パンキッシュ☆ 前編 by フロ
新年早々、万作ランドでさんざん遊んだ六人衆。 「そろそろ、温泉の方に移りません?」 「新しいスパもオープンしたのよね!」 日が暮れきらない前から、可憐と野梨子は温泉ドーム棟を恋しげに見上げる。 分厚いコートに包まっていても、東京湾に浮かぶ人口島は寒風吹きさらし。ランド内は冬仕様で暖を取れるようになっているのだが、世界最大級スパランドも併設されているとなっては、隣のドームに誘惑されるのも無理はない。 「え〜っ、もうちょっと遊んで行こうよー!ジャンケンに勝ったのはあたいだぞ!」 パンクな革ジャンにファンキーなニット帽、厚手のショートパンツと派手なカラータイツ姿の悠理がぴょんぴょん跳ねて猛抗議。 本日も行き先ジャンケンで悠理が勝利を収めた。それなりに楽しんだとはいえ、本音を言えば真冬の遊園地よりも温泉の方がいいと、ほとんどのメンバーが思っていたのが実情だ。 「悠理、温泉のあとは、宴会ですよ。早めに始めるのもいいでしょう?今日は海の幸ですかね、山の幸ですかね・・・」 黒いダッフルコートの清四郎はニッコリと微笑んで、甘言で悠理を誘惑する。 遊び足りないながら、瞬時に食欲中枢に支配された悠理は、パブロフの犬状態で、ヨダレを垂らした。 パタパタと尻尾を振って、踵を返し出口に率先して向おうとした悠理を制したのは、意外な人物だった。 「ちょっと待った、悠理!最後に観覧車に乗らない?」 東京の冬など北欧生まれの彼には寒さのうちに入らないと、薄手のシャレたコート姿の美童だ。 悠理は友人を振り返って唇を尖らせる。 「ええ〜、観覧車?どうせなら、ジェットコースターのがいくない?」 「ジェットコースターにはさっき乗ったばかりじゃないか。僕は観覧車がいいな。東京が一望できるし、きっとこの時間だと、夕日も綺麗に見えるよ。」 「う〜ん・・・・」 食欲に支配された悠理の心は、すでに遊園地を出て、温泉も飛び越し、その後の宴会料理に向っていたのだが。 「ここの観覧車は一周時間が半端じゃないわよ。日が落ちてますます寒くなっちゃうわ。」 可憐の言葉にもかかわらず、美童は悠理の腕を取って、皆に向って微笑んだ。 「いいよ、皆は温泉の方に先に行ってて。僕は悠理に付き合ってもらうから。」 世界の恋人の魅惑の笑み。 その気になれば、美童は魅力的な微笑みで、己の意思を通す。 仲間に向っては普段発揮されることのないそのパワーだったが、この時は全開放出。 「さぁ、悠理、行こう。夕日が沈む前に。一番ロマンチックな光景を見逃してしまうよ!」 「う、うん。」 珍しく強引な美童に悠理は気圧され、肩を抱き寄せられても頷くのみ。 ふたりは仲間達を置いて、観覧車乗り場の方に向って歩き出した。 遠ざかる後姿を、仲間達は唖然と見送る。 長身長髪の王子然とした美童と、パンキッシュなやんちゃ娘のツーショットは、なかなかにミスマッチながら、目立つことこの上ない。
「なんか妙な迫力あったよな、美童の奴・・・。」 魅録が首を傾げた。 「今後のデートの参考にでもしようと、観覧車に乗りたがっているんじゃありません?」 野梨子がもっともなことを言ったが。 「でも、なんで悠理を連れてくわけ?」 可憐も怪訝顔だ。 「・・・悠理が乗り物に乗りたがってたからでしょうけれど・・・」 清四郎は腕を組んだ。 悠理の心が遊園地から夕食にすでに移動していたのは誰の目にも明らかだったのに、美童は妙に強引ではなかったか。不可解に、清四郎の眉根に皺が寄った。 「・・・やっぱり、僕も観覧車に行ってみます。」 コートを翻し清四郎は友人の後を追いかけて走っていった。 残された仲間達は顔を見合わせる。 「私たちも、行きません?」 「そうね、三人で温泉に行ってもねぇ。」 「男湯、俺一人だぜ。」 寒さは身にしみたが、何やらことの起こりそうな気配。 結局、好奇心が勝ち、三人も先行する友人達の後を追った。
*****
魅録、野梨子、可憐が、観覧車乗り場にやって来た時。 「僕は悠理とふたりで乗るんだってば!」 「どうしてですか、三人で乗りましょう!」 悠理を間に挟んで、美童と清四郎が押し問答を繰り広げていた。 らしくなく、美童は真剣な顔。 清四郎の方はといえば、一応笑みを浮かべてはいるが。 「ちょ・・・清四郎、顔怖いじょ!それに離せって!」 清四郎は悠理の頭を押さえつけるように大きな手で掴んでいるのだ。 「あたいは、ガキじゃないぞ!」 悠理が身をよじり、ブンと彼の手を振り払う。ニット帽が脱げて、清四郎の手に残された。
「あ、魅録たちも来た!おまえはあっち乗れ、あっち!」 悠理は美童の背を押すように、とスタコラ観覧車のブースに乗り込んだ。 「悠理、美童!」 清四郎の声に怒気が混じるが、時既に遅し。ガシャンと無情に清四郎の前でブースの扉は閉ざされる。 悠理と美童を乗せたブースは、ゆるやかに上昇を始めた。 清四郎は悠理のニット帽を握り締めて立ちすくんでいた。
「うわ・・・」 「なんだか、ですわねぇ・・・」 可憐と野梨子は、顔を見合わせた。
凝固している清四郎の前で、空のブースがなおも一つ通り過ぎる。 切符もぎの係員も同情の視線を浮かべ、佇む清四郎には声を掛けない。 愕然と顔を強張らせている清四郎は、誰の目にも三角関係の果てのフラレ男にしか見えなかった。
「は、ははは・・・清四郎、俺らも一緒に乗ろう!」 魅録が可憐と野梨子と共に、清四郎を促して四人一緒にブースに乗り込んだ。
美童と悠理に遅れること、ブース2つ。 「えーと・・・。」 「・・・・。」 四人乗りの狭いブース内には、気まずい沈黙が満ちていた。 清四郎は険しい顔で、上空のブースを睨みつけている。半透明のブースの中に座る友人ふたりの姿は、わずかに見ることが出来るのだ。
(・・・ねぇ、美童も妙だけど、清四郎も変じゃない?なんだってあんなに不機嫌になっちゃったのよ?) (悠理に振り払われたからじゃねぇか?) (あれでは本当にフラレ男のようですわね。) 可憐と魅録と野梨子は、コソコソと会話する。 狭いブース内で聴こえてもおかしくはないのだが、清四郎は上空に浮かんでいる二つ向こうのブースを一心に見つめていた。 上空のふたりは、座って会話しているようだ。美童が悠理に手を合わせ、何か熱心に話している。頼みごとをしているようにも、先ほどの強引さを詫びているようにも見えた。 そうして、突然。
「・・・なんだとっ!」
唸るように叫ぶなり、いきなり清四郎が腰を浮かせて立ち上がった。四人乗りブースはグラリと揺れる。 「きゃっ」 「いったいどうしたんですの、清四郎?!」 「〜〜・・・」 あやうく天井に頭を打ちつけそうになりつつも、清四郎は鬼の形相。 中腰になりコートのポケットを探って携帯を取り出している。
「うわ!美童、何してるんだ?」 あっけに取られて清四郎を注視している女性二人と違い、魅録は清四郎の視線の先を見て、自分も腰を抜かしていた。 半透明のブースの中で、ふたつの人影がひとつに重なって見えたのだ。 「きゃっ!」 「まぁっ!」 美童が悠理に抱きついていた。 誰もが、次の瞬間、悠理に殴り倒される美童の姿を予想したが。 数秒たっても、血の雨は降りそうにない。
TELLLLLLL
抱き合うふたりは離れる気配もなく。 清四郎の携帯が、むなしく呼び出し音を鳴らし続けていた。
*****
その、ちょっと前。
「悠理、ごめん!」 美童はふたりきりになるなり、悠理に手を合わせた。 「んあ?いーよ、あたいももうちょっとなんか乗りたかったし。なんでか清四郎の奴が笑顔で怒ってて、怖かったけど・・・」 ははは、と悠理が笑うと、美童の顔がくしゃりと崩れた。 「実は僕・・・どうしても悠理と観覧車に乗りたかったんだ。」 「え?なんで?」 「観覧車っていえば、デートの定番中の定番だろ?」 「う、うん?」 「なのに・・・なのに僕、観覧車が怖くてしかたないんだ・・・」 「え?おまえって高所恐怖ショーだったっけ?」 「違うよ、以前は平気だったさ。夢遊状態で気づけば遊園地に移動してしまった時以来、観覧車だけ駄目になってしまったんだよ!」 「あ、真澄ちゃんの事件の時な。」 半ベソの美童の顔を見て、悠理も思い出していた。あの世に美童を連れ去ろうとしていた少女が、美童を思い出の遊園地に移動させた。あの時、観覧車から落下し、美童はひどい怪我を負ったのだ。 「でも、このままでいいわけないだろ。だから、僕は恐怖を克服しなきゃと思って・・・」
ガタンと、上昇しながら観覧車が揺れる。 「ヒッ」 美童は顔色を変えて、悠理にすがりついた。 「ご、ごめんよ、悠理・・・!」 抱きつかれても、ガタガタ震えている美童を殴り飛ばす気に悠理はならなかった。
美童の背をポンポンなだめながら、悠理は首を傾げた。 「でも、なんであたい?」 「そ、そりゃ、男同士で観覧車に乗って清四郎や魅録に抱きつきたくないし、可憐や野梨子にみっともないところ見せたくないし!」 「おい、あたいにだったらいーんかよ!」 「だって、悠理にならセクハラになんないし、怖いものや苦手なものがあるから、僕の気持ちをわかってくれるだろ!」 美童の言葉の前半はともかく後半に関しては、悠理もなるほど、と頷いた。 「あたいの苦手なもんっつったら・・・・幽霊とか勉強とか・・・うひゃ・・・それを克服しよーってんだもんなぁ。うん、おまえ、結構エライな。」 「そ、そーだろ!」 とはいえ、美童は両目をぎゅっとつぶっている。 その時、悠理と抱き合った美童のコートからバイブレーション。 「美童、携帯鳴ってるんじゃね?」 「あ、ああ・・・彼女からかもしれない・・・」 美童はカッと目を見開いた。 「待ってておくれ、スイートハート!今は出られないけど、僕は男になって君の元に行くからねー!」 気合の入った美童の形相に、悠理は真剣に感心してしまった。 たとえ、それが女にイイカッコするためであっても。ついでに、相手が複数形であろうとも。 「そうだよな、あたいも、昔嫌いだったピーマンが食べられるようになったんだもんな。嫌いだから苦手だから、って、逃げてばっかじゃだめだよな。」 「えっ?!」 美童は驚いた顔で、まじまじ悠理を見つめた。観覧車から気が逸れて落ち着いたのか、悠理からわずかに身を離す。 「びっくり〜!悠理でも、嫌いな食べ物あったんだ〜!」 「なんだよ、あたいだってなぁ、苦手なもんを克服したことぐらいあるじょ!」 「ピーマン以外にも?」 「ええと・・・・」 悠理は眉を寄せて考え込んだ。やがて思いつき、ポンと手を打つ。 「そうだ、昔は野梨子と清四郎のことも、嫌いで苦手だったぞ!でも、今は友達なんだもんな。」
♪ダンダンダン、ダダダ、ダダダ〜♪
その時、今度は悠理の携帯が鳴った。ダースベイダーのテーマが重々しく響く。 「・・・うげ、清四郎だ・・・。」 悠理は携帯を取り出して、表示を見つめた。 ふう、とため息をつく。 「やっぱ、あたい今でも清四郎のことは苦手かもしんね・・・。」 「へぇ、そうなの?」 意外そうに美童は青い目を見開く。 悠理は息を吸い込んで呼吸を整え、通話ボタンを押した。 「・・・もしも〜し、なんだよ、清四郎?」
*****
「悠理、大丈夫なのか?!」 掛けても出ない美童への電話を諦め、清四郎は悠理の携帯に開口一番叫んだ。
(大丈夫・・・って。大丈夫そうよねぇ?) (ええ、元気そうな顔ですわ。) (こっからでも見えてるもんな。)
見上げた上空では、悠理と美童はもう抱き合ってはいないものの。美童の手は悠理の膝に置かれ、ふたりは依然として身を寄せ合っているように見えた。
「いや、美童の様子が変だったので、気になって・・・」 清四郎は上空を睨みつけながら、言葉を濁している。 「なんでもないって?本当に?ちょっと美童に代わってくれ!」
清四郎は悠理のニット帽を胸に押し付けるように握り締めた。 焦る心中を抑えるように。
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背景イラそよ様