぎゅう、と、悠理は全身で清四郎にしがみついていた。

「くっ」

清四郎が苦しげに眉を寄せる。

息が荒い。紅潮した頬に汗が伝う。

常は理知的な黒い瞳が潤むのを、悠理は陶然と見つめていた。 

 

清四郎の達する顔が見たい。

彼が悠理を求める姿を。

 

だけど、急に視界が回った。

交わったまま体勢を変えられたのだと気づいたのは、彼の肩にしがみついていたはずの両手が、壁を打ってから。

腰を抱え上げられ、背後から突き上げられる。

「あ、ああ!」

壁をずるずると両手が滑った。

倒れかけた悠理の腰を引き上げて、清四郎はなおも律動する。

体内で彼の当たる場所が変わり、悠理は驚愕した。

擦られる場所が変わるだけで、新たな刺激に体が跳ねる。

これ以上はないほど、快感を感じていたはずなのに。

掻きまわされ、突き上げられ、溢れさせられる。

 

「や・・・いやっ」

それでも、しがみつく熱い体から離され、彼の姿の見えない体勢が嫌だった。

清四郎が見たい。

清四郎を抱きたい。

 

そう、いつだって彼を求めているのは、悠理の方なのだとわかっている。

痛いほど、狂おしいほど。  

 

清四郎だけを、ずっと恋してきた。

諦めようとしても、忘れようとしても、叶わなかった。

悠理の心も体も、細胞のすべてが清四郎を求め続ける。

 

与えられたのは、快楽だけでなく――――。

 

 

意識をなかば失って崩れ落ちても、清四郎の逞しい腕が悠理を支えた。

腰のところで帯に引っかかるのみになっている浴衣を脱がされる。

悠理が夢うつつのまま瞼を開けると、清四郎は悪戯っぽく目を細めていた。

自分も浴衣を脱ぐ清四郎の裸身に、悠理は今さらのように頬が熱くなった。

 

「悠理、一緒に湯に浸かりましょうか。」

「嵐・・・だよ?」

清四郎は力の抜けた悠理の体を軽々抱き上げ、露天風呂に向う。

「かまわないでしょう?」

 

悠理を抱いた清四郎は全裸で露天風呂へのサッシを開けた。

清四郎の足の下で板張りの廊下が軋む。頬を寄せた彼の心音や、そんな些細な音は心に響くのに。

確かに、吹きつける雨も風も、気にはならなかった。

 

抱かれたまま身を浸した熱い湯。

湯の中で濡らした髪を梳いてくれる長い指も、弄ぶように乳房を包む掌も、心地良すぎて。

嵐さえ意識から去っていた。

心の中の嵐も凪いで行く。

 

 風呂から上がり、全裸のまま。

ふたり抱き合って、敷かれていた布団の上に横たわった。

額と額を触れ合わせ、視線を合わせる。

清四郎の黒い瞳に映っているのは、熱情。

 

「悠理・・・・まだ足りない。おまえが欲しくてたまらない。」

 

言葉通り、清四郎はゆっくりと愛撫を再開した。

立てた脚を開かされ、清四郎の黒い髪が狭間に伏せられる。

ぴちゃ、と水音を立てて女の最奥を男の舌が探った。

乱暴さも性急さもなく、今度は優しさに満ちた動きで、清四郎は再び悠理を追い上げてゆく。

そこはもう、秘められた場所ではない。

悠理のすべては、もう露わになってしまった。

愚かな恋も、醜いほどの欲望も。

 

舐められ吸い上げられ、気が遠くなった。

柔らかな舌に替わり、硬い彼自身が求める場所に押し込まれたとき、悠理の頬を涙が零れ落ちた。

大粒の雫は、悲しみの涙でも自己嫌悪の涙でもない。

 

交わり溶け合い、彼に求められ。

与えられたのは、すべてを忘れるほどの幸福感。

 

 

――――このまま、死んでもいいとさえ、思った。

 

 

 

 

 ニューヨーク・現在

 

 

「死にぞこなっちゃったなぁ・・・・。」

悠理はポツリと呟いた。

 

もう刑事達は退出し、病室には悠理と魅録の二人きりだった。

「なに言ってやがる。まさかおまえ、死にたかったとか言うなよ。それ聞いたら、あいつが激怒すんぜ。」

背もたれを起こしたベッドから、悠理は親友に顔を向ける。

撃たれた肩はガチガチに固められていたが、麻酔が効いている今は引き攣れる感覚があるだけで、痛みはない。

「おまえもあれは見ただろ。清四郎が怒ったら、マジでおっかねぇぜ。」

魅録は肩を竦めて唇を歪める。

清四郎が怒りに我を忘れた様を見るのは、付き合いの長い魅録にとっても初めてだったのだ。

 

「・・・仁義は?」

悠理の質問に、魅録は大きなため息をついた。

「あいつも治療中だ。言っとくが、撃たれたおまえらよりも、撃ったあいつのが見た目重症だぜ。」

「・・・仁義・・・・」

ため息と共にその名を吐き出し、悠理は両手で顔を覆った。

涙も出なかった。

感じない傷の痛みよりも、心は痛むのに。

 

仁義の愛を裏切り、彼を追い詰めた。

決して悠理に手を上げなかった彼に、悠理を撃たせてしまった。

清四郎を庇っての悠理の行動に、仁義は余計に傷ついただろう。

そして、清四郎の本気の怒りに、痛めつけられて。

 

「・・・・仁義に、会わなきゃ。」

 

いつだって、真っ直ぐ悠理に向けてくれていた、仁義の不器用な愛情。

仁義となら見られると思った、悠理自身の夢。

 

すべてを踏みにじって壊して、清四郎も巻き込み傷つけて。

そうして悠理が得たものは、なんだったのか。

 

「彼に会うなら、僕も同席させてもらいますよ。」

 

低い声に驚いて顔を上げると、病室の扉に半身を寄せ、清四郎が立っていた。

「清四郎、無茶すんな、おまえまだ・・・!」

魅録が駆け寄り、友人を叱責した。

魅録の渋い顔を一瞥もせず、彼に支えられながら清四郎はなおも悠理の方に足を進めた。

蒼ざめた頬に、血の気を失った唇。汗の浮いた額に、落ちた髪が張り付いている。

それでも、激しい光を宿した黒い瞳が、悠理を射抜く。

二箇所撃たれ、手術を受けたばかりだ。まだ動ける体じゃないはずなのに。

清四郎は一歩一歩、悠理に近づく。

瞳を逸らさないまま。

「おまえを一人にはしません・・・・・僕は約束しただろう?」

悠理の頭に、清四郎の手が乗せられる。

優しく撫でられる。

 

胸が苦しい。出ない涙の代わりに、心が引き絞られる。

 

きっと得たものは、この手の温もり。

かつて悠理が与えられていた、彼からの無償の優しさと友情。

それだけじゃ足りないと泣いた、幼い自分をまだ忘れていないけれど。

もう今は、これ以上なにも望まない。

この手だけでいい。

彼への恋は、永遠の棘のように消えないから。

 

 

――――たとえ、その恋が叶わなくても。

 

 

 

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18禁です。一度やってみたかった温泉宿シチュ。本当は延々温泉内でいちゃいちゃ・・・もとい、エロエロさせたかったんですが、前半が長くなったので、後半割愛。だって話が進まないんだもーん!(爆)

次あたりから、現在編が中心になるかしら・・・ 

 

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