Diaーmond  -7-

 

 

北陸・嵐の後

 

 

翌朝、嵐は去っていた。

障子の隙間からの光が、燦々と眩しい。

 

清四郎は裸身を横たえた布団の上で、右腕を顔の上に伏せ差し込む光を避けた。

左腕には、愛しい重み。

一晩中浴衣を羽織ることを許さなかった華奢な肢体を丸めるように、悠理は眠っている。

どうして、悠理と共に目覚める朝は、これほどの幸福感に満たされているのか。

彼女のすべてを得られたわけではないのに。 

触れ合った素肌のぬくもりが、胸を締め付ける。

切ない幸福感は、初めて肌を合わせた朝を思い出させた。

悠理を取り戻せたと思った朝。

幸せな未来の夢を見た。

体を得たことで心まで得たと勘違いした、愚かな男の夢だった。

 

「・・・・・ん・・・眩し・・・」

腕から悠理の重みが遠のいた。

寝起きの悪い彼女の顔を見たくない。清四郎はきつく目をつぶった。

夢うつつのまどろみの中、他の男に向けるはずの笑顔を、また向けられたくはなかった。

 

衣擦れの音。

悠理が浴衣か服を羽織っているのだろう。

清四郎は寝返りを打った振りで、悠理に背を向けた。

 

傷ついた悠理を癒したかっただけだという言い訳は、もう通用しない。

理性も思いやりも、すべて凌駕するほど貪欲に、悠理を求めている。

目を開けて姿を見れば、また彼女を抱きしめてしまいそうだ。夜通し繰り返したように。

 

夜が続けば、良かった。

朝など来なければ、良かった。

たとえ、それが満ち足りた目覚めをもたらしてくれた朝でも。

贋物の幸福感など、苦しいだけだ。

 

「清四郎・・・・起きてる?」

小さくかかった声に、清四郎は答えなかった。胸苦しさに、動くことができなかった。

悠理は清四郎が眠っていると思っただろう。

再び、ごろんと床の上に横たわる気配。

清四郎の背中に、彼女の髪が触れる。そして、吐息の感触。

「・・・・なんか、おまえとこんなことになるなんて、思いもしなかったよ・・・・。」

剥き出しの彼の背に額を寄せて、悠理は呟く。

「昔のあたいが知ったら、なんて言うだろ?清四郎は昔と同じで優しいのに・・・・あたいが変わっちゃったんだろうな。」

苦笑する気配。

「ううん・・・諦めが悪いのも、馬鹿なんも、昔っからか。もう駄目だって・・・・やめようって、思っても・・・・・あたい、やっぱり一人の人しか好きになれなかった。」

穏やかな悠理の声。

それなのに、背中越しに囁かれた言葉は、刃のように胸を貫く。

 

「ごめん、清四郎・・・・・・ありがとう。」

 

こつん、と額が背中に当たる。

心臓は凍りついてしまったから、悲鳴を上げそうな鼓動に、きっと悠理は気づかないだろう。

清四郎は息を止め、震えそうになる体を押さえ堪えた。

 

”ありがとう”の言葉が、これほど残酷に響くことを、初めて知った。

 

朝など、来なければ良かった。

永遠に。

ふたりで抱き合ったまま死んでしまった方が良かった。

たとえ、彼女の心が他の男のものでも。

 

 

嗚咽をもらしたりはしなかったけれど。

「清四郎?」

眠ってなどいないことはバレてしまったのだろう。

悠理が肩に手を置いて顔を覗き込もうとする気配を察し、清四郎は身を起こした。

「・・・おはよう、悠理。」

顔を背け、前髪に表情を隠す。

悠理の顔を見ないまま、やんわりと肩に置かれた彼女の手を外した。

「嵐が去って、好天のようですね。」

清四郎は手を伸ばし、障子を開ける。

ガラス窓の向こうに見える小さな庭と露天風呂に、明るい陽光が痛いほど差していた。

目にも、心にも。

 

「朝食前に、風呂でも浴びたらどうですか?」

清四郎はやっと悠理に顔を向けた。

「僕は大浴場の方に行って来ますよ。」

髪をかきあげ、悠理に微笑みかける。

いつもの顔を造れたはずだ。

朝陽に目を細めた悠理は、こっくり肯いた。

 

 

 

一晩戻ることのなかった清四郎の部屋に、朝食は用意してもらった。

悠理は美味しそうに頬張っていたが、清四郎はほとんど手をつけることができなかった。

彼女に、そうと気づかれないようにはしていたが。

 

食事が終われば、手配を頼んでいた着替えが届いていた。

こんな田舎町で可能かどうかわからなかったが、宿に着替え購入を頼んだところ、下着とシャツは用意してくれた。

真新しいワイシャツに袖を通し、清四郎は悠理を振り返った。

悠理ももう着替え終わっている。

昨夜の雨で濡れた悠理の服も乾き、晴れやかな顔をしている。

清四郎の心中とは反対に。

あれほど泣きじゃくっていた、初めての朝とは反対に。

 

好きでもない男に抱かれたことを悔い、悠理は恋人に許しを乞い自分を責めていた。

あのときも、悠理は清四郎を責めなかったけれど。

 

”ごめん・・・・・・ありがとう”

 

その言葉でわかる。

もう悠理の中で、清四郎との行為は、ひとつの決着がついているのだと。

 

 

胸元に入れた携帯が鳴った。

「・・・はい?」

かけて来たのは、魅録だった。

魅録や友人達には、悠理の出奔も清四郎が後を追ったことも伝えてはいなかった。

だから、魅録の用は別の件だ。

「・・・・やはり、そうでしたか。」

電話越しの魅録の言葉は、清四郎が予想していた答えだった。

「すぐに僕も向かいます。空港で落ち合いましょう。」

短い応答を返し、携帯を切る。

予想していた清四郎は、すでに渡航準備を整えてあった。

「清四郎?」

怪訝顔の悠理に、清四郎は意を決し告げた。

「月桂冠仁義の行方が、わかりました。」

 

悠理の表情が劇的に変わった。

大きな瞳は見開かれ、潤む。

紅潮した頬の下で、唇が震えた。

その顔には、悔いや怒りの影はなく、ただ幼子のような感情の昂ぶりが浮かんでいた。

「仁義・・・・どこ?」

物言いまで幼子のような悠理に、清四郎は苦笑する。

「ニューヨークで見つかりました。彼は数年前まであちらに住んでいましたからね、魅録に探してもらっていたんです。」

「あたい、すぐに会いに行く!」

涙をぬぐって、悠理は踵を返そうとする。

今にも駆け出しそうな悠理の腕を、清四郎は思わず掴んでいた。

「・・・痛っ」

力を込め過ぎていたのか、悠理は顔を顰めた。

「・・・すみません。」

愚かな未練。

自分の咄嗟の行動に自己嫌悪を感じながら、清四郎は悠理の腕から手を離した。

 

もう夜は明け、夢は醒めた。

無様な醜態をこれ以上晒したくはない。

 

清四郎は感情を抑え、静かに告げた。

「僕は剣菱のおじさんからダイアモンド奪還を依頼されている。そして・・・・悠理に彼を諦めさせるように、と。」

悠理は腕を掴んだ時よりも、痛そうな顔をした。

彼女もわかっているのだ。

婚約は解消され、もう以前のような周囲の祝福はない。

「おまえは彼と会いさえすればなんとかなると思っているのかもしれないが、駆け落ちなんてさせませんよ。」

 

清四郎は苦笑を噛み殺す。

恋人達の邪魔をする自分の立場の皮肉に。

 

こくりと、悠理の白い喉が動いた。

「・・・・だから、優しくしてくれたの?」

悠理は目を見開き、蒼白の顔で問う。

「だから、あたいを抱いたの?仁義を忘れて、おまえに恋するように!」

喉が震えている。嗚咽を堪えるように。

 

悠理の誤解に、清四郎は首を振った。

「馬鹿な。そんなわけないでしょう。」

 

抱いて抱いて、悠理が清四郎を恋するようになるならば。

そんな幻想を、もう一度信じることができたなら。

今この場で、朝の光の中でも、悠理を抱きしめるのに。

 

「・・・・以前、可憐が言ってたよ。おまえは、美童よりタチが悪いって。」

悠理の蒼ざめた顔に、苦い笑みが浮かんだ。

「おまえってば、何人も素敵な女性と付き合ってたのにさ。女が夢中になると、あっさり振っちゃうんだよな。」

彼女らしからぬ皮肉な口調に、昔、ホテルで女と一緒の時に悠理と顔を合わせてしまったことを思い出した。

 

「・・・・他の女と、おまえを一緒にできるわけはないだろう。」

 

それはずっと以前から。

たぶんあの頃はもう、悠理を愛していた。

 

「友達だから・・・?」

 

悠理の瞳が苦しげに揺れた。

そうでないことは、わかっているだろうに。

そうあって欲しいと、懇願するように。

 

「・・・・もちろんですよ。」

 

清四郎は悠理に背を向け、表情を隠した。

”違う”と言ったら、彼女をもっと苦しませるのだろう。

愛する男を真っ直ぐ追いかけようとする悠理にとっては、清四郎の想いは重すぎる。

 

旅館を出て見上げた空は、昨日とは一転、青く高い。

澄んだ青空に、口に出せない言葉が溶けた。

 

 

清四郎は悠理にこれまで、何も望んだことはなかった。

変わらないで欲しいと、思う以外は。

 

振り返ると、悠理は少しうつむいて地面の水溜りを見つめていた。

水溜りにも、青い空が映っている。

「・・・悠理。」

声をかけると、ゆっくり悠理は顔を上げた。

 

「僕は悠理を一人にしません。おまえの望みを叶えるために、できる限り力を貸します。僕だけでなく、魅録も皆も、きっと同じ気持ちだ。だから・・・・」

清四郎は悠理の頭に手を乗せ、くしゃくしゃとかき回した。

「だから、そんな顔をするな。」

 

 

――――無邪気な笑顔を守りたい。

望んだのは、それだけだった。 

 

 

 

 

 

 ニューヨーク・現在

 

 

清四郎が手術を受けている間に、月桂冠仁義は当初入れられていた大部屋から、個室に移されていた。魅録の配慮だ。

この国で彼を犯罪者にしないために嘘の証言はしたものの、再び逃亡させるわけにはいかない。

 

「仁義・・・・。」

魅録に支えられて病室を訪れた悠理は、恋人の姿に絶句した。

ベッドに横たわった男は、顔には大きなバンソコウを貼り付けられ、体は目に見える範囲はすべて包帯で覆われていた。

魅録の手を離れ、悠理はゆっくりとベッドに近づく。

その足取りは、思いのほかしっかりとしていた。

病室の扉に背を預け、荒くなった息を抑えている清四郎よりもよほど。

魅録が心配気な顔をして清四郎を振り返ったが、清四郎は気遣い無用と首を振った。

いくら悠理も負傷しているからといって、月桂冠仁義が悠理を害せるとは思わない。

それでも、清四郎は恋人達をふたりきりにさせるつもりはなかった。

悠理もまた、それを口にしては望まなかった。

 

「・・・よぉ、悠理。」

眠っているかのように動かなかった仁義が、くぐもった声を発した。

「元気そうだな・・・なんて、撃った俺が言っちゃ嫌味かよ?」

「あたいは大丈夫だよ。おまえの方は、ぜんぜん大丈夫じゃなさそうだな。ミイラ男みたいだぞ。」

「うっせ!・・・痛っ」

仁義が身を起こそうとして、痛みに呻く。悠理はベッドのボタンを操作して仁義が楽に彼女の方を向けるように背もたれを起こしてやった。

悠理は丸椅子を引き出し、仁義の真横に腰をかける。

至近距離で、しばしふたりの視線が絡んだ。

 

ふ、と仁義が眉を下げる。

「・・・悠理ぃ〜、肋骨も鎖骨もバキバキ折られて、俺、満身創痍よ〜、ちょっと殺してやろうと思っただけなのに、あいつ、酷くね?」

「なに言ってんだ、この馬鹿!」

悠理は平手で仁義の茶色の髪をペシリと叩いた。

「痛っ、そこも痛いって!」

悠理は肩を震わせてクスクス笑った。

 

病室の扉に背を預け、清四郎はふたりの姿に目を細めた。

交わされた他愛もない会話は、かつての微笑ましいカップルの姿そのままで。

まるで、あれから何もなかったかのようにさえ見えた。

思えば、ふたりの婚約パーティから、まだ二週間しか経っていない。

こんなにも、遠くに来てしまったのに。

 

”まだ、間に合う”と。

清四郎が仁義に告げた言葉は嘘ではなかった。

もし、仁義が盗んだ物をすべて返し悠理と共に剣菱家に戻るなら、清四郎も剣菱夫妻への口添えをするつもりだった。

悠理のために。

悠理の笑顔を守るために。

 

だけど、もう無理だ。

仁義が銃を撃った瞬間から、関係修復の道は鎖された。

悠理を傷つけた者を、彼女の両親も清四郎も容認できない。

悠理の肩を穿った傷は、一生消えないだろう。

たとえ、彼女の心の傷は癒えたとしても。

 

息が詰まり、胸が苦しい。

悠理の肩を貫通し清四郎の体に食い込んだ銃弾は、摘出された。

清四郎はその傷跡の上を、固められた包帯越しに触れてみる。

痺れ以外に痛みは感じないのに、ぐらりと身が傾いだ。

魅録が気づいて、清四郎の肩をそっと支える。

顔を顰めた清四郎を気遣う友人は、気づいていないのだろう。

胸の痛みは、撃たれた傷のためじゃない。

銃創は、むしろ暗い歓びの痕。

悠理と同じ傷跡は、清四郎の胸から消えることはない。

 

月桂冠仁義は清四郎自身の手によって、ベッドから起き上がるのが精一杯の状態。

そして、いかに以前のような会話を交わそうとも、ふたりが元の関係に戻ることはあり得ない。

これからも悠理のそばにいて、彼女を守り慰めることをできるのは、彼ではなく清四郎の方だ。

彼女が望めば、再びその体を、抱くことさえ。

 

それなのに、ベッドの上の傷だらけの男に、焼けるような羨望を感じた。

清四郎に背を向け、彼女が今見つめている、ただ一人の男に。

悠理の心にも体にも、消えない傷を残し、彼女の視線を独占している男に。

 

 

「・・・・悠理、おまえ笑いすぎ。」

笑い声が消えても、華奢な背中はまだ震えている。

俯いた悠理の表情は見えない。

だけど、漏れる嗚咽が、震える肩の理由を示す。

「仁義・・・あたい・・・・ごめ・・・・ごめん・・・・・。」

零れ落ちた涙は、仁義の膝のシーツを濡らした。

 

胸が苦しい。悠理を抱き寄せ、慰めたい。

 

ベッドの上の仁義も清四郎と同じ思いだろうが、骨折の痛みのためか、わずかに身じろぐことが精一杯のようだった。

だから、恋人達の抱擁は見ずに済んだ。

それが別れの抱擁であっても、他の男の胸で泣く悠理を清四郎は見たくなかった。

 

「お互い様だ、悠理。俺も、おまえを傷つけちまった・・・・。」

悠理は首を振った。

涙の雫がパタパタと散った。

「でも、俺が馬鹿やんなくても・・・・俺たちは、終わりだったよな?」

仁義はベッドサイドのテーブルに手を伸ばした。

その仕草で、清四郎に負わされた仁義の負傷は動けないほどではないのだと知れた。悠理を抱きしめなかったのは怪我のせいではなかったのだ。

「悠理、これ返す。」

仁義は悠理の手を取って、テーブルに置いてあった指輪を握らせた。

剣菱家を出る際に仁義が奪った指輪。婚約指輪だ。

「あたいは・・・・いらないよ。」

悠理は仁義の手を押し戻した。

「おまえが欲しいものなら、なんでも持っていっていいよ。」

 

それまで、黙ってふたりのやり取りを見つめていた清四郎だったが。

「駄目ですよ、悠理。」

努めて事務的な声を絞り出し、口を挟む。

「その指輪は剣菱家の家宝だ。おまえにとってはいらない物でも、百合子おばさんには思い入れのある品です。」

悠理のせめてもの思いに水をかけることになっても、それが清四郎のこの場での唯一の役割だった。

皮肉で情けない役割だ。

 

初めて、悠理は背後の清四郎を振り返った。

それまで清四郎と魅録の存在を無視していた、仁義もまた。

ふたりが同じように憮然とした表情で見上げる様は、やはりよく似ている。

双生児のようなふたり。引き離すことを罪と感じるほど。

それでも、彼らの未来はもう交わらない。

悠理も仁義も、すでにそれを知っている。

理解と諦めの色が、よく似た色の薄い瞳に宿っていた。

 

悠理は睫を伏せた。

「知ってるよ。父ちゃんが母ちゃんに結婚を申し込む時に世界中を探し回って見つけたピンクダイアモンドだろ。そんで、母ちゃんの名前をつけたんだ。」

 

リリィダイアモンド。

何より固い愛を誓った宝石。

同じ幸せを願い、母から娘に譲られた家宝の品だ。

 

「でも、母ちゃんは宝石でもなんでも一杯持ってるし。あたいが仁義にあげられるもんは、これくらいしかないから・・・・・。」

 

おそらくは、これが最後の時。

別れを、悠理は覚悟している。

 

胸が苦しい。彼女の痛みを、感じ取ったかのように。

 

仁義は低い声で笑った。

「馬鹿、俺もいらねぇってばよ。盗んだのは、おまえを困らせたかっただけだ。」

口元を歪ませた、悪ぶった笑み。

「知ってるぜ。おまえにとっても、これは思い出の指輪なんだろ。」

「・・・え?」

意味がわからないと、悠理は首を傾げる。

「俺のために身につけたのは、たった一日だったけど・・・・俺のモンにできると思ってたんだけどな。」

仁義の口元から、皮肉な笑みが消える。愛惜の宿る瞳が、悠理から手の中の指輪に落ちた。

「仁義が欲しければ、やるよ!」

指輪を差し出す悠理の言葉に、仁義は首を振った。

「馬鹿。俺の欲しかったもんは、指輪じゃねぇよ。最初から、俺のもんじゃなかった・・・・・・・もう手に入らねぇって、わかってる。」

 

滲むのは、苦渋と諦観。

きっぱりとそう言った仁義は、口を引き結び瞼を伏せた。

悠理を見つめ続けることで、決意が揺らぐのを怖れるように。

 

 

認めなければならない。

清四郎の恋敵は、彼よりよほど潔い。

手に入らないと思いながらも、諦めることができない清四郎よりよほど。

 

息が苦しい。胸が痛む。

抑えきれない、卑怯な歓喜に。

そう、清四郎は卑怯者だ。

傍に居続けると約束したのは、悠理にそう語った友情のためなどではない。

泣き顔を見たくないと言いながら、彼女の恋が破れるのを待っているのだ。 

 

周囲が暗くなり、視界が揺らいだ。

扉に預けた背が滑り、支えてくれる魅録の肩に顔を伏せる。

「・・・清四郎?」

至近距離で呟かれた魅録の声が、遠くに聴こえた。

額に滲んでいた汗が目に入り、視界を完全に失う。

意識は心のうちに向かい、沈んでゆく。

 

 

清四郎は悠理に何も望まなかった。

望んでは駄目だと、思い続けていた。

 

だけど、認めなければならない。

 

こんなにも望み、焦がれている。

狂おしいほど、求めている。

愛を乞うすべも、見つからないまま。

 

「・・・・・ごめん、仁義・・・・・・。」

 

遠のく意識の最後に聴こえた悠理の言葉が、胸に響いた。

 

「・・・・・ありがとう。」

 

 

 

NEXT

 


なんか、三角関係の修羅場にわけもわからず巻き込まれた魅録が気の毒になってきました。流れ弾に当たらなかっただけ、マシか・・・。

清四郎くんまたもや気絶です(笑)が、千尋ちゃんのリク『心も体もズタボロ』状態に忠実だっただけだもんね!サドなんは私じゃないもんね!(←殴)

まだ先は見えておりませんが、そろそろ終わらせたいです。 

 

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