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とうとう、悠理が風邪でダウンした。
連日の夜遊びのせいだと呆れつつ、仲間たちは剣菱家に見舞いに行った。 「明日には元気になりますよ」 見舞いのフルーツを旺盛に平らげる悠理に、清四郎は苦笑を向ける。仲間たちは、しかし悠理の少しこけた頬と熱に浮かされたような目に、不安を感じた。 「良かった〜〜、明日は土曜だから、昼から遊べるって、ケイと約束してんだ」 「・・・そうですか。くれぐれも無理はしないように。いっそ、彼にこちらに来てもらったら?」 「ああ、そっか。さすが清四郎は賢いな〜!」 悠理は嬉しそうに笑った。目の下が赤らみ、潤んだ瞳が思いもかけず艶っぽい。 「あいつが、来るかどうかはわかんないけど」 悠理は遠い目をして微笑む。熱に浮かされたような口調と表情に、仲間たちは顔を見合わせた。 剣菱邸を辞す際、可憐がポツリと呟いた。 「悠理・・・・まるで恋わずらいみたいね」 「そんな。可憐はすぐに恋愛と結び付けたがるんですから。風邪で熱があるだけでしょう」 「だって、やつれてるのに、幸せそうじゃない?」 「早く会わせてくれればいいのによ。どんな男か見てみたいぜ」 「清四郎にそっくりな男なんだろ?」 「顔じゃねーよ。“男”として、どうかだ」 魅録は清四郎に同意を求めて振り返った。 「あんな体調だとわかってて悠理を呼び出してたなら、ろくでもねぇ男かもしれねぇな」 最後尾の清四郎は、剣菱邸を見つめていた。 「・・・・・そうでないことを、願いますよ」 美童が小さく溜息をついた。 他の誰も、当の本人さえも気づいていない、清四郎の切なげな眼差しに。
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激しい雨があばら家に叩きつける。 気を失った悠理の弛緩した体を、なおも男は責め続けた。 注ぎ込まれた体液が溢れ滴る箇所を、突き入れ掻き混ぜる。 肌と肌のぶつかりあう音が、狂気じみたリズムを取る。 「悠理、おまえは最高だぜ」 男は悠理の耳朶を噛みながら、囁いた。 「俺の子を産めるのは、おまえだけだ・・・・・俺の」 まるで、呪詛のように。 「・・・ん」 揺さぶられ続け、悠理は薄っすらと目を開ける。 潤んだ瞳には、もう畏れも嫌悪も映っていない。 蕩ける体に呼応した熱が、自分を犯す男を見つめていた。微笑みさえ宿して。 拘束されていた腕は解かれた。 男の逞しい背に、両手が回される。 「いい子だ、悠理」 男の黒い瞳が雷光に煌く。 激しい欲望が、理性と自我を押し流した。 しかし、彼女の魂を捕えたのは、性の饗宴ではない。感情さえ超えたところで、女は男に惹かれていた。 磁力は、魔物のようなその瞳。 獣のように絡み合い。 女は悦びの声を上げながら、男の名を呼んだ。 豪雨の中、あばら家には熱が篭る。 その熱は、切ないまでの希み。恋情。 ――――狂った形では、あったとしても。
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菊正宗病院から連絡を受け、仲間たちが駆けつけたとき見たものは、廊下で座り込んでいる打ちひしがれた男の姿だった。 「せ・・清四郎?」 素肌に革ジャンを直接はおり、濡れたジーンズが床に染みを作っている。黒い髪を両手で抱えるように頭を伏せていた彼は、仲間たちの声に顔を上げた。 ひどく憔悴してはいたが、紛れもない友人の顔をそこに見出し、仲間たちは吐息をつく。 「びっくりした・・・そんな格好をしているから、別の人かと思ったわ」 「いったい、何があったんですの、清四郎?」 「悠理は?!」 清四郎はビクリと肩を揺らした。 その様が、常に冷静な彼らしくなくて。 美童が清四郎の肩に手を置き、顔を覗き込んだ。 「悠理に何かあったのか?」 「・・・・。」 蒼白な顔に、降りた前髪から雫がかかる。 まるで、涙のように。 「・・・悠理は、今薬で眠っています。処置は済んでいますが、目覚めるまで少しかかるでしょう」 「処置?」 清四郎は野梨子と可憐に虚ろな目を向けた。 「ご存知のように、今週悠理の両親はいない。五代さんにもさっき知らせたのでもう駆けつけるでしょうが、悠理が目覚めたときにそばにいるのは、女性の方がいいでしょう」 「え・・・ええ。もちろんあたしたち、悠理が目覚めるまで一緒にいるわ」 「でも清四郎、悠理に何が?この嵐の中外出して、肺炎にでも?」
感情の消えていた清四郎の目に、光が宿った。しかし、彼の目に映ったのは、怒り、哀しみ、怖れ――――そして、激しい痛み。 「・・・悠理は・・・強姦されました」 「・・・!!」 仲間たちは驚愕に息を飲んだ。 「ど、どうしてっ」 「あの、ケイって奴にか?!」 悲鳴を押し殺そうと拳を口にふくむ女達に対し、男たちは怒りを露に激昂する。 清四郎は静かに首を振った。まだ、顔を歪めたまま。
「・・・いいえ。僕に、です。悠理をレイプしたのは、僕です」 「?!」 友人達は絶句する。 「“ケイ”は、存在しません。彼は、僕だったんです」 野梨子の喉から、かすれた悲鳴が漏れる。可憐の足が崩れ、隣にいた魅録が慌てて支えた。 美童は愕然とした表情で、ふたたび顔を伏せた清四郎を見つめている。 「・・・・僕は『解離性同一性障害』――――多重人格の疑いがあります」 顔を伏せたまま、清四郎は低く呟いた。 意味を察した野梨子が、やっと声を発する。 「あなたの意思ではなかったんですのね?記憶がないと?」 幼馴染の衝撃的告白が、彼女は信じられない。友人の身に降りかかった、耐えられない恥辱も。 「だけど、清四郎がそんな精神疾患に罹っているはずはありませんわ!そんな兆候があれば、あなた自身もおかしいと気づくはずです!私たちだって・・・」 もともと、清四郎は精神的に誰よりも安定している。解離性同一性障害は、幼少時の虐待等が原因であることが多いことから、これも彼には当てはまらない。 「勘違いじゃないんですの?!悠理が・・・その・・・酷い目にあった、というのも」 「そ、そうよ、記憶がないんだったら!」 可憐も魅録にすがりながら、清四郎が頷くのを切望して叫んだ。 「・・・いいえ」 しかし、清四郎は首を横に振った。 「確かに、これまで悠理の話を聞いても、“ケイ”が自分であるなどと思わなかった。この一週間、いつもより早目に床についただけだと思っていました。・・・・今日、見知らぬ場所でこんな姿で目覚めるまでは」
途切れた記憶。 目覚めたあばら家で清四郎が見たのは、間違いようのない無残で陰惨な光景だった。
魅録がハッと顔色を変えた。 「清四郎、悠理の風邪!あれは、心霊現象なんじゃないか?おまえは多重人格なんかじゃなく、憑霊されていたんじゃねぇのか?!」
ケイが初めて現れたあの日。法事の行なわれていた寺で、ひどく怯えていた悠理。 何度も彼らが経験してきた、悠理の並外れた霊感が呼び込む心霊事件――――今回も、そんな一件であるのかもしれない。
「幽霊が相手なら、悠理は恐怖で気絶しただけなのかも、しれませんわ!」 「清四郎の責任じゃねぇよ、憑霊されたのが、俺だったのかもしれな・・・」
「違う!」 清四郎は激しい口調で、仲間の言葉を遮った。 「どちらにしろ、僕の罪は明白だ」 清四郎は顔を上げた。 「“ケイ”であった記憶はなくとも・・・・獣のように、悠理を抱いた記憶は、あるのです」
蒼ざめた表情の中、目だけが強い感情を宿していた。 やりきれない程、絶望に満ちた感情を。
ええと・・・しんどい話なんで、長編化だけは避けるべく、サクサク進めさせていただきます。で、いきなりケイ氏は退場。そう、こういうお話だったのでした。しかし、話のオチはまだ見えていない・・・あう。 |
素材:イラそよ様