女は灼熱の大地に降り立った。

真冬の日本から、日差し照りつけるネバダへ。

空港ですぐにコートを脱ぎ捨てる。冬服と共に脱ぎ捨てたのは、過去。

家も名もこれまでの自分もすべて捨てる気で、悠理は日本を離れた。

本当に捨てたかったのは、たったひとつだったのだけど。

 

 

ミリオンダラー・ベィビー -1-

 

 

 

脱ぎ捨てた冬服の代わりに、悠理は金に糸目をつけずショッピングにいそしんだ。

気合を入れて自らを飾り立てる。

なにしろ、今日から生まれ変わるのだ。

自分名義の株やら預金やらを整理して日本を出ている。剣菱系列ではないスイス銀行の秘密口座に大半を預けたものの、ドルはしこたま持参していた。金には不自由はない。

 

目いっぱいオシャレし、タクシーでラスベガスのメインストリートへ向かった。ホテルは決めていない。

今は昔のバブル全盛期、ラスベガスのホテル買収を万作が画策していたが物別れに終わった。結果、この街に剣菱系列のホテルがないことは、今ではかえって好都合。

ここは金のある人間には優しい街だ。

しばらく、運試しもかねて思い切り羽を伸ばし、憂さを晴らすつもりだった。 

そうして意気揚々と、メインストリートでタクシーから降り立った瞬間。

 

「・・・・・え・・・・えええっ悠理っ?!こんなところで何をしているんだ?!」

 

知り合いなどいないはずの異国でかけられた声に、悠理は驚いて振り返った。

そこに立っていたのは、ゴージャスなブルネット女性の腰に手をやった金髪長身の美男子だった。

 

「ぎょえっっ、美童っ?!」

 

友人の姿に驚愕したと同時に。

ラスベガス=美童の、悪夢の記憶が悠理の脳裏に甦る。

「ちくしょー、せっかくの新たな門出に、なんで美童に出くわすわけ?!最悪じゃんかー!!」

悠理は美童から顔を背け、罪のない大地をドスドス蹴った。

「な、なんだよ・・・・久しぶりに会ったのに、感じ悪いなぁ。」

美童は悠理のあからさまな態度に気分を害したらしいが。

「縁起悪いんだよ、おまいはっ!!」

悠理が吠え付いたのも無理はなかった。

 

ちょうど10年前に、この地に有閑倶楽部の仲間皆と訪れた。偽装誘拐でゲットした、10億円を掴んでの豪遊ツアー。

しかし、豪華客船で日本を離れた一行を待っていたのは、美童のナルシズム溢れた恋愛騒動に端を発する命がけの事件と、ラスベガスでの大損だった。

疫病神美童の行くところ、ツキは落ちまくり、一同たちまち一文無しに。

しかも、なんとか帰国したものの、学園サイドにご乱行がバレ、全員停学処分を言い渡されたのだから、悪夢の記憶と言って余りある。

 

線の細い美少年だった10年前とは違い、長かった髪を肩で切りそろえた美童は、細身ながらも大人の男の貫禄を身につけている。

それでもワールドワイドな浮名を流す相変わらずの友人の顔に、悠理は眉をしかめた。 

悠理にしても、異国の地で知った顔に会えてホッとした気がないではないが。

この地では、一番見たくない顔だ。いや、二番目か。同じ古馴染みとはいえ元夫の顔よりはまだマシだ。 

「それで、清四郎は?年越しはこっちでするのかい?」

美童の言葉に、悠理はサングラスをかけて表情をいまさら隠した。

「・・・・清四郎は来ないよ。あたいはちょっと休暇を楽しみに来ただけ。」

 そのまま、じゃ、と手を振って友人を撒こうとしたのだが、美童は何を考えているのか悠理の後についてくる。

メインストリートとはいえ、炎天下の通りを長く歩けるものではない。

悠理は手近なホテルのエンテランスに足を向けた。

 

「・・・なんで、ついて来んだよ?」

「ここ、僕の泊まっているホテル。」

 

悠理はクルリと方向転換して、ホテルを出ようとしたのだが、友人に引き止められた。

「悠理、ホテル決めてないの?あてがあるわけ?」

「いや、ほら、ここはでっかいだけで普通のホテルじゃん。あたい、もっとこう、ザ・ラスベガスー!って感じのとこがいいな。ほら、あのピラミッドのんとかエッフェル塔上に乗ってるとこみたいな!」

悠理は適当に、通りの向こうの巨大ホテル群を指差した。

「まぁ、確かにここには、センスオブ悠理っぽいテイストのホテルが結構あるよな。万作おじさんの像が乗ってないのが不思議なくらいだもんね。でも、一人で泊まるの?僕が通訳代わりについて行ってあげるよ。」

清四郎の10年がかりの教育の成果、英語は日常会話程度なら悠理はマスターしているのだが。

「たいてい日本語で通じるだろ。それに、おまえには連れが・・・」

と、気づくと、先ほどのブルネットの姿がいつの間にか消えている。

美童は軽く肩を竦めた。

「いいよ、さっき知り合ったばかりの子だし。それより、悠理・・・・」

美童はじっとその青い目で悠理を見つめた。

「大金持って田舎者丸出しで、悪い奴らにはきっと鴨が葱しょって歩いているように見えるよ。なんだってそんな格好してるんだか。」

「そんな格好って、なんだよ!あたいのオシャレに文句あっか!」

「テンガロンハットで、ピンクのポンチョに派手派手なブーツに星型のサングラスって、どこの国のオシャレ?」

悠理は自分の姿を見下ろす。ナニジンかはともかく、結構キマッテルと自画自賛。

「似合ってるだろ?」

「ジェラルミンケースが芸人っぽい。」

美童はかまわず一刀両断。

「だいたい遊ぶったって、一人でスロットルにずっと向かってたいわけじゃないだろ?ちゃんとしたカジノに行くなら、僕が付き合うよ。」

 美童は悠理のカバンを手に取った。悠理はとりあえずの日用品の入ったリュックと札束満載のジェラルミンケースしか持っていなかったが、女性に荷物を持たせる美童ではない。たとえ、悠理相手でも。

「服も、まかせておいて。とびっきりのレディになって、今夜はカジノに繰り出そうよ。」

美童は悠理にウインク。

 

ひとり日本を出たわけを彼が訊こうとしないことに、悠理は内心安堵していた。

旅は道連れ世は情け。一緒に遊んでくれる友人がいるのは素直に嬉しい。

「あーうー・・・・でも、賭けの場ではあたいに近寄るなよ。おまえ縁起悪いんだから。」

「いつの話だよ、それ!」

美童はあはは、と声を立てて笑った。多くの女性を魅了する、100万ドルの笑顔で。

 

 *****

 

 

美童の選んだホテルのスーパーセレブ御用達最上階スィートは、悠理はいたく気に入った。

豪華な寝室二つ、広いフロアーにはミニバー、玉突き台もある。窓からは、砂漠の中の不夜城ラスベガスの灯りが一望できた。

「なんだよ、これ〜〜胸が余っちまうって〜〜」

しかし、美童の用意した服は、今ひとつ気に入らない。

「余らないって。僕の見立てを信じてよ。」

 オフホワイトの柔らかいドレープが上品なショート丈のドレスだ。

「結婚してから、悠理もちょっと体型変わってるじゃん。言われない?」

「!!」

悠理は胸元を押さえて赤面した。

 

―――――清四郎の声が、耳元で聴こえた気がする。

ベッドで吐息とともに囁かれた、意味のない睦言。悠理だけが知る、低く甘い声。

 

押さえた胸の奥がつくんと疼いた。

 

「エ、エロおやじか、おまえは!」

「エロいのは僕じゃなくて、清四郎だろぉ。」

頭の中を読まれたのかと、悠理は慄く。

「と、透視っ?!」

美童はひらひら手を振った。

「見えてない見えてないって。僕は服の上からでも女性のサイズはわかるんだよ。」

「やっぱ、エロ・・・・・」

悠理は美童を睨みつけたが、美童はクスクス笑った。

「アクセもばっちりだろ。それ着て高いヒール履いて、華麗にカジノに乗り込んだら悠理は目立つと思うよ。」

「カッコイイ・・・?」

陽気な賛辞に、さすがに気持ちがくすぐられる。

「うん、極上のイイ女の出来上がりさ。」

美童はウインク。

「さて、その前にデートとしゃれ込まない?」

「んあ?」

しかし、この美童の言葉には、悠理の眉はコイル巻き。

とはいえ。

「悠理はさっき着いたところだろ。ここは大人のワンダーランドさ。アトラクションが目白押しだよ。そのドレスは夜にとっておいて、遊びに繰り出そう!」

悠理は腕を組んで、相変わらず軽い友人の言葉に愁眉を解いた。

思えば、悠理がこの地に来たのは、刹那に身を任せ、景気よくパーッと遊ぶためだ。

「ま、おまえと今更デートってのはともかく、メシは食っとかなきゃな!」

気の置けない長年の友人である美童は、道連れとしては最適かもしれない。

 

―――― すべてを忘れて楽しむために、この地を選んだのだから。

逃げ出した自分の卑怯を、忘れるために。

 

 

  

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ラヴファントムの直後のお話です。悠理くん、アメリカにて自分探し中・・・・のはずが、プチマイブームの美童×悠理になってしまいました。美少年には興味ないけど、髪の毛切ったアラサー美童は私好みの男に育ってるハズ!←得意の妄想

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